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御守りのいたずら 1
しおりを挟む某人気テーマパークの最寄り駅。
改札口を出ると、テーマパークへは人気キャラクターのモチーフの花で彩られた道が一直線に続く。
時刻は昼過ぎ。
快晴の空でありながら、海が近いとあって風は冷たい。
暖かいダウンジャケットを着てきてよかったと、健はチャックをすべて閉め切った。
片手には大判ストールも持ち、寒さ対策はばっちりだ。
いや、やはり、こんな大きなストールはいらなかったのでは?
ダウンジャケットは首元もすっぽりと覆うので、ストールなど必要がない。でも、持って行けと教えられた。
……なので、やはりいるのだろうか。
ぼんやりと考えながら、待ち合わせより15分前。
本日のお相手である彼女を、他のカップルの片割れ達と共に待っている。
待ち合わせは早めに到着を。これも、教えられたことだ。
ぼんやりと、冴えない思考で。
風邪をぶり返したかなとダウンジャケットに首を埋めながら、健は今日までのことをなんとなく思い返していた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
大智の件から翌日、案の定というか、健は高熱を出して寝込んだ。
寒空の下で長時間、大智を監視したこと。
汗をかくほど動き回り、その汗が冷えたこと。
どんなに頑丈な人でも風邪をひくだろう。そもそも健は、人と比べるほど頑丈ではない。
よって、そこから数日は寝込む羽目になった。
食欲がなく、大智に飲まされた以外の飲み薬を怠ったせいもある。
熱がようやく引いてきた頃、大智がふらっと部屋にやってきた。
見舞いだ看病だと通ってきてはいたが、それとはなんだか様子が違った。
「これ」と健に小さな紙袋を差し出した大智はぼんやりとしていた。
「なんだ? ていうか大智、大丈夫か? 風邪うつってないか」
「大丈夫。それより、これ。健から渡してよ」
「誰に?」
健は訝しみながらも小さな紙袋を受け取った。
すると、病み上がりですっきりしない頭が、さらにぼんやりとした。
熱を出していた時とは異なる、思考能力を放棄してしまったような感覚。
代わりに大智はハッとし、健の部屋を見回して首を傾げた。
「あれ、俺、いつのまに来たんだろ。健、体調どう?」
「……大丈夫。ぼーっとするだけ」
「ずっと寝てたもんね。あ、それ。乃井ちゃんに健から渡してよ。お詫びって言って」
「……お詫び?」
「俺、あの男の子のことで心配かけたから謝ったんだけど、乃井ちゃんは健にもすげぇ怒ってたから。心配してたのに! って」
そう言われて、あぁ、と思い出す。
怒ったさくらに驚き、後で連絡すると言って逃げるように大智を追ったのだった。
大智に後で連絡させたものの、さくらの怒りはそれでは収まらなかったらしい。
「その後で熱も出してるし。本当に心配してたよ」
「……そうか」
それは、ちゃんと謝らなければいけない。そう思っていると、頭の中に誰かが囁いた。
そうか。デートに誘うのがいいのか。
健は枕元にあるスマホを取り、ぽちぽちとメッセージを打ち込む。
「何してんの?」
「一緒に出かけようって、乃井さんに」
「えっ、うそ」
「お詫びにな」
「お詫びって、でも健が、まさかそんな……」
「乃井さんが喜んでくれるといいけど」
「いや、絶対喜ぶけど……」
大智は「ありえない」「健が?」「風邪じゃなくて病気なんじゃ」などとぶつぶつ呟きながら顔色を変える。
その間に健はメッセージを送り、持ち上げていた頭を枕に落とした。
「……お詫びなら、デートがいいって言うから」
「え? 誰が?」
「誰って……は?」
「え?」
「え?」
「…………」
「…………」
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
大智とそんな感じのやり取りがあったわけだが、頭はぼんやりとしているしどうでも良くなってしまった。
腑に落ちなそうな大智を追い返して、後に驚いたような文面を返してきたさくらと約束を取り付けたのだった。
「健くん!」
改札を抜けてぱたぱたとさくらが駆けてきたのは、待ち合わせの5分前。
もこもこのボアコートに動きやすいパンツスタイル。ゆるくまとめられたお団子ヘアで、いつもよりボーイッシュだ。
「ごめんね、待った?」
「いや、待ってないよ。行こうか」
ここで、さりげない微笑み。
……なんて器用なことはできないので、とりあえず顔の力を抜いておいた。
眉間に皺は寄っていないはずだ。
「健くん、なんだか今日は雰囲気が柔らかいような」
「そうか?」
「うん、いつもと違う」
「デートだからな」
入場口でチケットを2枚購入。
慌てて財布を出そうとするさくらを「今日は俺が誘ったから」となだめ、いざ夢の国へ。
一歩足を踏み入れただけで世界が変わる。
異国風の建物が並び、季節外れの花が賑わう。軽快なBGMは心を弾ませ、人気のキャラクター達の着ぐるみがお出迎えしてくれる。
さくらは「わぁ!」と歓声を上げた。
「何から行こうか?」
パンフレットを片手に一番近いアトラクションを探す。
さくらも覗き込み、とりあえずそこに向かおうかと歩き出した。
バレンタイン前のイベント中ということもあってか、人はすごく多い。
アトラクションやキッチンカーの前には人混みができていた。
そこを通り過ぎようとするたびに、ぶつかったり流されそうになったりする。
「さくら」
離れてしまいそうになったさくらの名前を呼び、手を掴む。デートでの名前呼びは基本らしい。
そのまま自分の元まで引っ張り、健は人混みを抜けた。
「大丈夫か? 人が多いから、ちょっと遠回りしようか」
「あ、うん。……あの、それよりも手……というか、名前呼んだ……?」
「手、冷たいな。これであったかいかな」
有無を言わさず、ぐい、と自らのダウンジャケットのポケットに入れた。手を繋いだままで。
そうするといいと、教えてもらった。
少しずつ、小さく柔らかな手が温くなる。
「た、健くん……」
真っ赤な頰を隠すように顔を背けたさくらに、健も耳を染めた。
胸がどきどきとうるさい。脈という脈が大きく打ち鳴り、繋いだ手を伝わってさくらにバレてしまうのではと思った。
それでも手を離すことは許されず、さらには恋人繋ぎをしろと言う。
健はさくらをちらりと見て、ダウンジャケットのポケットの中で、ぎこちなく指を絡めた。
「えっ」
「……嫌?」
「う、ううんっ」
「よかった」
ほっとして、健は情けなく笑った。
耳だけでなく頰も熱い。繋いでいる手も、正直、汗をかいてしまっている。
もう冷たいからと繋いでいる意味などないほどに、二人の手は熱くなっていた。
「行こうか。……さくら」
「名前……」
「今日だけ」
火照る手を引き、ゆっくりと歩きだす。
さくらは健に引かれながら、その背中に小さく、白い息を吐き出す。
「……今日だけじゃなくていいのに」
カップルや家族の話し声。
園内にゆるやかに流れるBGMに、異国風の建物が日常から離れた夢のような時間を感じさせる。
照れ臭そうに、でも楽しげな健の隣で、さくらは少しだけ寂しく思った。
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