我は山本勘助

瀬戸 生駒

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我は山本勘助

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 俺は誰だ?
 もちろん、自分の名前を知っているし、県立高校2年で、クラスも出席番号も覚えている。
 なんなら成績も、年齢=彼女いない歴なのも知っている。
 それでも俺は問う。
 俺は誰だ!

 駅で電車を待ちながらガチャを回していたら、ホロ演出だ。
 思わず小躍りしたのがまずかった。
 小太りのオッサンにぶつかり、体格差というか体重差ではじき飛ばされ、線路に落ちた。
 そこにタイミング良く(悪く?)電車がきた。

 笑うくらいベタだが、それで転生したのだろう。
 俺も、所詮は高校生レベルだが、クラスで「重課金兵」とからかわれる程度にはガチャを回しているし、暇つぶしにネット小説も読む。
「転生」なんて、そこらにありふれていて、自分でも驚くくらいあっさり受け入れられた。
 だが、だからこそ俺は問う。
 俺は誰だ?

     ◇    ◇    ◇    ◇

 空は高く青く、空気は澄み切っている。
 少し離れたところでケンカのような声は聞こえるが、それ以外には自動車のエンジン音もしない。
 周りを見渡すと、少し丈の長い草が生い茂っていて、緑が濃い。
 近未来系異世界ではなく、ファンタジー系か?

 俺は自分の格好を、改めて見直した。
 つぎはぎだらけの布の服をまとい、右手には長い棒を持っている。
 ……だけだ。
 靴も履いていないし、兜もない。
 レベル1の初期装備か。

 隣にいる、俺より少し年上の男を見た。
 服装も装備も俺と似たり寄ったりだから、たぶんレベルに大差はないだろう。
 あえて言うなら、棒の先に刃物をくくりつけていて、槍のようにも見える。
 やはりつぎはぎだらけの服を着て……ボタンの1つもなく帯というか雑巾のような布を紐のようにして、腰に巻き付けて上着を留めただけの、着物ようにも見えるから和風世界か。

 俺は思わず口元がにやけた。
 センター試験では日本史をとるつもりだったから、それなりに勉強もしている。
 もし、この世界が日本史風ならば、大チャンスだ!

 転生したのが戦国日本なら、ホロはもちろん織田信長。
 武田信玄や上杉謙信でも、時間浪費イベント「川中島」をキャンセルすれば、天下人ルートがとれる。
 ……いや。それはないか。
 どちらも有力武将の子供で、今の俺の格好とは整合しない。
 とすれば……豊臣秀吉!

「くそう!」
 俺は思わず毒づいた。
 豊臣秀吉が農民出身で、幼名が「日吉丸」というのは有名だが、あまりに立派すぎて後世の捏造という説が有力だ。
 なまじ日本史を勉強していたせいで、おれはSホロクラスの可能性を自分で否定する羽目になってしまった。
 とすれば……俺は誰だ!

「あ!」
 出自不明で個人の戦闘力はほとんどないが、権謀術数と先読みで頭角を現した人物がいる。
 武田信玄の軍師、山本勘助だ。
 参考書の山本勘助=俺だとすれば、すべてに合点がいく。
 川中島で戦死するが、川中島イベントをキャンセルするのは戦国ゲームでは常識だし、ならば死亡フラグも立たない。
 戸籍も住民票もないだろう。
「山本」なんて、「鈴木」と同じくらい、偽名の定番だ。
 山本勘助になって信玄の軍師になり、武田幕府を開かせるルートも……なんなら土壇場で下克上を起こして信玄を葬り、俺が天下人になるルートもあり得る!

 俺の想像を補強する材料は、実は……ある。
 さっきから聞こえる喧噪だ。
 おそらくいくさだと想像はつくが、銃声は全くしない。
 つまり火縄銃、種子島の伝来以前だ。

 ぐい!

 横にいたさっきの男。「雑兵B」とでもしてくが、ソイツが俺の着物を掴んで、引き倒した。
「ばかやろう! ぼうっと突っ立って死にたいのか!
 いや。おまえが一人で目立って勝手に死ぬのはかまわないが、敵がこっちに来たら、巻き添えになってしまう。
 俺まで殺す気か!」

 ククククク……。
 目の前しか見えていない雑兵らしい言いぐさだ。
 だが、俺を心配してくれた心意気はありがたい。
 俺が天下を取るか、信玄の重臣となったときには、旗本くらいには取り立ててやろう。

「悪かった。礼というわけではないが、恩には報いたい。
 アンタがもう少し生き延びられたら、出世も恩賞も……」
「わはははははは……」
 言いかけた俺の言葉を遮って、雑兵Bの笑い声が響いた。
 そして……あり得ない言葉を吐いた。

「オマエも『山本勘助』か?」

     ◇    ◇    ◇    ◇

「は……」
 言葉を失いしゃがみ込む俺に、雑兵Bは槍を手にしたまま、身体を大の字に地面に投げ出して、苦笑と失笑を交えながら話し始めた。

「何人も……そう、オマエが十人目だが、自称『山本勘助』が出てきては、村から出て行く。
 といっても、ホームレスが生きられる時代でもないし、のたれ死にが関の山だろう」

「ホームレス」ぅ?

 出てくるはずのない単語に言葉と思考が飛んだ。
「俺が知っているだけで十人。日本中なら何人の『山本勘助』がいるのやら。
 ……ククク」

「山本勘助」というのは、この世界では「将軍」や「大名」、なんなら「右大臣・左大臣」のように、個人名ではなく地位なのか?
 俺はてっきり「昔の日本に似た、自分の知識と常識が通じる世界」に転生したと思っていたが、根本がずれていた?

 しかし、雑兵Bの次の言葉が、それすら否定した。
「俺も、ひょっとしたら自分が『山本勘助』じゃないかと思ったんだけどな。
 上杉謙信と同盟を結んで西進。
 途中で織田信長を踏みつぶして憂いを絶って、天下人……ってルートを武田信玄に献策しようと」
 俺は酸欠の金魚みたいに、口をぱくぱくさせるだけだった。

「順番が逆になったが、俺は2008年から来た。
 Fラン大学だから日本史はおぼつかないが、ゲームはやりこんでいるぞ。Fランだから」

 ちょっと待て!
 俺以外にも……コイツも転生してきたのか?
 それが十人。あるいはそれ以上?
 否定しようにも「Fラン大学」「ゲーム」「ルート」って……この時代の発想じゃない!

 あ!
「今は何年ですか?」
「永享二年……らしい。俺も寺の和尚に聞いただけで、それが西暦何年かはわからない。Fランなんだよ」
 クソ役に立たない。
 いや、質問を変えればいいんだ。
 歴史イベントから時代を見極める!
「桶狭間はもう終わったんですか?」
 真顔で問う俺に、雑兵Bは溜息を吐いて、かぶりをふった。
「桶狭間どころか、まだ応仁の乱も起きてないよ。
 信長どころかそのオヤジすら生まれてない。
 もちろん、武田信玄なんて、種もできてない」

 すこし間を空けて、溜息交じりに話を進めた。
「なんで、みんながみんな、群雄割拠の戦国時代にタイムスリップできるって思うのかね。
 そんな時代は日本史全体の1割か2割しかないってのに」

 ……アホかぁ!

 戦国イベントが始まる前?
 こんな時代に転生してきて何ができる?

「信じたくない気持ちはわかるけどな。
 日本人一億三千万人のなかからたった一人、自分だけがタイムスリップできたと思うか?
 年末ジャンボで一等前後賞を当てるより、確率が低いぞ」
 さらに追い打ちをかけた。
「日本史を遡ったら、死んだのは何十億人か何百億人、その中で一人だけって?
 そんな希少種なら、戦国武将じゃなくて釈迦やキリストになった方がいい」
 そういうと、また「ククク」と笑った。
 俺は嘲笑されているのかと憤りかけたが、むしろ自嘲のようだ。

「俺が思うに、たしかに織田信長や豊臣秀吉は転生組だろう。
 けどな。そんな有名武将に転生するよりもはるかに大勢、有象無象の……俺たちみたいな『村人A」とかに転生しているはず。
 信長や秀吉の椅子は1つしかないけど、村人ならいくらでも空きがあるってか」

「Fラン大」ということは……卒業生か在学中かはわからないが、高校2年の俺よりも少なくとも年上、つまり「大人」だ。
 大人は諦める。
 諦めて妥協するのが「大人になること」と思っている。
 が……相手から見れば「ガキ」だろうが、ガキなればこその無茶もとれる。
 教科書を書き換えて……安土桃山時代をショートカットし、家康よりも何百年も早く、自分の名前を冠した幕府を開いてやる!

 棒をもち、身を起こしかけた俺の後ろ襟首を引っ張って地面に転がして、雑兵Bが起き上がった。

「言ったとおり、9人が先に行って、どこかでのたれ死んでいる。
 アンタは……これから来る奴らに、今の俺のような話をしてやってくれ。
 そうだな。十人」
「ばっ! なんで俺が!」
「遺言だ!」
 そういうと、雑兵Bはゆっくりと歩き出した。

「設定とパラメーターがめちゃくちゃなクソゲーだ。
 ちょっとリセット、リトライしてくる!」
 そう言い残すと、雄叫びを上げながら槍を片手に、喧噪に突っ込んでいった。

     ◇    ◇    ◇    ◇

 十人か。
 名前も知らない初対面のヤツだし、「遺言」を守ってやる義理はない。
 かといって、今すぐ「リセット」するには、ちょっとタイミングと気力をそがれてしまっていた。
 すこし気力をチャージして、踏ん切りが付いたら動くとするか。

 そう思って数日おいてみたら、意外なほど次々と、「転生」されてくる。
 身につけている衣服と棒はディフォで、一見すると地場の村人と区別がつきかねるが、農民のくせに手にマメの一つもなければ、目の横に眼鏡の跡が残っているヤツもいて、見極めは難しくない。
 賢者気取りで彼らに蘊蓄を語って、村から消えていく彼らを見送った。

 バカが。

 リセットポイントは、村の外の「どこか」じゃない。
 絶えず起きている戦場いくさばの真ん中だ。
 もちろん、教えてやる義理はないから黙っているが。

 いささか余談めくが、いくさの理由は天下国家がどうこうではなく、村の境を流れる川から水をとる、水取りの場所を巡ってという、クソみたいなものだった。
 取水口が多少前後したところで、水の取り分が減るわけでもないし、俺には全く意味がわからない。

 そうして、9人を送り出し、十人目があらわれた。
 そろそろ俺も飽きてきたし、コイツを俺の「後継者」に指名して、俺もリセットポイントに突っ込む。
 なにも、闇雲な自殺願望があるわけではない。
 この世界に来る前にみた、スマホガチャのホロ演出。
 それが何のバグか、こんなことになってしまったが、そろそろ修正されているだろう。

 うずくまり、ぶつぶつ呟く転生者の背後に回って、舌なめずりして口を開く。

「オマエも『山本勘助』になるのか?」

                             ---おしまい---
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