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七五三4
しおりを挟む美奈の家を出た健とさくら。
そして、さくらと手を繋いでついてきているりんは、電車を乗り継いで都心にあるという神社を目指していた。
佳奈もなぜか付いて来る気満々だったが、そこは丁重にお断りした。
悔しそうな佳奈と、勝ち誇ったようなさくら。
どんな理由で2人が諍っているのか、健は知る由もない。
「次の駅で降りて、10分くらい歩いたところにあるよ」
さくらが電車内の電光掲示板を指差す。
次の駅までは4分ほどだ。りんは電車に飽きることなく、大人しく外の景色を眺めていた。
「見覚えのあるものはあるか?」
「んーん」
流れる景色から視線を外すことなく、りんは首を振った。
そうして電車は徐々にスピードを落とし、ホームに入っていく。
下車する人の波に乗り、健達もホームから改札へ流れていった。
「神社は西口のほうだよ」
同じ方面へ歩く人がちらほらいる。
七五三参りで人気と言っていたが、若いカップルが多く、小さい子供連れの家族は見当たらない。七五三参りはもう時期外れなのか。
さくらの案内で大通り沿いを歩き、とある交差点を渡っていた時だった。
さくらと手を繋いで歩いていたりんが、急に立ち止まった。
手を繋いでいるが、触れることのできないさくらは気づくことなく、りんを置いて歩いていく。
「なんだ、どうした?」
健はさくら達の後ろを歩いていたので、自然と一緒に足を止めた。
「……」
りんは交差点の先をじっと見ている。
何かあるのか? と健も見ようとすると、曲がってきた車にクラクションを鳴らされた。
運転手から見れば、挙動不審な男が1人で横断歩道の真ん中にいるのだ。ものすごく怪訝な顔をしていた。
健は慌てて、りんを抱えて横断歩道を渡った。
先に渡っていたさくらは、どうしたのかと驚いていた。
「急にりんが立ち止まったんだ。一体、どうしたんだ?」
りんは交差点にある、ガードレールの一点だけを見つめ続けていた。
見つめ続ける先には、ガードレールの柱に括り付けられた花束があった。
花束の花は枯れてはいたが、そう古くはないもののようだった。
ごく最近、誰かが供えた花なのだろう。
「りん、ここで車にぶつかったの」
りんが唐突に話し始めた。
「ママとお散歩しててね、青信号で渡ってたの。ちゃんと手を上げていたよ」
花束をまっすぐに見るりんの横顔が、だんだんと崩れていく。
「ママが、走ったら危ないよー! って言ったから、りん止まったの。ママは後ろにいたから待ってあげようと思って、思ったら、思っだ、のに……」
顔の半分が潰れ、眼球が飛び出した。
皮膚が抉れて肉が見えている。
噴き出る血は顔だけでなく、体もゆっくり真っ赤に染め上げていく。
小さな手足はひしゃげ、バキッ……バキッ……と不快な音を立ててあらぬ方向を向き始めた。
「いだい……いだいよお兄ぢゃん、いだいよ……」
健に差し出された小さな手は、真っ赤に染まっていた。
飛び出した眼球の端から涙が伝い、血と一緒にぱたぱたと滴っていく。
「りん、大丈夫だ。落ち着け」
健は差し出された手を掴み、小さな体を抱き寄せた。
「ちゃんと助けてやる。大丈夫だ」
りんの体を抱え、さくらの手を引いた。
状況をつかめていないさくらだが、大人しく健に引かれてついて走った。
走りながらさくらに神社の場所を尋ね、息が上がっても止まることなく神社まで走り続けた。
自分の上がった息が大きく聞こえてくる中で、りんのしゃくりあげる声がいつまでも耳に響いていた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「大丈夫か?」
神社の境内に入り、抱きかかえていたりんを石段の上に座らせてやる。
あの場所を離れたことで、りんは痛々しくおぞましい姿から、元の姿に戻っていた。
鼻の頭を赤くし、瞼を腫らして鼻をすすっている。
あの場所で、あれほどの姿になるほどの凄惨な事故に遭ったのか。こんなに幼い子供が……。
健はりんの頭に手を置き、ぎこちなく撫でた。
話ができるくらいにりんが落ち着くと、さくらに一連の出来事を教えた。
話の最後の方では堪えきれず、涙を流していた。
そんなさくらを、今度はりんがよしよしと撫でるのだった。
「あれ、健と乃井ちゃんだ」
境内の奥の方から、小石を踏みしめてジャリジャリと音を立てながら男がやってきた。
りんは驚いて、さくらの後ろに身を隠した。
男はスマホに向かって「健がいたよ」と誰かに報告している。
「ここで何してんだよ、大智」
不思議な顔をする健に、大智は「それはこっちのセリフ」と返してきた。
さくらは大智の登場に涙が引っ込んだようだった。
「姉ちゃんから急に電話がきてさ。境内になんか入ってきたから見て回れって」
「一楓さんが?」
「ちょっと待って」
大智は通話をスピーカーに切り替えた。
『あ、健くんだったの? うちの神社で何してるの? 何を連れてるの?』
一楓が不思議そうに質問をしてくるが、健も健で疑問が湧く。
うちの神社? なぜりんを連れていることを知ってるんだ?
「ここ、姉ちゃんちの神社。お稲荷様達が変なのが入ってきたって姉ちゃんに報告したらしくて、俺が使いっ走りで見回りさせられてんの」
健の疑問を察した大智が答えた。
大智の答えに、一楓が「ごめんね、使いっ走っちゃって」と軽く謝罪を入れた。
『で、健くんは?』
健は少し考え、かいつまんでりんのことを説明した。りんに刺激が強いであろう、事故の部分は伏せることにした。
『その子の家かぁ。うちの神社にいたってことは、もしかしたら近くにあるのかもしれないけど』
うーん、と一楓が唸る。
『そもそも、なんでうちの神社にいたのかしら。それは覚えてる?』
一楓の質問に、さくらの後ろに隠れているりんが小さく答える。
「いっぱい着物がいたから」
『えっと、話の流れから七五三のことよね。迷い込んだってことかしら』
「それで美羽ちゃんに会って、ついて行ったのか」
うーん、と今度はみんなで唸る。
他に何か手がかりはなかったか。
健は考えを巡らせた。
「七五三、3歳、同じ着物……」
それから、交差点での死亡事故。
はっきり言ってしまえば、ここで悩んでいるよりその事故のことを調べた方が解決は早いと思う。
細かい住所はわからなくとも大雑把には絞り込めるだろうし、フルネームも割り出せる。家がこの近所なら、一楓の父、この神社の神主に聞けば情報を得られるかもしれない。
「……」
健はちらりと、りんを見た。
泣き腫らした瞼はまだ腫れが引かず、瞳に重たく覆いかぶさっている。
だめだ。やはり、りんの前で事故のことを掘り返したくはない。
大智にこっそり、神主に確認してもらうか?近所の家に、事故に関わる者がいたかどうか。
「ん? 近所の……?」
ああ、そうか。
なぜすぐに気づかなかったのだろう。
ここに大智と一楓がいるのも、かなり都合がいい。
「一楓さん、ここの七五三参りは予約制?」
『うちはここらじゃ大きい神社だし、数も多いから予約してもらってるわ』
「予約帳なんかあったりしますか?」
一楓はピンときたようだ。
『数年分残ってるわ。りんという名前で、予約が取り消されたものを探せばいいのね』
一楓がそう言うと、大智はすぐに神主に取り次ぎに行った。
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