浄霊屋

猫じゃらし

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隠伏する気配 1

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 スマホの着信音が鳴り響く。
 聞き慣れた自分のものとは違う音だが、そちらもまた聞き慣れた音。

 寝ぼけた体を起こし、腕を伸ばしてスマホをたぐり寄せた。


「…………はい」

『夜遅くにごめんね。依頼なんだけど』


 ここ最近は電話に叩き起こされてばかりだ、と思いながら声の主を確認した。
 ほとんどのやりとりは大智がするため、健とこうして一対一で電話で話すことはめずらしい。

 一楓は、こちらからの返事は特に求めずにしゃべり始めた。

 それを聞きいているとついあくびが出てしまう。声だけ漏れないように噛み殺し、滲む涙を拭った。

 あらかた話し終えた一楓は、最後に少しだけ言い淀んだ。


『——それでね。場所が場所だから、できれば健くんには……』

「え?」

『大智ひとりで、お願いできる?』

「俺がいるとダメなんですか?」


 よく分からない一楓の言いように、寝ぼけた頭がようやく起きた。
 健からの問いかけにはなぜか無言しか返ってこない。


「あれ? 一楓さん?」

『……えっと。健くん……?』

「はい」

『えっ……これ、大智のスマホよね?』

「あー、はい。大智は俺のベッドで寝てます」


 何の気無しに言って、なんとなく後悔する。
 そういう・・・・誤解を楽しんでいる人があちらこちらにいるのは、健でも知っている。


「あー、泊まりにきてて。で、俺がいるとダメなんですか?」


 一楓は何も思わなかったかもしれないが、訂正してすかさず話を戻しておく。


『う、ううん。そんなことないんだけど……』

「場所って? 俺が行けない所ですか?」

『そんなことないんだけど……』

「? いや別に、大智にって言うなら俺はその通りにしますよ。ただ気になっただけで」


 言葉に詰まる一楓。
 押されると困るが、引かれるとそれはそれで困るらしい。

 諦めたように息を吐く音が聞こえた。


『……健くんにも、お願いします』


 そうして行き先を聞いた健は、特別に意外でもなんでもない場所に、首をひねるだけだった。




 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 一楓に教えられた場所。
 以前にも来たことのある、大病院だった。
 健はその時の依頼を思い出しながら、口にする。


「ここは縁があるな」

「そ、そうかな!?」


 一楓に続き、わかりやすく挙動不審の大智。
 なんの隠し事かは知らないが、ここまでわかりやすいと気にしないようにするのも疲れてくる。


「前にも依頼で来ただろ。ちっこい兄弟がいる家族の。犯人は犬だった」

「あ、あー! 『ましろ』ね。あったあった!」


 大智は目に見えてホッとする。
 もはや、ツッコミ待ちだろうかと疑いすらしてしまう。


「わざとなのか?」

「何がわざと?」

「…………」

「えっ! なに!?」

「…………いや」


 休日の院内に見舞いを装って入り込む。
 大病院なのでざわざわと人の気配が多い。見舞いを装わなくても、特に怪しまれることはなさそうだ。

 エレベーターに乗り、ボタンを押した。


「505号室。坂下 光さかした ひかるを探せ」

「どういう依頼だっけ?」

「簡単に言うと、病院内を逃げ回ってる坂下 光の魂を体に戻してほしい、ってことだ」

「体は無事なんだよね?」

「体はな。転んで頭を少し打っただけらしい」

「でも、目を覚さない?」

「そういうことだ」


 エレベーターが止まった。
 5階の病棟だ。ナースステーションが目の前にあったので簡単に会釈をし、さりげなく横切った。


「幽体離脱ってことかな? あの、廃校の時と同じ」

「さぁな。本人を見つけなきゃわからない」

「本人」

「抜け出してるほう」

「今向かってるのは?」

「体が寝てる病室」


 大智はよくわからないという顔をした。


「……依頼者に会いに行くんだよね?」

「違うぞ。坂下少年の顔を見に行くんだ。わからなければ、探しようがないから」

「えぇっと……」


 大智は、さらにわからなくなったと首を傾げている。

 壁に貼られている案内に従い、そろそろ目的の505号室だ。


「姉ちゃんは “依頼” って言ってたんだよね?」

「言ってたな」

「坂下君は何から逃げてるんだろう?」

「何から……?」


 違和感に、健の足が止まる。
 目的の505号室前。『坂下 光』のプレートがあった。


「何から逃げてて、依頼者はどうしてそれを知っているんだろう」


 視えない・・・・はずなのに、と飲み込んで。
 大智の強張った表情に、健も察する。

 電話は確かに一楓からだった。
 そして『依頼』だとはっきり言っていた。
 寝起きだったが、そこに間違いはない。

 一楓を通した依頼者が、確かにいるはずなのに。



「依頼者は、誰なんだ——?」



 病棟内の、独特な気配。
 静かな空間にたくさんのざわつきを感じながら、背筋がスゥッと冷えていく気がした。




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