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廃校3
しおりを挟む「新井理緒です」
17歳だという少女はどこか幼く見えた。だが本人がそう言うのだから、そうなのだろう。
さくらが指を差し、一同がその姿を確認した後は阿鼻叫喚だった。
結菜が「何かいる!!」と叫び、さくらと大智はその叫び声に驚き声を上げて健にしがみついた。
結菜も結菜でキャーキャー叫びながら省吾を締め付ける勢いで抱きついていた。省吾はちょっと嬉しそうな顔をしていた気がする。
どうしようかな、と健が考えていると、覗いていた影が姿を現した。
そして、省吾の「なんだ、女の子じゃん」という言葉で事態は収束したのである。
「えっと、ごめんね。すごく驚いたよね」
「ごめん、私が騒いだのがいけなかった」
さくらと結菜が気まずそうに少女に頭を下げた。
少女は困ったように2人の女子を見て、同じく頭を下げた。
「こちらこそ、ごめんなさい。驚かせるつもりじゃなかったんです」
「いいっていいって、お互い様だよ。それより、なんで1人でこんな所に? 友達とはぐれたのか?」
省吾は少女の頭を上げさせる。
少女は悲しそうに「はい……」と答えた。
「はぐれちゃったのね。怖かったよね、もう大丈夫だよ」
さくらが少女の手を握る。
「あたしらが友達探してあげるから、一緒に行こう」
結菜が、いいよね? と省吾を窺うと、省吾もその気だったらしく早速仕切り出した。
大智もホッとしたようで、やっと健の服から手を離した。服に皺がついている。
「んー、そうだなぁ。はぐれたのはこの階だよな? この階をまず探して、見つからなかったら1階を探すか」
省吾が少女を見て言うと、こくんと頷いた。
「よし、じゃあ理緒ちゃんの友達を探しに行こう!」
結菜がこの場に似つかわしくないほど明るく声を上げる。
少女はそれを見て、薄っすらと微笑んだ。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
2階の教室という教室をすべてのぞいて探したが、少女の友達は見つからなかった。
見つかったのは、誰かが使用したであろうコックリさんの紙だったり、たばこの吸い殻、生徒が置いていったであろう私物がちらほら。
そして、奇異の目を向けるこの世ならざる者達。
あまり長居はしたくないのだが、仕方のない状況なので健はため息が止まらない。
そんな健を見て、省吾は「疲れたのか?」と的外れな心配をしてくれる。
「うっし、1階探すか」
友達探しよりも、和気藹々とお喋りを始めてしまった女子3人を省吾が促す。
最初は結菜とさくらが気を遣って話しかけていたようだが、今ではオススメのパンケーキ屋さんはどこかと盛り上がっていた。
大智がその会話に混じりたそうにうずうずしている。そういえば、パンケーキ食べに行こうよとか言っていたな。
人数の増えた足音がぞろぞろと階段を下りていくと、音も大きく響いた。
ここまで騒がしければ、少女の友達も気づかないわけがないだろう、とあえて声と音を潜めることはしない。
未成年で立場が怪しかろうが、緊急事態であれば逃げはしないだろうという省吾の考えだ。
なかなか肝の座ったやつだ、と健は思う。ただ、度々的外れなことを言ってくるので、鈍感なだけかもしれない。
それでも、今ここをまとめるにはこのくらいのほうがちょうどいいのだろう。
健は無理だし、大智では頼りなさすぎる。
それにしても。
いつもは輪の中心でムードメーカーの大智だが、今回は一歩下がってやけに大人しい。
どうしたのか気になるところだが、なんとなく、さくらが一緒にいたり省吾が一緒にいたりと聞くのが憚られた。
まぁ、体調が優れないなり、我慢できなければ言ってくるだろう、と考えて健は特に何も触れないことにしている。
「いないね~」
1階も2階同様、隈なく探したが少女の友達と思わしき者には出会えなかった。
端から端へと歩き回り、足に疲労を抱えた結菜が屈伸をする。さくらはしゃがみ込んだ。疲れるのも無理はない。
「あと探してないのって……」
「体育館だな」
気乗りしなそうな大智に、省吾が答える。
体育館は渡り廊下を通って行く離れにあるため、とりあえず校舎内を探そうと素通りしていた。
「体育館ですか……」
少女が暗いトーンでぽつりと呟く。
こちらも気乗りしないようだ。
「最後に体育館だけ見てさ、見つからなかったら外から探してみようよ! もしかしたら、外で待ってるかもしれないし」
結菜が少女を励ますように言うと、少女は口を結んだまま頷いた。
体育館は、玄関からまっすぐ歩いたところに渡り廊下があり、その突き当たりを右に曲がったところにある。
渡り廊下だけは木造で、ギシギシと軋む嫌な音がする。
左右とも窓が張り巡らせられ、薄っすらと月明かりが差し込んでいた。
短い渡り廊下の突き当たりには大きな全面鏡があり、くもった鏡が懐中電灯の光を鈍く反射した。
「でっかい鏡だな~」
省吾が感心して鏡を覗き込む。映るのは省吾自身と、気味が悪いと顔をしかめる結菜だ。
健は体育館前の、重厚感溢れる大きな扉に手をかけていた。
だが、鍵がかかっているのか押しても引いても扉が開く気配はない。
ガチャガチャとドアノブが空回りするだけだった。
「代わって」
大智が健に代わり、ガチャガチャとするが同じだった。
さくらが後ろから覗き込む。
「開かないね」
省吾と結菜も鏡から離れ、開かない扉を見ていた。どうやら、どうにか入れないかと画策しているようだ。
ふと、健が振り返る。
少女が真っ青な顔をして、渡り廊下の手前から動けなくなっていた。
疑問に思った健が声をかけようとしたが、それより早くさくらが声を上げた。
「顔真っ青だよ、大丈夫?」
「わっ本当だ、具合悪くなっちゃった? もう、外に出ようか」
健が口を挟む間もなく、女子2人は少女の肩を支えて玄関の方へ歩き出してしまった。
「こんな雰囲気で友達とはぐれちゃったら、具合悪くもなるよなぁ」
省吾は小走りで後を追いかけ、さりげなく先導し始めた。
何があるかわからないので先頭は自分が、ということらしい。
男気溢れるやつだ。
「ねぇ健、何が視えてるの?」
健と大智は先を急ぐ4人の後ろを少し離れて歩いていたので、これ幸いと、大智が声を潜めて尋ねてきた。
視えている素振りは見せないようにしていたが、大智は気づいていたらしい。
「んー……」
何から話せばいいか。
健は腕を組んで考える。
とりあえず、順に話すか。
口を開いた健だが、省吾の放つ声によってそれはかき消された。
健と大智は顔を見合わせて、4人の元へと急いだ。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「なんで、開かないんだよ!」
省吾が玄関の引き戸を目一杯引っ張るが、扉はびくともしていない。
扉は1つだけではないので、健と大智も違う扉に手をかけてみる。
「開かない……!」
大智が全体重をかけて扉を引く。
健の手をかけた扉も動く気配はない。
「鍵、壊れてたはずだろ!」
ここにきて省吾が初めて取り乱していた。
ガチャッガチャッと力の限りに扉を開けようとしている。
さくらは少女を抱きしめ、2人でへたり込んでいた。結菜は立ち尽くしている。
健は違和感を感じた。
「扉、閉じて中に入ったっけ?」
一瞬の沈黙の後、大智だけではない、皆の顔が青くなった。
特に、さくらに抱きしめられている少女は歯を打ち鳴らしてガチガチと震えていた。何かを呟いている。
皆が少女を見る。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
さくらはハッとして体を離した。
呟き続ける少女に、皆不気味な目を向けた。
楽観視しすぎたか。
健はため息をついて頭をガシガシと掻きむしった。
大人しくしていたかったが、どうにも事態が悪いようだ。
健は少女の前にしゃがんで目線を合わせた。
「落ち着け。お前は何も悪くない」
少女は健の声が聞こえないかのように、「ごめんなさい」と繰り返し呟き続けている。
「なぜ謝る? お前は何を知っている?」
少女は反応しない。
「渡り廊下で、お前は何に怯えていた?」
少女の肩がびくっと跳ねた。
「わ、私……」
少女の顔が恐怖に歪んでいる。
「私の、せいなの……」
「何がだ?」
健が問う。
「私のせいで、みんな閉じ込められたの……」
少女の瞳から涙が溢れた。
「私のせいなの。ごめんなさい、ごめんなさい、こんなつもりじゃなかったの……」
少女は両手で顔を覆った。
震える肩にさくらは手を伸ばしかけたが、躊躇してその手を引いた。
「お前が視てるもの、俺も視えている。俺らを閉じ込めたのはあいつだろ」
健は視線をそちらに向けて睨んだ。
向けた先は、体育館への渡り廊下、突き当たりの角から見ている禍々しい影だ。
少女が「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。
ガタガタと震える肩に、健はそっと手を置いた。
「落ち着け。あいつは俺には近寄れない。大丈夫だ」
少女の、恐怖に満ちた瞳が健に向く。
落ち着け、と健は繰り返す。
「あいつがなんなのか、わかるか?」
「あの人は……。あそこを通れなくて、この学校を彷徨ってるんです。すごく怒ってる。恨んでるかもしれない。いつも、見つからないように隠れてたの」
支離滅裂な少女の言葉に、健は「そうか」と呟いて、何かを考える。
健が少女に直接触れて自らの “氣” 、つまりオーラを当てたので、少女は落ち着きを取り戻したようだった。
大智はいつもの経験から早い段階で冷静になり、パニックになっている3人を宥めようとしていた。
だが、恐怖に支配された人間の行動は、そんな簡単に収まるものではなかった。
沈黙に耐えられなくなった省吾は窓ガラスを割ろうと、一脚だけ置いてあった椅子を振り回した。結菜はどこにかけているのか、スマホを耳に当てて泣き叫んでいた。
さくらはと言えば、周りが騒いでいるので耳を塞いで震えていた。
「ケータイ繋がらないよ! なんで圏外になってるの!?」
「クソッ、全然割れねぇ!」
「みんな落ち着いて! 落ち着いて、ね!」
大智が声を張り上げるが、誰の耳にも声は届いていないようだった。
健は立ち上がり、まず省吾の椅子を取り上げ、手のひらで軽く頰を打った。
逆上も覚悟したが、省吾はそれでハッと目を覚ましてくれたので助かった。
泣き叫ぶ結菜を宥めるよう促すと、すぐに駆け寄って抱きしめた。
結菜は心を許している相手の抱擁を受け、恐怖が和らいだようで嗚咽を漏らしながらその胸に顔を埋めた。
あとは、と。
健がさくらを振り返る。
さくらは相変わらず両手で耳を塞ぎ、目も固く閉じて小さくなっていた。
少女が心配して背中を撫でている。
大智に、省吾と結菜がまた暴れないように見ておくように言い、健はさくらの前にしゃがんだ。
「乃井さん」
さくらの両手を耳から外そうとするが、かなり力が入っていた。
健は少し力を込めて、両手をずらしてさくらの耳元でもう一度呼ぶ。
「乃井さん」
さくらが勢いよく顔をあげた。
勢いよくあげるものだから、健の鼻先とさくらの鼻先が触れ合いそうになった。さくらの顔は真っ青から真っ赤に変化した。
健は顔を離して、両手を掴んだままさくらに言葉を続ける。
「今起きてることは、不可解すぎて理解できないと思う。怖いと思うし、不安だと思う」
さくらは健をまっすぐ見て、言葉を聞いている。
「でも、俺がなんとかして外に出られるようにするから、取り乱さずについてきてほしい」
健は精一杯伝えて頭を下げた。
誰かを諭すなど、健のキャパを越える出来事だ。
これでいいだろうか? やっぱり大智に任せるべきだったか?
そっと頭を上げてさくらを伺うと、真っ赤な顔に涙をたくさん浮かべて大きく何度も頷いていた。
そんなさくらを見て、少女もホッと息をついた。
伝わった。健も息をついた。
ここからが正念場だ。
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