4 / 95
湖1
しおりを挟む夏休みも10日ほどが過ぎようとしているが、健は相変わらず自室でテレビを眺めていた。
陽が落ち暑さが和らいだ頃だ、無機質な音を立ててスマホが鳴った。
着信画面を見ると友人の名前、 “大智” と表示されていた。
「はい」
『もしもし、健? これから時間ある?』
「あると言えばあるが、ないと言えばない」
『えーどういうことー』
間延びした声の後ろから、大智が歩いているような足音が聞こえる。
足音はカン、カン、カン、と階段を軽快に上がり、少し歩いて止まった。
ピーンポーン
『ピーンポーン』
遅れてスマホ越しに聞こえた。
続いて健の住んでいる部屋の扉がガチャリと音を立て、勝手に開いた。
「来ちゃった」
扉から顔を出した大智が、いたずらに笑む。
通話はそれと同時に切られ、どちらともなくスマホを耳から離した。
「連絡しろよ」
ずかずかと部屋に上がり込んでくる大智に、健はため息をついた。
「今したじゃん。なに、DVD見てんの?」
レンタルDVDのパッケージを手に取り、タイトルを見て「げっ。これスプラッタじゃん……」と顔をしかめる大智。
しかめた顔のままパッケージを元の場所に置き、適当な所に腰を下ろした。
「なんでスプラッタ見てんの?」
「ずっと心霊系を見てたんだが、どうにも進展がなくてな。ちょっと刺激強めのを見てみたらどうかと思って」
「なんか違う気がする……」
しかめたままの顔が戻らないようなので、健はDVDを停止した。
なにか出せる飲み物はあっただろうかと冷蔵庫を漁りに立ち上がると、大智は首を横に振った。
「なにもいらないよ。それより、出掛ける準備して」
「どこに行くんだ?」
「刺激強めのとこ」
大智はニコッと笑って車の鍵をひらひら振って見せた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「お前車なんか持ってたっけ?」
運転席でハンドルを握る大智に疑問を投げかけた。
車はナビ通り順調に進み、都会のきらびやかなビル街を抜け人気のない閑静な住宅地を走っている。
「おじさんに借りた。姉ちゃんの親父さん」
「いい伝手持ってんなぁ」
理由が肝試しということを抜きにすれば、上京先で車を無償で借りられるのは素直に羨ましい。
大学生ともなれば交友関係が広がり、それに伴い行動範囲も広がる。
今は夏真っ盛りだ。
海に行っても山に行っても楽しいことがたくさんある。
BBQ、花火、キャンプ、川釣りもいい。友人達とわいわいやればなんでも盛り上がるだろう。なんてったって夏だから。
と、考えてはみたが一つ大事なことを忘れていた。
「大智は、夏休みは他に予定あるのか?」
「んー、いろいろ誘われたけど、姉ちゃんの手伝いがあるから断ったよ」
大智は友人も多いし、そうだよなぁと思っていたら「健は?」と投げ返された。
何も答えず無表情でいたら察したらしく、謝られたが。
大智以外に友人がいないのだから予定があるはずもない。
「ところで、どこに向かってるんだ?」
ナビは住宅地を抜け少し進んだところの水たまりを最終地点として示している。湖だろうか?
水たまりの周辺にはなんの情報もなく、健と大智はそのなんの情報もないところを車で走っている。
実際には木に囲まれた林の中だ。
「あんまり有名じゃないけど、姉ちゃん曰くおすすめ心霊スポット」
心霊スポットにおすすめもなにもあるのか? とか、仮にも神社の娘がおすすめしていいのか? とか、首を傾げたくなるがそもそも前提からして首を傾げている状態なのであまり気にしないことにした。
幽霊を視えるようになれ、という前提のほうがおかしいに決まっている。
「危険はないのか?」
「危険を感じたら塩まいて一目散に逃げろだって」
「塩って……」
大丈夫なのかそれは。
あ、これ預かってきたと小袋を大智から受け取る。ジャリっとした感触から塩だと理解した。
違う、塩の心配をしたんじゃない。
「まぁ大丈夫だって。俺も噂は聞いたことあるし、いたずら好きなのしかいないって姉ちゃん言ってたから。あ、でも逃げる時は俺のこと置いていかないでね」
緊張感のない大智を軽くねめつけたところでナビが終了を宣言した。
件の水たまりに到着したらしい。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
駐車場から湖までは少し歩くようで、街灯が道筋を照らしていた。
照らされた道を大智が先導して歩く。
ナビではよくわからなかったがそこそこ大きな湖だ。
昼間はハイキングコースにもなるようで、板張りの遊歩道が湖を沿うように設置され、柵が設けられてある。定期的にベンチもあるようだ。街灯も薄明かりだが照らしている。
これが心霊スポットなのか? と思うほど整備されていた。
「ここをぐるっと一周してこいっていうのが課題です」
言いながら大智はどこかへ電話を繋いでいる。数コールののち、相手が出たようでスピーカーに切り替えられた。
『はいはい、着いた?』
声は一楓だ。
心霊スポット巡りを命じた本人はスマホ越しに参加するらしい。
『今のところ何もなさそうね。少し歩いてみて』
健と大智はほのかに照らされた足下を、念のために持ってきた懐中電灯で照らしながら歩き出した。
ギシッ……ギシッ……と板が軋み合う音が鳴り響く。
昼間であればなんとも思わない音だが、今この状況では不気味で仕方がない。
『大智と健くんはそこの噂聞いたことある?』
スマホからの問いに、大智に向けて健は首を横に振った。そもそもこの場所すら知らなかった。
大智のほうは噂は耳にしたことがあると車中で言っていたか。
「俺が聞いたのは、この湖でデートをしていたカップルの男が事故で亡くなって、思い出の残るこの湖に出てくるようになったって話。夜、数人で話しながら歩いていると相槌する人数が増えていたり、足音が増えていたり、服を引っ張ったりって。カップルで来ると、気づいたらお互いが違う手と手を繋いでたって話もあったな」
懐中電灯で照らした足元を見ながら大智は言う。
よく見てみると板が浮いていたり、隙間があいていたりと危ないところがある。引っ掛けて転ばないようにしなければ。
『だいたい当たり。そこにいるのは肝試しに来る人たちにいたずらを仕掛ける、愉快な幽霊よ』
「愉快って……」
幽霊に愉快もなにもあるのだろうか。
『違うのは、事故で亡くなったって下りかな。広まってる噂ほど恨めしい話じゃないわ』
「そうなの?」
大智が問うと、一楓は「そうよ」と答えた。
『そこの湖には、一人の男の人生が詰まってるのよ』
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説

すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

禁忌index コトリバコの記録
藍沢 理
ホラー
都市伝説検証サイト『エニグマ・リサーチ』管理人・佐藤慎一が失踪した。彼の友人・高橋健太は、佐藤が残した暗号化ファイル「kotodama.zip」を発見する。
ファイルには、AI怪談生成ブログ「コトリバコ」、自己啓発オンラインサロン「言霊の会」、そして福岡県██村に伝わる「神鳴り様」伝承に関する、膨大な情報が収められていた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
視える棺―この世とあの世の狭間で起こる12の奇譚
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、「気づいてしまった者たち」 である。
誰もいないはずの部屋に届く手紙。
鏡の中で先に笑う「もうひとりの自分」。
数え間違えたはずの足音。
夜のバスで揺れる「灰色の手」。
撮ったはずのない「3枚目の写真」。
どの話にも共通するのは、「この世に残るべきでない存在」 の気配。
それは時に、死者の残した痕跡であり、時に、境界を越えてしまった者の行き場のない魂でもある。
だが、"それ"に気づいた者は、もう後戻りができない。
見てはいけないものを見た者は、見られる側に回るのだから。
そして、最終話「最期のページ」。
読み進めることで、読者は気づくことになる。
なぜ、この短編集のタイトルが『視える棺』なのか。
なぜ、彼らは"見えてしまった"のか。
そして、最後のページに書かれていたのは——
「そして、彼が振り返った瞬間——」
その瞬間、あなたは気づくだろう。
この物語の本当の意味に。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる