59 / 95
桜下の雪原 2
しおりを挟む女性は『みちる』と名乗った。
歳は大智とそう離れているようには見えないが、艶っぽさが大人の雰囲気を漂わせている。
ただ、性格は底抜けに明るい。絡みついている大智だけでなく、通りすがりの男性の顔を覗き込んでは「まぁまぁかな」などと評価していた。
みちるは記憶の雪原と桜を見つけるため、桜の木を見つけてはこのあたりを探し回っているのだと言った。
「雪原、て言っても……」
色とりどりの蕾が綻ぶ春真っ盛り。
大智の地元、北の地では季節外れの雪が降っても珍しくはないが、ここは気温も大きく違う大都会。
こんな時期に積もるほどの雪が降るとなれば、大事件だ。
過去にそんな日があったのだろうか。
「ねぇみちるさん。俺、上京して数年だから知らないんだけどさ、春に大雪の日があったの?」
先の公園を抜け、とりあえず近場にある公園をはしごして歩いていた。
大智の隣を歩くように浮遊するみちるは、そう問われて「んー……」と考える。
「あったかなぁ」
「覚えてない?」
「なかったと思う。そんなことがあったら全国区ニュースよ~」
「そうだよね」
そんなニュースがあれば、上京前の大智でも気に留めて見ていたはずだ。
都会は積雪だけでニュースになるんだなぁ……と。もちろん、物心がついたあとのことであれば。
躊躇いはあるが、相手が相手なので大智は思い切って聞いてみた。
「みちるさんって、歳いくつ?」
「あら、年上を口説く気? 29よぉ」
すんなり答えたみちるは、大智の首に腕を回して絡みつく。
意地悪く笑んでいるところを見ると、ただ単にからかっているだけのようだが。
「違うってばもう、離れてよ。俺が知りたいのは、みちるさんがどのくらい前に亡くなったかってこと」
さすがに直球すぎた気もするが、やはりみちるは気にしていなかった。
つまらなそうに大智から離れ、しばらく考えた後に「いつだったかしらねぇ」とどうでもよさそうに答えた。
そんな話をしているうちに、新たな公園にたどり着いた。
ここの桜も見事な大輪だ。風が吹けば桜吹雪が舞い、地面に落ちていく。
その下にもちろん雪原などなく、一面に広がる桜色の絨毯が鮮やかだ。
「ここも違うわねぇ」
「近場だと、ここが最後なんだけど……」
大智はスマホの地図アプリでこの一帯の公園を表示させていた。
桜があり、めぼしい大きな場所はすべて見て回った。
なんだかんだと、公園をはしごするために二時間近く歩きっぱなしだった。
「みちるさん、ちょっと休憩したい」
公園内のベンチに腰をどっかりと下ろした。
はー、と大きく息を吐き、動かしっぱなしだった足を休める。
「軟弱ねぇ」
「みちるさんは足がないから」
ムッとして大智が言い返すと、みちるは「そりゃそうだ」と楽しそうに笑う。
本当に、死人とは思えない。
「その、雪原と桜? の場所は、みちるさんにとってどんな場所なの?」
「ふふ、聞きたい? 一生で一番の思い出の場所よ~」
ふわりと、みちるが大智の隣に座った。
触れそうで触れない左肩がひんやりとし、熱を持った体に心地いい。
「私ね、そこで彼にプロポーズされたの。君は桜より、こっちの愛らしい “雪” の方がぴったりだねって。その日は桜が満開だったけれど、溢れんばかりの白には負けていたわ~」
「……独特なプロポーズだね?」
愛らしい “雪” なんて、初めて聞いた表現だ。
北国育ちの大智は雪に愛らしさなど感じたこともないが、降雪の少ない都会では雪に対してそう思うのだろうか。
ロマンチックさはかけらも感じられず、ただ不思議だなぁと大智は聞いていた。
「大智君も参考にどうぞ」
「参考になるかなぁ」
語尾にハートを付ける勢いで勧めてくるが、大智は微妙な顔をした。
「好きな人いるって言ってたじゃな~い」
「言ったけど、そうじゃなくて。プロポーズは人それぞれでしょ」
「ねぇねぇ、好きな人ってどんな子? 今どんな感じなの? 恋バナ聞きた~い」
みちるが矢継ぎ早にぐいぐいとくる。
あまりにも近づいてくるので、無駄だとわかっていても大智は両手を構えて距離を取った。
「どんな人だっていいじゃん」
「ケチ~。教えなさいよぉ」
「みちるさんに教えたって何にもならないし」
「そうよぉ、私は死んでるもの。だからこそ、人には言えない秘密なんかも打ち明けられると思わない?」
他言はできないし、とこれまた明るく言う。
そんなみちるに複雑な気持ちになりつつも、どこか納得してしまった大智がいる。
『人には言えない秘密』
これっきりの関係のみちるならば、胸に留めておく必要はない。
誰にも打ち明けることのなかった淡い恋心を、みちるになら聞いてもらうことができる。
「…………いや、やっぱりやめておくよ」
大智はかぶりを振った。
みちるがブーイングする。
「つまんな~い。年の功で何かアドバイスしてあげられるかもしれないのにぃ」
「アドバイスなんていらないよ。どうせ、叶いっこないんだから」
短く息を吐いて立ち上がった。
いつのまに乗っていたのか、頭や肩から桜の花びらが落ちた。
そのまま、桜色の絨毯の一部になる。
みちるが大智の顔を覗き込んだ。
「……叶わなくても、後悔のないように諦めないで。死んだ私からのアドバイス」
舞降る花びらが、みちるの体をすり抜ける。
それに気づいたみちるは寂しげな微笑みを一瞬だけ見せた。
「みち……」
「ん~? あれは誰かな?」
すぐに元の調子に戻ったみちるは、公園の外からこちらを見ている人影に気づいた。
人影は「げっ」と顔をしかめた。だが、すぐに取り繕ってこちらへ向かってくる。
大智もまた、そちらへ小走りで向かった。
「健! 来てくれたんだ!」
「……目が冴えて眠れなくなったから」
来るのは夕方だと言っていた健だが、それよりもずいぶんと早い時間だ。
照れ臭そうに唇が少し尖っている。
「あなたが健君ね~。イケメ~ン!」
「はぁ、どうも。必要以上に近寄んないで下さい」
「素っ気な~い!」
みちるがきゃっきゃとまた楽しそうに騒ぎだした。大智にもしていたように健にも絡んでいく。
そんなみちるに健は明らかに不機嫌になっていき、大智を睨みつける。どうにかしろ、と。
「みちるさん、もうやめて。健は女の人が苦手なんだ」
「そうなのぉ? イケメンなのにもったいないわね~」
「ほら、離れて。絡まないで」
「そんなに離さなくたっていいじゃないのよぉ」
引き離した健とみちるの間に大智が入る。
健にやたらと絡まないようにそうしたのだが、そこでみちるがハッと何かを思い付いた。
「大智君、叶わないって……そういうことだったのね」
「ん?」
「そっか、そうよね。同性は……ううん、いいと思う。みちるお姉さんは応援するわ」
「……ん?」
わざと憐れみを含ませた表情にイラッとした。
言わんとしていることを理解して否定しても、みちるは面白がるだけだ。
状況を把握していないはずの健が、大智の後ろで小さく舌打ちをした。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる