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三十二話

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後日、ラ・ポーズの控え室で冬馬が帰りの用意をしていると、また雅が話しかけてきた。
「あのー、」
伺うような顔と声に、少しイラッとする。しかし、それを態度には出さず冬馬が聞き返す。
「何?」
その素っ気ない返しに一瞬怯んだように見えた雅だが、直ぐに言葉を続けた。
「冬馬さん今日の夜はお休みですよね?」
その質問に、冬馬が首を傾げる。確かに久々の休みで冬馬はシフトが入っていない。しかし何故それを雅が冬馬に聞いてくるのかが分からなかった。
「実は僕もお休みなんですけど、よかったら買い物に一緒に行きませんか?」
雅の言った言葉に冬馬は顔を引き攣らせる。なんで雅が自分を買い物に誘うのかも理解できない。2人で出かける程、冬馬と雅は親しくなかった。
「ラティーヌに連れて行ってもらえよ。」
「ラティーヌさんはお休みじゃないんです。」
「だったら休みの日に行けばいいだろ。悪いけど俺はー」
「晴翔さんにプレゼントを買いたいんです!」
冬馬が当然のように断ろうとするそばから、雅が言葉を被す。
「晴翔に?」
雅のその言葉に冬馬が反応する。
「はい。僕、初めてのお給料が入ったのでお世話になった晴翔さんにどうしてもお礼がしたくて。冬馬さんに頼む資格ないのは分かってるんですけど。でも、やっぱり晴翔さんの事を1番知っているのは冬馬さんなので、よかったら一緒に行ってくれませんか?」
冬馬はそんな事を雅が考えていた事に驚く。そしてそんな純粋に晴翔を思う雅を頑なに拒もうとする自分がなんだか、酷く嫌な奴に思えた。雅の話を聞いた冬馬はラティーヌに初めての給料でご馳走してもらった時の事を思い出した。
確かにあれは嬉しかったな。
その時の事を思い出すと、自然と表情が和んだ。冬馬は少し考えて、雅を見る。
「わかった。俺でよければ一緒に行くよ。只、あんまり早い時間にするなよ。これから帰って少し休みたいから。」
冬馬がそう返すと、雅の顔がパァっと明るくなった。
「ありがとうございます!じゃあお昼過ぎに〇〇駅に集合でもいいですか?」
「あぁ、わかった。」
冬馬は短く返事をすると、すぐに帰った。だから、冬馬を見て妖しく笑う雅の顔に気づく事はできなかった。

その日の昼、冬馬は約束した駅に到着していた。周りを見るが、まだ雅らしき人は見当たらない。
冬馬は近くの壁に体を預けて、雅を待つ。
「すみません!待ちましたか?」
それから程なくして息を切らせた雅が冬馬の前に立った。雅は少しゆったりとしたニットに、ベレー帽を合わせていて、それは職場のスーツ姿よりよく似合っていた。その姿をなんだかあまり見ていたくなくて、冬馬は目線を外す。
「いや、俺も今来たとこだから、大丈夫。行くとこ決まってんのか?」
冬馬は雅に聞きながら早速歩き出す。その後を雅が追いかける。
「はい。実はとてもお洒落なインテリア雑貨の店を見つけたんだです。そこだと色々な物があるし、晴翔さんの好きそうな物も見つかるんじゃないかと思って。」
雅はそう言うと、こっちです。と指を差しながら道案内をした。雑貨屋などあまり行ったことのない冬馬は只、雅について行くだけだった。

雅が案内したのは、人通りから離れた少し寂しい場所だった。寂れた商店街のようでとてもお洒落な雑貨屋があるようには見えない。
「おい、本当にこの辺なのか?」
冬馬が少し不安になり聞き返す。
「はい、この路地を入って少し歩いた所にありますよ。」
雅は自信を持って答える。冬馬も雅の様子を見て、道に迷っている訳ではない事は察する事が出来た。
「本当にこんな所に店があるのか?」
冬馬は疑いながらも路地に足を踏み入れる。その後ろを雅が歩いた。
少し歩いてもやはりそんな店は見当たらない。流石に冬馬も首を傾げ、後ろの雅に声を掛ける。
「お前、道を間違えたんじゃなっー」
冬馬が言い終わらないうちに、雅が冬馬の背中に何かを当てた。その瞬間、
バチィっ!
「ぐぁぁぁ!」
凄まじい衝撃が背中を突き抜けた。途端に足に力が入らなくなり、その場に膝をつく。
「あぁ、やっぱり一回じゃ気絶しないか。」
その声に冬馬は信じられない気持ちで後ろを振り返る。するとニヤニヤと笑いながらこちらを見る雅の姿があった。手にはスタンガンのような物が握られている。そして雅はなんの躊躇いもなくもう一度冬馬の体にスタンガンを押し当てようとした。
「くっ、おい、なっ何のつもりだ。」
冬馬はありったけの力を振り絞って雅の腕を取る。そして、鋭い目で相手を睨みつける。
「ちょっ、ちょっと離してよ。」
その力の強さと強い意志を持った目に雅が怯む。
「お前、何のつもりかって聞いてんだよ。こんなもん俺の体に当てやがって。」
段々と壁際に追いやられる雅が顔を引き攣らせる。
「やっ!ちょっとこっち来んなよ。」
「だから冬馬を甘く見るなって言っただろう。」
もう少しで雅のスタンガンを奪い取れるというところで路地の奥から声がした。見ると黒ずくめの男が口元に微かに笑みを浮かべて冬馬たちを見ていた。
冬馬はその人物を見て、目を見開く。
「く、クロノ•••何でお前が此処に。」
「久しぶりだな。冬馬。俺を覚えてくれていて嬉しいよ。お前も久々に俺に会えて嬉しいだろ?本当は結構前からこっちの世界に来てたんだが、会うのが遅くなっちまったなぁ。また、前みたいに仲良くしようぜ。」
クロノと呼ばれた背の高い男は、この状況を見ても余裕たっぷりに冬馬に話しかける。
「クロノ、何呑気に話してんのさ。さっさとこいつ捕まえてよ。」
未だに腕を取られたままの雅がクロノを睨みつける。
「全く、俺の女王さまは人使いが荒いな。」
やれやれといった感じでクロノが一歩前に踏み出す。それと同時に冬馬が元来た道を走り出した。
雅1人なら勝ち目もあるが、クロノが一緒じゃ部が悪すぎる。
「くそっ!」
冬馬はスタンガンを当てられて、まだ足に上手く力が入らず思ったように走れない。それが煩わしくて思わず悪態を吐く。それでも懸命に路地の出口目指して走り続けた。
「懸命な判断だな。この状態で俺に歯向かうのは無謀だもんな。」
すぐ後ろでクロノの声がし、冬馬の息が一瞬詰まる。その瞬間、ガシッと太めの腕が冬馬の体を捉えた。
「ぐっ!」
クロノが後ろから冬馬を抱きすくめる。
「離せっ!クロノ!」
必死に身を捩るがそんな冬馬の顎を後ろからクロノが掴むとグッと上にあげ、無理やり目が合う形にさせられる。クロノの目が真っ黒に染まる。白目の部分も全て黒くなり、冬馬はまるでその目に飲み込まれそうな感覚に襲われた。その瞬間体のいうことが効かなくなった。どんなに動かそうとしてもそのままの態勢から動くことが出来ない。
冬馬は瞳から意志を消すと諦めたような顔をした。
「悪いな。冬馬。大人しく一緒に来てもらう。俺の術は解けないってお前が1番よく知ってるだろう。」
クロノが穏やかな口調で冬馬に話しかける。その後ろから雅が腕を摩りながらやってきた。
「この馬鹿力。腕に痣ができちゃった。もういいから眠っててよ。」
そういうと、動けない冬馬の首元にもう一度雅はスタンガンを当てた。一気に意識がスパークし、冬馬の意識はそこで途絶えた。









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