せっかく異世界から帰ってきたのに、これじゃあ意味がない

乙藤 詩

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十五話

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最近のラティーヌの行動は冬馬を大いに混乱させた。
必要以上に好きな物を聞いてきたり、冬馬に色々な物を買ってきたり。疲れていると言えば栄養ドリンクやサプリメントが用意され、家の掃除やちょっとした洗い物など率先してするようになった。
仕事終わり、控え室に戻った冬馬は女の子たちに執拗に飲まされ酔いはそこまで回っていないが顔が赤くなっていた。そんな様子を見たラティーヌは、
「水を取ってきます。」
とすぐに控え室から出ていった。今までじゃあ考えられないラティーヌの行動の数々。冬馬との約束だってすぐに破って体を求めてくると思ったのに、律儀に守るラティーヌに只々首を傾げるしかなかった。
「どうしたの?難しい顔して。」
そんな様子の冬馬に晴翔が柔かに尋ねる。
「あぁ、最近ラティーヌの態度がちょっと・・・」
その言葉を聞いて晴翔はすぐにピンときた様子だ。
「そっかぁ、ラティーヌの態度が以前と違うんだね。」
含みのある言い方に冬馬が顔を顰める。
「まさか、お前ラティーヌになんか言ったのか?」
晴翔はバレたかというように首を竦めると、
「うん、まぁちょっとね。」
とバツが悪そうに冬馬に返した。
「お前は俺の味方じゃないのかよ。」
晴翔の差金だとわかって、冬馬は不満を露わにした。
「冬馬の事は勿論大事だよ。だけど、今の冬馬とラティーヌの関係は側から見てもよくないし、2人にとってもよくないよ。冬馬も本当は気づいているんだろう?店の雰囲気が重苦しい事。2人の関係が僕たちの仕事にも影響してるんだ。」
「でも、俺はラティーヌのしたことを許すつもりはない。」
「別に無理に許さなくてもいいと思うよ。」
晴翔の言葉に冬馬が怪訝な顔をする。晴翔は尚も言葉を続ける。
「でも、ラティーヌの世界と僕たちの世界は違う。それは勿論育った環境も価値観も。価値観も倫理観もまるで違う僕たちが何も知らずに互いを否定し続けるのは悲しいことだと思うんだ。」
それを聞いて冬馬はグッと言葉を飲んだ。冬馬にも晴翔の言う事は理解できた。それも一理ある。確かに冬馬があっちの世界にいる時は、男しかいない中で強さだけが全ての判断基準だった。弱いものは強いものに従って生きる世界。ラティーヌはそれに倣ったまでだ。頭ではわかっているのだが、心が追いつかない。
「俺は•••俺は只•••」
言葉に詰まっていると晴翔がフワッと冬馬を抱きしめた。
「ごめん!混乱させるようなことを言って。つらい思いを一杯したのは冬馬なのに。僕の言葉は偽善だよね。冬馬が経験した事はこんな言葉では解決しないくらいしんどかったと思う。」
冬馬の苦しそうな顔を見て晴翔は堪らなくなった。
少しの間抱き合ったまま無言の時間が流れる。そして、冬馬は晴翔の肩を持ち優しく自分から離すと顔を見て言った。
「いや、俺も分かってる。考え方が違う事も、あいつに悪気はなかった事も。わかっているけど、やっぱりあの行為を許す事は出来ない。•••でも俺も・・・もう一度あいつとの向き合い方を考えてみるよ。その、すぐには無理だと思うけど。」
すごい人だと晴翔は冬馬を見て思った。冬馬自身
、たくさん傷ついたのに晴翔の話を聞いてすぐに考えを改められる冬馬を心底かっこいいと思った。
晴翔は柔らかく微笑むと、
「僕、冬馬のそういう素直で純粋なところ大好きだよ。真剣に僕の話を聞いてくれてありがとう。」
と言った。冬馬は少しはにかみながら、
「なんだよ、急に。ってかこんな見た目の男が純粋ってお前•••」
少しの沈黙の後、2人で笑い合う。ラティーヌの事はすぐには許せないけど、実際相手を無視し続けるのは冬馬自身しんどかった。晴翔の話を聞いて、冬馬は少し心が軽くなった気がした。

そんな2人の様子を水を片手に見守るラティーヌ。完全に控え室に入るタイミングを失くしていた。しかし、冬馬の嘘のない気持ちが聞けたラティーヌは、もう絶対に冬馬を傷つけたりしない。と固く心に誓うのだった。

「冬馬•••あの、オンブレーヤードでの事、こっちに来てすぐの事、本当にごめんなさい。只冬馬が好きなだけだったのに、いっぱい傷つけてしまいました。もう2度と無理に触れようとはしないから。だから、もう一度チャンスを下さい。私は貴方の気持ちをちゃんと考えられるような人間になりたい。」
「っ⁉︎」
晴翔と話した後、水を持ったラティーヌと合流し、そのまま帰路についた。その間は会話らしい会話は特に無かった。だが家に着いて、玄関から部屋に入ったところでラティーヌが急に話を切り出した。ラティーヌの真剣な声音に、何よりその変化に冬馬は目を見開く。
「な、なんだよ。急に。」
そう返して、ふとラティーヌと久しぶりに会話したなと冬馬は思った。
「私は強さ以外で貴方を求める術を知らなかった。でも、晴翔に教えてもらったんです。ここの世界の人たちは相手の気持ちを大切にするって。」
異世界という、こことは全く違った世界で育ち、そこでの生活が染みついているラティーヌが、この世界に馴染もうと努力している。人の気持ちなんて考えて育ったことのないラティーヌがこういう事を言えることに冬馬は純粋に驚いた。冬馬はふっと肩の力を抜くと、幾分か柔らかくなった声音でラティーヌに話しかけた。
「俺はお前のことを簡単に許せないし、あの約束を破ったら絶対にここから追い出す。•••でも、そうやってこの世界のことや俺の気持ちを知ろうとしてくれるのは、素直に嬉しいよ。」
今まで聞いたことのない冬馬の言葉にラティーヌは胸がキュッとなった。そして、すごく綺麗な笑顔で笑った。その顔を見て冬馬が顔を赤らめる。
「冬馬?どうしたの?また顔が赤いよ。まだ酔ってるの?」
ラティーヌに指摘され、冬馬は慌てる。
「赤くねぇ。」
照れたように言う冬馬の様子が可愛くてラティーヌはまたクスッと笑顔を漏らすのだった。
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