浄霊屋

猫じゃらし

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有象無象にまぎれて 2★

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「……本当にそれなの?」


 隣の大智が手をひらひらとさせながら健を窺う。
 さくらの衣装直し待ちで、商業ビルの出入り口。人の流れの邪魔にならない所に二人で立っていた。

「あぁ」と返事をする健の声は被り物の中でこだまし、大智にはくぐもって聞こえただろう。


「なんでパンプキン? 健の顔がまったく見えないよ」

「俺にはちょうどいい」

「目立ってるよ」

「他にもかぼちゃいるだろ」

「いるけどさぁ」


 頭よりも大きな被り物、その上小さな二つ穴越しに見る手元はずいぶんと不器用になる。
 大智から借りたマントを羽織ったはいいものの、首元で紐を縛れずにいる。

 痺れを切らした大智が、小さな視界いっぱいに割り込んできた。


「かして」


 健の手から紐を取った大智はスルスルとサテン生地を操り、ものの数秒でリボン結びをつくりあげる。
 左右の傾きを直して「うん」と大智は手を離した。


「あとでみんなで写真撮りたいのに。これじゃ健がわからないんだけど」

「なおさらちょうどいいな」

「まだ写真嫌いかよ」

「昔からのものはなかなか直らないんだよ」

「直してよー」


 不満げな大智は「写真の時はパンプキン外して」と言うが、健は被り物のせいでそれを聞こえなかったことにした。
 視界が狭いので煩わしいものは最低限にしか見えず、こちらの表情を見られることもない。
 これはなかなか快適かもしれない。

 そんなことを思っていると、健の足にオレンジ色の小さなかぼちゃがしがみついた。
 黒のマントを羽織り、健と同じ格好をした小さな子供だ。

 あぁ、と健は大智に手を出した。


「? なに?」

「トリック・オア・トリート」

「……は?」

「なんかお菓子持ってないのか」

「急にハロウィン出してくるじゃん……」


 大智は掛けていたメッセンジャーバッグを漁ると、建に銀の包み紙を一つ渡した。


「ガム。これしかないよ」

「さんきゅ」


 健はそれを受け取り、足にしがみつく小さなかぼちゃに差し出した。
 小さなかぼちゃはおずおずと両手を広げたので、その上に乗せてやる。心なしか嬉しそうに見えた。


「えっ!? なにその子!」


 やり取りを見ていた大智が驚いて大きな声を上げた。
 それに肩を跳ねさせた小さなかぼちゃは健のマントの中に隠れてしまい、姿を消してしまった。
 健が被り物の中で小さく息を吐く。


「びびらせんなよ」

「ご、ごめん。いやだって、その子なに? いつからいたの?」

「ちょっと前」

「健に憑いちゃってるじゃん。いいの?」

「楽しい雰囲気に混ざりたいだけだろ。満足すれば勝手に離れる」


 答えて、小さな視界ごしにたくさんの人の流れを見た。
 それぞれに奇抜な格好をして、仲間内で楽しげで。そんな人の塊がいくつもいくつも歩き流れていく。
 奇抜なのに、たくさんいすぎて奇抜じゃない。
 オレンジ色のかぼちゃもまた、そこかしこに点在していた。


「……有象無象だな」

「俺らもその一部だよ」

「そうだ。だから、その中でたまたま俺にくっついただけだよ」

「そうかなぁ」

「そうだろ」

「……そうかなぁ」


 大智は同じ返事を繰り返して、戻りつつある健のマントの膨らみをちらりと見た。



 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎



 最初は乗り気じゃなくとも、仲間内で集まってしまえば時間はあっという間に過ぎていく。

 健は大智の他にも「トリック・オア・トリート」と言って困惑させ、獲得したお菓子は小さなかぼちゃにすべて横流しした。
 小さな両の手のひらにはこんもりとお菓子の山ができ、弾むように歩く姿に健の口元は自然と緩んだ。

 そうしてしばらく健につきまとった後、足元にいた小さなかぼちゃは突然ふらりと離れていったのだ。


「ちょっと離れる」


 大智にだけそう告げ、健は集まりからひとり外れた。

 空には深く闇が広がり、煌びやかな街の明かりが星の存在をかき消す。
 奇妙な雑踏は大盛り上がりで静まることを知らず、今日ばかりはと小さな背丈の子供たちも参加している。

 あちらこちらに見える小さなオレンジ色。

 人混みの中でちらりと存在を現しては消え、健を翻弄する。
 けれど、どのオレンジ色も親に手を引かれ、健の探す小さなかぼちゃではなかった。


「……もう、満足したのか」


 立ち止まって空を見上げた。
 下から照らされた暗闇は白けて、色褪せているように見えた。
 星は遠く確認できない。

 そんな空に、人知れず昇っていったというのか。


「健」


 後ろから呼ばれた。
 振り返ろうとして、途中で小さな視界に大智の顔が入り込む。

 大智は眉尻を下げて寂しげに笑った。


「いっちゃった?」

「たぶん。その辺にまだいたとしても、俺にはもう見つけられない」

「そんなことないよ」


 大智も先程の健と同じく、人の流れを見回した。
 小さなオレンジ色に目を留めてはすぐに他を探す。

 探しながら、口を開いた。


「有象無象だねぇ」

「見つからないだろ」

「うん。てことは、もういないんだよ」

「なんで言いきれる?」

「だって、こんなにたくさんの中から健を選んだんだ。健もその子を選んだ。なのに、見つけられない」

「たまたまだろ」

「そうだったとしても、選んだんだよ。その子は健がよかったんだ」


 大智は探すことをやめて健を見た。
 かぼちゃの被り物ごし。小さな視界で、大智と目が合う。


「ちなみに俺は、健のことはすぐ見つけられたよ?」

「なんか気持ち悪いな」

「俺は健が大好きだからね」

「……あ、そう」


 返答に困り、健は歩き出した。
 有象無象の中に足を踏み入れる。いや、有象無象の中のひとりとして動き出す。
 大智が後ろで「待って」と騒いでいるが、お構いなしに歩いた。

 健を選んだ・・・というなら、大智は健をすぐに見つけ出すだろう。
 逆に、健も大智をすぐに見つけだす。それはもう、腐れ縁というどうしようもない縁のせいで。

 有象無象と言いながら、特別な繋がりを持って。


「健くん!」


 そしてまたひとつ、有象無象の中に特別を見つける。




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