せっかく異世界から帰ってきたのに、これじゃあ意味がない

乙藤 詩

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番外編

後日談①

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冬馬は1日休みをもらったことで、体力も殆ど回復していた。傷跡はまだ残っているものの、服を着てさえいれば、さほど気にならない。
とは言え、最近では様々なトラブルに巻き込まれ職場を休む事も多かったので今日の出勤は冬馬にとってはかなり憂鬱であった。
「冬馬、そろそろ支度が出来ましたか?」
そんな冬馬の気持ちも知らず、ラティーヌがいつもの調子で尋ねた。
どんなに気持ちは重くても、出勤時間は勝手に近づいて来る。冬馬は手で自分の頬も強めに叩くと意を決して家を出発した。

「冬馬?もう大丈夫なの?」
職場に着くなり晴翔が心配そうに駆け寄ってきた。眉尻が下がり、まるで捨てられた子犬の様な目で冬馬を見つめてくる。そんな晴翔に冬馬は苦笑すると、
「何て顔してんだよ。この通り、元気だよ。」
そう言って明るく笑った。
「でも、あの、」
それでも口籠る晴翔の背中を冬馬が強く一発叩いた。
「痛って!」
あまりに強烈な一撃に晴翔は目を見開き大声を出した。
「もしかして、俺に悪いとか思ってんだったら、今のでチャラな。」
晴翔が雅を簡単に信用してしまったことを、後悔していることが分かっていた冬馬は敢えて晴翔にそう言った。
「それにしても痛いよ。」
そんな冬馬の気持ちを理解した晴翔も特に謝ることはせず、冬馬に背中の痛みを訴えた。
2人が笑い合い、その場が和む。ラティーヌもその光景を微笑ましく見ていた。
「冬馬、栄さんにも挨拶に行っておきましょう。」
側で2人を見ていたラティーヌがそう言うと冬馬の腰を抱いて歩き出した。
「あぁ、そうだな。」
冬馬も特にそれを気にする事なく、ラティーヌの言葉に同意した。2人にだけ流れる濃密な空気。晴翔はそんな光景に一度目を見開くと、両手も合わせて溜息をついた。
「やっと結ばれたんだね。」
感動したように言った晴翔の言葉は、栄の部屋に向かう冬馬たちには聞こえていなかった。

「今回のことでお前たちにも色々迷惑をかけたな。」
冬馬とラティーヌが栄の部屋に入ると、栄が開口一番にそう言った。
「尊の事もそうだが、雅を安易に雇ったのも俺の責任だ。悪かった。」
きちんと冬馬やラティーヌの目を見て謝る栄は、すごく大人に見えた。
「別に栄さんの所為じゃないです。俺でも雅があんなやつだってきっと見抜けなかったでしょうから。」
冬馬が静かに答えると栄も、
「そうか。」
と短く返した。
「クロノはあれからどうですか?」
冬馬との話がひと段落したタイミングで今度はラティーヌが栄に聞いた。
「今のところは、家で大人しくしている。これからこの世界のルールや価値観を一から教え込むつもりだ。でもいずれ、この世界での生活に慣れたら、ここで働いてもらおうと思っている。」
「えっ?」
ラティーヌが一瞬驚いた顔をした後、鋭い視線を栄に送った。
「どういうつもりですか?尊や雅の事があったのに栄さんは懲りてないんですね。」
「おいラティーヌ、やめとけ。」
冬馬がすぐさま止めに入る。しかし、栄はラティーヌの冷ややかな視線を受けても涼しい顔をしていた。
「お前だって此処で真面目に働いてるだろう?ラティーヌは良くて、クロノがダメな理由でもあるのか?」
「あいつは冬馬をっー」
ムキになってラティーヌが栄に詰め寄ろうとした時、
「お前は違うのか?」
一際低くなった声で栄がラティーヌに言った。その剣呑な目を見た冬馬の体が自然にビクッと震える。
異世界での事や冬馬とラティーヌの関係をすべて知った栄が今度はラティーヌを攻める。
その言葉にラティーヌはグッと拳を握りしめた。
「やめてください。」
ラティーヌの顔を見て気の毒に思った冬馬が意を決して栄を止める。
「あぁ、俺も意地悪な言い方をしたな。クロノの事は俺が責任を持って目を光らせるつもりだ。このまま他で働かせるのも気がかりだし、納得してくれねぇか。」
栄の真剣な申し出に冬馬は小さく頷く。ラティーヌはそれでも納得できないのか、踵を返すと部屋から出ていった。
「待てよ。」
冬馬がその後を追いかけようとすると、
「おい、冬馬。」
と栄に呼び止められた。
そして、
「ラティーヌとの関係も知らず、お前の家に住まわせて悪かったな。」
と謝罪をした。栄の謝罪に一瞬目を見開いた冬馬だったが、直ぐに笑顔を見せると、
「大丈夫ですよ。あの時は確かにキツかったですけど、今は逆にこうなって良かったと思ってますから。」
と言った。
「そうか・・・」
冬馬の言葉を聞いて栄は安心したように微笑んで見せた。クロノに聞かされたであろう、冬馬の異世界での生活を栄なりに理解してくれようとしていることが冬馬は純粋に嬉しかった。しかし、
「俺も、反対はしませんが、クロノとはあまり働きたくありません。あいつとも色々ありましたから。」
と含みを持たせるように冬馬が栄に言った。
「あぁ、分かってる。お前には絶対に二度と手出しはさせないと約束しよう。」
その言葉を聞くと冬馬は栄に頭を下げて、部屋を後にした。
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