浄霊屋

猫じゃらし

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それぞれの在り方 5★

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「――以上が、俺が視た旦那さんの過去です。その後は……」


 温泉街から離れた市内の総合病院。
 運び込まれた際に栄養失調と診断されて入院した若女将の病室に、女将と大智、そして打撲のためにこちらも入院となった健が集まった。
 
 健は目を覚ました後に、大智の過去視の話は聞いていた。その後は……――建設現場の近くを通ったための、巻き込み事故だったらしい。
「旦那さんは違う。若女将を連れて行くことなんて、絶対にありえない」
 すべてを健に話し終えたあと、大智は言葉を詰まらせながらそう言った。

 そしてそれを示すように、ベッドの上で体を起こした若女将の側には旦那が寄り添っていた。


「落とした指輪は旦那さんのものですね。新品に見えましたが、しっかりと彼の記憶が刻み込まれていました。思い入れが強かった証拠です。……大事に想っていたことが、よくわかります」


 女将によると、若女将は業務の合間にもたびたび指輪を落とすことがあったらしい。
 終わったことなのだから外してしまえばとも思ったが、やつれっぷりからそうは言えなかったと。指輪は、緩くなってしまったのだと思っていた。

 若女将は目を伏せたまま、ぽつりぽつりと話しだした。


「あの人とは二年、一緒にいたの。夫婦としては短くて、他人としては長い時間よね。私は長いと感じてしまった」


 伏せた瞳に涙が滲む。
 ぎゅっと握りしめた両手は、お腹の上に置かれていた。


「――いつ、本当の気持ちを聞かせてくれるんだろうって。あの人が不器用なのは知ってたわ。結婚の話も、旅館のためと言いながらすべて私のため」

「知っていたんですか?」


 大智が問うと、若女将は首を横に振った。


「最初は知らなかったわ。だから、旅館のために私と結婚するなんて申し訳ないと思って断っていたの。結局、最後は甘えてしまったけれど」


 でも、と若女将は続ける。


「やっぱりはじめのうちは面白くなくて。素っ気ない態度をとってしまうこともあった」

「旦那さんが嘘をついているとは、いつ?」

「一度、お義父さんと電話で話す機会があったの。あの人は私をお義父さんとあまり関わらせないようにしていたみたいだったから、その時に初めてちゃんと話した」

「内容をお伺いしても?」

「……旅館のことは、息子に任せておけば大丈夫だから。仕事や自分を蔑ろにしてまでひとりの女性に入れ込んだのは初めてだ。息子のことをよろしく頼む、と」


 若女将に寄り添っていた旦那が顔を手で覆った。
 旅館の業績を上げたことから父親との和解はすんでいたはずだが、父親はそれ以前から許していたのだろう。
 震える肩に、若女将が気付くことはない。


「その時に、あの人の本当の気持ちを知ったの。うちの旅館のこと、それに自分の仕事もあって忙しくしていたから、問い詰めるつもりはなかったけれど。……でも、待ってたの」


 それが叶うはずだったのが、旦那の最期の日だったのだ。若女将の言動から好意があるのはたしかだ。
 すれ違いの夫婦生活を経て、二人はようやく結ばれるところだったのに。
 現実とは無情なものだ。


「遺品には指輪が二つあった。ひとつは箱に入ってたわ。もうひとつはそのままで。どう見ても結婚指輪だった。ねぇ長谷君、私の気持ちがわかる?」

「……俺には想像ができません」

「そうよね。私も想像を絶したの。一番愛しい人を得たと同時に、永遠に失ったんだから」

「だから、後を追おうと?」


 健が初めて口を開いた。
 大智が「絶対にない」と言い切ったことから、健は若女将を疑っていた。

 若女将はきょとん、としたあと、穏やかに目元を細めた。


「……望んでいたのかもしれないわね」

「旦那さんは、そんなあなたをいつも危険がないように誘導していたんだと思います。気づいていたのでは?」

「そうね……。たしかにあの人の気配があったような気がするけれど、あの日から私は正常じゃないから」


 ふと、若女将が振り返る。そこには旦那がいる。
 旦那的には目が合ったように錯覚しただろう。
 若女将は健に目線を戻すと「ね?」と言った。

 視えているわけじゃない。けれど、しっかりと感じ取れていた。
 旦那はそれに気づいて、若女将が危険をおかそうとしている時だけ現れていたのだ。
 いつも側にいると、姿を求めて四六時中後を追おうとしてしまうから。


「あなたは正常です。生きる希望を見つけた、今は」


 健がそう言うと、若女将は自分のお腹をなでた。
 着物の帯で隠れないそこは、ふっくらとわずかな丸みを帯びていた。

 健と若女将が階段下に落ちた際、旦那が取り乱した要因のひとつだ。


「自分の体のことなのに、気づかなかったなんて」

「気がつかない原因はいくつもありました」

「それでも……それでもね、そのことにあの人だけが気づいていたなんて」


 健と若女将が救急車で搬送される際に、いち早く目を覚ましていた大智が救急隊員に伝えていた。
 「妊娠しているかもしれない」。それは、動揺した旦那が繰り返しつぶやいていたことだった。
 同乗した女将は驚きながらも、今までの体調不良の波から納得もしていたようだった。
 そして検査の結果、すでに七ヶ月になっていたらしい。
 元々の体の細さと、つわりや旦那要因のストレスでさらに痩せ、お腹が目立たなくなっていた。


「誰よりも、若女将のことを愛していたからです」


 大智が言い切る。
 過去視をし、旦那の気持ちをすべて知った大智だから断言することができる。
 たとえ仕事で忙しくても、気持ちがすれ違っていても。
 若女将の些細な変化に、旦那が気づかなかったことはない。


「――……本当に。不器用な人……」


 若女将は笑顔に涙を浮かべた。

 もう二度と言葉にされることはない、旦那の愛。
 けれど、旦那の気持ちはいくつもの形に変えられて若女将に遺されている。
 気持ちも、物も、そして新しい命も。今だけ在る不確かなその存在も。
 不器用ながらに、若女将にようやくしっかりと伝わっていた。

 若女将に女将が寄り添う。
 娘に旅館の未来を担わせてしまったこと、旦那への不信感。それと、疑っていた申し訳なさ。
 思うところはたくさんあるだろうが、お互いに謝りあって手を握った。
 若女将はもう、大丈夫だろう。

 すっきりと晴れた顔をした旦那は、健と大智に深く深く、頭を下げ続けた。
 もう嫉妬に駆られて悪霊めいたことはしないはずだ。これから先、ただ一心に愛情を向ける存在がふたつもあるのだから。

 そして、その行く末を見守り満足したなら……――誰にも知られず、ひっそりと消えていくだろう。

 愛する妻と子供が見上げる、どこまでも遠い空の彼方へ。







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