風紀委員長は××が苦手

乙藤 詩

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嵐のような怒涛の1学期

四十七話

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いよいよ夏休みが近くなって来た。このまま夏休みが来て直ぐにでも祖母の家に帰宅したかったが、姫川にはもう一つ片付けておかないといけない仕事があった。
かなり気持ちは進まないし、出来る事なら関わりたくないが、そういう訳にもいかなかった。
姫川は放課後、2年の教室まで足を伸ばした。気が乗らないので、足に重しがついているのかというくらい足取りが重い。
何とか2年の教室に辿り着き、目的の人物を探す。廊下まで随分と騒がしい声が聞こえていたので目的の人物は直ぐに見つかった。
「柏木。」
教室のドアの辺りで柏木の名前を呼ぶ。思ったより、低い声が出て、そのせいで教室が一瞬シーンと静まり返った。
「えっ?何で?」
「柏木に何の用かな。」
と口々に生徒達が言っているのが聞こえる。
「何々?どうしたの?姫ちゃん。俺に会いに来るなんて珍しいね。」
嬉しそうな笑顔を見せながら、柏木が生徒達の間を縫う様にしてやって来る。その顔に辟易しながら無表情で姫川が言う。
「少し話がある。今、時間はいいか?」
姫川の問いかけに柏木はブンブンと首を縦に振った。こうして目の前で見ても、流の件に深く関与しているとは思えなかった。
「いいよ!ここで話す?」
柏木の質問に姫川は首を横にする。
「あまり人に聞かれたくない。俺について来てもらってもいいか?」
姫川の言葉に柏木はニヤッと妖しい笑いを返した。
「何?もしかして恋愛関係?えぇー。」
どこまでもふざけている柏木に段々と腹が立ってくる。姫川は無言のまま歩きだした。その後を柏木がひょこひょこついて行く。その様子を他の生徒が興味津々でずっと見ていた。

柏木を人気の少ない校庭裏に案内した。姫川が無言なのに対し、柏木はずっとヘラヘラ姫川に話しかけていた。
「こんな所に連れてくるなんて~。怖いなぁ。」
全く怖がってない感じで柏木が言う。しかし、姫川は正直それどころではなかった。もし、柏木が流の件を仕組んだとしたら、とんでもない人物と今、2人きりになっていることになる。
校庭裏に着いて、一息つくと姫川は核心に触れる。
「流の件は、お前が仕組んだ事なのか?親衛隊長の2人から話を聞いたがその2人共からお前の話が出た。偶然で終わらすには余りにも不自然じゃないか?」
柏木の顔を見ても瓶底眼鏡のせいで何を考えているのか、さっぱり読めなかった。只さっきまでヘラヘラしていたが、今はもう笑っていなかった。
「えっ?何?姫ちゃんはもしかして俺が何かしたって思ってんの?」
「違うのか?」
心外だと言わんばかりに言い返してくる柏木に姫川も冷静に返す。
「親衛隊が言ってた事なんだろ?あいつら、俺が生徒会のメンバーと仲がいいからって俺を毛嫌いしてるじゃん。そんな奴らの言うことを姫ちゃんは信じるんだな。」
「あいつらなら、柏木を陥れるとしても、正木や流まで傷つけようとはしない筈だ。」
尤もな姫川の返しに一瞬柏木が黙る。しかし直ぐに余裕を取り戻した様に、薄ら笑いを浮かべた。その顔を見て何故か姫川はゾクッとした。
「ふーん。姫ちゃんは俺を信じないわけね。でもさぁ、証拠はあるの?俺が流の事に関わっているっていう証拠があるのかな?証拠もないのにこうやって疑われるのは本当に傷つくなぁ。」
姫川は難しい顔をした。所詮自分も人づてに聞いただけで柏木がこの件に関わっているという確固たる証拠など勿論持ち合わせていなかった。
姫川が次に何と返そうかと悩んでいると、
「っていうかさぁ!姫ちゃんって俺のこと苦手だよね?」
と一際大きな声を出して、姫川にグイッと一歩近づいた。その口調と行動に姫川は警戒心を強め、同じように一歩後ずさった。
「だったらあんまりこういうことしないほうがいいと思うなぁ。俺とあんまり関わりを持ちたくないと思ってるんだろ?」
いつもの柏木と雰囲気が違う気がして姫川は眉根を寄せる。
「俺を脅すつもりか?」
姫川が低い声を出すと、柏木がニヤッと嫌な笑い方をした。
「まさか。そんなつもりはないよ。俺は姫ちゃんが心配なだけ。他人の事に首を突っ込んで、自滅していかないかなって。だってー」
そう言うと柏木はグッと一気に姫川の方に距離を詰めてきた。その勢いに驚いて後ろに下がると、背中は壁にぶつかった。壁際まで追い詰められたことに姫川は焦りを感じた。横に逃げようと体を動かすと、
ダン!
それを阻むように、姫川の顔の横に柏木が強い力で手を付いた。
「姫ちゃんって、こういうことされるの苦手だろ。」
柏木は挑発的な声で言った後、そのまま姫川の首筋に顔を埋めた。そして、ペロッと舌で姫川の首を舐める。ゾワッとした感覚が一気に体を駆け巡る。
「やめろっ!」
姫川は柏木の体を思いっきり押し飛ばした。姫川は顔を真っ赤にして叫ぶように柏木に言った。
「何してんだ!ふざけるなよ!」
柏木に舐められた首をゴシゴシと手で拭う。
「ほらね。ちょっと揶揄っただけで直ぐその反応。そんな体のくせに、すぐ厄介ごとに首を突っ込もうとするなんて無謀だよ。だから、俺に関わるのはもう止めといたほうがいいよ。」
姫川に押し飛ばされて尻餅をついているにも関わらず相変わらず楽しそうに話す柏木に、姫川は恐怖を感じた。柏木はパンパンとお尻を手で叩くと、姫川に躊躇いもなく歩み寄ってきた。姫川がグッと身構えていると、柏木は顔を近づけて言った。
「そうじゃないと俺が姫ちゃんを喰っちゃうよ。」
「!?」
そう言って口元だけに笑みを浮かべる柏木に姫川は目を見開く。蛇に睨まれたカエルのように姫川はその場から動く事ができなくなっていた。
そうしていると、柏木が俯いた。
くっくっくっ
小刻みに体を動かしながら、声を漏らす柏木を姫川は黙って見ていた。すると、突然大声で笑い出した。
「はははっ!姫ちゃんの顔・・・くくっ面白い。嘘だよ。俺がそんな事するわけないだろ。累の事にも本当に関わってないよ。俺はあいつらのこと、すっごく大事な友達だと思っているしね。」
いきなり笑い出したかと思うと、いつもの調子に戻った柏木に、姫川は只呆然とする。
「でも、姫ちゃんが俺を疑うからちょっと意地悪したんだよ。もう酷いんだから姫ちゃんは。」
柏木の異様な様子に姫川はすっかり言葉を失っていた。色々な顔を見せる柏木はどれが本当の姿かわからなくさせた。
「でも言ったことは本当だから。あんまり余計なことに首を突っ込まないほうがいいと思うよ。俺はちゃんと忠告したからね。」
そう言うと、未だ話せない姫川を置いて、柏木は去っていった。
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