31 / 95
七五三1
しおりを挟む「おかあさーん、着物脱げたぁ」
「脱げた? どうしてそんな脱げ方するの?」
「だってねぇ、引っ張られたんだよ」
「そんな乱暴な子がいたの」
「うん。それ返してって、引っ張ったの」
「え?」
「その子、真っ赤っかだった」
「真っ赤……?」
「ほら見て、着物に赤い手の跡、ついちゃってる」
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
残暑も終わりを告げ、肌寒くなった頃。
今日は祝日のために勤め先の学校が休校で、久しぶりの休日。誰との予定もないので、街をぷらぷらと歩いてウィンドウショッピングをしていた。
一通り気になる店を見てまわり、小腹が空いたなぁとカフェを探しているところだった。
前方からこちらに向かって、見覚えのある長身の男の子が歩いてきた。
「お久しぶり。仁科君……よね?」
いきなり声をかけたので、男の子は面食らった様子で立ち止まった。
私の顔を見て眉を寄せた後、あっ! と思い出したようだったが、再び眉を寄せた。
「すみません。俺、名前覚えてなくて……」
「いいの。だって私、あなたに本当の名前、教えてなかったから」
この男の子、仁科 健と出会ったのは、以前私が務めていた中学校だった。
いろいろあり、私が事故に遭って目を覚まさず入院している間に、中学校は廃校となった。
その中学校は廃校になる前から心霊現象が起こると噂が広まって有名になっていたため、格好の心霊スポットとして一部の若者達の遊び場となっていたらしい。
そして、その心霊現象の原因と、私が目を覚まさずにいた問題を解決し、助けてくれたのが仁科君だ。
あの時の私は、生徒の姿をし、名前を借りていたのだった。
「改めて、斉木 佳奈です。あの時は助けてくれて、どうもありがとう。あなたにずっとお礼が言いたかったの」
「いえ、たいしたことはしてませんから」
仁科君は事もなげに言うと、では、とすぐに立ち去ろうとした。
「あ、待って待って。お礼ともう1つ、相談があって……。聞いてもらえないかな?」
「相談ですか?」
「時間ある? カフェにでも移動しない?」
私がそう言うと、仁科君は考えるように目線を上げた。
用事があるのだろうか。それとも、ほとんど初対面も同然なのに、いきなり誘ってしまって失礼だったかもしれない。
連絡先だけ渡して、帰ろうかな。
そう考えていると、背後からぱたぱたと人の駆ける足音が聞こえた。
「仁科君!」
「あー、ちょうどいいところに」
仁科君の隣に並ぶように立ち止まったのは、これまた見覚えのある女の子。
「さくらさん」
私が名前を呼ぶと、さくらは首を傾げてきょとんとした。
横から仁科君が「夏休み、廃校の」と言うと、思い出したらしい。
「あ! えっ!? あの、えっと、お久しぶりです!」
「ふふ、お久しぶり。あの時はお世話になりました」
さくらの素直な反応に、つい笑いが溢れた。
出会い方はあんなに特殊で、普通なら身構えるだろうに、この子達はそのまま受け止めてくれる。
さくらも笑顔を返してくれた。
「あなた達は優しいのね」
「えっ?」
さくらが笑顔のままで聞き返すが、私はなんでもないと首を振った。
「ところで、ちょっと仁科君をお借りしたいんだけど、いいかしら?」
さくらの笑顔が引きつった。
そのまま、困ったように仁科君を見上げる。
「それとも、これからデート? お邪魔しちゃった?」
「あ、いや、そういうんじゃ……」
頰を赤らめてもごもごと口籠るさくらは、本当に素直な反応をしてくれてわかりやすい。
可愛らしいけれど、微笑ましくただ見ているわけにはいかない。年下相手に大人気ないが、彼女は私のライバルだということがわかった。
「違うの? じゃあ少しだけいいかな、相談したいことがあるから」
「乃井さん、大智達に遅れるって言っといて」
さくらがわかりやすい反応をしているにも関わらず、仁科君は気にすることなく私の誘いに乗ってくれた。
戸惑うさくらに、あっけらかんと「じゃ」と手を振るほどだ。
「健君、ありがとう。さくらさん、またね」
ひらひらと手を振ると、さくらは悔しそうな顔を隠すことなく両手を握りこんだ。
ちょっとかわいそうだけど、ここは私がもらっていくね。意地悪してごめんなさい。
健君の後ろをついて歩きながら、私は小さく舌を出した。
それから少し歩いて適当なカフェに入り、お互いにコーヒーを注文した。
小腹が空いていたのでケーキでも一緒に頼みたかったけれど、なんとなく躊躇い諦めた。あとで、コンビニでスイーツでも買って帰ろう。
「それで、相談というのは?」
健君が早々に切り出した。
私は話したい内容を頭の中でまとめ、一呼吸おいてから口を開いた。
「えっと、私の姉と姪っ子のことなんだけど……」
私は姉の話を、なるべく聞いた通りにそのまま伝えた。
健君は表情を変えることなく、話の最後まで口を挟むことなくじっと聞いていた。
注文していたコーヒーが届いても、どちらも手をつけることなく。
話が終わった頃には、湯気の立っていたコーヒーはとっくにぬるくなっていた。
話終え、コーヒーを口に含んで私は一息ついた。
「姉と姪っ子が心配なの。でも、こんな話、誰にしていいかわからなくて……」
「そういう相談だろうなと思ってました」
健君はぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。
「お姉さんに会えますか?」
「ええ」
じゃあ、と健君はスマホを取り出した。
「これ、俺の電話番号です。都合のつく日がわかったら連絡ください」
健君は席を立ち上がり、伝票を手に取った。
「あっ、ここは私が払うから」
「いいっす別に。連絡待ってます」
軽く頭を下げて、健君は早々と店を出ていった。
私はまだコーヒーが残っているし、一緒に店を出る隙もなく取り残されてしまった。
「……ケーキ食べよ」
まだ何も解決していないけど、話を聞いてもらえて少しすっきりした。
健君の連絡先も知ることができた。
不謹慎だけど、なんだか嬉しくなって頰が緩んだ。
ケーキ、どれにしようかな。
私はメニューを手に取り、呼びベルを押した。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/3/9:『かおのなるき』の章を追加。2025/3/16の朝8時頃より公開開始予定。
2025/3/8:『いま』の章を追加。2025/3/15の朝8時頃より公開開始予定。
2025/3/7:『しんれいしゃしん』の章を追加。2025/3/14の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/6:『よふかし』の章を追加。2025/3/13の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/5:『つくえのしたのて』の章を追加。2025/3/12の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/4:『まよなかのでんわ』の章を追加。2025/3/11の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/3:『りんじん』の章を追加。2025/3/10の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/2:『はながさく』の章を追加。2025/3/9の朝8時頃より公開開始予定。
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる