2 / 7
相棒!ワンさんと墓地で肝試し
しおりを挟む「どうもー。牛の首チャンネルのモーです。ご覧いただきありがとうございます」
二つ目の動画は部屋の中での映像だった。
固定されたカメラアングルの中央にモーが写り込み、その手に持つのは前回の動画で使われた犬のぬいぐるみ。
撮影時間はわからないが部屋の電気はちゃんと付けられており、モーの顔がマスクはあれど少しだけはっきりとした。
声からして若めだと思ったが、顔立ちもやはり若く見える。大学生、もしくは社会人になりたてといったところだろうか。
カメラを見る目は今どきの、若者特有の気怠さを含ませていた。
「えーっと、今回はですね。前回動画で相棒にしたこの幽霊さん。このしゃべる犬のぬいぐるみに入った方ですね。この方とお話していこうと思います」
そうしてカメラに見せられた犬のぬいぐるみには数珠がかけられていた。
前回動画で首輪に見えたものは、数珠だったのだ。
モーはぬいぐるみをひっくり返し、スイッチを入れてからテーブルに置いた。
カメラアングルの中央、モーと犬のぬいぐるみが向き合う形となっている。
「はじめまして、モーです。幽霊さん起きてますか?」
ぬいぐるみは上下に揺れてモーの言葉を繰り返した。
短い言葉を終えると揺れも終わり、モーとの間に静寂が訪れる。
モーはぬいぐるみの反応を待った。
少しして、ぬいぐるみはひとりでに揺れ出した。
『これを取れえええええ』
機械によって変声された甲高い声。
モーの声を繰り返した時も変声されて高くなっていたが、明らかに違う。年配の男の声だった。
「あ、起きてましたか。僕はモーです。あなたのお名前は何ですか?」
『これを取れえええええ』
「あなたは男性ですよね? 年齢はおいくつですか?」
『これを外せえええええ』
「あなたはトンネルにいた幽霊ですか? それとも、僕が降霊術で呼び出した幽霊ですか?」
『ここから出せえええええ』
「……うーん。会話にならないすね」
動画を見ている俺ですらそう思った。同時に、意味深な言葉を発するぬいぐるみ相手に自分の聞きたい質問だけをぶつけるモーには違う意味での恐ろしさを覚えた。
マスクをしたままでもわかるモーのため息に、俺はなんだかぬいぐるみの男に同情してしまいそうになる。
『俺に関わるなあああああ』
犬のぬいぐるみはそう言って上下に揺れたあと、自らスイッチを切って動きを止めた。
モーは「あっ」と眉をしかめただけでそれ以上の反応は見せなかった。
「えーと……実はですね、トンネルから帰ったあとに一回だけ会話を試みたんです。ぬいぐるみにちゃんと憑いたのかも確認したかったんで。でも、今見てもらった通りなんですよね。話にならないの」
モーは腕を組み、犬のぬいぐるみをじっと見つめた。
「勝手にスイッチも切っちゃうし。むしろ霊障に悩まされるかと期待してたんですが、思ってたのと違うんすよねー」
モーはもう一度ぬいぐるみを手に取り、スイッチを入れた。確かにマイクがカチッという音を拾ったが、モーの指が離れた途端にひとりでにスイッチが切れた。
断固として話したくない、そんな男の意思が伝わってくる。
「ダメですねー。せめて名前だけでも教えてほしいんですけど。この後の撮影もあるし、仮の名前つけようかな」
モーはまた腕を組んで天井を仰ぎ、数十秒の静止画を作り上げて「うん」とひとり納得した。
犬のぬいぐるみを持ち上げると、演技がかった動作で指をさした。
「犬だから、ワンさん! 聞こえてますか? 僕はあなたのことをワンさんと呼びますね」
ぬいぐるみは、もちろん反応しなかった。
モーはワンさんをテーブルに置き直すと、カメラに向き直って動画を展開させるための喋りを始めた。
「はい、改めまして相棒のワンさんです。本当はいろいろと聞きたいことがあるんですが、すぐには無理そうなのでおいおい質問することにします。聞いてみたいことがあれば、コメントやDMに質問を送ってくださいね」
モーはカメラに向けて頭を下げた。
これはつまり、質問があればどうぞ~ということよりは、コメントしてね~ということだろう。
チャンネル登録者数さほど多くないもんなぁ、と俺は改めて思った。
「では仮の名前がついたので、もう一つ重要なことを確認するためにこれから外の撮影に行ってきます。僕にとってはこれが重要なんでね。映像切り替わります、どうぞー」
手振りを大きくしたモーだが、すぐに「あっ」と声を上げて直前のフリを取り消すようにまた大きな手振りをした。
編集でどうにかすればいいのに、やはりそういった技術は持ち合わせていないらしい。
「ごめんなさい、言い忘れ。心霊写真特集もやりたいんで、お手元にもし心霊写真がございましたら僕に連絡をいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。では改めて、どうぞー」
そしてようやく、映像が切り替わった。
切り替わった映像は前回同様、またモーが暗闇の中にいた。
懐中電灯一つ、片手にワンさんを持ち、カメラはどうやら置いて固定しているらしい。映像の真ん中に収まるモーは、背後を照らしてその場所の説明を始めた。
「ここは僕の家の近所の墓地です。心スポじゃなければ曰くもない場所ですけど、まぁ、墓地なんでいるでしょ。行ってみまーす」
懐中電灯にワンさんにカメラ。
どう持とうか四苦八苦して、ワンさんは小脇に抱えることにしたようだ。
「僕の顔見えないですよね。インカメ撮影の方がいいのかな」と、やってみてはじめて気づく改善点にも気がついたらしい。
映像はモーの歩く先を映し、整然と管理されている墓石を懐中電灯の光が照らしだした。
見ている分には、不気味さは感じない所だ。曰くがないのも頷ける。
モーは揃わない大きさの砂利を踏みしめて進み、ちょうど墓地の中央辺りでカメラを置いた。
「はい、では重要なことを確認するために、ワンさんのスイッチを入れたいと思います。見やすいようにワンさんは地面に置きます」
モーはワンさんのスイッチを入れた。
カチッといつも通りマイクが音を拾い、地面に置かれたワンさんはその震動音にわずかにだけ反応した。
モーは映像内には入らず、カメラを持ち直してワンさんを映した。
「ワンさーん。起きてますかー」
モーが話しかけると、ワンさんである犬のぬいぐるみが揺れながら言葉を繰り返した。
その途中でバグが起こったように動作がぎこちなくなり、止まったかと思いきやそれまで以上に激しく揺れだした。
『どこだここはあああああ』
「ここね、近所の墓地です。ワンさん、何か視えますか?」
『俺を解放しろおおおおお』
「ワンさん、幽霊いませんか?」
『いるううううう』
「えっ、いるんだ。やっぱ視えるんですね」
『俺を巻き込むなあああああ』
カチリと、スイッチが切れた。
激しく揺れていたワンさんはぴたりと動きを止めた。
「巻き込むなって言われちゃいましたね」
モーは他人事のようにそう言うと、カメラで周辺をぐるりと映し出した。
もちろんそこに何かが映るわけでもなく、トンネル内のような奇怪な物音もしない。
風が吹けば草木の揺れる音が聞こえる、ただそれだけだった。
「僕には何も視えませんが、ワンさんは『いる』と言ってましたね。やっぱ幽霊同士だと認識できるんですね。相棒として一緒に心スポに連れて行きたいんで、ホッとしました」
モーはワンさんをカメラに映したまま持ち上げた。その首元にある数珠を指で撫でると、懐中電灯の光が水晶の球に小さく入り込んだ。
「ワンさん、仲良くしましょうね。いつかちゃんと、解放してあげますから」
動画はぷつりと、そこで終わった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
イナエの村人
栗菓子
ホラー
イナエの村人はいつも笑っている。 半ば白痴じみたその表情は、特定の人を恐れさせ、嫌悪する者もいたが
イナエの村人は眼中にない。彼らの時は、彼らの集団で止まっている。 恐怖も不安もない集団。
ある人は原初の楽園ともいった。
ある人は気持ちが悪いともいった。
イナエの村人はいつも笑っている。
夜嵐
村井 彰
ホラー
修学旅行で訪れた沖縄の夜。しかし今晩は生憎の嵐だった。
吹き荒れる風に閉じ込められ、この様子では明日も到底思い出作りどころではないだろう。そんな淀んだ空気の中、不意に友人の一人が声をあげる。
「怪談話をしないか?」
唐突とも言える提案だったが、非日常の雰囲気に、あるいは退屈に後押しされて、友人達は誘われるように集まった。
そうして語られる、それぞれの奇妙な物語。それらが最後に呼び寄せるものは……
「ペン」
エソラゴト
ホラー
「ペン」は、主人公の井上大輔が手に入れた特殊なペンを通じて創作の力が現実化する恐怖を描いたホラー短編小説です。最初は喜びに包まれた井上ですが、物語のキャラクターたちが彼の制御を離れ、予期せぬ出来事や悲劇が次々と起こります。井上は創造物たちの暴走から逃れようとするが、ペンの力が彼を支配し、闇に飲み込まれていく恐怖が後味を残す作品です。
彼女達ノ怪異談ハ不死議ナ野花ト野薔薇ヲ世マゼル
テキトーセイバー
ホラー
前作からの彼女の不思議な野花を咲かせるの続編です。
前回メンバー64名が参加します。
前作でやらなかった怪異談や将来的に座談怪異などやります。
一応作者の限界まで怪異談を書こうと思います。
R15対象は保険です
表紙は生成AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる