浄霊屋

猫じゃらし

文字の大きさ
上 下
60 / 95

桜下の雪原 3

しおりを挟む

 何かと健にちょっかいをかけようとするみちるを引き離しながら、大智は事のあらましをやっと話し終えた。
 邪魔がなければ簡単に済んだ説明。みちるによって何度も脱線したために、聞いているだけの健もうんざりしていた。


「……で、見つからないと」


 健が桜の木を見上げ、そして地面を見た。
 舞い落ちた花びらがそこら中に敷き詰められ、雪原ではなく桜色の絨毯となっている。


「この辺りで桜がある公園はあらかた見たんだけどね。公園じゃないのかなぁ」

「……そもそも、それはここなのかっていうのも疑問だな」


 健がみちるを見る。


「え~、どういうこと?」

「あんた、記憶が曖昧なんだろ? 地方にでも旅行した時の記憶なんじゃないのか」


 健の言葉で初めてその可能性があることに気づいた大智は、気が遠くなるのを感じた。

 隣の市でも探すのは骨が折れる。それが隣県、もしくは、春に雪と考えて飛行機の距離となれば……大智には、最後まで付き合いきれる自信がない。


「そこは確かよぉ! 私が曖昧なのは公園の確かな場所と、その景色だけ!」

「えっ。みちるさん、景色も曖昧なの?」

「うん。最初からはっきりとは言ってないでしょ~」


 確かにみちるは『広がる雪原の中に、桜が咲きこぼれたような場所』と言っていた。
 はっきりとはしていないが、大智はそこを疑うこともなかった。


「じゃあさ、その雪原ってどこから出てきたの!」

「桜の下が白かったんだってばぁ。あと、彼が “雪” って言ってたから」


 大智はがっくりと肩を落とした。
 探し回った公園に雪原は当たり前になかったものの、なんだか振り回された感じだ。


「雪の可能性は低くなったな」

「でも、それなら記憶の “白” ってなんなんだよぉ」

「何かしらねぇ。頑張ってよ大智君」

「みちるさんがしっかりしてよ!」


 当事者でありながら適当なみちるに、大智はついわーわーと言ってしまう。言わされている、が正しいかもしれない。
 一緒になって騒いでいるつもりはないのだが、そうなってしまう。

 健が「仲良いな」と冷ややかにつぶやいた。


「あら、やきもち~?」

「いえ全然」

「大智君、やきもちだって~」

「やめてみちるさん、健を怒らせないで。帰っちゃうよ」


 健の冷ややかさに大智は瞬時に冷静になった。本当に帰られては困る。


「とりあえず、場所がこの辺りなのが確かなら、手当たり次第に探すしかないな。大智、他に確認してない公園は?」

「あー、地図アプリだとここと……小さいものだとこっちと、こっちにも」

「結構あるな……」


 大智のスマホを2人で覗き込みながら、しばし考える。
 その間に割って入るように体をねじ込もうとするみちる。

「あ、すごい。健君のことは触れる」と感動したところで、健は逃げるように距離をとった。


「手分けしよう。大智はその人と近場の公園に行ってくれ」

「健は?」

「俺は情報収集してくる」


 そう言うと、健はさっさと歩いて行ってしまった。


「両手に花だったのにぃ~」

「……逃げたな、健」


 情報収集など、いつもなら決まって大智に任せているのに。

「なんで逃げるのよ~」と絡みついてくるみちるをあしらいながら、大智はまた次の公園を探し始めた。




 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 公園から公園へ、小さな空き地も見逃すことなく練り歩いた住宅地。
 このまま進むと隣市との境にある河川敷にたどり着くと、地図アプリが教えてくれる。


「やばい。電池切れそう」


 スマホの表示はいつのまにか3%となっていた。
 アプリを閉じ、すぐさま健に「電池切れ」とメッセージを送る。連絡を取れないのは困るので一旦合流しなければ。

 メッセージ送信完了で2%。
 焦りながら「合流場所は」と打っているところで、スマホに着信。


「電池ないって言ってるのに!」

『電話の方が早い。今どこにいる』

「河川敷近くだよ。健、一旦合流しよう」

『いや、そのまま河川敷に行け。隣市の方で、桜と雪——……』


 通話がぶつっと切れた。
 そのまま大智のスマホは光を失い、動かなくなってしまった。


「あぁもう、大事なとこ……」

「健君、なんて~?」

「河川敷に行けだってさ」

「河川敷……」


 繰り返して、みちるは黙り込んだ。
 まっすぐ前を見据える。その瞳が少しずつ見開いていく。

 思い出すものが、ひとつ。


「河川敷!」


 みちるは走り出した。
 走るといっても、地についた足は地面を蹴ることはない。
 自分の思うままの速さで、何の抵抗も受けずに目的の場所へと流れる。

 大智の声が届かないほどに夢中で。


「みちるさん、待って!」


 先を行くみちるの背中がどんどん離れていく。
 足裏が痛い。鉛のように重い。それでも懸命に動かして、前へ進む。
 だんだんと上がる息に、口を大きく開いた。

 住宅地を抜ければすぐに河川敷だ。

 急勾配の土手に、手をついて登る。
 登り切った先には、見えなくなっていたはずのみちるの背中があった。

 川向こうを見て、佇んでいる。


「雪原と、桜……」


 みちるの口から溢れた。
 追いついた大智は息を整えながら、その目線の先を見やった。

 川を隔てた隣市の河川敷。
 そこに広がるのは桜並木と、その下に広がる一面の雪景色——……ではなく。

 一面に白い花をつけた、低木だった。


「探してたのはここ?」

「……そう。ここ……」


 記憶の中の景色と照らし合わせているのか、それとも、再び忘れることのないように焼き付けているのか。

 ゆったりと花見を楽しむ人の流れに、こちらとは真逆な穏やかな時を感じて。
 吹き付ける風は穏やかに、桜の雨が降る。

 友人同士で歩く学生。犬の散歩をするおじいさん。カップルに、親子連れもたくさん。
 その中のひとり、父親の前を元気に走る、小さな男の子が転んだ。

 みちるはその光景を眺めて、目を細めた。



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【怖い話】さしかけ怪談

色白ゆうじろう
ホラー
短い怪談です。 「すぐそばにある怪異」をお楽しみください。 私が見聞きした怪談や、創作怪談をご紹介します。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

意味が分かると怖い話 完全オリジナル

何者
ホラー
解けるかなこの謎ミステリーホラー

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

処理中です...