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第1章「火星へ」
操船(1)
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アタリか。
俺は安堵の気持ちを悟られないよう、あえてぶっきらぼうを装った。
「バカヤロウ!
気密室がめちゃくちゃじゃねえか!
オマエがきれいにしろ。それまでは飯抜きでここに缶詰だ!
と。服はそのままよこせ。高く買ってくれるマニアがいるそうだ」
「やっぱりヘンタイのロリコンやんか!」
鼻で笑って気密室を出た。
トイレルームからスポンジとポリ袋を取って戻り、ガキに投げて渡した。
ガキはそれを受け取ると、ぶつぶつ言いながらも浮遊する液体をスポンジにしみこませ、ポリ袋の中で絞る。
無重力下での、掃除の仕方は知っているらしい。
管制室に戻った俺は航海士席に座り、ジャイロセンサーで船体の姿勢をチェックした。
予想外に時間を使ってしまったが、まだ間に合う。
カウンターにスラスターを少し噴かした。
こんな風に表現すると、振り子や蛇のように頭を振るイメージだが、カウンタースラスターは回頭速度を減速するだけだ。
少しづつ旋回速度を落とし、船が正面を向いた瞬間にぴたりと止める。
それも、ごく少量を短時間噴いては止めるのを繰り返す。
振り子のように頭を振ればスラスター剤をムダにするし、噴き続けても同じ事だ。
スラスター剤の温存は、何もコストの理由だけではない。
1器あたりドラム缶3つ分しか搭載されていないスラスター剤で木星から火星に行くんだ。
もちろんマージンは取っているが、それでもこんな不慮の事故でスラスター剤を使ってしまう。
この後、さらに大量のスラスター剤を使う航路修正が最低でも3回ある。
ただのジンクスと笑いたいが、一度事故った航海ではさらに事故が連続するともいう。
航路修正の途中でスラスター剤が切れたら、この船は宇宙の彼方に消えるか、太陽に突っ込んで蒸発するかという運命になる。
スラスター剤の使用を最小限にすることは航海を達成して生き抜くため、それこそ徹底的に叩き込まれる。
とはいえ、気の長い仕事なのは確かだ。
数秒間スラスターを噴いたあとは、何時間単位で待つことになる。
あ。
俺が使っている「時間」や「日」は、人類の半数以上が住む火星ではなく地球時間だ。
地球には「本社だけ」置いている大企業とか、トレーダーなどの資産家や有力政治家が多い。
リゾート観光客を含めても火星の4割程度の人口しかいないが、権威と発言力が最も大きい。
「火星標準時」とか「木星標準時」という但し書きがなければ、地球標準時を「標準時」とする。
もちろん、火星や木星の衛星、さらにその周辺に浮かぶコロニーやドームでは現地標準時間を使う場合もあるが、惑星間宇宙船の場合は地球標準時間が大原則だ。
少し余談めくが、1日24時間のうち16時間は船内照明が白色灯になって「昼」と呼び、8時間はオレンジ灯(=赤灯)になって「夜」と呼ばれる。
軍艦を含む惑星間宇宙船でこの設定は絶対で、たとえ交戦中の戦艦であっても例外はないらしい。
地球と言えば。
あのガキには「地球訛り」があった。
もっとも、俺を含めて人類のほとんどが地球言語をベースにしているが、あのガキのは「訛り」だ。
古典の教科書または歴史参考書に出てくるような名門旧家しか使わない。
それにあこがれて、一部の上流階級の家系ではあえて「矯正」するとも聞くが、木星の労務者が使う言葉ではない。
……労務者か。
俺は少し、自分の中で合点がいった。
地球には、大企業の「本社」が多数ある。
そこで本社採用になったエリートがヘマをして、木星に飛ばされたという例はよく聞く。
そいつが木星で話していたのを聞いて覚えたというのは、十分にあり得る。
奴隷なら働かせているのはマフィアかギャングか、ともかく現地の連中だが、労務者の場合は地球出身の上司を持っていてもおかしくない。
大企業の多くは本社だけ地球に置き、商業部門を火星、鉱山部門を木星に構えるのがむしろ一般的だ。
とりとめのない考えを浮かべながら、再びスラスターを数秒噴かした。
航海士席に戻ってから3時間に近いが、スラスターを噴かしたのは今回を入れて2回目、時間にすれば10秒に届かない。
ジャイロも見るし連動してコンピュータの補助もあるが、ジャストタイミングを見計らって最小限のスラスター噴射を指示するのは、いまだ人間の勘の方に1日の長がある。
後ろが妙に静かなのが気になるが赤ん坊でもあるまいし、気密室とトイレの扉は何度か開いて閉じた。少なくとも生きている。
気密室にモニターをつけなかった設計者は間違いなくバカだが、このレベルのバカの場合はそれで正解なのかもしれない。
つけるとすれば気密室とトイレの両方につけただろう。
両方にあるのがいいか、両方ともないのがいいか……気密室用のモニターセットをオプションで売っていたら、買って取り付けよう。
もちろん、火星に着いてから。
ジャイロに目をやる。回頭は、ほぼ停止したようだ。
厳密にはまだ若干の傾きがあるが、これからは根を詰める作業になる。
アドレナリンが出ているのか疲労は感じないが、だからこそ細かい作業は避けるべきだ。
一晩寝る方が、おそらく上手く、そして早くすむ。
俺は航海士席に身体を固定して、そのまま仮眠に入った。
電源が切れるように一瞬で眠りに落ちるのは、宇宙船乗りの特技と言うより必修テクニックだ。
どれほど眠っただろうか。俺が起き出して気密室のドアを開けると、ガキは……寝ていた。
首のベルトを安全帯に引っかけて、部屋の真ん中にぷかぷかと浮かんで寝息を立てていた。
ベッドや先ほどの俺のようにシートのベルトで身体を固定して眠るのが教科書の推奨だが、現実にはこうやって寝る。
俺自身、安全帯こそしないものの、普段はセンターチューブで同じようにして眠る。
安全帯か。
これをしていないと、寝相が悪いときは寝返りなどの反動で身体が流れて、壁や床に叩きつけられることもある。
背中ならともかく、このガキの貧相な身体では、胸より先に顔をぶつける。
俺がつけてやったベルトがあったからこそできた芸当だが、トランクス1枚で浮かんで寝る俺よりも、むしろ模範的とすら言える。
俺はガキの頭を軽くノックして起こし、気密室の中をチェックに見渡す。
コイツがただのガキならケツでもどこでも揺すれるが、メスガキとなると少し躊躇する。
ガキはテストの採点を待つような目で、俺の視線の先を追いかけた。
「よし。及第点だ。ご褒美に着替えをやろう」
あくまで好意で言ったつもりだが、前の冗談を真に受けていたのか、ガキは腕をクロスして胸に当ててガードを固める。
「これ。ホンマにヘンタイに売るん?」
「バカヤロウ!
ただの洗濯だ!
知り合いにヘンタイは……いるかもしれんが、カミングアウトしてないんで、俺は知らん!」
そう言うと、代わりのトランクスとTシャツを渡した。
トランクスは、今ガキが身につけているのとほとんど同じデザインの、ブルーのチェックで隙間がブラウンのもの。
Tシャツは、やはり木星で買った、ゲームのキャラクターだ。
ゲーム中では帽子をかぶっていたような気がするが、シャツの絵柄は脱いでいる。ただ、ヒゲで一目瞭然だ。
2度目となると慣れたもので、ガキはやはり背中を向けてTシャツをかぶり、トランクスを履いてゴムを締めて縛った。
こちらを向きなおして、言われる前に首の穴をくるりと肩に回した。
俺はガキを引っ張って管制室に入り、ガキを船長席に座らせると6点式シートベルトを締めてやり、俺自身は航海士の席に収まった。
空席は、機関士の席だ。
3つのシートが、今通ってきた穴の開いたテーブルを、中華料理のテーブルのように囲む。
もちろん料理はないが、穴を閉めるとそこに3D映像が投影された。
ガキを船長席に座らせたのは、もちろん「敬意」などではない。
むしろ逆だ。
俺の座る航海士の席や機関士の席には多数のボタンやレバーがある。
それによって、スラスターをはじめとするカージマーの各部を動かすことができる。
何も知らない素人が興味半分でうれしそうに触ったら、大惨事もあり得る。
対して船長席には通信設備くらいしかない。
下手くそな歌を歌われたところで後日失笑を買う程度で、船にダメージはない。
テーブル中央に投影された3D映像は、この船を映している。
4本伸びたスラスターから、今現在のこの船を投影したものだ。
同時に、背面パネルと天井パネルが、この船から見た周辺の宇宙空間を映し出す。
ガキが「すげー!」ってはしゃぐのを「いいから座っておけ!」と一喝して、レバーを握る。
足元のペダルを静かに踏み込む。同時に、中央の3D映像の下が揺らぎ、腰がシートに沈んだ。
スラスターが噴射を始めたんだ。推進力を得たカージマーは、そのためにGを受ける。
0.3Gという地球重力の1/3にも満たないGだが、無重力に慣れた身体には、大気の底から衛星軌道を目指すロケットのそれのようにも感じる。
握ったレバーをかすかにひねる。
船体が、センターチューブを中心にして「自転」を始めた。
スラスターはスラスターリングという輪で、船体を中心軸に回転させることができる。
今度は背中がシートに押しつけられる。
賑やかだったガキは、口を開けてぽかんとしている。
種明かしというほどでもないが、説明をしよう。
単純にスラスター基部をモーターで回転させても船体との質量差のため、ただスラスターの「X」が回るだけだが、噴射によって推進力を得たスラスターはベクトルによる推進力を得て、船体の方を回す。
その回転が、外向きの遠心力によるG=重力を作る。
この仕組みを最も大きくしたものが惑星の静止軌道上に浮かぶスペースコロニーで、地面を歩くことはもちろん、金さえあればお湯を張った風呂にも入れる。
それに加えて、回転を得たカージマーはライフリング効果を得て直進を安定させる。
スラスターは軌道修正のためというか、軌道修正のためにスラスターがあると順番を入れ替えた方が正しい。
45mも船本体から離しているのも、安全のためでもあるが効率性という意味合いも大きい。
離れていればそれだけ小さな力で大きな進路変更を可能にする。
ちゃんと4器同調して反応すると、安定性も飛躍的に高まる。
単純計算だが、曲がるときに必要なエネルギーは、Rの累乗に相関する。
半径1光秒で曲がるのと半径2光秒で曲がるのでは、この船の場合、必要なスラスター剤の量は200分の一という差を生む。
使用するスラスター剤を最小に絞りつつ、船の安定と姿勢制御を得るのが目的だ。
ガキを気密室から引っ張ってきて船長席に座らせたのも、ガキが壁に当たって不規則な振動が出たら制御が難しくなるからにすぎない。
と。俺がガキに説明してる間、シートに埋まったガキは俺を見てニヤニヤしていた。クソ気味が悪い!
俺は安堵の気持ちを悟られないよう、あえてぶっきらぼうを装った。
「バカヤロウ!
気密室がめちゃくちゃじゃねえか!
オマエがきれいにしろ。それまでは飯抜きでここに缶詰だ!
と。服はそのままよこせ。高く買ってくれるマニアがいるそうだ」
「やっぱりヘンタイのロリコンやんか!」
鼻で笑って気密室を出た。
トイレルームからスポンジとポリ袋を取って戻り、ガキに投げて渡した。
ガキはそれを受け取ると、ぶつぶつ言いながらも浮遊する液体をスポンジにしみこませ、ポリ袋の中で絞る。
無重力下での、掃除の仕方は知っているらしい。
管制室に戻った俺は航海士席に座り、ジャイロセンサーで船体の姿勢をチェックした。
予想外に時間を使ってしまったが、まだ間に合う。
カウンターにスラスターを少し噴かした。
こんな風に表現すると、振り子や蛇のように頭を振るイメージだが、カウンタースラスターは回頭速度を減速するだけだ。
少しづつ旋回速度を落とし、船が正面を向いた瞬間にぴたりと止める。
それも、ごく少量を短時間噴いては止めるのを繰り返す。
振り子のように頭を振ればスラスター剤をムダにするし、噴き続けても同じ事だ。
スラスター剤の温存は、何もコストの理由だけではない。
1器あたりドラム缶3つ分しか搭載されていないスラスター剤で木星から火星に行くんだ。
もちろんマージンは取っているが、それでもこんな不慮の事故でスラスター剤を使ってしまう。
この後、さらに大量のスラスター剤を使う航路修正が最低でも3回ある。
ただのジンクスと笑いたいが、一度事故った航海ではさらに事故が連続するともいう。
航路修正の途中でスラスター剤が切れたら、この船は宇宙の彼方に消えるか、太陽に突っ込んで蒸発するかという運命になる。
スラスター剤の使用を最小限にすることは航海を達成して生き抜くため、それこそ徹底的に叩き込まれる。
とはいえ、気の長い仕事なのは確かだ。
数秒間スラスターを噴いたあとは、何時間単位で待つことになる。
あ。
俺が使っている「時間」や「日」は、人類の半数以上が住む火星ではなく地球時間だ。
地球には「本社だけ」置いている大企業とか、トレーダーなどの資産家や有力政治家が多い。
リゾート観光客を含めても火星の4割程度の人口しかいないが、権威と発言力が最も大きい。
「火星標準時」とか「木星標準時」という但し書きがなければ、地球標準時を「標準時」とする。
もちろん、火星や木星の衛星、さらにその周辺に浮かぶコロニーやドームでは現地標準時間を使う場合もあるが、惑星間宇宙船の場合は地球標準時間が大原則だ。
少し余談めくが、1日24時間のうち16時間は船内照明が白色灯になって「昼」と呼び、8時間はオレンジ灯(=赤灯)になって「夜」と呼ばれる。
軍艦を含む惑星間宇宙船でこの設定は絶対で、たとえ交戦中の戦艦であっても例外はないらしい。
地球と言えば。
あのガキには「地球訛り」があった。
もっとも、俺を含めて人類のほとんどが地球言語をベースにしているが、あのガキのは「訛り」だ。
古典の教科書または歴史参考書に出てくるような名門旧家しか使わない。
それにあこがれて、一部の上流階級の家系ではあえて「矯正」するとも聞くが、木星の労務者が使う言葉ではない。
……労務者か。
俺は少し、自分の中で合点がいった。
地球には、大企業の「本社」が多数ある。
そこで本社採用になったエリートがヘマをして、木星に飛ばされたという例はよく聞く。
そいつが木星で話していたのを聞いて覚えたというのは、十分にあり得る。
奴隷なら働かせているのはマフィアかギャングか、ともかく現地の連中だが、労務者の場合は地球出身の上司を持っていてもおかしくない。
大企業の多くは本社だけ地球に置き、商業部門を火星、鉱山部門を木星に構えるのがむしろ一般的だ。
とりとめのない考えを浮かべながら、再びスラスターを数秒噴かした。
航海士席に戻ってから3時間に近いが、スラスターを噴かしたのは今回を入れて2回目、時間にすれば10秒に届かない。
ジャイロも見るし連動してコンピュータの補助もあるが、ジャストタイミングを見計らって最小限のスラスター噴射を指示するのは、いまだ人間の勘の方に1日の長がある。
後ろが妙に静かなのが気になるが赤ん坊でもあるまいし、気密室とトイレの扉は何度か開いて閉じた。少なくとも生きている。
気密室にモニターをつけなかった設計者は間違いなくバカだが、このレベルのバカの場合はそれで正解なのかもしれない。
つけるとすれば気密室とトイレの両方につけただろう。
両方にあるのがいいか、両方ともないのがいいか……気密室用のモニターセットをオプションで売っていたら、買って取り付けよう。
もちろん、火星に着いてから。
ジャイロに目をやる。回頭は、ほぼ停止したようだ。
厳密にはまだ若干の傾きがあるが、これからは根を詰める作業になる。
アドレナリンが出ているのか疲労は感じないが、だからこそ細かい作業は避けるべきだ。
一晩寝る方が、おそらく上手く、そして早くすむ。
俺は航海士席に身体を固定して、そのまま仮眠に入った。
電源が切れるように一瞬で眠りに落ちるのは、宇宙船乗りの特技と言うより必修テクニックだ。
どれほど眠っただろうか。俺が起き出して気密室のドアを開けると、ガキは……寝ていた。
首のベルトを安全帯に引っかけて、部屋の真ん中にぷかぷかと浮かんで寝息を立てていた。
ベッドや先ほどの俺のようにシートのベルトで身体を固定して眠るのが教科書の推奨だが、現実にはこうやって寝る。
俺自身、安全帯こそしないものの、普段はセンターチューブで同じようにして眠る。
安全帯か。
これをしていないと、寝相が悪いときは寝返りなどの反動で身体が流れて、壁や床に叩きつけられることもある。
背中ならともかく、このガキの貧相な身体では、胸より先に顔をぶつける。
俺がつけてやったベルトがあったからこそできた芸当だが、トランクス1枚で浮かんで寝る俺よりも、むしろ模範的とすら言える。
俺はガキの頭を軽くノックして起こし、気密室の中をチェックに見渡す。
コイツがただのガキならケツでもどこでも揺すれるが、メスガキとなると少し躊躇する。
ガキはテストの採点を待つような目で、俺の視線の先を追いかけた。
「よし。及第点だ。ご褒美に着替えをやろう」
あくまで好意で言ったつもりだが、前の冗談を真に受けていたのか、ガキは腕をクロスして胸に当ててガードを固める。
「これ。ホンマにヘンタイに売るん?」
「バカヤロウ!
ただの洗濯だ!
知り合いにヘンタイは……いるかもしれんが、カミングアウトしてないんで、俺は知らん!」
そう言うと、代わりのトランクスとTシャツを渡した。
トランクスは、今ガキが身につけているのとほとんど同じデザインの、ブルーのチェックで隙間がブラウンのもの。
Tシャツは、やはり木星で買った、ゲームのキャラクターだ。
ゲーム中では帽子をかぶっていたような気がするが、シャツの絵柄は脱いでいる。ただ、ヒゲで一目瞭然だ。
2度目となると慣れたもので、ガキはやはり背中を向けてTシャツをかぶり、トランクスを履いてゴムを締めて縛った。
こちらを向きなおして、言われる前に首の穴をくるりと肩に回した。
俺はガキを引っ張って管制室に入り、ガキを船長席に座らせると6点式シートベルトを締めてやり、俺自身は航海士の席に収まった。
空席は、機関士の席だ。
3つのシートが、今通ってきた穴の開いたテーブルを、中華料理のテーブルのように囲む。
もちろん料理はないが、穴を閉めるとそこに3D映像が投影された。
ガキを船長席に座らせたのは、もちろん「敬意」などではない。
むしろ逆だ。
俺の座る航海士の席や機関士の席には多数のボタンやレバーがある。
それによって、スラスターをはじめとするカージマーの各部を動かすことができる。
何も知らない素人が興味半分でうれしそうに触ったら、大惨事もあり得る。
対して船長席には通信設備くらいしかない。
下手くそな歌を歌われたところで後日失笑を買う程度で、船にダメージはない。
テーブル中央に投影された3D映像は、この船を映している。
4本伸びたスラスターから、今現在のこの船を投影したものだ。
同時に、背面パネルと天井パネルが、この船から見た周辺の宇宙空間を映し出す。
ガキが「すげー!」ってはしゃぐのを「いいから座っておけ!」と一喝して、レバーを握る。
足元のペダルを静かに踏み込む。同時に、中央の3D映像の下が揺らぎ、腰がシートに沈んだ。
スラスターが噴射を始めたんだ。推進力を得たカージマーは、そのためにGを受ける。
0.3Gという地球重力の1/3にも満たないGだが、無重力に慣れた身体には、大気の底から衛星軌道を目指すロケットのそれのようにも感じる。
握ったレバーをかすかにひねる。
船体が、センターチューブを中心にして「自転」を始めた。
スラスターはスラスターリングという輪で、船体を中心軸に回転させることができる。
今度は背中がシートに押しつけられる。
賑やかだったガキは、口を開けてぽかんとしている。
種明かしというほどでもないが、説明をしよう。
単純にスラスター基部をモーターで回転させても船体との質量差のため、ただスラスターの「X」が回るだけだが、噴射によって推進力を得たスラスターはベクトルによる推進力を得て、船体の方を回す。
その回転が、外向きの遠心力によるG=重力を作る。
この仕組みを最も大きくしたものが惑星の静止軌道上に浮かぶスペースコロニーで、地面を歩くことはもちろん、金さえあればお湯を張った風呂にも入れる。
それに加えて、回転を得たカージマーはライフリング効果を得て直進を安定させる。
スラスターは軌道修正のためというか、軌道修正のためにスラスターがあると順番を入れ替えた方が正しい。
45mも船本体から離しているのも、安全のためでもあるが効率性という意味合いも大きい。
離れていればそれだけ小さな力で大きな進路変更を可能にする。
ちゃんと4器同調して反応すると、安定性も飛躍的に高まる。
単純計算だが、曲がるときに必要なエネルギーは、Rの累乗に相関する。
半径1光秒で曲がるのと半径2光秒で曲がるのでは、この船の場合、必要なスラスター剤の量は200分の一という差を生む。
使用するスラスター剤を最小に絞りつつ、船の安定と姿勢制御を得るのが目的だ。
ガキを気密室から引っ張ってきて船長席に座らせたのも、ガキが壁に当たって不規則な振動が出たら制御が難しくなるからにすぎない。
と。俺がガキに説明してる間、シートに埋まったガキは俺を見てニヤニヤしていた。クソ気味が悪い!
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