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黒猫1
しおりを挟む場所は隣町。
健の住む町から、自転車で15分ほどのところだ。
今回受けた依頼は、この町を彷徨っているらしい女性を探し出す、ということだ。
依頼内容を聞いた健は、遠い目をした。
女性の情報がよくわからないものなのと、探さなければならない範囲が広い。
大智は投げやりに、一楓の話を小石を蹴飛ばしながら聞いている。
「女性の特徴って本当にそれしかないの?」
『ないわね。ゆきちゃん、本名はゆきこ、高齢、艶のある黒髪、目鼻立ちのくっきりした綺麗な顔立ち、すらっと伸びた手足、鈴を転がすような声、人見知り。私も疑問しかないわよ、こんなの』
一楓に依頼をしてきたのは60代の男だという。
そして、その女性を探しているのは男の母親とのことだ。
『病床で寝たきりの母親が、うわ言でずっと言ってるんだって。探さなきゃって。そこから何とか聞き取れたのが、それだけの情報らしいのよ』
最初は、ただうなされて変な夢でも見ているのだろう、と思っていたらしい。
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「依頼者の父親はその人?」
『ううん、再婚相手よ。最初の夫のことは知らなかったみたい。依頼者の父親も早くに亡くなったらしいわ』
健は顎に手を置いた。
矛盾点があるので頭がこんがらがってくる。
「仮に、最初の夫との間に子供がいたとして、戦時中に産んだとする。そうすると、生きていたとして年齢はいくつだ?」
『70代後半くらいかしら。ちなみに、母親は今90代って聞いたわ』
「なるほど。年齢的には、探している女性は最初の夫の子供でもおかしくないのか」
『でも、今ある容姿の情報が、70代後半のものである可能性は低いわよね。朦朧として、幼い頃の容姿を思い出しているのかしら? それとも……』
幼くして亡くした、もしくは手放した我が子の姿を探し求めているのか?
母親が依頼者の父親と再婚し、そこに連れ子がいなかったという確証はない。
男が生まれる前に亡くなったのかもしれない。
戦後貧しい中で、養っていけない為に手放したのかもしれない。
真相は母親しかわからない。だが、その真相を聞きだせる状態ではない。
『生きているのであればって、虱潰しに探したみたいだけど手がかりなし。時間もないので、藁にもすがる思いで依頼してきたみたいね』
とりあえず探してみてくれ、と。
「この町指定なのは何でなの?」
『そこも謎なのよね。その町に昔から住んでたのかしら?』
健は大きなため息を吐いた。
生きていれば70代を探せばいいが、死んでいれば年齢がはっきりしないので、どの年齢層の女性を探せばいいのかわからない。
容姿の情報はあまり当てにならず、確実なのは性別と名前だけだ。
考えていても仕方ないので、ひとまず町を見て回ろうかと健は自転車にまたがった。
今回は範囲が広いので、健と大智は自転車を使っている。
『何かあったら連絡して。よろしく~』
お気楽に言い捨てて、一楓は通話を切った。長丁場になると踏んだのだろう。
「せめて写真があればなぁ」
「ないだろ」
健と大智は行く当てもなく自転車を漕ぎだした。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
結果から言うと、それらしき女性は見つからなかった。
三日三晩探しまわったが、1つの情報も得ることはなかった。
陽のある時間は仮眠を取り、陽が暮れてから自転車で町中を走り回った。
早朝になると、早起きな老人達が散歩だ体操だと外に出てくるので、そこで70代くらいの該当しそうな人物を尋ねた。
だが、皆、首を横に振るだけだった。
しまいには、地域猫に餌を与えていた老人に、最近見かけない猫もついでに探してくれと仕事を追加された。お人好しの大智は、猫に絆されたこともあり、この話をふたつ返事で了承してきた。
「だって、猫、かわいいじゃん」
「バカ野郎。お前が探せよ」
「俺は視えないし、一緒に探して回る口実としてはちょうどいいよ」
うきうきとしている。
大智の言うことはもっともで、視えない大智には探すことはできず、ただ健と一緒に自転車で走り回るか、その辺にいる人に話を聞くことくらいしかできなかった。
「俺いる意味ある?」と大智は言うが、いてもらわなくては困る。
初対面の人間に話しかけるなど、健には難易度が高い。
「猫探しつつ、聞き込みも頼むぞ」
「もちろん。でも、酔っ払いに絡まれるのはもう勘弁」
深夜、大智が駅前の飲み屋街で、しっかりとした足取りのニコニコと愛想の良さそうなおじさんに声をかけると、とんでもない酔っ払いだったことがあった。
ニコニコと話をし始めたかと思うと、いきなり怒りだし、そのまま説教が始まった。
離れたところにいた健が気づいた時には、大智は正座をさせられていた。
「あのおじさん、めっちゃ恐かった」
「何事かと思ったぞ、あれは」
健が声をかけたところで説教は止まらず、健にも正座を強要してきたので、隙をついて走って逃げた。
酔っ払いなので、足取りはしっかりとしていたが走ることはできなかった。おかげで簡単に逃げることができたのだが。
「もう飲み屋街では聞き込みしない」
「そうしてくれ」
酔っ払いじゃなくとも、何かと絡まれやすい大智だ。
猫の捜索を押し付けられたのもいい例だ。
「それで、今日はどうする?」
「あらかた見回ったからな……」
うーん、と考えながら空を見上げると、小さな満月が優しい光を放ち、その周りで更に小さな星が煌々と輝いていた。
綺麗だな、と健は思った。
「町の外れに行ってみるか」
たしか、小高い丘があったはずだ。
根を詰めて探していては、見えてくるものも見えてこない。
少しくらい息抜きしたっていいだろう。
途中、コンビニに寄ってコーヒーとアイスを買った。大智は猫のおやつを買っていたようだ。完全に趣旨が変わっている気がする。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「乃井ちゃんに聞いたんだけどさぁ、省吾と結菜、付き合い始めたんだって」
丘の上で、健が渡したアイスを舐めながら大智が言う。
近くまで来てみるとそこは小高い丘というよりは、小さな山のようだった。
階段と遊歩道が設置され、頂上にはベンチが2つ。自転車は丘の下に置いてきた。
「ふーん」
健はコーヒーを飲みながら月を見上げていた。
遮るもののない視界には、煌々と輝く星空と月だけが映っている。
その景色を邪魔するものはいない。
日常の景色に、当たり前のように入り込んでくる影は、その空には存在しなかった。
なんて、綺麗なのだろう。
「ふーんって、完全に興味ないね」
「そもそも、どっちが乃井さんで、どっちが……苗字なんだっけ? 結菜さんなのか、覚えてない」
大智は、まじかよ。という顔をしているが、そんなの今更のことだ。
「健はもっと他人に興味持った方がいいよ」
「ふん」
「そんなんじゃ、一生彼女できないぞ」
「余計なお世話だ」
特に欲しいとも思わない。
彼女が欲しいなら行動あるのみ! と、鼻息を荒くする同級生をたくさん見てきたが、何が彼らをそんなに熱くするのか健には理解ができなかった。
できる時はできるし、できない時はできない。それ以上のことはない。
それに、隣にいるこの男だって、人のことは言えないはずだ。
「大智こそ、どうなんだ? 高校の時に、彼女が1人いたっきりじゃないのか」
周りに冷やかされている大智を見て、健は初めて彼女の存在を知った。
隣のクラスの子だったはずだ。顔は覚えていない。
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「初耳だな」
「……叶わない恋だから」
ぼそっと呟いた大智に怪訝な顔を向けると、小さくなったアイスを一口で頬張った。
「さ、町に戻って探そう」
舌の上でアイスのかけらを転がしながら、大智は歩き出した。
健は余計な詮索はしない。大智もそれをわかっているだろう。
無言の背中を眺めながら、後ろを歩いた。
「にゃう」
丘を下りたところで、そんな声が聞こえた。
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