浄霊屋

猫じゃらし

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「たーける!」

   夏休み前の最後の講義終わり、鐘が鳴るとともに小走りで駆け寄って声を掛けてきたのは小中高と一緒だった友人の長谷 大智はせ たいちだ。

   北の田舎から、示し合わせたわけでもないのに同じところに進学した。
   上京先が同じなのは聞いていたが、まさか大学まで同じとは。
   もはや腐れ縁である。

「おう。お前夏休みは実家帰んの?」

   答えたのは俺、仁科 健にしな たけるだ。
   講義で使ったノートとペンケースを雑にリュックに放り込みながら、友人を見る。

「帰りたいねぇ。避暑したいよ、暑すぎるよこっちの夏は!」

「ほんとなー」


   友人の反応から帰省はしないと受け取った。

   上京してまだ2年目、2度目の夏だが1年目がひどすぎた。
   暑さでこんなに食欲が落ち、体力を削がれるのかと驚いたものだ。
   水分しか受け付けずひと夏で3kgも落ちた記憶は苦々しい。

「健はさ、帰んの?」

「いや」

「暇? バイトしない?」

「したい。帰るにも金がない」

   俺も俺も! と友人が頷き、大学デビューで染めた少し長めの茶髪が揺れる。
   自分の髪を染めたことがない俺は、それを少し羨ましく思いながら「お前はますます犬みたいになったな……」と呟いて、お手の要領で手を差し出すと引っ叩かれた。

「昔から犬って言うけど、何を見てそう思うんだよ?」

「人懐っこいところ」

   この友人は誰にでも分け隔てない。
   愛想がよく誠実で、誠実すぎるが故に騙されやすい。しかし本人はそれに気づかない。
   なので、他人に害をなす悪い人間はテレビの中だけの存在だと思っている節がある。

「あと大きさ」

   たしか160cmちょっとだったと記憶している。俺は178cmあるので、いつもこの友人を見下ろしている。
   「また小さいってバカにしてる!」と怒り始めた友人に、「してないしてない」と返し話を本題に戻す。

「で、なんのバイト?」

「健にうってつけのバイトだよ」

「なんだそりゃ」

「俺のいとこの姉ちゃん覚えてる? 小学の時に健も何度か会ってると思うんだけど」

   はて? と、記憶を探る。

   思い当たる女の子の姿は数人思い出したが、この友人は常に男女問わずの輪の中にいた。
   覚えていないというより、誰のことを指しているのかわからない。

「まぁ覚えてなくてもいいよ。その姉ちゃん、一楓いちか姉ちゃんって言うんだけど、頼まれごとしてさ。俺1人じゃ難しいから健の力が必要なんだ」

   バイト代は出すよって姉ちゃん言ってるから! と、いやに必死だ。
   なんだか怪しく思い黙って見ていると、

「ていうか、もう引き受けちゃったんだ。健もいるから大丈夫って。お願い健、助けて!」

   やっぱりな。

   お人好しの友人は断ることができないのだ。
   そして過去、俺は幾度となく巻き込まれてきた。

「はぁ……」

   俺の夏休みの過ごし方が決定した。

「健ありがとう! 本当にありがとう! じゃあこのあと早速姉ちゃんのとこに、あっ、予定大丈夫? なんか予定ある? ないよね!?」

   俺のため息を肯定の意と捉えた友人はまくし立てた。
   満面の笑みで、今にも駆け出して行きたいけど我慢、でも早く! 早く! と言わんばかりにそわそわしだした。


   落ち着け、犬。


「予定は帰って飯食って寝るだけだ。ところで大智、そのいとこの姉ちゃんとはどこで会うんだ? こっちにいるのか?」

「姉ちゃんはもともとこっちに住んでるんだ。毎年夏休みに旅行がてら遊びに来てくれて、その時に健も会ってるはずなんだよ」

   なるほど、年に一度会うくらいのレアキャラか。それならなんとなく覚えがあるぞ。
   たしか3つ4つ年上で物静かな女の子だった気がする。
   綺麗な顔立ちはしていたが暗いというか、印象に残らない。
   そんな女の子だった。

「じゃ、行こう! 姉ちゃん待ってるから!」

   有無を言わさず俺の手を引っ張り歩き出す友人。
   俺より背の低いその背中を見ながら、厄介ごとでないことを祈り大学を後にした。



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