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身代わりの雛 5★
しおりを挟む場所は変わり、一楓の神社。
健と大智は登坂家族と共にやってきていた。
依頼であった「ひな人形がひとりでに壊れる」原因は、はっきりとした。
次は、今後それが起こらないように対策を取らなければいけない。
一楓との電話で、その後の方針はすでに固めてあった。
「おじさん、大丈夫かなぁ」
大智が言うおじさんとは、神社の神主である一楓の父だ。
現在、登坂家族のお祓い最中。
健と大智は境内でぼんやりと空を見上げながら、それが終わるのを待っていた。
一楓と固めた登坂家族のその後の方針。
1、定期的にお祓いを受けること。
2、ひな人形は今まで通り桃の節句に飾り、破損具合を確認すること。
3、何かあれば、健か大智に相談すること。
2に関しては登坂次第であったが、渋られることなく了承された。
例の人形はひな人形に入れたままにし、今まで通り身代わりとなってもらう。
曰く付きとされていたものだが、今後はもっと大事にされるだろう。
登坂の祖母の意思を汲んで、いつか役目を終えるその日まで。
その後の供養は、これも神主が引き受けてくれている。
「いい天気だねぇ。もう春だよ。なんか楽しくなってくるね」
「あっという間だな」
「眠いけどお散歩でもしたい気分。終わったらどっか行く?」
「帰って寝る」
「つれな~い。じゃあ、もう先帰っていいよ。俺が残るから」
「いや、お祓い後はどんなもんか視ておきたいし」
視る力のない神主だ。
登坂の妻を前にしてもやはり動じず、けろっとしていた。
一楓は任せていいと言っていたが、多少の不安がある。
「健の気持ちはよくわかるけど、姉ちゃんが大丈夫って言ってたじゃん。……心配だけど」
大智がぽそりと溢す。
健が信用できないのと大智が信用できないのでは意味合いが全然違う。
血縁者に信用されていないほうが、かわいそうである。
「そういえば、なんで人形の件は一楓さんが関わらなかったんだろうな」
健は不思議に思っていた。
登坂の祖母が神社へ相談したのなら、一楓へ話がいってもいいはずなのに。
そうはせずに神主が対応していた。
お祓いの提案もあったが、それは登坂の祖母が受け入れなかったようだ。
曰く、「孫の妻には嫌われているだろうから」と。
「あー……2年前だよね。その時期は、姉ちゃんのことでごたついてたかもなぁ……」
「ごたついてた?」
「……ちょっとね」
妙に濁す大智を健は訝しむが、突き詰めていいのかわからない。
一楓は謎が多く、大智もそれを隠すのだ。
だが、一楓を交えた際には以前ほど大智との距離を感じない。
大智もまた、知らされていないことが多いようだった。
「……ま、いいけど」
つぶやいて、健は空を仰いだ。
少しずつあたたかくなり、小鳥たちが気持ちよさそうに淡い青の中を泳いでいる。
目を閉じれば、そよぐ風の中にほんのりと春の香りを感じた。
「…………寝そう」
「だから帰ればって」
「用事がある」
「用事?」
玉砂利がぶつかる音が聞こえた。
それにつれて話し声が近づき、次第にそれが神主と登坂のものだとわかる。
お祓いが終わったようだ。
「終わったぞ、大智」
登坂家族と戻ってきた神主は、どこかやりきった顔をしていた。
大智はほっと息を吐き、健は複雑になる。
しかし、神主のその気持ちがわからないでもなかった。
登坂家族……特に、妻の方。
憑き物が落ちたようにとは、まさにその言葉通りで。背後の影はきれいさっぱり消え失せていた。
「やっぱり大丈夫だったね。姉ちゃんの言った通りだ」
「お前が一番信用してなかったじゃないか」
声をひそめる大智に、健も声をひそめて返した。
今さら「そんなことないよ~」と取り繕っても遅い。
「奥さん、気分はどうですか」
「気分……。なんだかすっきりしてるわ。体も、頭も」
登坂の妻は、急に軽くなった自らの心身に呆けているようだった。
力の抜けた表情を見ると、今まではずいぶんと気を張っていたのだとわかる。
“視る” 力こそないが、さすがは神職者。
一楓の父であり、あの狐達が文句を言わずその地位に立たせているだけのことはあるらしい。
登坂家族のことも、これなら安心して任せられる。
————びゅう、と強い風が吹いた。
鳥居をくぐり、草木を巻き上げるようにざわめかせながら境内の奥へと吹き込んでいく。
その中に、くすくすと笑い声が聞こえた。
「俺、もう行きます。登坂さん、何かあれば連絡ください」
登坂が礼を言う前に、健はサッと身を翻した。
大智が代わりに頭を下げてから、健の後を小走りで追ってくる。
「急にどうしたの。どこ行くの?」
「用事」
「用事って……そっち、出口じゃないよ」
「わかってる」
歩くたびに玉砂利が足元で大きな音を立てる。
強く吹いた風は先ほどの一回きりで、今はもう無風に近い。
境内の奥。蕾を付け始めた、立派な桜の木の前。
健は足を止めると、その木を見上げた。
「——呼んだだろ」
人気も、何の気配もないその空間へと声をかける。
もちろん、何も返ってこない。
「俺に何か言いたいことがあるのか」
「ちょ、健。何と話してんの」
「狐」
「えっ、いるの?」
「いや、視えない。でも呼ばれた気がした」
先ほどの、びゅうと吹いた強い風。
くすくすと聞こえた笑い声は、聞き覚えのある狐達のものだった。
健は元より言いたいことがあったので、あちらから現れてくれるのは都合がよかった。
「……言いたいことはないのか? なら、俺からひとつ、言っておく」
さわさわと草木が揺れる。
穏やかな風が、境内に吹き込んでいる。
「一般人には手を出すな。いたずらがしたいなら、俺達だけにしろ」
前回の、御守りの一件。
危険はなかったとはいえ、狐が近づいたことで大智の能力を引き出した前例がある。
「候補なら、俺と大智だけで十分だろ」
一楓の跡を継ぐ候補。
つまり、人とは違う能力を持った者を闇雲に生み出されては困るのだ。
健の身近で、特に、さくらは。
絶対にこちら側の人間にはなってほしくない。
草木がざわつく。
桜の木が、枝が、わずかに揺れ始める。
どこからともなく、カラスが不気味な鳴き声を上げた。
「……大智、行くぞ」
「え、あ、うん」
ざわざわと風が巡り、渦を巻くかのようにコォコォと音を立てる。
桜の木は枝を揺らし、まるで機嫌の良い狐が尻尾を揺らしたようだ。
早々と歩き去る健に、後ろを気にしながらもそれについていく大智。
よく育つ。よく育つ。と、桜の木からケタケタと楽しげな笑い声が静かに響いた。
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