せっかく異世界から帰ってきたのに、これじゃあ意味がない

乙藤 詩

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四十八話

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栄に1日お休みをもらったラティーヌと冬馬は、その後もダラダラとした休日を過ごしていた。
体がまだ本調子ではない冬馬は少し微熱もあり、だるい体を持て余していた。
ラティーヌはそんな冬馬を気遣い甲斐甲斐しく世話をする。
2人はその日1日の大半をベッドで過ごしていた。
少し暗くなってきた部屋で、冬馬はベットに横になりながら、重い口を開いた。
「俺さ、昨日の記憶が途中から曖昧なんだよな。」
それを隣で聞いたラティーヌはそれが雅の別荘での事であることがすぐにわかった。
「車に5人で乗り込んだことは何となく覚えてるんだけど、雅と尊はどうなった?」
ポツポツと小さな声で言う冬馬の体は少し震えているように思えた。
「いやでもそれは・・・」
冬馬にとってまた辛い記憶を呼び戻させてしまう事に、ラティーヌは戸惑いを感じた。
「教えてくれないか?俺は大丈夫だから。ちゃんと知りたいんだ昨日のこと。」
冬馬の言葉にラティーヌは一度グッと奥歯を噛むと決意したように話し出した。
ラティーヌが部屋に踏み込んだ時の様子や、クロノとのやり取り。晴翔が怒ったこと。そして尊と雅が異世界に行ってしまったこと。栄がクロノを家に住まわせること。
全てを聞き終えた冬馬は驚愕の表情を浮かべていた。
特に雅と尊が異世界に行ったことが冬馬にとっては信じられなかったようだ。
「俺らの周りで異世界に行った奴らが多すぎだろ。俺が知らないだけで、異世界に行くのって日常茶飯事に起こることなのか?」
「いや、流石にそんなことはないと思いますけど。」
冬馬の言葉にラティーヌが苦笑して答えた。
最初こそ震えていた冬馬だが、全部話を聞き終えても瞳の色が決して揺らぐことはなかった。
冬馬の強さにラティーヌは更に愛おしさが募るようだった。
「くそっ、あいつらの顔、一発でもいいから殴り飛ばしたかったのにな。」
尊と雅の顔を思い出して冬馬が凶悪な顔をする。
「でも、異世界に行ったら色々苦労もすると思いますよ。まぁ私ももう一度会ったら、息の根を止めてやりますが。」
ラティーヌの言葉に冬馬が軽く吹き出す。ラティーヌも冬馬の笑顔を見て、一緒に微笑んだ。
「まぁ、あいつら性格がひん曲がってるからな。あの性格なら何処でも生きていけそうだよな。意外にタフでしぶといんだ、ああいう奴は。」
冬馬が半ば呆れたように言った。
「まぁ俺たちにはもう縁のないことです。多分もうあの2人がこっちの世界に戻ってくることはないでしょうし。」
雅が異世界に強い執着を持っていること、尊がこっちの世界でお尋ね者になっていることを考えると2人が戻ってくる事はないとラティーヌには確信が持てた。
「あと心配なのはクロノだけですね。」
クロノは冬馬と体を繋げたがっていた。栄の家に住むとなるとまた顔を合わすこともあるだろう。そうなると、ラティーヌは冬馬のことが心配で堪らなかった。
「まぁ、栄さんにも考えがあるんだろ。」
冬馬は栄に信頼を置いているようで、栄の行動を否定しなかった。
「栄さんは、クロノも私みたいになれるかもって言ってました。」
その言葉に冬馬が反応する。
「そうか・・・確かに栄さんがラティーヌを店に入れなきゃ、俺たちの関係は終わってたかもしれないな。そう考えるとあいつにもチャンスを与えてもいいのかな。」
冬馬のクロノを許すような言い方にラティーヌは眉を上げた。
「どうして!?あんな事をされたのに、冬馬はどうしてあいつを許すって言うんですか?」
冬馬の考えに納得がいかず、思わず問い詰めるような言い方になってしまう。
「晴翔に言われたんだ。お前達の世界と俺たちの世界では価値観も倫理観も何もかもが違う。だから無闇にお互いを否定することは悲しい事だって。お前にも言ったけど、お前やあいつがした事を俺は絶対に許さない。でももしあいつに変わろうという意思があるのなら、俺たちの世界に馴染もうとするのならそれを見守ってもいいのかなとは思う。」
冬馬の言い分にラティーヌは言葉を失う。
俺とお前何が違うんだ?
別荘でクロノに言われた言葉がラティーヌの胸に突き刺さりそれ以上何も言うことができなくなってしまった。
すると、冬馬がまた静かに口を開いた。
「それに、もし俺が危ない目に遭えば、お前が助けてくれるんだろ?言ったよな。もう俺の側から離れないって。」
それを聞いてラティーヌがバッと顔を上げる。そこには優しく微笑みラティーヌを見つめる冬馬の顔があった。
ラティーヌは冬馬の顔を両手で包むと優しくキスをした。
「えぇ、もう絶対に何があっても貴方の側から離れません。」
そして誓うように手の甲にキスを落とした。
「あぁ、頼む。でもお前に何かあった時は俺が助けるからな。守られてばっかじゃないって事、ラティーヌにも分からせてやるよ。」
可愛くて、優しくて、格好よくて、逞しい。色々な面を持つ冬馬にラティーヌは何度も恋に落ちる。
冬馬とラティーヌは暗くなった部屋でいつまでも体を寄せ合い、過ごした。
2人ならこれから辛いことがあっても乗り越えていける。ベッドの上で体を並べながら2人はこれからの幸せな未来を思い浮かべながら再び眠りにつくのだった。

                   終わり
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