風紀委員長は××が苦手

乙藤 詩

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高校最後の夏休み

三十二話

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そこから1週間は実家での時間を楽しんだ。祖母と一緒に店番をしたり、ご飯を食べたり、買い出しをしたり。その些細な生活が姫川にとっては何よりも大事だった。
たまに沙羅が来て一緒にご飯を食べる。あと半年ちょっと頑張れば、これが自分の日常になる。
その日を夢見て、残りの幸せな時間を楽しんだ。

そして、あっという間に日が経ち、姫川が寮に戻る日が翌日へと迫ってきていた。
此処での生活が穏やかで幸せでその分日に日に憂鬱感が増す。
夜ご飯は姫川の為にと祖母が腕を奮って、好物ばかり用意してくれた。
その気持ちが姫川には嬉しかった。
ぶりの照り焼き、青菜のお浸し、素麺の入った汁に冷奴。
それを姫川が大事そうに口に運ぶ。
「味付けはよかったかい?」
祖母も席につきながら、姫川に尋ねる。
「凄く美味しいよ。俺の好きな物ばっかりありがとう。」
そう、答えると祖母は顔をクシャッとさせて笑った。
祖母とたまに会話をしながら食事をする。食べ終わりかけた頃、
「歩が学校に帰ったら、また寂しくなるねぇ。」
と祖母がポツリと言った。その言葉がやけに家の中に響いて、姫川の心に重くのしかかった。
姫川は出来るだけ、冷静に
「また、冬休みには戻ってくるよ。」
と言った。寂しさが顔に出てないか心配になる。優しい顔で姫川を見ていた祖母は、やがて小さく微笑むと、
「そうかい?じゃあそれを楽しみに私もまだまだ頑張らないとね。」
と言った。それが祖母なりの強がりだと姫川にも分かっていた。特に会話が弾む訳でもなく、静かで穏やかな食事が進む。
姫川は祖母が自分の為に作ってくれたご飯を目一杯味わって食べた。

翌日、姫川は目を覚ますと気分が乗らないまま寮へ帰る準備をしていた。そこに、沙羅がやってきた。
「歩、もう帰るの?」
沙羅が少し寂しそうな顔をして姫川に聞いた。
「あぁ、用意が出来たら帰るよ。」
姫川が出来るだけ感情を出さないようにそう言うと、何かを言いたいのか沙羅がもじもじし始めた。
「何?何か用でもあった?」
その様子に姫川が首を傾げる。
「あの、えっと、前その電話で転校生の話をして・・・」
沙羅が言わんとすることが判り、姫川の顔が引き攣る。
「歩も休みの間は思い出したくないかなって私も言わないようにしてたんだけど、私、どうしても心配で。」
そう言う沙羅の目は真剣だった。本当に自分の事を心配してくれているのが見てとれた。
「大丈夫だよ。」
出来るだけ沙羅を安心させるようにそう言うが、沙羅は不安そうな顔を浮かべるだけだった。
「歩は学校では頑張って、弱い所を見せないようにしてるのは知ってるよ。でも、苦しい時は出来るだけ誰かに頼ってほしい。歩が本当は優しいこと私は知ってるよ。でもだからって、全部を自分で背負わなくていいんだからね。」
いつもは強気で姫川を揶揄うことも多い沙羅なのに、今は真剣な顔で姫川をじっと見ていた。
姫川は小さく溜息を吐くと沙羅を安心させるように言った。
「分かった。風紀のみんなにも転校生の事はちゃんと話すつもりだから。色々協力してもらうよ。だから大丈夫。」
姫川の真意を確かめるようにその後も暫く顔色を窺っていた沙羅だがやがて、諦めたように目を逸らした。
「うん。絶対約束だからね。私は何も出来ないけど話くらいならいつでも聞くからね。」
「あぁ、ありがとう。」
沙羅の気持ちは純粋に嬉しかった。でも、多分対峙しないわけにはいかないだろうとも思う。牧瀬が襲われかけた今、柏木とはまたきちんと話さないといけないと姫川は密かに拳を握りしめるのだった。

その後、沙羅と祖母に見送られ姫川は家を後にした。別れ際、
「気をつけて行くんだよ。」
と祖母に抱きつかれ、姫川は寂しさが込み上げてきた。しかし、祖母に心配をかけないよう出来るだけ笑顔で
「うん。ばあちゃんも体に気をつけてね。」
と言って別れた。沙羅も少し寂しそうな顔をしながら姫川に手を振った。
毎回この瞬間が1番辛くなる。
そしてその度にもう少しの我慢だと姫川は自分に言い聞かせるのだった。



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これで夏休み実家編は終わりです。
やはり予想以上に長くなってしまいました…
次は2学期までの1週間と夏休み番外編を少し書きたいと思います。
その前に少しお休みを頂きます。
次回の更新も楽しみにしてくれたら嬉しいです!


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