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廃校2
しおりを挟むもういっそのこと雨でも降れ、という投げやりな健の願いも虚しく、快晴の夜空で肝試しの当日を迎えた。
鬱々とした健のまわりには負のオーラが漂っている。
それに気づいた大智が、他のメンバーに聞こえないように小声で話しかけてきた。
「そんなに嫌がらなくても……」
健はどんよりとした目で大智を見る。
大智はそんな健にドン引きしていた。
何がそこまで嫌なんだ、だいたい一楓に対しては普通だったじゃないか。大智の心の声が聞こえた気がした。
「一楓さんは昔会ってたし、どう思われても学生生活に支障ないし……」
健が気にしているのは、残り2年の学生生活を穏やかに過ごすことができるかどうかだ。
それなのに肝試しなど、何かが起こるに決まっている。
無に徹しよう、そうしよう。と、健は自分に言い聞かせる。
「とりあえずさ、みんな集まったから自己紹介しようよ」
大智はどんよりとした健の腕を引っ張って、皆の集まる輪に加える。
「健以外はみんな顔見知りだけどさ、一応ね」
大智が促すと、まず男が自己紹介を始めた。
「俺は中村省吾。大智からよく話聞いてたよ。えーと、健でいいか? 俺も仲良くなれたら嬉しいな」
省吾は日焼けして浅黒い顔でニカッと爽やかに笑った。
短髪で細身の筋肉質だ。何かスポーツをやっているんだろう。
「省吾は小中高とサッカー部のエースだよ。足、すっごく速いんだ」
大智が補足した。
「じゃ、次は私ね。木原結菜です。まさか仁科君が来てくれるとはね~! 意外!」
明るい茶髪に高めのポニーテール、そこにキャップを被ったボーイッシュで快活な女だ。
靴はスニーカーだがショートパンツにTシャツという格好で、転ばないといいけど。と健は思った。
「はい次、さくら!」
結菜が背中をポンと押して一歩前に出た女で最後だ。
こちらも茶髪だが、落ち着いた色合いだ。編み込んで後ろで1つにまとめている。
七分丈のレギンスパンツに薄手のカーディガンを羽織っている。
「乃井さくらです。あの、仁科君、無理矢理誘っちゃったみたいでごめんね?」
自己紹介からの突然の謝罪に、健は「は?」と答えてしまった。
大智がなんだか気まずそうな顔をしている。
一体なんだ。
「いやー、その……実は誘われたのは俺じゃなくて、健なんだよ」
大智は答える。
「あの、仲良くなりたいなと思って! それで、大智に話を通せば連れてきてくれるかなって思って……」
指先を弄ぶさくらの頰がみるみると紅潮していく。
その隣では結菜が意味ありげにニヤニヤと笑っていた。
健は必死に考えを巡らせた。
これはどういうことだ?
俺と仲良くなりたい?
何をまかり間違えて?
なぜ赤くなる?
わからない。
わからない。
健は思考を放棄した。
無に徹する、そう決めていた。
「ええっと、別に迷惑じゃない……です。誘ってくれてありがとう。仁科健です」
返事はこれでいいだろうか。
大智を見ると、小さく親指を立てていた。
間違ってはいなかったようだ。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
自己紹介を終えたところで、皆目の前に佇む廃校を見た。
郊外ということだが、敷地は随分と広く校舎も大きいため迫力がある。
数年前に廃校になったばかりと聞いたが、噂もあり肝試しにくる連中が多いのだろう。
ところどころ落書きや割れた窓ガラスが目立っている。
健は校舎から目を背けた。
校舎内、窓から見えるところにちらほらと影が見えた。
皆には見えないようだ。
トンネル依頼後、健はなんとなく勘を取り戻し思念の強いものは視えるようになっていた。
悪いものは遠巻きに、害のないものは近寄ってさえくる。
それは以前、一楓が言ってように、健の纏っている “オーラ” がそうさせるのだろう。
ただ興味本位程度のものであれば、健に近寄っただけで幸せそうに去っていく。
だが、それは成仏するというわけではない。一時的に満たされて満足しているだけにすぎないのだ。
「不気味だね~」
「そ、そうだね……」
結菜があっけらかんと言い、さくらが相槌を打つ。
「ここでこうしててもなんだし、中に入っちゃおうぜ」
省吾は廃校の佇まいに臆することなく、先導して歩き出した。
結菜とさくらもその後に続き、健と大智は少し離れて後ろを歩いた。
「健、どう?」
「窓から見えるだけでも結構いる」
「ここの遭遇率は高いって、本当なんだね……」
大智は遠い目をした。
もし大智が何かを感じて怯えることがあっても、それは自業自得だ。
健は無に徹することを固く決めている。
省吾が生徒用の玄関の扉を開けた。
鍵はかかっていなかった、ではなく壊されていたようだ。
横開きの引き戸が、ジャリジャリと砂を巻き込んで大きな音を立てた。
使われていない並んだ下駄箱から独特な、でも懐かしい匂いがする。
上履きに履き替えず、土足で校内に入るのはなかなか抵抗があるものだった。
ちょっとした罪悪感を抱えて足を踏み入れる。
夜の校内は外から見るよりずっと不気味だった。
近くに街灯の類もなく、灯りは各々が持っている懐中電灯のみだ。
タイル張りの廊下にモルタルの壁は音がよく反響した。
キュッキュッと、床と靴底が摩擦する音が響く。
「結構広いけど、どうする?」
大智が廊下の奥をずっと照らしていく。
教室が連なり、扉が定期的に配置されている。
このすべてを見て回るとなるとかなり骨が折れるだろう。
「俺と結菜で目星はつけてきたから、そこを見に行こうかと思うんだ」
省吾が結菜に視線を送ると、結菜はこくりと頷いた。
「噂の多い音楽室と、理科室、それから体育館ね」
「定番だけど、怖いね」
さくらが結菜の腕にしがみついた。
ちなみにトイレの案もあったらしいが、女子トイレに入るのは抵抗があるという省吾の意見で却下になったらしい。わかるような、わからないような。
「一階にある音楽室、次に二階の理科室。最後に体育館でいいか?」
省吾が同意を求め、皆が頷く。
どうやらこのメンバーを取り仕切るのは省吾らしい。次いで結菜か。
いつもは一楓が指示を出し、大智が段取りを決めているので不思議な感じだ。
健はまとめる力など皆無に等しく、指示がなければ単独行動まっしぐらなのでありがたい話だ。
先頭を歩く横には結菜がぴったりとくっついていた。
女子同士でくっつくかと思っていたが、そうではないらしい。
おかげで大智、健、さくらの3人並んで歩く羽目になってしまった。
「あの2人、あともう一押しなのよね」
さくらが声を潜めて言う。
「あ、あの2人ってやっぱりそうなんだ」
大智が何かを確信したらしい。
「いいよね~、そういうの」
さくらがチラッと健を見た。
健は大智とさくらの会話の意味がわかっておらず、特に興味もなかったのであくびを噛み殺したところだった。
「仁科君は、そういう人いる?」
「そういう人?」
そういう人とは、なんのことか。
健は首を傾げるしかなかった。
その手の話は苦手とか興味がないとか以前に、無縁のものだったので理解が追いつかない。
「健は彼女いないよね」
大智が助け舟を出した。
それを聞いて、さくらは少し嬉しそうな顔をした。
「あ、じゃあ仁科君、好きな人は?」
さくらが食い気味に質問をする。
「いないっすね」
いるわけがない。
素っ気ない返事になってしまったが、さくらが気にする様子はなかった。
それよりも、嬉しいような残念なような複雑な顔をしている。
何か変なことを言ってしまったのだろうか。
「健はねー、女子とは無縁だからね」
大智がにやにやとした。
女子どころか、という話だ。
健はムッとしたが、さくらはなぜか大智の言葉で何かを納得したらしい。
「無縁ならライバルは少ない」とはどう意味なんだ。
健はボロが出る前に黙り込んで、ただ後ろにくっついて歩いていたいのにそうはさせてくれないらしい。
なんだかよくわからない質問をされては答えるを繰り返しているうちに、1つ目の教室に到着した。
音楽室だ。
「うわ~、ピアノ残ってる……」
結菜がおぞましいものを見るような目を向けた。
ピアノ自体には特に何もない。荒らされた様子もなく、綺麗なまま残っていた。
「このピアノが勝手に鳴るって噂だぜ」
省吾がピアノをまじまじと見る。
怖いもの見たさなのか、肝が据わってるのか。
どちらにしても、そこまで好奇心旺盛でいられると、害のないものも近寄ってきていたずらをし始めるのでやめてほしい。
現に、すでに2人ほど省吾の真似をするようにピアノを見ている影がある。
あー、やめてほしい。健の顔が険しくなる。
「特に何もなさそうだし、次行こうか」
健の機微を察した大智が促す。
しゃがみ込んで見ていた省吾が「そうだな」と立ち上がり、さりげなく結菜の隣をキープした。
さくらが「抜かりない」と呟いた。
「乃井ちゃんは怖くないの?」
音楽室を出て歩き出したところで、大智がさくらに問う。
「そりゃ怖いよー」
さくらが自身の肩を抱く身振りを加えて答える。
それを聞いた大智は「だよね、俺も」と同意した。
「でもね、不思議なんだけど、仁科君がいると安心感があるというか」
「わかるわかる! なんか、何が起きてもどうにかしてくれそうなんだよね」
「そうそう!」
大智とさくらが謎の眼差しを健に向ける。
健は居心地が悪く、顔をしかめて2人から視線を逸らした。
そんなに期待されても、何もできないぞと否定するように。
キュッキュッと足音を響かせて、一同は二階へ移動する。
理科室は二階という話だが、場所は省吾と結菜もよくわからないようだった。
とりあえず通りがかる教室を覗いて探していく。
その合間に何人もと目が合い、健はげんなりしていた。特に悪さはしないが、注目されていてとにかく居心地が悪い。
横を歩くさくらも何かと健に話しかけてくるので、尚更だ。
階段を上がりぐるっと端から端まで歩いたところで、やっと理科室を発見した。
当時の生徒は移動も大変だっただろう広さだ。
「これだけ広いと、他に肝試しに来てる人がいてもすれ違わなそうだよね」
結菜が肩をすくめた。
「あー、でもそっかぁ。他に肝試しに来てる人もいるかもしれないね」
「いやいや、来てたら音でわかるよ。結構響いてるし」
きょろきょろと廊下を見回すさくらに、省吾が手をひらひらとさせて笑う。
「乃井ちゃんてわりと天然だよね」と大智も笑う。
「えっ、じゃあ、あの子は?」
さくらが廊下の先を指差す。
廊下の先、曲がり角。顔を覗かせる影があった。
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