72 / 95
残る想い、寄せる想い 5★
しおりを挟む「マメ太がね、見えた気がした」
すっかり雲は流れ、快晴の空。
和室の窓際に座り、どんどん太陽の昇っていく空を眺めている。
さくらは健に寄りかかり、いまだ腕の中で。
「……私はマメ太を、この家に縛りつけちゃってたのかな」
健からすべてを聞いたさくらは、嬉しさと悲しさをないまぜにしてつぶやいた。
首輪を付けないと外に出ない賢い柴犬。
きっとマメ太が自らそう決めて、それをさくら達が「良い子」だと褒めて躾けた。
外に出るか出ないかはマメ太自身の問題。
それでも、そう躾けられたことによって『出ない』から『出られない』に変化したのだろう。
体を失ってもなお、マメ太はその決め事を忠実に守っていた。
「首輪をしていないと、外に出ないってわかっていたのに……」
さくらの頰にある涙の乾いた痕を、新たな涙が流れようとしている。
それに気づいた健は慌てた。
「あぁ、もう泣くなって」
目尻に溜まった涙を指で優しく拭ってやる。
目元が赤らんで痛々しげに見えるのだ。これ以上泣くのはやめてほしい。
「首輪がないから家から出られないにしても、マメ太は縛られていたわけじゃない。あいつは望んでお前のそばにいたんだよ」
きっと、いつだってマメ太には天からの光が射していたはずだ。
これだけさくらや家族に大切に育てられ、穏やかに過ごし、最期を迎えたのだから。
未練はないけれど、ただ、もう少し家族のそばにいたい。
それがマメ太の本音だったのだろう。
「どれだけさくらのことを大事に想っていたか、見ていてよくわかったから」
「……本当?」
「あんなに飼い主想いな犬は見たことがない。あと、俺にまったく興味を示さなかった」
そう言うと、さくらは「マメ太らしい」と笑った。
「マメ太はこれからもさくらを守り続ける。さくらはそれを信じていればいい」
「うん……そうだね」
「それに、さくらを大事に想ってるのはマメ太だけじゃない」
健とさくらの横で大きな体を丸めて寝ていたアンコが顔を上げた。
太いしっぽが畳を叩く。
「アンコ、ありがとな。おかげでさくらを守れた」
マメ太が体を張ってさくらを守るのなら、アンコは寄り添ってさくらを守っていた。
マメ太の気持ちを受け継いで、これからもそうしていくだろう。
アンコは体を起こしてさくらの手に頭を押しつける。
なでて、ということらしい。
「アンちゃん、ありがとう」
さくらになでられ、アンコは満足そうにしっぽを振る。それから健を見た。
健もアンコをなでようとさくらに回していた手を伸ばすと、それをするりとかわされた。
懐に入るとはまさにこのこと。
アンコの顔は健のすぐ目の前にやってきた。
「わっ、こらアンコ!」
さくらがいて逃げられない健にアンコは容赦ない。
耳を何度も舐められた健は堪えきれず、笑い出した。
アンコの太いしっぽが楽しげに大きく揺れる。
耳を隠すために健はアンコを抱き寄せ、アンコの体に顔を伏せた。
アンコは抵抗せず、それだけでも嬉しそうにしっぽを振っていた。
そして、気づく。
自然とさくらの顔が近いことに。
ぱちりと合った視線は逸らしようもなく、逃げようもなく。
二人で頬を染めて見つめ合うと、恥ずかしさから笑みをこぼす。
「……さくらが無事でよかった」
健は素直に、想いを言葉にした。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
FLY ME TO THE MOON
如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!
悪の華は最後に咲く
秋津冴
ホラー
「呪われてしまえ」
その場にいた人々。大勢の観衆。自分に向い恐怖と嘲りを交えて魔女と呼んだ連中。
恐れ知らずの市民たちは『本物』の『聖女』を魔族の手先をして処刑することに熱中する。
その結果、自らが崩壊を招くとも知らずに――。
誰に感謝されるとでもなく、孤独に国を守ってきた聖女は、初めて他人を呪う言葉を吐いた。
呪いは毒となって国を犯していく。
やがて、この国には悪の心しか持たない人ばかりが住むようになった……。
他の投稿サイトでも掲載しております。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる