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廃校4
しおりを挟むなんとか皆が落ち着きを取り戻し、健は簡単に今の状況を説明した。
この廃校には、良いものも悪いものも、なんの理由があるのか多すぎるくらい存在していること。
その中の力の強い者が、健達に目をつけたこと。
そのせいで閉じ込められていること。
ここから出るには、その力の強い者をどうにかしなければいけないこと。
「どうにかって言っても、どうするんだ?」
腕を組んだ省吾が健を見る。
それに関しては、1つ憶測があった。
その憶測を確かめるため、健はとある人物と話をする必要があった。
「大智、一楓さんと連絡とれるか?」
うん、と大智がスマホを取り出すと結菜がすかさず首を横に振った。
「無理無理、だって圏外になってるもん! さっき、私がやってたでしょ」
たしかに結菜の言う通り、皆のスマホは圏外の文字を表していた。
いつから圏外になったのか、校舎内に入った後も電波は入っていたはずだが。
「たぶん、ねえちゃんなら大丈夫」
大智がスマホを操作して耳に当てた。
健も、そんな気がしたのだ。
湖での霊障の際は、ノイズが入るだけで通話が切れることはなかった。
トンネルの時でも、山奥で電波が入りにくいにも関わらず、トンネル内に入っても通話ができていた。
一楓の力なのかもしれない。
数コールの後、大智が話し始めた。
やはり繋がったようだ。
大智がスピーカーに切り替える。
『こんばんは、一楓です。みんな大丈夫?』
よく通る声が心地よく響いた。
皆、一様に挨拶を返し、なぜ繋がったのか? と不思議な顔をしている。
説明すべきなのだろうが、今は時間が惜しい。
あの禍々しい影は健に近づくことはない。だが、近づかないだけで何かしらのことを起こすかもしれない。
「一楓さん、確認したいことがある」
『健くんね。そこのこと、わかってることだけでいいから教えてくれる?』
健は校舎内で視たこと、先ほど起こったこと、そして健の立てた憶測を一楓に話し始めた。
少女のことは、偶然出会い一緒に友達を探しているという事実だけ伝えた。
『なるほどね』
「どう思います?」
『うーん……』
一楓は少し考え、質問する人物を変えた。
『理緒ちゃんだったよね。あなたはそこに通ってたのかしら?』
少女は「はい」と答える。
『あなたはいつから?』
間があった。
ゆっくりと少女の口から言葉が出る。
「……2年前くらいです」
一楓はもう1つ質問する。
『鏡はいつから?』
「鏡は、わたしが入学してからでした」
『なるほど』
一楓はまた考える。
『健くん、そこにいる人達の流れは、どこからどこへ?』
「玄関から入って、一直線に体育館方面へ向かってます。でも、鏡の前で散り散りにどこかへ行くようです」
『鏡の裏手には、何がある?』
「墓地です」
健が静かに答えると、すぅっと空気が冷たくなったような気がした。
禍々しい影や彷徨っている者達が何かをしたわけではない。
ただ、そう感じただけだ。
『うん』
一楓は一拍置いて、健の憶測に答える。
『健くんの考え通り、そこには霊道が通ってるわ。その霊道は玄関から、本来なら鏡を抜けて墓地に続くんでしょうね』
「霊道……?」
小さく繰り返した大智の声を拾い、一楓は説明をする。
『霊の通り道のことよ。幽霊は基本的には壁なんかの概念もなく自由に動き回ってるけど、ルートを作っていることもあるの。縄張りじゃないけど、目的地までの道を定めてみんなで使うこともあるわ。そこのように』
「ここの霊道は墓地へ繋がる道ってこと?」
大智は健を見た。
おそらく、と健は頷いた。
「問題は鏡だ」
彷徨っている者達の多くは、救いを求めて墓地へ向かう。
そこに行けば家族が手を合わせてくれる。家族でなくとも、手を合わせてもらえるだけで心が浄化されるのだろう。
ここはそのための通り道になっている。
だが、その道が通れない。鏡が邪魔をするのだ。
『鏡には霊的なものを跳ね返す力があると言われているわ』
跳ね返された者達は行き場を失い、その周辺を彷徨いだす。
学校という大きな箱の中に溢れかえる。
そうすると、その者達のマイナスの気に当てられた人間が不調を訴えだすだろう。1人が体調を崩せば2人、3人と増え、集団の括りになり、最終的にはクラス、学年、と広がる。
そんなことが数年に渡り続くと、今度は世間からあらぬ疑いをかけられるようになる。
集団食中毒か? 集団ヒステリーか?
あの学校には何かがある。
曰く付きの学校に違いない。
そうして廃校になったとも考えられる。
だが、あくまで憶測なので真意はわからない。
「とにかく、鏡をどかしてみようと思うんだ」
手伝ってくれ、と健が大智と省吾を見た。
離れてしまっては危険なので、女子3人にもついてくるように言う。
すると、少女の顔が明らかに曇った。
「あの、仁科君。体育館のほうには、その、悪いやつがいるんじゃないの?」
さくらが渡り廊下をちらちらと見ている。
少女の心配もそこだろう。
「あいつは俺には近づけない。みんな、俺の側から離れなければ大丈夫だ」
『健くんはオーラがすごいのよ。神々しいよ~』
一楓が茶化して言う。
一楓のことは何も説明していないのだが、今までの会話のやり取りで信頼は得たのだろう。少しだけ空気が和んだ。
「離れなきゃ大丈夫なんだな」
「頼りにしてるよ、仁科君」
「く、くっついてもいいのかな?」
「健、人気者~」
皆それぞれに言うので、健は後ずさった。
やめてくれ、そこまで期待されるほどのものじゃない。
少女だけはおずおずと周りを見ており、それに気がついた健はため息をつく。
「特にお前。絶対に離れるな」
指を差して指名してやる。
少女は上目遣いで健を伺う。
「一緒にいていいんですか? こんなに迷惑をかけたのに……」
「お前のせいじゃないと言っただろう。黙ってついてこい」
行くぞ、と言って健は渡り廊下へ向けて歩き出す。
「かっこいい……」と呟いたのは、たぶんさくらだ。
健は聞こえないふりをした。そんな柄じゃない。
健が渡り廊下に近づくにつれ、禍々しい影はそわそわとしているようだった。
逃げ出そうか。襲いかかろうか。
その姿は次第にはっきりとしたものになる。たぶん、健と少女にしか視えていないが。
少女は逃げ出しそうなほど怯えていた。
「近づくな」
声はその影から発せられた。
低い男の声だ。
声の通り、現れた姿は40代ほどの男だった。怨念や、禍々しい気とは無縁そうな男だった。
「近づくな」
男はもう一度言った。
だが、健は臆さず渡り廊下に足を踏み入れる。
男は目を細め、眩しそうに顔を両手で覆った。
「あんたはなんで俺達を閉じ込めた?」
健は男に問うと、足を止めた。
「近づくな」
「俺はそこの鏡に用がある。近づいてほしくないなら、どこかへ行け」
「近づくな」
男は両手で顔を覆ったまま繰り返す。
「俺はあんたを助けてやれる」
健は渡り廊下の端に避け、男の逃げ道を与える。
「助けてほしいなら、そこから離れろ」
「ぐ、ぐうぅぅ……」
男は喉を鳴らして唸った。
禍々しい気を放ってはいるが、完全には呑まれてはいないようだ。
葛藤する理性が残っている。
「あんたは、自分の墓に帰りたいんじゃないのか?」
男がゆっくりと顔をあげた。
苦しみで歪んだ顔で健を見ると、とてつもない勢いで与えられた逃げ道を通ってどこかへと消えた。
少女が大きく息を吐く音が聞こえた。恐怖で息を詰めていたのだろう。
「なんか、急にすごい風が吹いたね……」
惚けた顔で結菜が漏らすと、省吾も同じく惚けた顔で相槌を打った。
大智とさくらは、健の背中に隠れてはちらちらと男の方を見ていたようなので、もしかしたら影程度は視えていたのかもしれない。
視えていてもおかしくないほど、男は苦しみに食い尽くされそうになっていた。早くしなければ、自我を失い怨霊にでもなってしまうかもしれない。
「健、さっきの人のこと、何か知ってたの?」
「いや、はったりだ」
大智がギョッとした。
失敗していたら大変なことになっていたかもしれない。
当たっていてよかった。
「鏡を外そう」
全面鏡は、大人が3人並んで立っても少し余裕があるくらいに大きい。
健が手をかけると、省吾と大智も支えるように手をかけた。
だいたいは、杭のようなものに引っ掛けてあるだけだろうと思い、3人で持ち上げようと力を入れる。
だが、予想に反して鏡は持ち上がらない。重たいのではなく、ピタリと動かなかった。
「あー、これ、壁に打ち付けてある」
省吾が懐中電灯で照らし、鏡の四隅にある杭を見つけた。
「健、どうする?」
どうする、と言われても。
杭を抜くには工具か、それに代用する物が必要だ。仮にその道具を見つけられたとしても、鏡を外すのは相当な重労働になるだろう。
そもそも、人力で外すとなると、壁を壊した方が早いのかもしれない。
健は唸る。
もしくは、
「割っちゃうのはダメかな?」
健の考えていたことと同じことを口にしたのは、さくらだった。
器物損壊とか、そもそも不法侵入してるとか、考えることはいろいろある。
だが、正直それが一番手っ取り早い方法のような気がした。
「割ろう」
玄関へ取って返し、省吾が振り回していた椅子を持ってくる。
健は椅子を振りかぶって、鏡に叩きつけた。
大きな音を立てて、鏡に大きな亀裂が入った。
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