風紀委員長は××が苦手

乙藤 詩

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嵐のような怒涛の1学期

二十八話

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「くそっ、もういいだろう。いい加減離せって。」
寮に着いても一向に手を離そうとしない正木に姫川が必死な様子で声を掛ける。
「じゃあ俺と一緒に勉強するか?」
クルッと振り返って聞いてくる正木に姫川は困惑する。
「何で俺と勉強するんだよ。1人の方がよっぽど集中できるだろうが。」
「何で?俺といるとこの前の事思い出して意識しちゃうとか?」
姫川は遠回しに正木と勉強するのは嫌だと伝えたつもりだったが、逆に妖しい笑みを返されたじろぐ。
「かっ、柏木がいるだろ?俺とじゃなくてあいつと勉強しろよ。」
姫川が言うと正木があからさまに溜息を吐く。
「柏木、柏木とうるさい奴だな。あいつとは学年も違うし、試験内容も違うだろう。もうつべこべ言わずに俺の部屋に来い。」
「お前の部屋⁉︎」
正木の言葉に姫川が焦り出す。正木の部屋に行くと、この前のことを嫌でも思い出してしまう。
必死にこれ以上腕を引っ張られないよう足に力を込める。しかし正木の力が予想以上に強く、姫川の意思に関係なく、段々と正木の部屋に近づいていく。
「お、おい待てって。ちょっと一旦手を離して落ち着けよ。」
「ダメだ。手離すとすぐ逃げる気だろ。今日は逃さないからな。」
只の勉強の話とは思えない正木の発言に姫川の顔が青ざめる。
「わ、わかったから。一緒に勉強するから。お、俺の部屋にしないか?」
苦し紛れに姫川が言うと、ピタッと正木の動きが止まった。
「あぁ、いいよ。お前の部屋で。」
そして、姫川の方を振り向くと本当に嬉しそうな顔で正木はそう返した。その顔に一瞬ドキッとして、姫川は目を逸らす。
こうして渋々、姫川は正木を部屋へ招く事となった。

カリカリカリカリ
机の問題に向かって、ペンを走らせる音だけが室内に響く。姫川と正木はソファに隣同士で座り、目の前の問題に真剣に取り組んでいた。
意外にも正木は、姫川を揶揄う事もなく静かに勉強をしている。
どういうつもりなんだ?
その行動が益々姫川を混乱させる。姫川も集中して勉強に取り組もうとするが、正木が少し身体を動かすたびにどうしても意識してしまう。
横の正木をチラッと見ると、真剣な顔で問題を解いている。少しパーマのある髪が顔に掛かりその隙間から見える横顔は誰から見てもとても魅力的だ。
横顔も嫌味なくらい整ってるな。
そんな事を思っていると、正木が机から目を上げる事もなく、姫川に声を掛ける。
「そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど。」
「⁉︎」
正木の突然の言葉に姫川は息を呑む。言われて初めて姫川は正木をずっと見てしまっていた事に気づいた。
「別に見てた訳じゃない。お前がどうしてここまでして俺と勉強したがるのか考えていただけだ。」
慌てて反論すると、正木がフッと笑った。
「そうか?てっきり俺に見惚れてるのかと思ったのに、残念だな。」
正木の余裕な態度に姫川は奥歯を噛み締める。まるで自分だけが余裕がないみたいで悔しかった。
そんな姫川の気持ちを気にする事もなく、突然正木は姫川の方を向くと言った。
「そうだ!良いこと思いついた。なぁ、今回のテスト、俺と勝負しないか?」
「は?」
突拍子もない正木の提案に姫川が目を丸くする。
「負けた方が勝った方の言う事を一つ聞くっていうのでどうだ?」
姫川が承諾する前からどんどん楽しそうに話を進めていく正木を止める。
「待て。誰もするとは言っていない。というかしない。大体いつもお前の方が成績が良いんだから、俺の方が不利になるだろうが。」
姫川の反論を聞いて、正木が意地悪く笑う。
「へぇ、姫川は今回も俺に勝てる自信がないんだ~。」
わざと挑発していることが分かる姫川は冷たく正木に返す。
「その手には乗らない。それにお前の頼み事は碌でもなさそうだしな。」
するとまた正木の纏うオーラが妖しいものに変わる。
「その碌でもなさそうな願いは、例えばどんなものがあるか教えてもらおうか?」
段々と近づいてくる正木に姫川が狼狽える。
「お、おい、近づいて来るな。」
必死に牽制するが正木には意味がなくどんどん間合いを詰めてくる。ジリジリと後ろに下がる姫川とそれを追う正木。しかし、正木と姫川の距離が目と鼻の先になったころ、急に正木の動きが止まった。
そして少し微笑むと、
「冗談だ。そんなに警戒するな。本当に今日は只お前とこうして勉強したかっただけだ。まぁでもそうだな。もしお前が勝負してくれるなら、俺が勝ったらお前の料理が食べたいな。」
と言った。その顔が少し寂しそうだったので、姫川は困惑する。
「•••」
「•••」
少しの沈黙の後、正木が気を取り直す様に言う。
「さあ、そろそろ勉強を再開しよう。只でなくても俺たちは役員の仕事もあったし他の生徒より出遅れてるんだ。」
そう言ってまた机に向き直る。姫川は寂しそうな正木の顔が頭から離れなくなり、仕方なく躊躇いがちに声を掛ける。
「それぐらいの頼みなら、勝負の事も考えてもいい。只俺が勝ったら、お前の正直な気持ちを隠さず聞かせてほしい。」
その言葉にバッと顔を上げた正木だが、姫川の言葉の意図が分からず首を傾げる。
「ここ最近俺は、お前に振り回されっぱなしだ。急に優しくしたり、怒ったり、抱きついてきたり、こうやって強引に誘ったり。お前が何を考えているのかが俺には分からない。だから俺が勝ったらちゃんと説明しろ。」
正木は姫川の言葉を聞いて一瞬、固まっていたが、すぐに顔を綻ばすと、
「あぁ、約束だ。じゃあ俺が勝ったらお前も俺に手料理を振舞えよ。」
と言った。
「分かった。凄く不本意だが約束は守る。」
姫川の答えに正木は満足そうに頷いた。俄然やる気が出た様子の正木はそこから脅威の集中力を見せ、問題を物凄い勢いで解いていった。それを見た姫川も負けじとかばかりに、プリントに齧り付く。
こうして時間も忘れて結局は2人で勉学に励む事となった。
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