浄霊屋

猫じゃらし

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七五三3

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 2階へ上がると、部屋が3つあった。
 健は迷うことなく、1つの扉の前に立つ。

「この部屋は?」

「美羽の部屋よ」

 後ろをついて歩く佳奈が答えた。
 健はレバー式のドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。

 部屋の中は女の子らしく、ピンク色で統一されかわいく装飾されていた。
 6畳ほどの広さに、子供用の小さなクローゼットと絵本の並んだカラーボックス、お絵かき用のテーブルにおもちゃ箱がある。
 そして、部屋の真ん中にはお城のプリントが施された、おもちゃのテントが立っている。


 女の子は、そのテントの中に隠れていた。


「見つけた」

 健と目が合った女の子は、怯えてテントの奥へ後ずさった。
 ちょうど美羽と同じ年頃のように見えた。七五三と言っていたから、恐らく3歳だろう。
 幼く小さな体を強張らせ、さらに小さくなっている。

「びっくりさせてごめんな。怖がらなくて、大丈夫だから」

 健は威圧しないように身を屈めて宥めるが、女の子はさらに後ずさろうとする。もうとっくに下がる場所などないので、床を蹴る足だけが空回りしていた。
 女の子の長い髪の毛が顔に垂れ下がり、髪の毛の隙間から見える瞳には恐怖の色が見えた。

「大丈夫だよ」

 何度もその言葉をかけ、女の子が落ち着くまで待とうと思った。
 むやみに手を出しては、恐怖に染まった女の子が何をしでかすかわからない。
 それに、相手は幼児だ。ぶっきらぼうな健にだって情はある。

「大丈夫だからな」

 ちゃんと助けてやるからな。
 女の子に上手く伝わるかわからないけれど、健はその言葉を繰り返し言い続けた。
 大丈夫、俺は君を助けに来たんだよ。
 だから、出ておいで。


 女の子の警戒心が少しずつ解け、健を凝視するようになった頃。
 部屋の入り口に立っていた佳奈が「あっ、ちょっ……」と何かを止めようとした。
 どうしたのかと健が振り向くと、目の前に頰を膨らませた小さな顔がある。

りんちゃん・・・・・いじめたら、だめー!!!」

 目の前で叫ばれ、健は仰け反った。
 いきなりやってきた美羽はその隙にテントの中に入り込み、女の子の側へと寄った。

「ごめん仁科君、急に部屋に行くって走り出しちゃって……」

 追いかけてきたさくらが手を合わせた。
 美羽が来てしまったので、さくらの後ろには美奈もついてきていた。

「お兄ちゃんダメだよ、りんちゃん怖がってるでしょ!」

「いや、俺は何も……」

「お兄ちゃん顔怖いもん! だからりんちゃん怖いんだよ!」

 幼い子供に面と向かって正論を言われ、健は返す言葉がなかった。
 佳奈が「こら!」と叱るが、「本当のことだもん!」と美羽は一蹴した。

「ごめんね、健くん」

「いえ、いいんです。本当のことですし」

 面と言われたことはなかったが、そうだろうなと感じることはあった。
 今さら気にすることでもない。

「美羽ちゃんは、その子と友達なのか?」

 美羽は女の子に寄り添い、慰めている。

「そうだよ」

「ねぇ美羽。その、りんちゃん? て子に、お兄ちゃんは怖くないよって教えてあげてくれない?」

 佳奈が健の隣に座り込み、一緒にテントの中を覗いた。

「私には、美羽と健君が見えてるものは見えないから……。だから代わりに教えてあげてくれない?」

 美羽はむすっと頰を膨らませたまま、佳奈に返事をしない。
 すると、今度はさくらが健の後ろからテントを覗いた。

「美羽ちゃん、私とこのお兄ちゃんね、その子のことを助けにきたんだよ。怖い顔してるけど、本当はとっても優しいんだよ」

 さくらの言葉に、美羽の頰が萎んだ。
 少し間があって、口を開く。

「……お兄ちゃん、意地悪しない? 怖い顔しない?」

 美羽は健を見た。
 意地悪はともかく、怖い顔はどうにもできない。難しい要求だなと険しい顔をした健に、いいから頷いて、とさくらが背中をつついた。

「……しないよ」

 健は答えてからため息をついた。
 それなら、と美羽は女の子の説得をはじめ、美羽を間に挟みつつ女の子と話をすることができるようになった。




 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




「名前はりん。3歳だな。どうして美羽ちゃん達についてきたのか、覚えてるか?」

「……りんの着物と似てたから」

 健を警戒しつつ、美羽が手を握ってくれているのでなんとか受け答えをしている。
 りんの答えに健が首を傾げると、りんよりはきはきと物を言う美羽が説明してくれた。

「七五三のね、美羽の着物とりんの着物が同じだと思ったんだって。だから、りんの返してってついてきたんだよね」

「うん。でも、違った」

 この家についてきてしばらくは、美羽の! りんの! とケンカをしていたそうだ。
 着物自体は赤い手形も付いていたため、すぐにクリーニングに出して手元になかったという。

 そのうちに七五三の写真ができあがり、美羽は写真をりんに見せた。
 すると、りんは自分の着物とは柄が違うことに気づき、納得したらしい。

「で、この家に来た意味がなくなり、帰り道もわからなくなり、寂しくて泣くようになったと」

「りんね、どこから来たのか覚えてないの」

「神社なら連れてってやるよ」

「違うの。りん、どこから来たのかわからないの。りんのお家はどこ? ママとパパはどこ? りん、わからないの」

 りんはだんだんと嗚咽を漏らし、大きな声を上げて泣きじゃくった。
 美羽がよしよし、と頭を撫でる。

「困ったな……」

 家を探すといっても、りんが覚えてないのでまったく手がかりがない。
 うーーーん、と唸り腕を組んで考えていると、さくらがどうしたのかと尋ねてきた。
 忘れてしまうのだが、りんの声は健と美羽にしか聞こえないのだった。

「家に帰りたいけど、帰り道がわからないから泣いてる」

「そっかぁ。3歳だもん、わからないよね」

「家を探すにも手がかりがないし、どうしたもんかと」

「とりあえず、神社に連れていってみる? 何か思い出すかもしれないし」

「それしかないよな」

 健は腰を上げると、美奈に神社の場所を教えてもらった。
 近場かと思ったら、意外にも都心近くの神社だった。

「大きくて由緒あるし、七五三参りで人気なんです」

 さくらと佳奈は名前を聞いてぴんときたようだが、健にはさっぱりだった。
 道案内をさくらに頼み、健はりんに声をかけた。

「りん、家を探しに行こう。ここにいても何も始まらない。俺が絶対に見つけてやるから、ついておいで」

 ひっく、ひっく、としゃくりあげるりんは、美羽の手をぎゅっと握った。

「美羽は?」

「美羽ちゃんとはお別れだ」

「やだぁ、美羽も一緒がいい!」

 再び泣きはじめたりんに、健はどうしていいのかわからずたじろいだ。
 美羽が必死になだめるのだが、りんの泣き声は大きくなるばかりだ。

「むずかしい?」

 美羽が話している内容を聞いて、さくらもなんとなく上手くいってないことはわかっているのだろう。
 大きなため息をついた健の肩をぽん、と叩いて前に出た。

「りんちゃん、お家探しに行こう。ママとパパが待ってるよ。美羽ちゃんの代わりにお姉ちゃんが一緒に行くんじゃ、ダメかな?」

 さくらにはりんの姿が見えない。
 美羽の隣の空間に向かって、ぎこちなく話しかける。

「美羽がいいって言ってる」

 声が聞こえないさくらに、美羽がりんの言葉を伝える。

「お姉ちゃんはお友達じゃないから嫌だって」

 りんの答えに、さくらは困ったように笑った。

「そっかー、そうだよね。美羽ちゃんはお友達だもんね。私もりんちゃんとお友達になりたいな。お友達になってくれる?」

 さくらが空虚に向かって問いかける。
 その答えは、隣の美羽を伝ってすぐに返ってきた。

「いいよ、だって」

「本当に? やったぁ、嬉しいな。りんちゃん、ありがとう」

 さくらは本当に嬉しそうに微笑んだ。
 健から視えるりんは、さくらを不思議そうに見ている。

「私ね、りんちゃんが寂しくて泣いているの嫌だな。だって、お友達だもん。お友達には泣いてほしくないよ」

 さくらが “友達” というたびに、りんは嬉しそうに「友達?」と繰り返した。

「だから、寂しくなくなるようにお家を探しに行こう? 美羽ちゃんは行けないけど、お友達の私が一緒に行くから」

 りんは美羽を見た。
 握っている美羽の手をぎゅっともう一度握って、手を離した。


「りん、お姉ちゃんと行く」


 さくらの右手をりんの左手が握る。
 ハッと、さくらは右手を見たが、そこに視えるものはない。
 繋がれた手を握り返すように、優しく手を握った。
 りんは、美羽を振り返った。

「美羽、ばいばい」

「りん、ばいばい」

 小さな女の子達は、いっぱいの笑顔で最後の言葉を交わした。



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