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ヘビを使った殺人は可能か?
ヘビを使った殺人は可能か?(文化祭版)
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プロローグ
奥山市。
それは日本のどこかに存在する町だ。
名前の通りド田舎で、山と海に囲まれている。山と海の自然の香りに包まれて、というと聞こえはいいが、要するに生臭い変な匂い。特に雨上がりは最悪だ。
この町では、事件が起こることが少なく、殺人事件なんて尚更だ。
綾根山という活火山があり、温泉街が栄え、標高は富士山に劣るが観光客の数は富士山に劣らない(かもしれない)。つまり、この町は観光業という第三次産業を主になんとか食いつないでいるわけだ。
そんなド田舎な町のなかでも一番都会っぽく、ゲーセンやマックなんかもある商店街に、ちょっと見た目は喫茶店に似ている探偵事務所がある。それもそのはず、昔喫茶店をやっていたが廃業し、そこにほぼ内装そのままに安価でそこを事務所としているためだ。
若者が一人、その事務所の前に立っていた。中倉英二、21歳、フリーター。彼は両親の紹介で、おじが経営し、所長をやっている探偵事務所に移住するかどうか決めにきたのだった。おじの顔は見たことがなかったが・・・
英二は、探偵事務所と聞いていたのに、どう見ても喫茶店にしか見えないため、探偵事務所なのか喫茶店なのか分からず、なかなか中に入れないでいたのだ。
「どうしたんだい?うちの事務所の前でボーッとして」
後ろから急に声をかけられびっくりして振り向いたら、Yシャツ姿の背広な男性が立っていた。
「あ!もしかして君は依頼しにきたのかい?」
歳は30歳くらいだろうか?少し痩せている人だ。
「ささっ、立ち話もなんだし中へどうぞ」
「え!あっあの、ちょっと・・・」
ボーッとしていた英二は中にご丁寧に流されてしまった。
中はまるで喫茶店のような穏やかな所だった。おまけに天井にはファンがぐるぐる回っている。奥に生活するらしき所がある。
「で、用件はなにかな?」
その男は椅子に座り、腕を組んでフレンドリーに話かけてきた。
「あの、え~と、ここって酒井探偵事務所ですよね?喫茶店ではなくて?」
「ああ、そうだよ。失礼だな~君、ここはちゃんとした探偵事務所だぜ」
こんな所に自分のおじがいるとは考えられない。英二は真っ先にそう思った。
「あの、ここの所長さんって今いますか?」
そう聞くとその男はキョトンとしながら応えた。
「ここの所長は僕だけど?」
「え、じゃあ、あなたが・・・」
「?」
2
「えっ!君が僕の甥っ子なのか!?」
「はい、そうです」
とりあえず、両親からの紹介であることと、自分が甥であることを説明した。
「そうかー、兄が電話で言ってた若いのって君だったのか・・・そういえば自己紹介がまだだったね」
男は英二の向かいに座ると自己紹介を始めた。
「僕は、酒井浩一だ。この事務所で所長をやってるよ」
「俺は中倉英二です。フリーターやってます」ペコリとお辞儀をする。
「フリーターかぁ・・・なんなら、このままここで住み込みで働けばいい」
「いいんですか?」
英二はここで考えてみた。職業・探偵か、なんかかっこいい気がする。やってみようかな。
「・・・よろしくお願いします!」
「よし、これからよろしく!あ、家賃は半分ずつだすってことで」
「分かりました」
「では、着替えや荷物、そしてちょっとした手続きをしてくるのでまた後で」
「ああ、手伝うことがあれば言ってくれ」
しばしの別れの挨拶を済ませると準備をするべく、帰路へ向かった。
3
この事務所は2階建てになっており、1階には事務所と、奥に抜けた先がリビングだ。
2階は個室がいくつかあり、酒井の部屋と、新しく英二の部屋になった部屋は2階にある。
「さて、と」
荷物を運び、部屋を見渡してみる。
あまり広くはないが、狭くもない。机、椅子、ベッドと基本的な家具しかなく面白みに欠けるが、1つ特徴があった。
それは、外の景色を見渡せる窓が1つ付いていたことだ。夜は駅の明かりで綺麗に見えるそうだ。
しかし、英二はそういうことには全く興味はなかった。従って、面白みがなかろうと、窓がついていようと、要するに「暮らせる場所」があれば良かったのである。
部屋ですることといっても、スマホいじってるかマンガ読んでるかだった。
カラン、と入り口のドアが鳴ったあと、そこにたっていたのはすらりとした女性だった。
不気味なほどにニコニコと笑い、入り口に立っている。
酒井の顔は青ざめ、震える声でその人のであろう名前を言った。
「ななな、成美サン・・・・・・・」
村中成美30歳。酒井いわく、『オバサン』と呼んだ者の命は無いとされているらしい。
「酒井さぁーん、今月の家賃アタマ揃えて払って下さいねぇ~」
ニコニコと笑いながらずかずかと、事務所の中に入ってきた。この事務所の主はホントはこの人なのでは?
「そういえば、この間の報酬、いただいたんでしょ?あれで少しは返せるでしょう?」
「そ、それが・・・・・・」
完全に目が泳いでいる。
「競馬?」
「ハ、ハイ・・・・・」
悪戯をしていた所を見つかった子供よりもタチが悪い。
「・・・で、あなたの所持金は?」
「に、250円・・・・・」
深くため息をつく成美。
一間置くと、英二に気づいたようで振り向く。
「あら、お客様かしら?」
すると、酒井がここぞとばかりに
「そ、そう!彼はね、ここで同居しているんだ!ぼ、僕の甥っ子!家賃も半額もってもらうことにしてるの!」と言った。
え・・・・?
「なるほど、つまり酒井さんはこの甥っ子さんにたまった家賃半分払わせようとしてるのね?」
コクコクと頷く酒井。マジか、認めるなよそこんとこ!
「でも、昨日来たときはいなかったし今日越してきたんなら、来月からでいいわ。甥っ子さんは」
ふぅ、と安心した英二に対して酒井の顔色は絶望へと変わっていく。
「そ、そんなッ!せっかくこの滞納した家賃半分払わなくてすむと思ったのに!」
うわぁ最低だよこの人ッ!英二はめいっぱい酒井に失望した。
「滞納したのあんたなんだからあんたが払いなさいッ!」
酒井は見事撃沈されて、気力は地の奥底まで沈んでいった。
「あなたも家賃ためたら、ああなるわよ」
英二に話しかけたであろうその言葉。
指差した先には、奥歯ガッタガタの酒井がいた。きっとこれは自分への警告なのだ!英二はそう肝に命じておいた。
それから、成美はしばらく酒井だけを尋問して帰って行った。
「いやぁ、ヒドイ目にあったよ~」
今やヘラヘラしているが、酒井はさっきまで死人のような顔をしていた。コナンや金田一といったクールな探偵はやっぱりフィクションなんだな、と英二は実感させられた。
「酒井さんってあんなヒドイこと考えていたんですか?」
「あっ、あれはジョークだよ。ジョーク!」
英二は、あんなに焦ったリアルなジョーク見たことありません!とか言ってみようかと考えたがやめておいた。
ふと、入り口のドアがカランと鳴った。
「酒井探偵事務所はここであっているのかね?」
4
さて入り口に現れたのは、ふくよかな、というと失礼だと感じるほどぽっちゃりでボタンがはち切れそうな黒いスーツをきた男と屈強な男二人組だった。
「おーい、聞いているのかね?」
ぽっちゃり男が話しかけるまでは酒井と英二はぽっちゃり男の後ろにいる二人組に驚きポカンとしていた。
「は、はい!ご用件はなんでございましょう?英二君、お茶をこの男性とシュワt・・・にお出ししなさい。」
酒井は、後ろの男性方のことをつい「シュワちゃん」といいかけた以外は綺麗にかつ冷静に対応できた(シュワちゃん、ってあのターミネーターのやつかもしれない)。
お茶を出せと急に言われても、今この事務所ではお茶がきれている。ありもしないお茶をどう出せというのだと困惑な目で助けを求める英二。
「いや、先ほど水分なら摂った。気にせんでよい」
・・・助かった、のか?
「では、こちらへ」
酒井が丁寧にソファーまで誘導すると、じゃあ遠慮なくとぽっちゃり男が腰を下ろすと、ギシッと悲鳴をあげるソファー。
その反対側のソファーに酒井と英二は腰をおろした。
「あ、お前たちもここに座りなさい」
我が物顔でソファーに座っている、少し苛立ちを覚えた。後ろにいた男二人組に声をかけ、男達は腰をおろそうとする。
「あ!ちょっと待ってください!」
悲劇のソファーを見てとっさにもう負担をかけさせまいと声を出した酒井だったが時遅し。
大柄の男二人とぽっちゃり男の体重でソファーは無残にもその人生・・・いや、物生の幕を下ろした。
バキバキィッ!
転げ落ちる三人方。
ソファーを哀れな目で見る英二。
ソファー買い替えなきゃ・・・とつぶやく酒井。
「わ、私たちはもうたっていよう。あ、ソファーは弁償する」
そう言いながら立ち上がるとようやく用件を話し始めた。
「実は、私はこういう者だ」
差し出された名刺を見るとこれまたビックリ。先に声を出したのは英二だった。
「え!これって、奥山市総合医学大学の名刺じゃないですか!」
奥山市総合医学大学とは知る人ぞ知る名門、簡単にいえば頭のいい金持ちがいるところだ。
「それも、学長って書いてあるじゃないか!ええと・・・権藤源二さん・・・あ、わたくしはこういう者です。」
権藤は酒井から差し出された名刺を受けった後に用件を話始めた。
「実は、依頼したいことがありここにきた」
「ほぅ、どんな内容ですか?」
「大切な私のヘビが逃げてしまって、探してほしいのだ」
英二は『ヘビ』という単語に脊髄反射的に反応した。
「俺、ヘビ苦手です」
英二は即、言い切った。
「英二君、黙ってなさい」
「なに、居そうな場所は突き止めてある。綾根山で目撃情報があった」
「でも、何故我々に?」
すると権藤はニヤリと笑う。
「それは、あなたが名探偵だと伺ったんでね」
英二はおかしいと思った。いったいどこの世界にヘビ探しする名探偵がいるのだ?第一、一体どこの誰がこの探偵のことを名探偵と評価するのだろうか?しかし、酒井はそう思わないようで、それを聞くと顔の緩みを押さえられない。
「なるほど、それなら仕方がない。引き受けましょう!」
あちゃー、引き受けてしまった。
「どんなヘビですか?よろしければ写真をいただきたいのですが。種類もね」
「ああ、お教えしよう。写真はコレだ」
写真には、グロテスクで鋭く、お前を狙っているといわんばかりの目、先が2本に割れた舌が覗く口、おまけに全身まだら模様で尻尾の先には・・・・
「・・・・イボイボ?」
尻尾の先には、イボイボしているとてもエグいブツが。
「サザンパシフィックガラガラヘビ。又の名を西ガラガラヘビという」
「なんか長い名前ですねぇ、俺触りたくないです」
「英二君、黙ってなさい。これ二回目だよ、君がヘビ苦手なのは分かったから・・・」酒井は少し震え始めた。
権藤はポケットに入れておいてあったであろうメモ用紙を取りだし、それを見ながら話し始めた。
「アメリカ産のガラガラヘビで、南アメリカ全土に生息しておる。また、毒性も住む範囲が広いため様々。まさに毒性の弁当箱だな」
「そんな弁当食べたくないですね。というかもう見たくもなi・・・へぶッ!!」
これ以上依頼人のヘビを馬鹿にして、仕事が逃げていってしまうことを阻止すべく、英二に平手打ちをかました酒井。当たったほっぺたは赤くなった。
「英二君、きみの口はガムテープ貼らないと黙れないのか?」
顔は怒りでひきつっている。それにガムテープを貼られてはたまらない。
英二は口チャックのジェスチャーをすると、話を聞き始めた。
「近くにいたらカラカラカラと音をたてるから、それを元に探しだし、このケースに入れてこちらに渡してほしい」
ドン!と大型犬一匹入りそうなケースを置いた。
「報酬はこれだ」
権藤は二人に小切手を見せた。いや、見せつけた。
「え~と、ゼロが一つ二つ三つ・・・・」
「な、七つ!?ってことは・・・」
英二と酒井の声のトーンが自然に高くなった。小切手にはゼロが七つ、1が左端にある。つまり、一千万である。
「「一千万円!?」」
「ほ、本当に払っていただけるのですか!?このヘビを渡したら!?」
さすがに疑ってしまう酒井、仕方がないだろう、一千万円だもの。
「これぐらいの額を出すのは当然だ」
ふん、と鼻をならす権藤に対し震えが止まらぬ二人。
「お、お任せ下さいッ!そのヘビを探しだしてみせましょう!」
酒井は胸に手を当て前に乗り出して勢いよく意思表示した。
「ふむ、では何かヘビについて不明のことがあれば連絡してくれ。では、よろしく頼む」
「はいッ!喜んで!」
カランと音をたて出ていく権藤と屈強な男二人組。手元にはさっきのソファーの弁償代が多すぎるほど渡された。
どうやら一千万円『払う』というのはたとえ嘘だったとしても『払える』のは嘘ではないらしい。
酒井は歓声の声をあげ、英二はいまだ、これからの人生で関わらないと思っていた『一千万円』に頭がついていかず、呆然と入り口を見つめているしかなかった。
5
「ほ、ホントにやるんですか!?」
「あぁやるさ」
英二の問いにあっさりと酒井は答えた。
「で、でもどうやってあのバカっ広い山から探すんですか?」
「英二君、僕が探すなんていつ言った?」
「・・・ついさっき。『探しだしてみせましょう!』と、確かに」
「・・・ゴホン!まぁいいさ、簡単な話普通に買ってくれば良いじゃないか、ペットショップから」
「売ってませんよ、ペットショップには。だってあのヘビ、えーと、ほら!ここに書いてある通り売ってませんよ、日本では」
英二の手にはさっき権藤から渡されたメモ用紙が、確かにそう書いてある。
「・・・マジで?どうしよう?」
その時、戦いのゴングが高らかに鳴り響く。
「マジで?じゃないですよどーするんですかッ!」
「ど、どーするったって、やるしかないだろう!これで家賃を滞納している分返せるんだぞ!」
「ためてんのあんたじゃないですか!それに俺ヘビ苦手って何度も言いましたよね!?っていうか平手打ちはヒドくないですか!?あーあ!痛かったなぁッ!」
「あれは君がしつこくヘビが苦手だー、触りたくないだー、見たくもないー、とか言って権藤さんの気のさわることを言うからだろう!それに一千万だぞ一千万円!」
ただいま酒井探偵事務所では口論、別名口喧嘩が繰り広げられている。
「で、でも様々な毒性があるって言ってたじゃないですか!噛まれて死んだらどーするんですか!金に命は変えられませんよ!」
「ぐッ!こ、このッ!それが弟子が師匠にむかってその物言いはなんだ!」
「はぁ!?俺がいつあなたの弟子になったんですか!?」
いつの間にか弟子にされてた英二。
「とーぜんだッ!探偵事務所に所長と社員、合わせて二人、流れ的にそうなるだろう!」
お互いにどんどんヒートアップしていく。
「なんだとこの自分勝手暴力貧乏探偵ッ!!」
「侮辱したな!!この所得税断固ボイコットッ!!」
・・・もう喧嘩している二人はおいといて話を進めるとしよう。
カランと音をたてて入り口に現れたのは中肉中背の若い男性だった。
「あ、あのー・・・こんにちは・・・酒井探偵事務所ってここで合ってますか?」
若い男性は遠慮がちに尋ねると
「「ええ!!そーです、ここが酒井探偵事務所です!」」
この二人、まだ喧嘩していたようだ。
客人に当たってしまったのは、きっとこの二人の頭が昼休みの男子中学生レベルだからだろう。
「い、一体なにがあったかは分かりませんが落ち着いて下さい!」
そう言われるとやっとこの『自分勝手暴力貧乏探偵』(つまり自己中)と『所得税断固ボイコット』(つまりニート)は恥ずかしくなり、落ち着きを取り戻した。
「ふぅ・・・お騒がせしました。で、ご用件はなんでしょう」
調子を取り戻し、話し始めた酒井。
「あ、その前に。僕は高原厚志と申します。コレ、名刺です」
名刺をさっきとはうって変わって丁寧に受け取り
「僕は酒井浩一と申します。以後お見知り置きを」
酒井も名刺を差し出した。
「用件はなんでしょう?」
「じ、実はその、探してほしいなー・・・と思いまして・・・」
高原は一枚の写真を差し出した。
写真には長い黒髪で顔は整っている、まるでモデルのようだと感じてしまうような女性が写っていた。手にヘビを抱いていなければなぁ・・・・
「こ、こちらは?」
酒井は尋ねると
「彼女はマチコといいます」
「へぇ~美人ですねぇ」
英二は思ったまんまのことを言っただけのつもりが、高原を熱くしてしまったようだ。
「そうでしょうそうでしょう!美人ですよね!」
しかし、少し引きぎみに写真を再び見た。
「でも、この長い不気味なブツが・・・」
「あぁ、彼女は動物がとても好きで他の動物ともふれあうことが多いんですよ!」
「へ、へぇー悪趣m・・・いででででで!!」
英二はふと横を見るとニコニコしながら自分の太ももを強くつねる酒井の姿が。
「ご、ごめんなさいごめんなさい!も、もう黙ってますからッ!」
「はい、よろしい。さて、話を戻して、用件はなんでございましょう?確か、探してほしいと聞こえたのですが・・・」
「は、はぁ・・・」
少し頷き語り始めた。どうやらクールダウンしたようだ。
「いなくなってしまったんです。彼女が、マチコがいなくなってしまったんです」
「この娘が!?ど、どうしていなくなってしまったと思うんですか?」
高原はうつむきながら続けた。
「実は、最近知り合いから聞いたんです。狙われているって・・・彼女が・・・・」
「か、彼女って、このマチコさんのことですか!?」
コクリ、と頷く。
「それにここ一週間帰ってこないんです・・・ぼ、僕たち結婚する予定なんです。だから心配で心配で・・・」
「け、結婚!?」
「追っ手から綾根山に逃げ込んだらしくて・・・」
「ご自分で探されては?愛しい愛しい彼女があなたをお待ちですよぉ?」
酒井は嫉妬してつい挑発する話し方になってしまった。独身アラサーだから分からなくもない。
よし、俺もひっぱたこうと英二は手をスリスリと、こすり始めた。
「探しましたよ、探しました!しかし僕一人じゃ難しいんです!ダメですか!?」
いきなり勢いつくものだから英二はつい手を引っ込めてしまった。
「す、すいません、落ち着いて下さい」
酒井がドウドウして落ち着かせた後、深くため息をつくとゆっくり口をひらいた。
「ところで、どうして彼女は狙われているのですか?」
「さぁ・・・分かりません・・・」
「そうですか・・・まぁ彼女は危ない状況にあるのですね?」
「はい・・・どうか、この依頼受けてくれませんか?」
その後にやる気がみなぎる一言が。
「もちろん、報酬は思いのままです」
酒井は一息つくと返事を返した。
「分かりました。我々も探します。引き受けましょう」
高原は立ち上がり喜んだ。
「ホントですか!ありがとうございます!あ、見つかったら電話下さい!では、失礼します!」
カララン、ドンッ!
出入口のドアが大きな音をたてた。そのまま風のように山の方へ走り抜けてく高原。
その姿をただ見送っていた二人だった。
そのあと、クルリと英二の方に顔を向けると酒井が指示をだした。
「英二君!初仕事だ、君はヘビを探すんだ!」
「ええッ!!俺はヘビ無理ですよ!」
「僕は所長だ!君に拒否権はない!」
「そんなぁ・・・ひどいです!あ!そうだ!同じ綾根山を探すんですから一緒にやりましょうよ!」
「ダメだ、僕は綾根山付近の人に聞き込みをしなければならないからね。ヘビは山の中だ。頑張りたまえ」
「はぁぁ・・・仮病を使いたい・・・」
英二は暗くなり、ため息を吐いた。しかし、酒井は容赦しない。
「何か言ったかい?さぁ、準備して出発するのだ!」
「はいはい、分かりました!分かりましたよ!」
・・・あ、そういや今日バイトの日だったなー、どうしよ?
英二の頭にはバイトのことがよぎったが、間もなく、まぁいいや休もうという結果になった。
ここでバイトをしてはまた何か言われるだろうと予測したからだ。そんなことでバイトを休んで良いのだろうか・・・
英二は一通り準備を済ませると出発した。
・・・さて、僕も出発するかな。酒井は準備をしながら少し考え事をした。
先ほどきたぽっちゃりはなぜわざわざ探偵である僕らに一千万円払ってまで雇ったのだろう?
他のシュワちゃん二人に頼めばいいのに・・・
それに高原もそうだ、人が狙われていて山に遭難したのなら警察でちゃんと保護してもらえる上に大勢で探せるし、タダだ。
報酬は喜ばしいが、この二つの依頼、僕らの知らされなかった何かがあるのかもしれないな。
6
ああ、実家に帰りたい・・・おじとはいえ所長だもんなぁ・・・
まったく自分勝手だよな、「キミニキョヒケンハナイ」だもんなー。英二はブツブツと文句を言いながら商店街を歩いていた。
・・・そういえば朝ご飯食べてなかったな。
もうそろそろお昼の時間だ。朝昼ご飯食べてから探そう。うん、別に時間制限ないもんな。
それから、英二の足先は山から定食屋へと変更された。
定食屋の名前は「定食屋」。
看板に大きく太い文字で「○○屋」とか「○○食堂」と書いているわけではなくそのまま「定食屋」と書いているので間違えることはないだろう。
店内はキレイともいえないし汚いともいえない。
ザ・普通の定食屋。それが「定食屋」だ。
英二は昼頃なのに人がほとんどいない中に入ると発券機にお金をいれる。中でも一番安い納豆ご飯定食のチケットを購入した。そして店員のおじさんに渡し、一人席のカウンターに座った。
セルフサービスの水をお腹が満たされない程度に飲みながら、来るべき至福の時を待った。
ボケーっとしていたらいつの間にか自分の左隣の左隣に二人誰かが座っていたことに気づいた。
・・・こういうのなんか傷つくんだよな。いや、避けてる訳ではないことは分かるよ、でもどうせ離れるならテーブル席に座れよ!わざわざカウンター席で俺の席から一個飛ばした所に座ることないだろ・・・まぁいいか。
「へい!納豆定食!」
おっ!きたきた・・・
どれもインスタントだとわかっていても腹がへっているからどれもうまそうだ。まったく「空腹は最大の調味料」とはよくいったものだ。ご飯、納豆、味噌汁、サラダ、どれから食べようか?よし、メインディッシュの納豆ご飯は後でにして、味噌汁とサラダを先にいこう。
二分たらずでこの二つをたいらげたが、まだ英二の腹は満たされない。
最後は納豆ご飯を一気に食ってくれるわ!さっきとは違う意味で手をスリスリすると、割りばしの先は納豆ご飯へ。
その時だった。
出口の方へ移動していた小太りな人が勢いよく英二にぶつかったのだ。大きな衝撃と共に手から割りばしが離れる。割りばしは宙を舞い、カランと落ちた。
割りばしがッ!
あ、危ない危ない納豆ご飯を食べる前でよかった。大丈夫、割りばしの代わりはある。
さて、邪魔者はいなくなったし、次は注意をはらって食べよう。
・・・その時だった。
カサッ
ん?何か聞こえたな・・・気のせいか・・・
カサッ
後ろ?まさか・・・ヤツが・・・・
カサカサッ
姿を表した。長い触覚。ギザギザした足に黒光りボディ。そして忍者のように身を潜め素早く、目的のためなら手段を選ばない黒い悪魔・・・
間違いないッ!ヤツだッ!
病原菌の塊、人類の敵ッ!
ゴキブリだ!
嘘だろ!?ここ飲食店だぞ!?
しかし、姿を表したのは失敗だったな!
このまま注意を払えば・・・・
カサッ
カサッ
カサッ カサッ
カサッ
気のせいじゃない!囲まれている!包囲されている!・・・だが、今の俺は朝飯なしの飢えた獣!先にこの納豆ご飯を食べきればこちらの勝ちッ!負けてたまるかぁ!
英二は無駄にテンションを高めていく。ゴキブリ相手になに熱くなってんだろう?と思う方もいるかもしれないが、英二はそういうやつなのだ。もう少し見ていよう。
英二はゴキをあなどっていたのかもしれない
。英二を嘲笑うかのようにゴキは数匹羽をひろげ飛び始める。・・・そして茶碗の中へ。
しかし英二は後ろに気をとられすぐに気づけなかった。その為気づいたときには時遅し。
英二の顔はみるみる絶望の色がうかびあがる。
ぁぁぁぁぁぁああ!
「俺の納豆ご飯がぁぁぁぁああああ!」
・・・そんなぁあ!
英二は嘆いた。俺もう金ないのに!
とぼとぼと出口までいくと当然の一言。
「こんな店二度と来るかぁぁぁぁああ!!」
さて、皆様には英二が初詣のおみくじにて、2連続大凶を引いてしまったことを伝えておきましょう。
それから英二の苦手な物にゴキブリが追加されてしまった。
7
酒井はとりあえず綾根山ふもと付近に車で向かい、聞き込みをする事にした。
ん?車?
そう思った人はいくらかいるであろう。そう、酒井は車を持っている。
車種は昭和のメイドインジャパンスポーツカー、赤黒のツートンのAE86トレノだ。知らない人のほうが多いと思う。
なぜこのようなマイナーな車かというと、酒井がまだ免許取り立てであった頃、車を探していると友人に相談する際に、運転が上手くなる車はある?と聞いたのだ。
友人は、それならと、このトレノを薦めたのだ。酒井いわく、探偵とは車の運転が上手いものらしい。
さて、酒井の車について語っているうちに山のふもとについたようだ。
ここは温泉街になっていて、休日だからか、観光客が多い。
それは聞き込みにおいて、聞くことのできる人が多いため目撃者がみつかる可能性が高いところがメリットだが、時間なんて気にしないで過ごしている人がほとんどなため、目撃者がみつかったとしても時間を特定するのは難しい。
「さてと、温泉まんじゅう食べてから始めようかな」
何かを食べてから始める、ということは英二と同じらしい。
どうやら一応この二人には同じ血が流れているようだ。
酒井が訪れたのは綾根山ふもとの温泉街の中でも有名な「全能の湯」だ。ここは温泉だけでなくサウナ、ゲームセンター、お土産屋に、温泉卓球そして絶品料理が食べられる食堂など、名前にある「全能」の通り色々あり、とても人気なのだ。
「温泉まんじゅう二つください」
「はい、250円ね」
たった今ここでソファーの弁償代がなければ酒井の全財産は0円になっていた。危ない危ない。
「あ、つかぬことを聞きますが」
「はい、なんだい?」
すっと、ふところから美女とヘビが写った写真を温泉まんじゅうをもぐもぐしながら取りだし聞き込みを始めた。
「このふぇびをがいふぇいるどせい・・・もぐもぐ・・・ングッ!ゴックン。を見かけませんでしたか?」
店員のおばちゃんが道でも聞かれるのかと思うとまったく違うこと、しかも人生初めてのことを聞かれたのでかなり驚いていた。
「ええと、フェビヲガイフェイル土星なんて見かけてないけどねぇ」
「ああ、すいません聞き取りずらかったですか。えっと、ヘビを抱いている女性です。この写真の、ヘビを抱いているこの女性を見かけませんでしたか?」
「ああ、そういうこと。残念だけど今日は見かけてないねぇ」
「今日は!?ということは以前見かけたのですか!?」
酒井は、少し興奮気味に前に乗り出して話しているので、はたから見ればクレーマーだ。
「え!あ、ああ一週間前くらいの午前中にね」
「その時の服装はこの写真と同じですか?」
「ああ、そうだね。あたしゃここに来た客はしっかりと覚えてるよ。温泉に浸かっていったな。記憶力には自信があるんだ。」
「あぁ、なら安心だ」
なるほど・・・一週間前か・・・
つまり、いなくなった後呑気に温泉に入っていたと。
「その後、どこへ行ったか分かりますか?」
「さあねぇ・・・」
この後おばちゃんは怪訝な顔になった。
「あんたどうしてそんなこと聞くんだい?あ!あんたってもしかして世にいうストーカーってやつかい!?あたしの口からその娘の場所を聞き出してつけまわすつもりだったんだろ!無駄だよ!あたしゃ口は固いんだ!」
いやいや、もう話してるから口固くはないんじゃないかな・・・
だが、それは言わないでおいた方がいいだろう。
「違います、違いますよ。私はこういうものでして」
そういうと名刺を差し出した。
「なになに、酒井探偵事務所・・・へぇ~あんた探偵かい?探偵ってホントにいるんだねぇ。よし、何か分かったら連絡するよ」
「それはありがたい。名刺にも書いてありますが、僕は酒井と申します。何か困ったことがあればこの酒井探偵事務所に連絡を」
おばちゃん・・・あんたやっぱり口固くないよ・・・それを言ったらいけない。
「そうだ、探偵さん、これオマケしとくよ」
そういうと酒井に温泉まんじゅう一つ渡した。
「お駄賃はいいよ。頑張るんだよ~!」
「はぁ、ありがとうございます。では、ごきげんよう」
この人は探偵を芸能人のようにとらえているのだろうか?
まぁ、まんじゅうサービスはうれしいからいいか。
酒井はその場から離れると物陰で立ち止まり、聞いたことを手帳にメモした。
8
はぁ~あ・・・
これから山に行かなきゃいけないのか・・・
英二はグゥ~と鳴る腹を抑え、商店街をとぼとぼと歩いていた。
今頃酒井さんは聞き込みか・・・俺はこれから山でガサガサ、ゴキとヘビの巣窟へ・・・イヤだ!去年と比べて今年はやなことばっかりだ!
おみくじなんかその場の空気で引かなきゃよかった・・・それで大凶2連続引いたからこんなことになったのだろうか?いや、おみくじは関係ないだろう。英二はもとから運が無いだけだ。
・・・どうにかして山中探索を逃れることはできないだろうか?
逃げ道を捜したあげく、英二は思いついた。
俺も聞き込みをすればいいんだ!聞き込みだって『探す』にはいるよな。綾根山の湖まで行けば人も観光客で多いだろう。
よし、バスの時間、バスの時間・・・
ちなみに英二は車の免許をもっていない。よって、移動はバスか電車だ。
現金は雀の涙程しか持ってないためバス専用の金券を使った。前にバスに乗る際、お釣りの代わりにこの金券をもらったのだ。
こんなものどんなときに役にたつんだッ!
昔は嘆いていたが、こんなときに役にたつんだなぁ~としみじみとバスの外に流れる景色を眺めながら感じた英二だった。
英二はバスに乗り、綾根山にある綾根湖が見渡せる『綾根湖観光センター』というバス停に移動した。
とりあえずこの辺で聞いてまわればいいだろう。
この湖は水がきれいで透けて見える。運が良ければとても大きな魚を目視できる。夕方になれば夕日がきれいでデートスポットとして有名だ。
「え~と、確か尻尾の先がシンゴジラみたいで、近くにいたらカラカラカラと音をたてるヘビ・・・いや、シンゴジラみたいは言わなくていいか」
ベンチに腰かけ、ボソボソと聞き込みの練習を始めたが・・・
グゥ~っと腹の虫がおさまらない。そんなときだった。
「あの、お腹がすいているんですか?」
視線の先には白いワンピースを着た年下らしい女性が。身長は英二より少し低いが、英二はベンチに座っていたため少し見上げていた。
記していなかったが、今は三月だ。まだ少し肌寒いのに、ワンピースで寒くはないのだろうか?女性って丈夫だな~・・・
つい他人事になっていたけれど、今の状況をようやく理解し始めたようだ。
ハッ!
周りを見てみると、動いていないのは自分だけだ。後ろに人はいないし、ということは・・・
「今、お腹、なりましたね?」
話しかけられているのは・・・俺だ。
「え!?あ、アハハ・・・聞こえてました?」
ちょっと気が動転して始めは声が裏返ってしまった。
「よければ、これ余ってしまったので、どうぞ」
差し出されたのは・・・納豆巻き。
どうやら英二と納豆は切っても切れぬ、ゴキブリをもってしても壊れない縁らしい。
「え!ホントにいいんですか!?ホントに!?嘘じゃない!?」
英二は歓喜の声をあげた。
「ええ、どうぞ。こちらも助かります。ありがとうございます」
何が『ありがとう』なのかわからないが、腹ペコな英二は気づかなかった。
わずか数分で納豆巻きをたいらげた。
「ごちそうさまでした!」
「いえ、スーパーで買ったものだったのですが、美味しくいただけたのなら幸いですわ」
ふぅー、と落ち着くと、ふと聞き込みをしようと思った。
「ところで、カラカラカラ、という音を聞いたか、あるいはそんなヘビを見ませんでしt・・・」
質問の途中で、この状況の奇妙さに気がついた。
なぜ俺は見知らぬこの人に納豆巻きをごちそうになったのか、この人はどうして見ず知らずの俺に納豆巻きをごちそうしたのか、そして、どうして当然のように会話しているのだろうか。
英二が急に眉をひそめたので、相手の女性は怪訝な顔をした。
「どうしたのですか?わたくしヘビは苦手ですわ。そのような音も聞きませんでしたが・・・どうしてそのようなことを?」
一応質問は伝わったらしい。
英二はこの時、探偵になって(探偵の弟子にされて)初めてよかったと思えた。ここは少しカッコつけよう。
「申し遅れました。俺は中倉といいます、探偵をしている者です。以後お見知りおきを」
・・・言い終わった後に恥ずかしくなった。
ヘビを探す名探偵もおかしいが、腹をすかせ、見知らぬ他人に差し出されたものを遠慮なしに喰らう探偵はもっとおかしく、何よりカッコ悪い。
しかし、彼女はそうは思わなかったらしい。
「へぇ!探偵さんなんですか!わたくしはドラマやアニメでしかいないものだと思っていました!」
無理もない、英二だって初めて聞いたときはそう思った。彼女は改まって自己紹介をした。
「わたくしは滝沢理紗と申します。何か事件があったのですか?さては殺人事件?」
・・・ただのヘビ探しとは言いたくないなぁ。
うーん、まぁこの先会うこともないだろうし、嘘をついてしまえ。
英二はその場で嘘とホントのことをごちゃ混ぜにしたことを話した。まったく軽率なやつだ。
「実は、まぁ、名前は言えないのですが、とある金持ちの男性が毒殺されて、そのカギとなるのがそのヘビなのです」
すると彼女は目を輝かせる。
「そうなんですか!わたくしとても興味がありますわ!ぜひご一緒したいのですが」
「え!え、ええ構いませんよ」
しまったぁああ!俺は何て軽率なことを言ってしまったんだろう!言ってからでは遅かった。唯一の奇跡といえば、自分が軽率だと英二が自覚できたことだろう。
「さぁ中倉さま!ヘビを探しに向かいましょう!」
『中倉さま』と、呼ばれたことはなかったのでびっくりしていた。
「え!その前に聞き込みを・・・」
「何をおっしゃるのですか!そのまま探した方が早いですわ!」
「で、でも服が汚れますよ?それに突然ヘビを見つけた時にあなたが怪我でもしたら・・・」
「あら、お優しいのですね。でも大丈夫です。だって・・・」
・・・・だって?
「探偵さん、頼りにしてますよ!」
そ、そんな!頼りにしてるったって、俺もヘビ無理だからーッ!
そのまま、さぁ行きましょうと、森林の方へと歩いて、いや、引きずられていった英二。はしゃぎながら向かっていった理紗。
英二は理紗に引っ張られながら、考えた。こんな女性と歩く(?)ことは生涯もうないだろうし、大凶2連続の割にはついていると思う。
どうにかなるだろう、と。
英二は口にかすかについたご飯粒に気づくことなく森のなかに入っていったのだった。
8
うむ、ここには久々に来たが景色はやっぱり最高だ。酒井は綾根湖畔ホテルのとある一室にて外を眺めていた。
綾根湖畔ホテルとはその名の通り綾根湖畔にあるホテルのことである。
このホテルは『ホテル』といっても、ペンションに近い形となっている。二階建てでどの部屋からでも絶景が見られることが約束されている。
中庭には、綾根湖には劣るがそこそこ大きな池があり、錦鯉やカメが飼育されている。
錦鯉やカメ用のエサも、ここの売店に売っていてこいつらに餌付けをすることができる上、ペット持ち込みOKなので家族連れに人気だ。
泊まりがけで奥山市にやってくる人が多いため、料金は決して安くは無いものの予約はほぼいっぱいだ。
そんな『決して安くは無い料金』なのに酒井という、貧乏探偵が・・・いや、本人に言うと(聞かれると)激怒してしまうだろう。
何故酒井がここにいるのかというと、それはもう少し前にさかのぼる。
酒井は、いまだに綾根山ふもとの温泉街にいた。
正確には酒井の愛車、トレノの中でメモ帳とにらめっこしていた。
あの口の固い(軽い?)おばちゃんに聞き込みをした後、道行く人にも聞き込みをしたが、皆、口を揃えて
「さぁ、こんな人知らない」
とか
「どっかでみたことあるけど・・・」
などなど。
酒井も写真をもう一度見て、どっかで見たような見てないような・・・
つまり、あやふやで、まだ先は長いことを意味する。
ここでじっとしていたら、喉が乾いてしまった。
バタン、とドアを閉めると車を止めてある駐車場の近くにある自販機で缶コーヒー・・・ではなく缶ココアを購入した。
酒井は苦いものが苦手だ。しかし、探偵事務所が元コーヒー店なため自分以外の人がいるときはカッコつけてコーヒーを飲む。
つまり、コーヒーが飲めないのはカッコ悪いと酒井は思っているのである。
酒井にとってコーヒーとはカッコいいかカッコ悪いかの存在でしかない。
缶ココアを飲むのは遠くから見れば『コーヒーを飲んでいる人』にしか見えないであろうことと、何より美味しいからだ。
「やっぱりココアだよな~、でもリッチって書いてあるのにどうして100円ぴったりなんだろう。これは人類の共有すべき謎だよな」
そんな時、マヌケな独り言をつぶやいていた酒井の後ろから声がした。
「酒井さんじゃないですか!マチコは、見つかりましたか!?」
たった今連絡しようとした高原だった。
「いえ、まだなのですが・・・少し気になることg・・・」
「そうそう!酒井さん、これから一緒にマチコを探していただくじゃないですか、なら・・・」
まだ最後まで言ってなかったのにな・・・
酒井のむなしい思いは届かなかったようだ。
「綾根湖畔ホテルに予約してあるので、そこを拠点にマチコを共に探しましょう!」
え!でもあそこは高いじゃないか!
貧乏探偵にとっては料金的に苦しい場所だ。
「僕はお金があまり・・・」
「心配は無用です!僕があなたの分も払うので」
つまり、タダであんないいところに寝泊まり出来るのか!それにあの怖い成美さんにもタイノウシタヤチンハラエって言われなくてすむし・・・
いやはや、タダとは貧乏探偵にとってはとても魅力的だったようだ。
酒井は迷わずにそうすることにした。
「では、バスで行きましょうか?」
高原はバス停を指差しながら聞いたが、酒井は得意げに自分の愛車を親指で指差した。
「大丈夫。僕には車があるから」
そういうことで酒井と高原は綾根湖畔ホテルに向かうことになった。
「ところで、あの若いお弟子さんは?」
一瞬ギョッとした酒井だったが、フゥ、と残念そうな顔をして
「彼ですか?彼は死にましたよ」
英二は知らない所で知らないうちに殺されてしまった。
それで、綾根湖畔ホテルに着いた高原は予約しておいた二階の部屋に荷物を置きに行き、酒井は予約されていた同じ部屋で景色を眺めていたということだ。
酒井はとりあえず世にいう『お泊まりセット』を購入すべく、ホテルの売店へと足を運んだ。
「え~と、歯ブラシと寝具は用意してあったから・・・コレでいいかな」
そうつぶやくと酒井はタオルと安物のボディータオルを購入した。
これだけで泊まれてしまうほどこのホテルは充実している。それに加え、タオルとボディータオルを買っておかなければならなかったためちょうどよかった。
・・・一応彼の名誉のために言っておくが、彼は不潔ではない。
これらを購入したのは持ってなかった、のではなく、新しくするためである。
とまぁ、酒井のどーでもいい風呂事情はその辺のゴミ箱に捨てといて、酒井の足は次にエントランスへと向かっていった。
エントランスには、太りぎみの男と、それと対照的にかなりやせた男性二人と年老いた老夫婦の4人のみだった。
それもそのはず、現在時計の針は2時をさしていた。きっと出掛けている人がほとんどなのだろう。
風呂に入るにはまだ早すぎるな。
ちょうどいい、マチコさん探しの前に高原さんに聞いておきたいことがあったのだった。
酒井は二階に階段を使って登っていった。
その時だった。
「キャァァァアア!!」
女性の高い悲鳴が酒井の耳を貫く。
「!?」
階段に登っていた酒井はびっくりして足を滑らせてしまった。
そして体の重心が後ろに傾き・・・
「うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
酒井はゴロゴロと階段の下へ落ちていった。
「イテテ・・・どうされましたか!?」
どうやら200号室らしい。
酒井は中腰のまま部屋にかけつけた。
いうなれば、年末によく見る『○○OUT』の状態。
はたから見たら逆にどうされましたかと聞かれそうな格好だ。
しかし、200号室の中にいたこのホテルの従業員らしき女性は酒井の格好なんか気にならないほど取り乱していた。
「あ、あそこがヘビなんです!!そしてこの人がうごめいていて、ヘビが死んでいるんです!!」
「あ、あそこがヘビ!?この人がうごめいて、ヘビが死んでる?」
あそこがヘビ!?
あ、アソコがヘビって想像したくないなぁ・・・
自分が冷静でいられない状況でも、他の人が自分以上に慌てていると自分は冷静になってしまうことがある。
酒井はまさにその状態だ。
それに加え職柄からなのか、酒井は200号室の状況を分析し始めた。
部屋は酒井のいた部屋と同じようなつくりになっていて中央にテーブルが置いてある。
そして、テーブルを囲んでも見やすい位置にテレビがあった。
そしてテレビの反対側にキレイに布団が敷かれ、側に襖がある。
襖は開けっ放しになっていて、襖の奥にはヘビがいた。
うん?ヘビ・・・そうか、なるほど、この女性は『あそこにヘビがいる』と言いたかったのか。
やはりアソコがヘビになっているわけではなかったのだ。
酒井はいつの間にか中腰の姿ではなく、右手の親指と人差し指の間に自分のあごにあて腕を組んでいた。
たしか、『この人がうごめいていて、ヘビが死んでいる』と言っていたな。
見たところ、ヘビの方がうごめいていて、死んじゃいない。
と、いうことは『この人』が死んでいるのか。
酒井の視線の先には、キレイに敷かれた布団が、そして、布団の上には生きた表情のない、青ざめた権藤源氏の横たわる姿があった。
9
足の親指の高さくらいから腰の高さと同じくらいの雑草をかき分けながら英二と理紗は進んでいった。といっても目的地があるわけでもなく、ただ闇雲に進んでいただけである。
そのため、もう日は沈んでしまいそうだ。
「暗くなってきましたよ。もう戻りましょうよ理紗さん」
「いいえ、なにをおっしゃるのですか!事件解決のためですわ!」
ふと、先に見える景色に樹木が少なくなって、なにやら明るい光が見えてきた。
やがて、先に見える景色に樹木はなくなり、地面もなくなった。
その理由は見れば分かる・・・といっても文字でしか伝えることが出来ないためハッキリといっておこう。
崖になっていた。
先にはペンションのような建物が見える。
「行き止まり・・・ですわ」
「・・・みたいですね」
「これからどうしましょう?」
「うーん、とりあえずこのペンションのような建物の人に色々聞いてまわりましょうか」
「はい!・・・あ、この崖から降りるのが近道ですね!」
「ハハ・・・死にますよ?」
様々なゴタゴタがありつつも、なんとか目的地が出来た二人はくるりと体を崖に背を向けた。
その時にある音が聞こえた。
カラカラカラカラ・・・・
ん?気のせいか・・・
いや違う!ゴキブリの二の舞はごめんだ!
強い意志を持ち、英二は体を180度回転させ、理紗はつられて振り替える。
英二はやはりな・・・という顔になり、理紗は青ざめ発狂した。
「いやぁあ!!ヘビ!!ヘビがあそこに!」
「ああ・・・やっぱり」
間違いない、カラカラヘビだ!・・・あれ?パラパラヘビだっけ?
と、とにかくあのヘビだ!
そう、あの『写真に写っていたヘビ』が彼らのわずか5メートル程先にいたのだ!
皆さまに考えてもらいたい。
世界には二種類の人間がいることを。
それはヘビが平気な人間とそうでない人間だ。
英二と理紗はまさしく後者である。
「は、はやくあのヘビを!」
「ま、まって、俺もヘビは・・・」
「助けて!中倉様!」
この時英二の中で何かが沸々と沸いてきた。
「任せて下さい!必ずやあのヘビを捕らえましょう!」
あぁぁああ!俺はなんて軽率なことを!これで二度目だ。英二は一時的な感情に流されやすいのかもしれない。
けれどここでやっぱりムリと言えば男ではない!
ありったけの勇気を振り絞り、英二はヘビの首(?)を捕らえ動きを封じた。
「やった!やりましたよ理紗さん、ほら!」
『ほら!』と理紗にケースにいれてないヘビを向けた英二が完全に悪かった。
「イヤァ!こっちに向けないでください!」
ドンッ!
驚いた理紗に両手で力いっぱい押された英二はヘビを持ったまま、オットットと崖の方へ。
そして・・・
ガッ!
「あ」
「あら」
英二+ヘビはまっ逆さまに落ちていく。
「うわぁぁぁぁぁあああああッ!!」
「中倉さまぁぁぁあああああッ!!」
そして、下にあった池に水柱が一本、ドボンと作り上げられた。
もう日は沈んでいたため、水が綺麗に揺らめくことはなかった。
10
「もしもーし、ケーサツですかぁ?人が死んでまーす。早くきてくださーい。え?嘘言うなって?ホントですよー?なので来てくださーい。場所?えーと、それはー・・・・・」
酒井はとりあえず警察に連絡した。どうしてこんな挑発的な口調なのか?
それは探偵にとって警察は商売敵だからだろう。
「さぁ、ケーサツに連絡しましたよ。もう安心してください」
「え、でもあんな、本当に警察ですか?連絡したのは」
「はい、確かに、ケーサツです」
連絡した酒井に対し女性従業員は問いていた。
そりゃ、あんなテキトーに話してたら本当に警察に連絡していたか気になるのが普通だ。
「なんなのだあのヤロウッ!ふざけてるのか!」
「そうですよ警部ッ!なんなのでしょうアイツは!」
峠道、車内でイライラをそのまま言葉にだしていた二人組がいた。
車はパトカー、乗っているのは中年の岡橋警部、部下である若い刑事、駒木刑事という奥山署の刑事だ。
本当は最初事件が起きたら、近くにいる刑事ではない警察官が駆けつけ、場合によって応援を呼び、ドラマのような感じになると(殺人や強盗など)、特別捜査本部なんかが開設されるのだが、地理的に近くにいたことと、普段は交番勤務同然の扱いをうけていたため、この二人組が行くことになってしまったのである。
それほど、奥山市では事件が少なく、平和だということだ。
刑事たちは、酒井に通報されてホテルに向かっている途中である。
「警察に向かってなんと無礼な!嘘っぱちだったらただじゃおかないぞ!」
「そうだそうだ!アイツがあのタイミングで通報なんかするから、僕らが駆り出されてしまったではないですか!アイツのせいで、さっきモンストでせっかく超絶のラストステージまでいったのに通信切られて続行不能ですよまったく!」
「オイコラ駒木ッ!お前のモンスト事情なぞどーでもいい!しっかり前みて運転しろ!」
「は、はい警部!」
どうやらイライラしている原因は酒井の挑発的な口調と通報のタイミング、そして刑事らしからぬ普段の自分達の扱いだったようだ。
ただ、通信を切られた事はただの八つ当たりであることは明白だ。
この物語には緊張感のあるやつは登場するのだろうか?
ホテルにサイレンが鳴り響き、パトカーが到着し、ぬっと中から険しい顔をした二人が出てきた。
「さっきのヤツを見つけたらたっぷりと職務質問してやる!」
「お!いいですねぇ、じっくりと料理してやりましょう!わくわくしてきました、ヘッヘッヘ」
悪党のように見えるこの二人にとって事件のことより、無礼な通報者をどうしてやろうか?の方が大事ならしい。
というか、人が死んでることをまるで信じていない。
「さて、ここだな」
建物の中に入り、二人組は現場である200号室へと進んでいく。
「おッ!ケーサツさーん!こっこでぇーす!」
警察をはたまた挑発する口調で呼んだのは酒井だった。・・・間違いない。
「き、貴様だな!通報したのは!」
「ヒドイなー、善良な市民に向かって貴様だなんて」
喧嘩腰でかかっていく奥山警部に対し酒井は態度を改める考えは全くないようだ。
「だれが善良な市民だッ!」
「このボクに決まってるでしょう?いつもいつも、もの探しとかタダでしてくれちゃて、すんませんねーホント!あ、あなた達は税金もらってるんでしたっけぇ?」
「な、なんだと!こちとら警部だぞ!警部なのに巡査と同じ扱いをうけているんだぞ!ムカつくったらありゃしない!」
「あんたらが客から金とんないで仕事するから、こちとら客来ないんだよ!おかげでまだ家賃払えてないんだッ!この税金ドロボー!」
巡査以下のドロボー扱いされて、警部は頭に血がのぼり、みるみる赤くなっていく。
「知るかぁ!テメェ職業はなんだッ!」
「探偵だコノヤローッ!」
奥山警部は、目の前の『善良な市民』に向かって親指を下向きにし、酒井は、目の前の『正義の警察官』に向かって中指を立てた。
こんな喧嘩みたいな職務質問見たことないわねー、あれ?これってホントの喧嘩・・・というか、職務質問というよりただの醜いグチをぶつけ合ってるだけなんじゃないかしら?
はたから見ていた女性従業員は落ち着きを取り戻し、純粋にそう思っていた。
「その口の聞き方どーにかならんのか!敬語を使え敬語を!さっきの通報、嘘っぱちだったら公務執行妨害で逮捕するからな覚悟しろ!」
「!」
その瞬間、酒井はニッと笑い
「いいでしょう敬語使ってあげましょう。それと、もし、嘘っぱちだったら煮るなり焼くなり好きにしてください」
酒井は余裕な表情だ。
「そうかそうか、オイ駒木、俺は煮る」
「警部が煮るなら僕は焼きますね」
刑事達にとって、どうやら嘘っぱちは確定らしい。
しかし、現実は違う。
刑事達が現場に踏み入れた先には横たわる権藤の姿が。先程と同様青ざめて生きた表情がない。
「ここここれは・・・」
「ハ、ハハハ・・・ね、寝てるんですよね警部?」
「そ、そうだ、そうに決まってる。えええ演技が上手いねえ~あんた。ねぇあんただよ!むむ、無視はいかんなぁ・・・」
死体に話しかけたところで、返事などするわけがない。
後ろにいた酒井が腕組みをしながら現実を突きつけた。
「いや、確かに死んでいる。脈を計ったが、なかった」
認めたくない刑事達はまだねばる。
「そそそ、そうか、いや、何かの間違いでは・・・」
「ううう、うん、そうですよ警部!第一僕らが事件にでくわすわけないじゃありませんか!」
「そ、そうだ、というかお前、勝手に死体にさわるんじゃない!」
「警部!死体ではないです!認めてはこちらの負けです!それに、きき君、かかか、勘違いじゃないのか?自分で自分の脈を止められることもあるらしいし・・・」
僅かな刑事達の希望を酒井はことごとく打ち破った。
「死体には、このゴム手袋してさわったので大丈夫!それに、自分で自分の脈を止められる方法は、まぁ無くはないが、それはごく一時的だ。第一、彼にとって自分で自分の脈を止める動機が何か分かるかい?普通はそんなものはない。あったとして、止めていたとしても、僕がここについたときからずっと止まったままだから、止めている時間が長すぎる。第一、脈を自分で止めているときは意識はあるはず、呼んでも意識がなかったため、彼は間違いなく死んでいる。なんなら触って確かめてみればいいですよ」
急に真面目に語りだした酒井に動揺が隠せない刑事二人組はせこせこと権藤に近寄る。
「ま、まさかな・・・き、急に敬語使いやがって、不気味だなお前・・・アレ、脈がない」
二人の顔がみるみる青ざめていく。
「ととと、ということは警部・・・」
「やっぱり・・・」
「うぎゃぁぁああ!死んでるーッ!」
「うわぁぁぁああ!こ、駒木はそこで待っていろ!!今から救急車を呼んでくる!!」
「けけ、警部!置いていかないでください!!というか、死んでるんですから、救急車呼ぶ意味無いですよッ!はや、早くここで電話で応援呼んでくださいッ!」
あーあ、頼りない刑事さん達だなぁ。酒井はそんな、あわてふためき、だらしない刑事達を見て呆れていた。
11
あれから、岡橋警部が応援を呼び、捜査が始められた。刑事たちがコレなのだから、当然鑑識、監察医のほとんどが様々なリアクションをしていた。
おう吐してしまう人、驚いて腰を抜かしてしまう人など。
やはり現場には半信半疑で訪れたヤツがほとんどで、見た目はスプラッターではないものの、「人の死」をすぐに受け入れられないのが普通だったのだろう。
それほど、この奥山市竹見町では、平和であった反面、全く「人の死」に慣れておらず、多くの人にとって衝撃的なことであった。
そう、先程まで平気な顔をしていた酒井も例外ではない。
「う、うう、死臭っていうのかなコレ・・・ウッ!」
「こら!こ、ここで吐くな!吐くならトイレへ行け!」
「ちょっと!ウチのホテルで吐かないで下さいッ!他のお客さまにご迷惑ですので!」
吐き気がこみ上げてきた酒井を必死で止める岡橋警部に、女性従業員は、要するに、はた迷惑はゴメンだ、と言っている。
警部の方はもう、慣れたらしいが・・・
「オイ駒木ィ!そんなとこで吐くんじゃなーい!」
「そんなこと言ったって警部ゥ・・・ボオェッ!」
現場の部屋の外だったからよかったものの、駒木刑事はダイナミックに吐いてしまった。
「あーッ!なんてことしてくれるんですかこのヒトデナシッ!」
正義の警察官が女性従業員という市民に、ヒトデナシ扱いされてしまった。もうカタナシである。
現場には、よくドラマで見かけるようなあんな多人数では無く、目で数えられるくらいの少人数しかいない。
別に奥山市警は手を抜いている訳ではない。これが奥山市警の限界なのだ。
普段、対処することといったら万引きや盗難など、しかも年に1回有るか無いかのレベルだ。
なので、腕の良い者は都会へと、出張してしまうのだ(しかも全然帰ってこないパターン)。
奥山市の平和ボケはここまでくるとある意味すごい。
駒木刑事が徹底的に廊下掃除をやらされているところで、現場の保存が終わったらしい。
「現場の保存、終わりました。ってアレ?駒木刑事は?」
鑑識が怪訝な顔をする。
「ホラ、アレ見てみろ」
岡橋警部は腕を組みながら親指でアレを指差した。
その先にはファブ○ーズ片手に床掃除している駒木刑事が。
「・・・はぁ、なんか理解できませんが、了解しました」
「矛盾してるぞソレ、まぁアイツのことはどーでもいいから、現場の方はどうなっている?」
「はい、あまり荒れた形跡はありません。むしろかなりキレイです」
「ほうほう」
岡橋警部が頷く。
「ふむふむ」
酒井が頷く。
「部屋の中の指紋は権藤源氏のものがほとんどで、あとはあの女性従業員の指紋でした。女性従業員の話によると、今日を含む毎日午後12時に部屋の掃除をしているそうです」
「なるほど、今日の午後12時以降、現場には権藤源氏とあの女性従業員がいたわけだ」
岡橋警部が頷く。
「なるほどぉ~、今日の午後12時よりあと、少なくとも現場には権藤と、あの女性従業員はいたわけだ」
酒井が頷く。
「・・・ちょっと待て。何故貴様がここにいる?」
「えー、別にいいじゃないですか警部さん」
自分の言うことなすことオウム返しされてはイライラする。特にこの探偵には。
「よくない!第一貴様は一般人だろう、さあ、出てってもらおうか」
「えー、なんでですかー、ここは現場じゃないですよー、廊下ですよねー、僕の他にも一般人いるじゃないですかー」
・・・この男、めんどくさいッ!
「あーもー、勝手にしろッ!」
「ええ、いいんですか警部?」
鑑識が怪訝な顔をする。
「ああ、どうせ後で説明せにゃならんのだからな」
「・・・誰に?」
「奥山市民に」
「・・・まぁいいでしょう。あ、現場には今までのことよりも珍しいというか、かわったものがいました」
この言葉を聞いて岡橋警部は首をかしげる。
「珍しい?奥山市で人が死ぬこと以上に珍しいものってなんだ」
「ヘビがいたんです。ケースなどは見あたらず、襖に隠れてました」
「ヘビ!?」
そりゃびっくりするだろう。この日本全土でも、人が死んだ部屋にヘビが隠れていたなんて、かなり珍しい。
「ああ、あのヘビか」
どうやらこの探偵は知っていたらしい。
「お前、知っているのか?」
「この部屋に駆けつけた時にね」
「そうか。・・・うーむ、事故か他殺か分かるまでは、この宿泊施設からの出入りを制限したいのだが・・・」
「その件は心配ないと思います。どうやら今日、そして明日ここを出ていく人も、泊まりに来る人もいないらしいですからね」
「おっ、ラッキー」
岡橋警部はなんとも似合わない指パッチンをした。
「あ、おい駒木、一応、許可をもらって制限はしておいてくれ」
「は、ハイ警部・・・イタタタ」
ずっと腰を曲げて床掃除をしていたものだからまるで駒木刑事はおっさんのように見えなくもない。
「状況からみて、事故である可能性が高いが、断定できん。司法解剖すると、どのくらいかかる?」
「司法解剖ですか?」
「ああ、まだ他殺である可能性があるからな。で、時間は?」
「そうですね・・・あと3、4時間くらいですね」
「・・・分かった。よろしく頼む」
あと3、4時間。現在4時くらい。その頃にはもう日は沈んでいるだろう。
「司法解剖、終わりました」
岡橋警部が聞き込みをしていたところで鑑識が呼びに来た。
やはり、日は沈んでいる夜の7時だった。
「死因は?」
「はい、死因は毒による脳出血です」
「毒?なんの毒だ?」
「毒物検査をしたところ、溶血毒というヘビ毒だそうです。腕に噛まれた跡がありました。確か・・ヤマ」
「ちょっとタンマ」
話が上手くいきかけている時に、横で聞いていた酒井が青い顔をして、話の流れを一時停止した。
口元をおさえてバタバタと廊下を走っていくのが聞こえる。
一間の沈黙。岡橋警部と鑑識はボーゼンとしていた。
しばらくすると、めちゃめちゃスッキリした顔で酒井が戻ってきた。
「やぁ待たせてすまない。で、ヘビ毒の何だ?君、話してくれたまえ」
「・・・おい、まさか、お前吐いたな?それも盛大に」
「ええ、何かが吹っ切れた気がしますねぇ。警部さんも一度吐いてみては?」
「誰が吐くか!ってか何故にそんな偉そうにするんだお前はッ!何が話してくれたまえだッ!」
話の流れを一時停止した上にリバースし、偉そうにされたのでは、岡橋警部が黙っているわけがない。
「はいはい、落ち着いて。僕のことはいいじゃないですか。そんなことより、状況の方が気になるでしょう?」
「そうだな!確かにお前なんぞのことより断然状況の方が気になるな、た・し・か・に!」
「ハイハイ。あ、話の続き、お願いしま~す」
吐いてスッキリしたからなのか、酒井は岡橋警部のあからさまな挑発に乗らなかった。
「え?あ、ハイ」
鑑識は目の前の口喧嘩に軽く驚きながらも、話し始めた。
「ヤマカガシです。ヤマカガシの毒が原因です」
「ヤマカガシ?ああ、もしかしてアレかい?」
酒井の指さす先には透明なケースの中に保護(監禁しているようにも見えるが)されているヘビが一匹。
そのヘビは、大きさはマムシよりは大きく全長65cmほど、体色は特徴的な色をしており、緑色をベースに赤と黒の斑紋が交互に入っている。可愛らしいクリクリっとした顔つきも特長のひとつだろう。
「部屋に隠れていたやつか」
「そうですね、ヤマカガシはペットとして人気が高いですし、きっと持ち込まれたのでしょう」
「そうか・・・布団でやや仰向けで横になっているところから、寝ている時に噛まれたため、抵抗できずに死んだ・・・つまり事故死か」
すると、酒井はわざとらしく手を挙げた。
「ハ~イ、それは違うと思いまぁ~す」
またしても、かなり挑発している態度だ。
「ほぅ・・・?何が違うと言うのかね?」
岡橋警部は顔をピクピクひきつらせている。しかし、気づいているのかいないのか、酒井は構わず続ける。
「彼は太っていますから、高血圧だったことはわかる。高血圧+溶血毒で脳出血が死因なのは間違いないでしょう。しかし、よぉ~く見てください、彼のいる布団を。キレイに敷かれていますね。シワ一つないくらいに。脳出血は頭痛が生じます。それはそれは、権藤さんは苦しかったでしょうね。頭を抱えてひどく暴れるか、悶絶していたでしょう。では、何故この布団はキレイなのでしょうか?それに、ヤマカガシはヘビの中でも臆病でおとなしい性格の個体が多いから、寝ている権藤に自分から噛みつく可能性は極めて低い。この二つの理由がある今、事故である可能性は無いといってもいい。と、なると?答えは簡単、つまりこれは人為的に行われたから、ですよ」
岡橋警部と鑑識は目を見開いている。
「人為的!?それはつまり・・・」
酒井はゆっくりと話した。
「そう・・・殺人です」
少しの間の沈黙。
そして、岡橋警部が切り出した。
「・・・さっきから、自信満々に語っているが、ならどんな方法で殺人が行われたのか分かるのかね?」
「いや」
確かに酒井はキッパリとこう言った。
「ゼンゼンわかりません」
12
出入り制限の許可をもらった後、再び始めた床掃除が終わり、戻ってきた駒木刑事は話を聞くと、当然、びっくりしていた。
「殺人・・・ですか・・・」
「おい、お前大丈夫か?」
「へ、平気です」
先ほどとは違うかんじで青ざめている。
だが、しかし・・・
「よしきたぁ!殺人事件!ここは探偵である僕の腕の見せ所だ!」
・・・酒井は興奮している。
「・・・初めて見ましたよ、『殺人事件だー!』と言って喜ぶ探偵」
「あぁ、俺も初めてだよ、こんなクソ探偵見るの」
熱くなっている酒井とは対照的に、冷めた目線で岡橋警部と駒木刑事は酒井を見ていた。
「・・・権藤が殺されたのはこの部屋だな」
「ほぅ、何故分かる?この部屋の外で殺された可能性だってあるじゃないか。それに、本当に殺人なのか?人為的であることは認めるが、目的が殺人であると決まったわけではないだろう?」
ちょっと付き合ってやるか・・・岡橋警部はそういう気分になっていた。
「普通に考えれば分かるはずでしょう?あの巨体を運べるとは思えないし、運べても、誰かに見つかるか監視カメラに写ってしまう可能性が高い」
「あぁ、なるほどな」
頷いて聞いている岡橋警部に満足した酒井は上機嫌で考えられることを続けた。
「そして、やはり殺人である可能性が高いでしょう。ほら、多分警部さんがまだ青二才だったのころ、事件があったでしょう?覚えてますか、1972年、ある男子中学生がヤマカガシに噛まれて死亡した事件を」
「誰が青二才だ、誰が!あぁ、覚えてるよ、俺がまだガキだったころ、確かあの事件をきっかけにヤマカガシは毒ヘビだと認識され始めたらしいが」
「では、何故あの事件が起こるまで毒ヘビだと認識されなかったか、それは警部さん、あなたは分かりますか?」
急に『この問題を解くように』と先生から指される時と似た感じで、ううむと唸る。
「・・・そういや何でだ?」
「ヤマカガシの毒牙がどこにあるのかご存じですか?ハブやマムシなんかの一般的な毒ヘビは大抵、口の中で一番前にある大きな牙が毒牙ですが、ヤマカガシは違い、奥歯が毒牙なんですよ。つまり、普通に人間に噛み付いたときにコレが皮膚に食い込むことはほとんどないんです。噛まれても致死量の毒が入ってくることはほぼ無かったはず。入ってきたとしても、腫れて痛むとかの症状は無いから『コイツは毒ヘビじゃねぇ!』という扱いを受けてきたんですね」
ほうほう、なるほど、つまり臆病でおとなしい上、噛まれても毒自体が入ってこないから、安全な(?)ヘビだと思われてきたのだ。しかし、ひとつ気になることがある。
「なるほど、で、お前はどうしてそんな詳しいんだ?」
「いやぁ、偶然昨日、アニマルプラネットで見たヘビ特集番組がなかなか面白くって。あ、知ってます?ちなみにヤマカガシの毒はマムシの3倍、ハブの20倍も毒が強く、国内最強らしいですよ」
「・・・・」
ほうほう、なるほど、つまり昨日見た番組の内容を話しただけか。
「・・・で、ソレと殺人である可能性、何が関係してるんだ?」
奥山警部には、今は商売敵である探偵の話すことでも、そのことには興味があった。
「先ほどお話しした通り、ヤマカガシの毒牙が皮膚に届く可能性は低い、しかも、噛まれた部位が指ならまだしも、腕に噛んでいる。あの、ぶっとい腕に。つまりこれは事故に見せかけようとした殺人である、と繋がるわけです」
「で、殺害方法は?」
「それは・・・」
「・・・それは?」
話を聞いていた者達は固唾を飲んで次の言葉を待ったが、悪い意味で期待を裏切られた。
「先ほどとかわらず、ゼンゼンわかりません」
「・・・ハァ」
明らかに呆れている警部達達に酒井はいい気分はしない。
「ちょっとちょっと!探偵だって万能じゃないんだぞ、始めから何もかもわかってるわけじゃないんだぞ!」
「いや、すまない、いらん期待をした我々がバカだったのだ。お前は何も悪くないぞ。そう、いらん期待をした我々が全面的に悪い」
「そうですね。いや、君すまなかったね、必要ない期待をしてしまって」
奥山警部と駒木刑事にいいように言われて酒井は不機嫌だ。
「むきぃ~!好き放題いいやがって、覚えてろ、絶対解決してやるからな!」
覚えてろ!というカッコ悪い捨て台詞を言い残した酒井は早々と現場から立ち去った。
「しっかし、あの男、ホント一体なんなんでしょうね?」
「全くだ。始め会った時は挑発してくるし、急に敬語使い始めたと思ったら、今度は『覚えてろ』だからな」
結局、二人には酒井はかなりの自由人であると認識された。
「警部、ただ何かマズい気がするんですよね~」
「何でだ?」
「だって、まず今の状況で一般人が捜査してしまったわけじゃないですか」
「ああ、そうだな」
確かに、探偵は警察官じゃない。ごく普通の一般人だ(酒井がごく普通であるかはおいといて)。
「これって金曜サスペンスなんかでよくあるパターンですよね?最悪、ただの主婦が事件解決しちゃうなんかもありますし・・・普通は一般人は現場に入ったり捜査してはいけないですよね」
「まぁな」
「このまま金曜サスペンスのような流れでいったらどうします?」
「どうします?っていったって・・・じゃあナニか、犯人が断崖絶壁まで追い込まれる状況になるとでも?」
「いや、確かに金曜サスペンスあるあるの断崖絶壁は無いと思いますけど、その、僕らが、え~と、例えるならドラマでいう、ただ推理を聞かされて『ええッ!』って言うだけのモブと同じくらいカッコ悪いことになりますよね」
二人に冷や汗が静かに流れる。
「・・・何が言いたい?」
「つまり、このまま金曜サスペンスの流れでいくと、僕らがあの探偵より下だと認めざるをえなくなってしまいます」
「なにッ!こーしちゃおれん!駒木、早速調査に向かうぞ、やつより下になってたまるか!」
この警部、どうやら根っからの負けず嫌いのようだ。
「・・・さて、これからどうするかな」
ついカッとなってとびだしてしまったが、酒井は行くあてがなく、ただ、ホテルの中庭にあるベンチに腰掛け、池を眺めながら事件のことについてずっと考えていた。
確かに、殺害はあの部屋で行われたはずだ。
まさか、ヘビを持ってきた人に何も警戒せずに自分の部屋に招き入れたなんてわけないし・・・
いや、何か事情があって、あの部屋にヘビを持ち込むことができた人物がいたのかもしれない。
いや、仮にそれで部屋に入れたとしても、どうやってあの噛ませにくいヤマカガシを上手く噛ませるんだ?少なくとも、権藤は抵抗したはず。例え何か事情があったとして、上手く噛ませることが出来ても、必死になって外にいる人に助けを求めるなどのアクションを権藤は起こすだろう。何かの睡眠薬のようなものを・・・いやいや、それなら司法解剖で分かるはずだ。
第一、何でヘビを殺害に用いたんだ?
考えれば考えるほどわからなくなってくる。
そんな時、何か聞き覚えのある声が聞こえた。
喜んでいるように聞こえる。呑気だな!こちとら事件で大変なのに!
軽い八つ当たりをするが、次の瞬間、歓喜の声が悲鳴に変わった。
「うわぁぁぁぁぁあああああッ!」
「中倉さまぁぁぁあああああッ!」
「!?」
中倉!?しかも『さま』付き。落ちてくる男にはかなりの見覚えがあった。その上、何故か紐のようなものと落ちてきた。
落ちてきた男は、英二。そして、紐のようなものはヘビだった。
13
「・・・で、何で英二君が上から落ちてくるんだい?ヘビと一緒に」
酒井のみならず、周りにいた人はびしょ濡れの英二をジットリとした目で見ている。こんな時、英二にはどういったらよいのやら分からない。
「い~や、えっと、これは、だから・・・」
自分はただ、必死にヘビを追っていただけだ。周りから変な目で見られるために落ちたわけでもない。そこで順追って考えてみることにした。
ヘビを探して、ヘビを見つけて、ヘビを捕まえて、ヘビを見せて、押されてヘビと落ちて、だから、だから・・・
「み、みんなヘビが悪いんですよおッ!」
酒井は自暴自棄になった英二に呆れていたら、こっちにくる人影が目にはいった。どうやら白いワンピースを着た少女らしい。どうせ通り過ぎるだろうと、思っていたが、少女は英二の前で立ち止まり一言。
「中倉さま!ご無事でしたか!」
酒井にとって見ず知らずの少女が、英二のことを心配している状況にびっくりしていた。さっきの悲鳴のひとつは彼女からのだったのか。
「な、『中倉さま』ねぇ~・・・クププププ」
「わ、笑わないでくださいよ酒井さん・・・あれ?」
ふと、おかしな状況に気づく。あ、びしょ濡れで話をしているだけでもおかしいが、そっちではない。
「な、何で理紗さんがここに?」
そう、英二は崖から落ちたのだ。なのに、何故崖の上にいた彼女がここにいるのか。答えは単純なことだった。
「ああ、あそこから降りてきましたわ」
「降りてきたって危ないで・・・あ」
理紗の指差す先には、先ほど英二が落ちたあたりから地面まで横に緩やかな長い坂になっていた。
どうやら先ほどは、パニクって気づかなかったみたいだ。
「さっきはごめんなさい・・・びっくりしたもので・・・」
「え・・と?これはどういう状況なのかな?」
落ちてきた英二、彼を心配する謎の少女。
イマイチ状況がつかめない酒井に、英二は自分たちの経緯を話した。一通り聞き終えると、英二に指差すと
「そうか、なるほど。それは確実に、100パー英二君が悪いッ!」と言った。
「そ、そこまでハッキリと言うことないじゃないですか」
そう、確かに自分が悪い。ただ、ハッキリと言われたらグサッとくる。
それから、理紗と酒井は軽い自己紹介を済ませた。
「で、酒井さんこそどーしてここにいるんですか?」
先ほどから嫌なことが続いているからなのか、不機嫌に英二は聞いた。
「ああ、高原と途中で会ってね。ここ予約してくれてたらしい。今ここで宿泊中」
「えええ!ズルいズルい!俺はあんな大変なことになってたのに・・・」
「役得だよ、役得」
自慢気に話す酒井とうなだれて駄々をこねる英二を見て、英二がかわいそうになったのか、理紗は英二に近づいて抱き締めた。
「泣かないで下さい、中倉さま・・・」
「え!うわ、うわわわわ・・・・」
「あああ!ズルいズルい!僕はあんな大変なことになっていたのに・・・」
「役得です、役得」
今度は英二が自慢気になり、酒井が駄々をこねはじめた。
「で、酒井さんの大変なことって何ですか?」
「ああ、権藤さんが死んだんだよ」
「へぇー、死んだんですかー。そーですかー、あの人が・・・死んだ・・・死んだ!?」
さらっと『テレビ予約しといたよー』とか言う感じに話すから、大事でも小事に聞こえる。
「な、何かの冗談ですか?酒井さん」
驚いている英二に不信を抱いた理紗は首をかしげる。だって・・・
「何を言うのですか?とあるお金もちの男性が毒殺されたのでしょう?」
そこで、英二は自らの失敗に気づく。
「え?あ、いや、それはその・・・」
「え!英二君知ってたのーーぐへッ!」
酒井は話してもいないことを何故か知っていた英二に驚く間もなく、強引に首根っこを捕まれた。
「ち、ちょっとトイレに!さぁ酒井さん、行きましょう!」
「え?あ、いや、ちょっと英二君!く、首つかまないで・・い、息できないから~!」
英二は近くにあった屋外トイレに引き込んだ。この時の英二には、こうでもしないと嘘八百がバレると思っていたためだった。かもしれない。
「ゴホゴホゲホゲホ・・・な、何するんだ英二君、苦しいじゃないかッ!」
何がなんだか分からない酒井は咳をしながら涙目で訴える。
「シーッ!聞こえてしまいます!静かに!」
トイレのなかで騒ぐ一人、『静かに!』と、周りを気にする一人、この連中は普通に見かけたら、不審者として通報されかねない。
「いや、聞こえるもなにも、一体なんだってんだ!」
「その、さっきのことなんですけど、ちょっと見栄張っちゃって」
とりあえず、今後のために英二は正直に話すことにしたらしい。
「英二君、君ってやつは・・・」
呆れられて、多少傷ついたが、ここでふと、先ほどのことを思い出す。『知ってたの』って?
「嘘の内容は、とあるお金もちが毒殺されて、かぎになるのがヘビだって言ったんですけど、『知ってたの』ってどういう?」
「そ、それホントに嘘?ほとんど一緒だけど」
酒井は目をパチクリさせ、驚愕な表情を隠せない。ここで、英二はあの嘘が本当だと知る。あれ?ということは・・・
「え、マジで死んだんですか?毒殺ってことはマジで殺人!?」
「うん、大マジ。ほらパトカー止まってるだろ?」
「あ、ホントだ」
パトカーが止まっているからといって殺人とは限らないのだが、英二は追求するのをやめた。
とりあえず、英二は嘘から出たまこと、瓢箪から駒になってしまったことを確認した。
その後、ペコペコしながら屋外トイレから出てきた二人を理紗は首をかしげて見ていた。
酒井はふと、さっきまであったはずのモノに気づいた。
「そういえば、ガラガラヘビは?」
「あ・・・ああーッ!」
英二はキョロキョロして辺りを見回したが、ガラガラヘビは見つからない。
「や、ヤバイっす酒井さん、逃げられたかも・・・」
「なにーッ!一千万円が!英二君、何がなんでも探しだすのだ!」
「は、はいッ!」
肝心の依頼主が死んでいるのだから、一千万円が支払われるのか否か、定かではないのだが・・・
それからというもの、その場には、血なまこになってヘビを探す酒井と英二に、キョトンとした顔で彼らを見ている理紗、そして冷めた目線を送る周りの人々がいた。
ふと、草むらに左手を突っ込んで探していた英二の顔がパッと明るくなる。
「あれ!?これは、もしかして!」
「どうした!英二君!」
ずっと英二は左手を引っこ抜くと、その手はあるヘビを握っていた。
「や、ややや、やったぁぁあッ!」
「よっしゃぁぁあッ!よくやった英二君!」
「良かったですわ中倉さま!」
ヘビは、あのガラガラヘビだった。
ヘビを握っているにも関わらず苦しい表情をしていない英二をみて、ふと酒井は気づく。
「あれ?英二君、ヘビ耐性がついたんじゃないか?」
「あ!そうかもしれません!どんなヘビでもどーんと来いッ!」
この時、英二は自信過剰で油断していた。
「ははは、それはなにより。でも英二君、今掴んでいるとこ・・・あ゛」
「え?なんですか酒井さ・・・あ゛」
英二が掴んでいたのは頭のほうでは無く、あの異物の近く、つまり尻尾のほうだった。
捕まれて警戒し、敵視したのか、体を巻きつけ、英二の左腕をがっつりと噛んでいる。
「あ、うわ、うぎゃゃぁぁああ!噛まれたぁぁああ!ししし、死ぬーッ!」
「おおお、落ち着け英二君!とりあえず何か食べるもの食べるもの・・・」
「あなたが落ち着いて下さいおじさま!食べるものではなくて、まずヘビを早く外さなくては・・・わたくし触れませんわ!おじさまお願い!」
慌てふためきパニックにおちいる二人に比べて幾分冷静だった理紗が、酒井にヘビ外しを託す。
僕は『酒井さま』ではなく『おじさま』なのか・・・なんて落ち込んでいる暇はない。
「そそそ、そうだね・・・うぉりゃあぁああ!」
すごい気迫でヘビを外しにかかる酒井は、ある意味臆病者にも見える。
なんとかヘビを外してケースに入れたが、英二の様子がおかしかった。
「あ、あ、さ、酒井さん、か、か、らだが・・・」
「英二君!大丈夫か、しっかり!」
「だ、いじょ、ぶ、では、な、い、で、き、救急、車・・・」
「分かった!今救急車呼ぶからな!」
「いやぁ!中倉さま死んじゃいやあ!」
英二の体は全身が麻痺しているようで、動かない。そんな様子の英二を見て理紗は悲鳴をあげる。
「ええと、110、110・・・・」
「110番して、どぉ、おおするん、ですかぁ、ぁぁ!!」
麻痺した体で魂の雄叫びをあげる英二。
「アレ!?違うの!?」
「おじさま!119です!119!」
横で理紗が耳打ちしたため、ああ、なるほど、と酒井は納得。
110番と119番がごちゃ混ぜになっていたとんだタイムロスをしてしまった。
しかし、少しすると、先ほどの騒動が嘘だったように英二の体は普通に動くようになっていた。ただ、当の本人はブルブルと震え、ヘビに対しトラウマを抱えてしまった。「雨降って地固まる」の逆だ。
「ヘビ嫌だ、トラウマだぁ、もう見たくない・・・」
「すみません、わたくしが中倉さまを連れまわしてしまったから・・・」
「いやいや、気にしないで理紗さん。どーせすぐ治るから」
暗くなり謝罪する理紗を酒井は明るく励ましたが、そう言われた英二は黙っちゃいない。
「酒井さんいいですか!トラウマってすぐ治らないからトラウマっていうんですよッ!」
「はいはい、にしてもどうしようか?救急車呼んじゃったけど」
「腕がまだジンジンしますし、さっきは体が全然動かなくなったじゃないですか。なのでとりあえず、病院行ってみようと思います。またいつああなるか分からないので」
「でも、いいのか?本当に?救急車で行くと一万くらいするぞ?保険証持ってるか?」
「う・・・だ、大丈夫です、保険証は持ってますから・・・」
現段階で、英二にとって一万円は痛い。
ピーポーピーポーピーポー・・・・・・
「あ、救急車来たみたいだな」
「そうですね」
「へぇー、救急車をこんな近くで見たのは初めてですわ!」
初めて救急車を見る理紗の目は好奇心で溢れていた。
中からは素早く隊員が出てくる。
「大丈夫ですか!運びますよ、動かなくなった人はどこに・・・」
その時、酒井は無言で、スクワットをしている英二を指差した。
「いや、ふざけないで下さい!外来種の毒ヘビに噛まれたなんて、一刻を争うかもしれない!一体どこにいますか!」
「だ・か・ら、こいつです」
今度は、腕立て伏せをしている英二を指差した。
「いや、彼はピンピンしていますよ?」
「確かに、外来種の毒ヘビに噛まれ、麻痺したように動かなくなったのは間違いなく彼です」
「え?じゃあ今は・・・」
「ご覧の通り、ピンピンしてます」
それからというもの、事情を説明した酒井は英二をつれていくよう施した。
「・・まぁ良いでしょう。乗って下さい」
「やりぃ!ラッキー!」
ピョンピョンとスキップしながら救急車に乗り込む英二は男子小学生にしか見えない。
「救急車乗るの初めてなんだよなぁ~。へへへ」
「英二君嬉しそうだな」
「中倉さま!良かったですね!」
「はい、じゃあ行って来まーす」
酒井と理紗は英二と救急車を見送ると、一息ついた。
「そういえば、門限とか大丈夫かい?もうそろそろ8時くらいだけど・・・」
気がつくと、空が真っ暗なことに今さら気づいた。夜行便が飛んでいるのが見える。
「あ!いけない!おじいさまに怒られてしまいますわ!でも、この事件がどうなるのか気になります・・・」
どこか不満げな理紗に酒井はたくましくおもいいっきり自分の胸を叩いた。
「心配ご無用。英二君のおかげで大体分かったよ、殺害方法がね」
自信満々に語る酒井に理紗はどこか頼もしいように思えた。
「本当ですか!是非聞きたいですわ!」
「フフフ、まだ早いな。これから警部さんのところに行って容疑者は誰か、見てこなくては。しかし、警察が捜査できるのは48時間、タイムリミットは2日間だ。それまでに犯人が誰か当ててみせよう」
「明日もここに?」
「ああ、ヘビも見つかったし、多分僕も容疑者の一人だと警察は考えているだろうからね」
「まぁ!・・・面白そうなので、明日も来てもいいですか?」
「もちろん、といっても出入り制限で僕のいるところには来れないだろうけど。よかったね、ここが範囲外で、危うく出られなくなってたよ」
酒井は警察のテープで貼られた出入り口をチラッと見る。
「わかりました、ではごきげんよう」
理紗は頭をペコっと下げると、門まで立ち去り、やがて見えなくなる。
「さて、と。僕は僕でやることをやらねば。ヤバイな、知ったかぶりしてしまった・・・あんなん、わかるわけないだろッ!」
理紗がいなくなると、うってかわって酒井の先程までの余裕な顔色は全くみえなくなる。
「一体どうやって殺したんだ!体には噛まれた後のみ、死因は脳卒中で、ヘビ毒が原因!あの部屋の中で殺されたはず、人為的に!いや、そもそも権藤は自殺を・・もしくは、無理やり噛まされた?どちらもないな、脳卒中は苦しみ、もがれ、部屋は荒れるはず。部屋は荒れていなかった。何事もなかったように・・・第一何でヘビなんだ!ああッ!神様ぁー!何かわたくしめに何か閃きをー!」
問題点は探せば探すほどホイホイと出てくるが、解決の糸口はなかなか見つからない。酒井はついに神頼みをし始めた。しかし、神に見放されたのか、もう見放されていたのか、わからない。
両手をあげて膝をつき「神様ぁー!」と言っている酒井は、事情を知らない人には危ない人としか映らないだろう。
しかし、努力はしよう。とりあえず岡橋警部のところへ行ってみようかな、何か分かるかもしれない・・・と、酒井は思う。
散々愚痴を吐いたら落ち着いたのか、酒井はまだ諦めていないようだ。
きっと、彼にとって初めてであろう殺人事件を彼なりに楽しんでいるのかもしれない。
「とはいえ、何もないと突っぱねられるだろうな。あの刑事さん僕のこと嫌ってるだろうから。ま、手土産は持っていきますか・・・」
酒井は髪の毛をクシャクシャとかきながら独り言を呟く。
手土産、つまりあのヘビが入ったバカでかいケースを持つと、入口の方へ向かっていった。
14
酒井は建物入口に戻ると、あの刑事達を探そうと思った。
そう、駒木刑事と岡橋警部だ。あの二人は「一応」刑事であるため、何か分かるかな~と考えたらしい。
しかし、あっちにいったら
「関係者以外は立ち入り禁止です。入らないでください」
こっちにいったら
「カンケーねぇやつは入ってくんな!出てけ!」
なかなか入れてもらえない。
「カンケーねぇだとー!こちとらカンケー者だ、バカヤローッ!」
あっちでは丁寧に追い返されたから良いものの(?)こっちでは乱暴に言われたために無性に腹がたった。やはり、探偵と警察はお互いに分かり合えないものなのかもしれない。しかし、なんて口の悪い警官だ。
「ああ?関係者だと?テメーのどこらへんが関係者なんだよ?」
いや、どこらへんが関係者と質問されても・・・普通の人なら困るはず。
しかし、酒井は自分の親指を胸にドンと当てると自慢気に言う。
「この僕はなぁー!他でもない、第一発見者と共に遺体を発見した第二発見者なのだぁー!」
「な、なんだってーッ!」
安い茶番劇が繰り広げられ、安いリアクションがあり、そして酒井は経緯を話す。
「チッ、待ってろ!今警部殿に確認してくる」
そう言うと、写真撮るから動くなッ!と言われたため、ピースサインのおまけ付きで止まるとパシャりと携帯で写真を撮られた。顔を警部に確認させるようだ。
口の悪い警官は横にいた警官に何かを話すと、中へ入っていく。
この後、刑事たちと何を話すか考えながら、酒井はヘビの入ったバカでかいケースに座る。
・・・さて、何から話そうか?
聞きたいことはいくつかある。まず、これを言っちゃおしまいだが、まず『事件を解決したかどうか?』これだな。ま、希望は薄いがね。それと、『犯人である可能性がある人、容疑者は誰か?どんな人か?』まぁ、僕も容疑者だろうし、探れば聞き出せるかも・・・
あと、『このヘビを調べてくれるかどうか?』かな。先程のことから、このヘビの毒は麻痺毒の一種だろう。関係あるかどうか知らないけど、関係ある!とか言っとけば調べてくれるかもしれない。
そうこう考えていると、あの口の悪い警官が中から不機嫌そうに出てきた。
「おい、警部殿の所まで案内する。ついてこい」
「はーい」
酒井が軽く返事をすると、口の悪い警官は睨みつけてきた。しかし、途中で何かに気づく。
「お前のそのイケスカナさはどうにかならないのか・・・うん?」
そう、先ほどまで、石か何かかと思っていた物はドでかいケースのようなもので、それを今この男は中へ持っていこうとしているのだ。
「ちょっと待て!なんだそれは!」
そこで酒井は驚いた顔をして
「おッ!やっと気づきました?これはですね、こういうやつです」
そう言うが早いか、ケースのふたを取って、口の悪い警官に見せた。
「これは・・・ヘビ?何故こんな物を?」
それを待ってましたといわんばかりに酒井はイキイキとし始めた。
「これはですね、この事件に関係するかもしれないキチョウなシロモノです!」
「な、なんだってーッ!」
安い茶番劇があり、安いリアクションがあり、すんなり理解された。と、いうより単に口の悪い警官がこのやり取りを個人的に好きなだけなのかもしれない。
岡橋警部の所まで案内されると、口の悪い警官は、じゃあな、と言うとそそくさと戻っていった。
岡橋警部は酒井を見ると不機嫌そうに頭をかきはじめ、ため息を吐いた。
「全く、何だあのピースサインは!ふざけるのも大概にしろ!」
「いや、写真撮る時にピースサインするのは普通のことかなって思って」
「記念写真撮ってるわけじゃないからその必要は無いッ!」
出会い頭に、漫才のようなことをすると、岡橋警部は気まずそうに軽く咳払いをして、本題に入る。
「・・・で、何の用だ」
「いやぁ、事件のことで、何か進展はあったかなー、と」
「容疑者を絞り出したが、その先に進まない、と言ったところか」
酒井は、顎を軽くなで始めた。何か考えているように見える。
「何人ですか?」
「5人だ」
「へぇ・・・誰ですか?」
「まずお前だ、後で取り調べするからな」
酒井はやっぱりか、と呟くと話を進める。
「他4人はどんな人ですか?」
「何故お前に言わなきゃならんのだ?」
「事件を解決できるかもしれないからですよ、警部さん」
「・・・」
岡橋警部はこの探偵に負けたくないうえに、信じがたかった。が、この探偵が解決できるか賭けてみようか?そんな気にもなっていた。
「よし、教えてやってもいい」
「よしきたぁ!」
「ただ」
「?」
岡橋警部は、真っ直ぐに酒井を指差すと
「お前の言う推理が間違っていたら、お前の負けな」
「ま、負け?何のことをいっているんですか警部さん」
酒井は訳が分からないと両手を降る。負けとかどうとか、恐ろしいほど負けず嫌いだな警部さんは、と酒井は思った。
「負けた方が土下座する。いいな?」
「・・・面白い。なら僕が解決したらあなたが土下座してくださいね?」
・・・酒井も負けず劣らず負けん気が強いのかもしれない。
「ようし分かった。じゃあお前に解決できるか見物だな。・・・ところで、そのでかい箱は何だ?」
岡橋警部はあのバカでかいケースを指差す。
「あぁ、これですか。手土産です」
「手土産ェ?なんか不気味だな」と岡橋警部がまじまじとケースを見ると
「はい、確かに不気味です」と言って酒井はフタをあけてヘビを見せる。
「あぁ、確かに不気味だな」
やはり、ヘビは不気味だと感じる人が多いらしい。
「実は、このヘビ、調べてほしいと思いまして」
「何故だ?」
怪訝な顔をした岡橋警部に、笑みを浮かべる酒井。
「事件に関係するかもしれないからですよ」
分かった、と言うと岡橋警部はケースを受け取った。
「さて、じゃあ取り調べをするからついてこい」
「はいはい、しっかしあなた方の善良な市民に対する態度っていうものはないんですかねぇ」
「お前には言われたくないッ!お前にはッ!」
どうやら、探偵と警官は分かり合えないものなのかもしれない。
15
取り調べが一通り終わると、酒井は背伸びをして体の疲れを取る。あれ?そういえば・・・
「そういえば、一緒にいた若い刑事さんは?」
「若い刑事?あぁ、駒木のことか。あいつなら取り調べしてるよ」
「そーですか」
すると、酒井は手を差し出す。
「ん?何だ?この意味深な手は」
「なにって?決まってるじゃないですか~、容疑者リスト的なやつですよ。約束じゃないですか警部さん」
「そんなん渡せるわけないだろ」
さも当然、といったように、言い放った岡橋警部に酒井は非難の声をあげた。
「なッ!約束でしょう?守って下さいよ、教えてくれるんでしょう!守ってくんなきゃ男じゃねぇよ!」
「一般人に渡せるわけないだろ!それに、守らないわけじゃないぞ」
「へ?」
「待機室に、容疑者たちを一時的に集めている。もともとお前にはそこで待機させるつもりだったからな。そこで好き勝手に情報収集してくれてかまわん」
あぁ、ならいいか。実際に話を聞けるし・・・あれ?
「それって、さっき警部さんに頼まなくても出来たってことじゃ・・・」
「ふははははッ!では、存分に情報収集したまえ!」
高らかに笑うと、去っていく岡橋警部。してやったり、そんな顔をしている。
「チクショー!早く言えよな、その事をーッ!」
待機室の中に入ると、どうやら3人いるようだった。
一人は、かなり痩せている男で・・・あれ、見たことある。もう一人はあの女性従業員か。後は、高原さんだった。
「やぁ、今晩は」
「あれ、酒井さんじゃないですか!あなたも容疑者だったんですか」
「そうっぽいですね」
この会話を聞いていた女性従業員は意外そうにそうに酒井と高原を見た。
「あれ、お二人はお知り合いだったんですか?」
「はいそうです。実は、彼は僕の依頼人なんです」
彼、と言いながら酒井は高原のことを指した。
それを聞いて、女性従業員は不思議そうな顔をした。
「依頼人?というのは・・・」
「僕は探偵をしていてね、彼の依頼を引き受けたんです」
「ええ~!そうなんですか!私、本物の探偵見たの初めてです!」
聞き込みの時に出会ったあのおばちゃんのような反応があって、酒井の機嫌が良くなる。
「で?で?この事件を解決しに来たんですか?」
「まぁ、そんなところですね。色々と、情報収集したいので皆さんで、自己紹介といきませんか?」
そう言ってガリガリに痩せている男にも声をかけた。頷いたため、了承したのだろう。
「では、まず僕から。僕は酒井浩一といいます。探偵をしています。以後よろしく」
「次に、僕が。僕は高原厚志といいます。まだ手に職をつけていないフリーターです」
「じゃあ次、私!私は梅川小春です!ここでアルバイトをしています!」
「最後は俺か、俺は原井健吾だ。とある会社のサラリーマンといったところか」
原井が話終わり、一通り自己紹介が終わったと思われたのだが・・・
「いや、まだ最後じゃない」
「え?」
酒井の否定した言葉に梅川は首をかしげる。
「だって、もう皆さん終わったじゃないですか?」
「警部さんは、容疑者は5人いると言っていた。この場には僕を含め4人しかいない、あと一人くるはずだ」
その時、待機室のドアが開いて、かなり太った男が入ってきた。
訳を話し、彼とも自己紹介をし合う事となった。
「俺は友田丸尾だ!コンピュータ関連の仕事をしてるぞ」
「・・・さて、これで5人揃いましたね。ではこれから質問・・・といっても先ほどの取り調べで答えたことを教えていただけたら良いです」
聞いてみた結果、容疑者であった理由は権藤の死亡推定時刻にあの綾根湖畔ホテルにいて、かつアリバイがなかったからであった。
その時間に、原井はトイレにいた。丸尾は自分の泊まっている部屋で一人で見ていた。高原も同じようなもので、部屋で一人くつろいでいた。そして、梅川は一人で掃除していたらしい。
そして、梅川は何やら変な目で権藤から見られていて、権藤に怒りを覚え、原井は前に酒を一人で飲んでいるときに権藤に絡まれて、権藤を嫌っていた。
高原は、大事なペットを権藤が無理矢理横取りしようとしてくるから、丸尾は自分を笑い者にした権藤が許せないと言っていた。しかし、皆容疑を否認していた。
ちなみに、酒井は権藤からも依頼を受けていたことを話すと皆驚いた顔をしていた。
「役立てたでしょうか?探偵さん」
「ええ梅川さん、参考になりました。皆さんありがとう」
そして、静かになり、沈黙が続いて約1時間くらいした後、自分の泊まっている部屋で就寝することになった。
「推理、できましたか?」
ふと、高原が酒井に聞いてきた。
「うーん、まだ難しいですね。ただ、明日何か進展があるかもしれない。なにしろ、僕の弟子が帰ってくるんでね。彼は意外なところで有能ですよ」
16
チラチラっと朝の日差しが眩しく感じる。酒井は起きて背伸びをするとボケーッとした。あぁ、朝か。
顔を洗ってYシャツ姿に着替えると、時計を見た。9時くらいか・・・
酒井はガラケーを使っている。パカパカするアレだ。酒井はガラケーをポケットから取り出すと、英二のケータイに電話して、準備ができしだい来るようにと伝えた。
そして、もう活動しているであろう岡橋警部を探すべく、部屋を出た。
現場である200号室へ向かうと、案外あっさりと岡橋警部に会うことができた。当たり前だが、勤務中のようだ。
「警部さーん、おはようございまーす」
朝から、ムカつく探偵の顔をみて、あからさまに不機嫌になる岡橋警部。
「・・・おまえか、何のようだこんな朝っぱらから」
『こんな朝っぱら』というほど、朝っぱらではないのだが、まぁそれが岡橋警部の体内時計なのだろう。
「調べて頂けましたか?アレ」
「アレ?あ・・あー、アレね。よし、駒木!アレを持ってこい!」
「了解です、警部」
そう言って駒木警部が持ってきたのは、色とりどりな、でこぼこした粒がたくさん入っている袋だった。その袋を駒木刑事から受けとると、酒井に差し出した。
「ほら、やるよ。持ってけ」
酒井は黙って中を確認する。何か腐ったような臭いがする。
「あられじゃねーよ分かるだろぉッ!しかも、これ賞味期限きれてんだろ!」
「おおー、よくわかったな。えーっと、確か去年の夏くらいだったかな、賞味期限」
「ゴミ押し付けただけじゃねーかッ!どっから持ってきたんだよそんな物!」
「パトカーのなかに入れっぱなしになってたやつだ。お前なんぞにゴミ以外与えるかバカもの」
酒井は昨日岡橋警部に渡した、ヘビの調べた結果が気になって聞いたのだが、どうやらはめられたようだ。ったく、性格悪ぃなこの警部。
「・・・さて、このゴミは引き取りますから教えて下さい。昨日調べて頂いたヘビの件で話をしたいんですけど。おふざけ無しで」
「わかった、ただしおふざけ無しはお前もだからな。駒木!あられじゃなくて、アレを持ってこい!」
「了解です。あのヘビについて書いてあったアレですね」
そう言うと、駒木刑事は何やら資料のような物を持ってきて岡橋警部に渡した。受けとると、目を細めて、レンズのピントを合わせるように紙を前に後ろに動かしている。どうやら老眼のようだ。
「うーむ・・・あのヘビの毒には、えーと・・・ブンガロトキシン?が、何パーセントだろう・・・ああッ!クソッ!読みにくいッ!」
「貸して下さい警部さん、もう僕が見ます」
酒井は、老眼の岡橋警部から資料をむんずと取り上げると、見始めた。しかし、書いてあることは分かっても内容はさっぱりだ。そのため、このヘビの毒について調べた専門家に聞いてみた。簡単にまとめると、こんな話だった。
成分には、ヘビの麻痺毒の主な成分が書いてあった。やはり、麻痺毒で間違いはないらしい。ただ、少し変わったことがあった。それは、麻痺毒の成分は入っているものの、微量のため、致死量に達するまでかなりの時間を必用とすること。それと、体全体にまわりやすく、即効性だが、すぐに薄められて、徐々にその効果を無くしてしまうらしい。当然と言っちゃなんだが、効果が無くなるまでの時間には個人差がある。
「・・・やっぱり麻痺毒だったのか。あれ?確か・・・そうだよ!このヘビは!・・・だったら・・・そうか、そういうことだったのか!」
酒井は腕を組んで、歩きまわりながらぶつぶつと何かを言っている。
「そういうこと?どういうことだ?」
岡橋警部は何がなんだか分からないようだ。
「分かりましたよ。この事件、分かったかもしれません」
「なッ!き、聞かせろ!突拍子もないことだったら・・・」
「突拍子もないことだったらどうします?突拍子もないことだから、あなた方警察は分からなかったのではないのですか?」
酒井は自分の推理が上手くいきそうで上機嫌だ。
「まぁ、後で教えて差し上げますよ。・・・もう10時ですか。ちょうどいい、あと少ししたら僕の弟子がこっちに来るかもしれません。1時です、昼の1時にエントランスへ来てください、容疑者の方々を連れてきた上で。ついでに駒木刑事もいいですよ」
何か、約束事のようなことを言われて、訳がわからなくなっていたが、聞いていると大体予想がついてくる。
「お前、まさか・・・」
「はい!某ミステリー小説とかでやってるやつですよ!いやぁ、一度やってみたかったんだよねぇ、コレ!」
岡橋警部は大きなため息をついて、頭を抱え込んだ。そうだ、こいつはこういう人間だった。
「はぁ・・・そんなことだろうと思ったよ。で、何でこの時間なんだ?」
「何って?決まってるでしょう!『腹が減っては戦はできぬ』っていうじゃないですか警部さん」
もといた部屋の方向へ歩いていく酒井。
「お前、まさか・・・」
くるっと、振り返ると、さも当然といった具合に言葉を返した。
「そう、昼飯です」
さて、英二と再会して、昼飯を終えた酒井は約束の1時より10分前にエントランスに来た。
すると、すでに一人来ていたらしい。岡橋警部だ。
「おや、警部さんじゃないですか。早いですねぇ。容疑者の皆さんはどちらに?」
「呼びかけておいた。もうじき来るだろう。おや、そっちの若いのが、お弟子さんか?」
岡橋警部は英二をまじまじと見ている。マトモじゃない探偵を師匠としている弟子なのだから、弟子もマトモではないと考えているらしい。
「は、はじめまして、中倉英二といいます」
岡橋警部は挨拶をした英二に、目を見開いて驚く。
「おッ!これは驚いた、弟子の方がマトモだとはね」
何故挨拶をしただけでこれほど驚かれるのか、英二にはさっぱりだった。
「ところで警部さん、ひとつお願いが。僕が持ってきたヘビを持ってきてもらえませんか?あ、ケースに入れて下さいね」
「何故だ?」
またまたお願いされて、岡橋警部は怪訝な顔をした。
「このあと、あのヘビをちょっと使うんですよ。サプライズだね」
「絶対に必用なことか?それは」
「はい、絶対に必用なことです。必用なことでなかったら、後で英二君をひっぱたいて貰っても構いません」
「はぁ!?なんで俺が!?嫌ですよ絶対」
いきなり、自分を出されてめちゃくちゃ嫌な顔をした。
「・・・ようし、では、お前をひっぱたくことで、手を打とう」
「うーん、まぁいいか。では、お願いしますね」
午後1時。容疑者である、梅川、原井、丸尾、高原が。岡橋警部と駒木刑事、あと暇潰しで来た複数の警官に加え、酒井と英二がエントランスに集まった。
「・・・さて、皆さん集まりましたね」
すると、原井は他の容疑者も聞きたいであろうことを口にした。
「探偵さん、分かったって本当かい?犯人も」
「ええ、そうです・・・と、言いたいところですけどその前にひとつ確認を」
「?」
酒井は何を確認するのか分からない彼らの前にに、ドーンとあのバカでかいケースをおいた。そして、フタを空けて皆に見せた。
「うわっ、ヘビだ!」「気色悪いぜ」「いやぁぁあ!気持ち悪いッ!」
原井、丸尾、梅川の順で個々それぞれに感じた事を話した。だが、高原はなにやら震えている。
「ま、ま、ま・・・」
周りが『えっ?』となっている中、酒井は無言で見守っている。
「ま、マチコぉぉぉおおッ!」
聞いていた人は何がなんだかちんぷんかんぷんだった。高原が、この不気味なヘビを、『マチコ』と呼んでいる。それも、かなり興奮しているようだ。
「さ、酒井さん、これって一体・・・」
英二は声を震わせながら酒井に聞いた。
「僕らが『マチコ』と呼んで探していた物の正体はね、このガラガラヘビだったんだよ。依頼を受けた時、写真を見ながら話していただろ?僕らがメインだと思っていたのはあのヒトだった。けれど、高原さんのメインはあのヘビだったわけさ。つまり、あの時からずっと僕らの話は食い違っていたんだよ。・・・皆さん、このヘビは高原さんのペットです!」
「ええぇッ!」
英二は、驚きが隠せなかった。自分が探していたのはあの一千万円のヘビだったとは!
「高原さん、僕の弟子がこのヘビを見つけ、捕らえてくれました。その時に噛まれましたが・・・」
「えっ!大丈夫かい?もう痺れはとれたかい?そこまでして捕まえてくれたなんて、本当にありがとうッ!」
ただ呆然としている英二に、高原は興奮して両手を握り、ブンブン降り始める。
「とまぁ、ここで本題に入りましょう。殺害方法について・・・の前に、まず何故今回の事件が殺人事件であるかを説明しましょう」
高原が落ち着きを取り戻し、周りが静かになったところで本題に入っていく。
「権藤さんの死因は脳出血でした。これは、もともと権藤さんが肥満体型だったことに加え、事件現場にいたあのヤマカガシという、ここにいるヘビとは別のヘビの毒によって引き起こされたものです。権藤さんの腕には噛まれた穴がふたつ空いていました。一噛みです。ここで、これは権藤さんが寝ている間に噛まれて毒がまわって死亡した、これは事故であるという意見がありました。しかし、彼の遺体が横たわっていた布団はキレイに敷かれていました。シワ一つないくらいに。脳出血には頭痛が生じます。それはそれは、権藤さんは苦しかったでしょうね。頭を抱えてひどく暴れるか、悶絶していたでしょう。ここで、ひとつおかしな点が生まれます。では、何故布団はキレイだったのでしょうか?そもそも、ヤマカガシはヘビの中でも臆病でおとなしい性格なので、寝ている権藤さんに自分から噛みつく可能性は極めて低いです。その上、毒牙が他のヘビと違い、口の奥にあるため、皮膚に毒牙が届く可能性も低いんです。この三つの理由がから、事故である可能性は無いといってもいいですよね。と、なると?つまりこれは人為的に行われた殺人だったとなります」
なるほどねと頷いたり、考え込んだり、周りの反応は様々だった。しかし、警部はここは聞いたな、と呟いていた。
「さて、次は殺害された場所はどこかを話しましょう。権藤さんの遺体が発見された200号室です。理由は、あの巨体を運べるとは思えないし、運べても、誰かに見つかるか監視カメラに映ってしまう可能性が高いから。よって、あの200号室で犯人がヤマカガシの毒を使って権藤さんを殺したのです」
「あれ?ちょっと待ってくれ!」
そこで、抗議の声をあげたのは原井だった。
「つまり、そのヤマカガシっていうのは噛ませられにくいってことだな?普通、命が狙われたなら、音をドンドンとたてたり、外に逃げたり、力いっぱい抵抗したりするだろう?となると、探偵さんの言ってることは色々と問題があるんじゃないか?」
それを聞いて、待ってましたと言わんばかりに酒井は笑みを浮かべた。
「そう、ここで鍵になるのが、あのケースの中にいるヘビです!」
皆は固唾を呑んで、話を聞いている。その様子に満足したのか、少し上機嫌気味に話を続けた。
「あれはガラガラヘビというヘビでして、一時的に体全体を麻痺させる毒を持っています。もう皆さん、大体言いたいことが分かってきたかもしれませんね」
「ま、まさか・・・」「え?なんだよ、全然わかんない・・・」「私も分かりませんわ」
先ほどと同じ順で思ったことを口にしている。
「さて、ここで皆さんお待ちかね、殺害方法です。犯人が、権藤さんを訪ね、200号室の中に入ります。この際、誰も入れないように鍵を閉めます。そして、二人きりになり、このガラガラヘビを権藤さんに噛ませて、全身を麻痺させます。そして、動かなくなったことを確認し、噛んで空いた穴にヤマカガシの毒を流し込む。そして、後は部屋にヤマカガシを放ち、自分は200号室から出て、権藤を放置します。ヤマカガシを放った理由は事故死に見せかけるためでしょう。これで殺害の完了です」
「おいおい、簡単に言っているけどヤマカガシとかガラガラヘビとか用意するのは無理だろ。それにどうやって権藤の部屋に入るんだよ!怪しまれるだろ!」
次に抗議の声をあげたのは丸尾だった。
「・・・まず、権藤の部屋に難なく入ることができるのは、梅川さんと高原さんだ。梅川さんは色目を使って、高原さんはあの大事なペットを譲ると言ってね」
それを聞いて、梅川と高原は顔を真っ赤にした。
「誰があんなやつに色目使いますか、誰がッ!」「誰があんなやつに大事なペット譲りますか、誰がッ!」
しまった・・・と、酒井が冷や汗をかく。
「あ、いえ、その、あくまで仮定ですから、か・て・い」
ふぅ、と息を整えてから話を再開する。
「ヤマカガシは日本全土に生息しているので探せば捕まえることはできます。が、このガラガラヘビは外国産なので用意できるのは一人・・・このガラガラヘビを飼育していて、この容疑者の中で一番詳しく、権藤の部屋に何の不自然さも無く入ることのできた人物、それは高原さんだ」
周りの目が、一斉に高原の方へ向いた。
「いや、違う!僕じゃない!そうだ、何もヘビについては僕以外にも皆知ることが出来るじゃないか!ネットとか図鑑で調べて・・・」
「いいや、あなたしかあり得ない。何故なら、その理由はあなたも考えれば分かるはずですよ」
「そ、そんなわけ・・・あッ!」
高原は何かに気づいたようだが、その他に聞いていた人にはわからなかった。
「ど、どういうことだ?」「うーむ、分からん」「見当がつかないわ」
皆は首をかしげて、理解出来ないと示す。いてもたってもいられなくなった英二は酒井に聞いてみたが、その答えは以外なものだった。
「ねぇ酒井さん、もったいぶらないで教えて下さいよ!」
「英二君、君にも考えれば分かるはずなんだけどね」
今度は英二に一斉に目が向いた。
「えぇ!考えても分からないから聞いているんじゃないですか!ってか、それって犯人である可能性が、俺にもあるってことですか!?」
酒井は思いっきり、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「ハァー・・・バカか君は。容疑者じゃないし、そもそもあの場にいないだろう」
「あ、そうでした。うっかりしてましたー。すんませーん。てへ(棒)」
全く緊張感のない英二の発言に罵声が飛びかう。
「何が『てへ』だ!」「お前がやっても可愛げがねーんだよ!」「それに、(棒)ってなによ(棒)って!」
先ほどまでの緊張感はどこへやら、場が騒がしくなってきた。
「そそそ、そんな事よりも、ほら、皆さんも気になりません?酒井さん、答えはなんですか?」
あたふたしながら酒井に聞いたものの、急に静かになって皆が酒井の回答に耳を傾けた。
「さて、静かになったところで。少し専門的な話になりますね。先ほどからこのヘビを『ガラガラヘビ』とよんでいますが、ガラガラヘビといっても色々います。ここにいる、事件に使われたヘビは、『サザンパシフィックガラガラヘビ』という種類で、南アメリカ全土に生息しています。南アメリカといっても気候や環境は様々で、同じ『サザンパシフィックガラガラヘビ』でも地域や育った環境で毒性は変わってくる、という珍しい種類なのです。つまり、この時点で毒によってどういう効果が得られるか等はネットや図鑑では調べる事はでないため、知るよしもなかった原井さん、丸尾さん、梅川さんは犯人から除外される。
しかし、マチコ・・・彼女の飼い主であり、このヘビについてよく知っていて、麻痺毒であることもわかっていた。ほら、あなたはさっき英二君に言いました。もう痺れはとれたかい、と。僕は噛まれたとしか言っていなかった。つまり、高原さん、あなたしかあり得ないのです」
酒井の言葉を聞き、だんまりして考えこんだり、なるほどと頷くなど、反応は様々だった。が、言葉を発する者はいなく、シーンとしていた。
その沈黙を破るように、高原は乾いた笑い声を挙げた。
「は、はは、わははははッ!ねぇ、探偵さん?要約すると、この容疑者の中で僕しか、マチコのことを詳しく知らなかったから犯人は僕だ、というわけですよね。なら、探偵さん、あんたが犯人である可能性もあるだろうッ!あんたとお弟子さんは僕と、あと殺された権藤から依頼をうけたんだったね。だったら!マチコのことを権藤から詳しく聞いていたんじゃないのかッ!だからさっきの説明だって、細かく説明していたんじゃないのか?・・・と、なると犯人の候補にあんたとお弟子さんも挙がる。が、お弟子さんはそもそもいなかったため除外、となると、探偵さん、あんたにも充分に可能性はあるんだよ。きっとあんたは僕がマチコと暮らしていたということを利用して、犯人に仕立てあげようとしているんだッ!」
周りはぎょっとして、視線は酒井の方へ。最も驚いていたのは英二だった。
「えええッ!酒井さん、何てことを!」
この反応に酒井は顔に青筋を立てはじめる。
「あのねッ!さっきもそうだけど、君は少しでも考えれば・・・いや、考えなくても分かるだろうッ!」
「ど、どういうことですか?」
酒井は大きなため息を・・・なんか今日はため息を吐いてばかりいる気がする。
「はぁ・・・まぁ、ついでに皆さんも聞いてください。これはね、ただ詳しく知っているだけではダメなんです」
「何がダメなんだ?インチキ探偵」
高原があからさまに挑発するが、珍しいことに酒井は挑発に乗らなかった。
「それはね、犯行が行われる以前から、マチコの毒性について知っていることが重要なんです。僕や英二君が初めて知ることができたのは昨日の夕方、もう犯行が行われた後だ。この事件を計画することは出来ない。第一、僕には動機がないし、依頼主なんで逆に死なれちゃ困る人なんだよ。犯人は高原さん、あなただ!」
高原は、立ち尽くした後、舌打ちをすると、逃げようと試みたのか、ドアへ走り始めた。
しかし、岡橋警部は余裕な表情だ。
「容疑を認めたな。無駄なことを・・・」
高原がドアにたどり着く前に、一人の警官が高原の手首を素早くつかみ、取り押さえた。岡橋警部はその警官に賞賛の言葉をかけた。
「ご苦労、駒木刑事」
「いえいえ、大したこと無いです」
駒木刑事は明るく言葉を返した。
後日談
奥山市。
それは日本のどこかに存在する町だ。
名前の通りド田舎で、山と海に囲まれている。
山と海の自然の香りに包まれて、というと聞こえはいいが、要するに生臭い変な匂い。特に雨上がりは最悪だ。
この町では、事件が起こることが少なく、殺人事件なんて尚更だ。
しかし、確かにこの町では『ヘビを使った奇怪な殺人事件』があった。あまり、昔の話ではない。つい最近の話だ。
そんな事件があったのだから、不気味がって客足が無くなり、観光業で食いつないでいるここは破産し(市が破産するなんて聞いたことないが)、奥山『市』から奥山『町』へと降格するかと思いきや、お金にがめつい大人達は逆に、このことを売りに出している。しかも、それがまあまあ成功しているのだから驚きが隠せない。
ちなみに、あの刑事二人組は交番勤務同然の扱いを受けなくなった。彼らにとって、事件があったことを喜ぶわけにはいかないが、その点には喜びを感じているようだ。英二と共に行動していたあの少女は、新聞で、この事件が記載された際、跳び跳ねて喜んでいたらしい。名探偵さんと友達になれたと。ちなみに、かなりの納豆嫌いだったそう。
そんなことがあり、事件自体はそこそこ有名になったものの、事件を解決へと導いた探偵の存在を知っている者は数少ない。それに、その探偵が結果タダ働きしてしまったことを知っている者はもっと少ない。
その探偵と弟子が生息しているのは、奥山市にある商店街で見つけることのできる喫茶店っぽい探偵事務所だ。
「・・・しっかし、驚きましたよ!酒井さんが名探偵っぽくて」
「おい、『ぽい』じゃないだろ『ぽい』じゃ」
上でぐるぐる回っているファンを目で追いながら英二はふと思い出した。
「ところで気になっていたんですが」
「何だ?」
「どうして酒井さんは、えっと、あのガラガラヘビに詳しかったんですか?権藤からもらったメモ用紙以外のこともすらすらと」
「偶然、事件の前日にアニマルプラネットでヘビ特集を見たのが印象に残っていたからね。あぁ、面白かったなー、ネズミの丸呑みとか」
「ウゲェ、想像したくねぇ・・・」
英二は吐くまねをする。
「ガラガラヘビって外来種なんですよね?」
「そうだけど」
「あ、だからですか~。権藤と高原が俺らに依頼したのは」
「そうだね。税金ドロボーにお願いしたら捕まるもんねー、あははっ!」
・・・その様子を見て酒井は苦笑いをしている。
「あ、あと、高原さんの動機は一体なんだったんでしょうか。嫌いだったのは分かるんですけど、何もあそこまで面倒なことをして殺人までしなくても・・・」
「それはね、きっと高原さんが極度なヘビ愛好家だったからかもしれないね。ほら、依頼しに来たとき、ヘビのことを一言も『このヘビ』と呼ばずに『彼女』と呼んでいた。結婚する!とかも言ってたしね。つまり、高原さんにとっては人間とヘビは平等だったんだよ。まぁ取り調べの時は場所が場所だったから『ペット』って言ってたけど。で、小耳に挟んだんだけど、権藤はヘビの血清を裏で売っていたらしい」
「え、そうなんですか」
これは聞いていなかった。英二は少し驚く。そんな危ない人だったなんて。
「そして、珍しいヘビの血清を売ろうとして、マチコに手を出そうとした。それを知った高原は激しい怒りを覚えたんだろうね。自分の愛しているヘビを金にしようとしているわけだからね。だから、あえて権藤が金にしようとしていたヘビを使ったんじゃないかな。苦しくても体を動かして苦しみをまぎらわせようとしても動けない、助けを呼びたくても悲鳴すら出ない、死ぬ時に誰もいない、孤独で死んでいくっていう残酷な殺し方で・・・」
「・・・へぇ、なるほど。世界には変わった人がいるもんですね~」
・・・と言いつつ、酒井のことを見た。
「なんだ?僕が変わった人だと言いたいのか?」
「しーらない」
酒井と英二は、回っているファンをただリラックスして見つめていた。しかし、そんな平和な時間はことごとく破られるのだった。
ガチャンッ!カランカラン・・・
ハッとして酒井が入り口を見ると仁王立ちをした女性が。
「ななな、成美サン・・・」
「さて、酒井さぁーん、今日こそ今月の家賃、頭揃えて払ってちょうだい!」
この時の酒井の慌てようは面白いものだった。
「いいいい、いやー、その・・・あッ!そうだ、殺人事件の解決に忙しかったから家賃どころじゃ・・・」
「嘘おっしゃいッ!」
ピシャリといい放ち、一気に畳み掛ける。
「さぁ!今月の家賃払ってもらいましょうかッ!」
「そそそ、そんなぁ!英二君助けてくれ!」
英二は応じずに部屋へ戻っていく。
「俺しーらない」
「こ、コラ!師匠を見捨てるのか!」
「はて?師匠?なんのことだか・・・」
英二に伸ばし続けた手はことごとく断ち切られる。
「あなたと話しているのは私でしょうッ!払えないのなら、あなたの車を売却してでも払ってもらいますからねぇ!」
「どっひゃー!」
酒井浩一。天才なのか天災なのか。大物なのか大馬鹿なのか。
探偵としてのずば抜けた推理力の高さ。人間としてのずば抜けたレベルの低さ。大きな一つのマルと小さな大量のバツ。
そんな男とこれからも暮らしていくと思うと先が思いやられるのだが、なんだか面白そうな気もする・・・
※これは、文化に出典した作品です。
奥山市。
それは日本のどこかに存在する町だ。
名前の通りド田舎で、山と海に囲まれている。山と海の自然の香りに包まれて、というと聞こえはいいが、要するに生臭い変な匂い。特に雨上がりは最悪だ。
この町では、事件が起こることが少なく、殺人事件なんて尚更だ。
綾根山という活火山があり、温泉街が栄え、標高は富士山に劣るが観光客の数は富士山に劣らない(かもしれない)。つまり、この町は観光業という第三次産業を主になんとか食いつないでいるわけだ。
そんなド田舎な町のなかでも一番都会っぽく、ゲーセンやマックなんかもある商店街に、ちょっと見た目は喫茶店に似ている探偵事務所がある。それもそのはず、昔喫茶店をやっていたが廃業し、そこにほぼ内装そのままに安価でそこを事務所としているためだ。
若者が一人、その事務所の前に立っていた。中倉英二、21歳、フリーター。彼は両親の紹介で、おじが経営し、所長をやっている探偵事務所に移住するかどうか決めにきたのだった。おじの顔は見たことがなかったが・・・
英二は、探偵事務所と聞いていたのに、どう見ても喫茶店にしか見えないため、探偵事務所なのか喫茶店なのか分からず、なかなか中に入れないでいたのだ。
「どうしたんだい?うちの事務所の前でボーッとして」
後ろから急に声をかけられびっくりして振り向いたら、Yシャツ姿の背広な男性が立っていた。
「あ!もしかして君は依頼しにきたのかい?」
歳は30歳くらいだろうか?少し痩せている人だ。
「ささっ、立ち話もなんだし中へどうぞ」
「え!あっあの、ちょっと・・・」
ボーッとしていた英二は中にご丁寧に流されてしまった。
中はまるで喫茶店のような穏やかな所だった。おまけに天井にはファンがぐるぐる回っている。奥に生活するらしき所がある。
「で、用件はなにかな?」
その男は椅子に座り、腕を組んでフレンドリーに話かけてきた。
「あの、え~と、ここって酒井探偵事務所ですよね?喫茶店ではなくて?」
「ああ、そうだよ。失礼だな~君、ここはちゃんとした探偵事務所だぜ」
こんな所に自分のおじがいるとは考えられない。英二は真っ先にそう思った。
「あの、ここの所長さんって今いますか?」
そう聞くとその男はキョトンとしながら応えた。
「ここの所長は僕だけど?」
「え、じゃあ、あなたが・・・」
「?」
2
「えっ!君が僕の甥っ子なのか!?」
「はい、そうです」
とりあえず、両親からの紹介であることと、自分が甥であることを説明した。
「そうかー、兄が電話で言ってた若いのって君だったのか・・・そういえば自己紹介がまだだったね」
男は英二の向かいに座ると自己紹介を始めた。
「僕は、酒井浩一だ。この事務所で所長をやってるよ」
「俺は中倉英二です。フリーターやってます」ペコリとお辞儀をする。
「フリーターかぁ・・・なんなら、このままここで住み込みで働けばいい」
「いいんですか?」
英二はここで考えてみた。職業・探偵か、なんかかっこいい気がする。やってみようかな。
「・・・よろしくお願いします!」
「よし、これからよろしく!あ、家賃は半分ずつだすってことで」
「分かりました」
「では、着替えや荷物、そしてちょっとした手続きをしてくるのでまた後で」
「ああ、手伝うことがあれば言ってくれ」
しばしの別れの挨拶を済ませると準備をするべく、帰路へ向かった。
3
この事務所は2階建てになっており、1階には事務所と、奥に抜けた先がリビングだ。
2階は個室がいくつかあり、酒井の部屋と、新しく英二の部屋になった部屋は2階にある。
「さて、と」
荷物を運び、部屋を見渡してみる。
あまり広くはないが、狭くもない。机、椅子、ベッドと基本的な家具しかなく面白みに欠けるが、1つ特徴があった。
それは、外の景色を見渡せる窓が1つ付いていたことだ。夜は駅の明かりで綺麗に見えるそうだ。
しかし、英二はそういうことには全く興味はなかった。従って、面白みがなかろうと、窓がついていようと、要するに「暮らせる場所」があれば良かったのである。
部屋ですることといっても、スマホいじってるかマンガ読んでるかだった。
カラン、と入り口のドアが鳴ったあと、そこにたっていたのはすらりとした女性だった。
不気味なほどにニコニコと笑い、入り口に立っている。
酒井の顔は青ざめ、震える声でその人のであろう名前を言った。
「ななな、成美サン・・・・・・・」
村中成美30歳。酒井いわく、『オバサン』と呼んだ者の命は無いとされているらしい。
「酒井さぁーん、今月の家賃アタマ揃えて払って下さいねぇ~」
ニコニコと笑いながらずかずかと、事務所の中に入ってきた。この事務所の主はホントはこの人なのでは?
「そういえば、この間の報酬、いただいたんでしょ?あれで少しは返せるでしょう?」
「そ、それが・・・・・・」
完全に目が泳いでいる。
「競馬?」
「ハ、ハイ・・・・・」
悪戯をしていた所を見つかった子供よりもタチが悪い。
「・・・で、あなたの所持金は?」
「に、250円・・・・・」
深くため息をつく成美。
一間置くと、英二に気づいたようで振り向く。
「あら、お客様かしら?」
すると、酒井がここぞとばかりに
「そ、そう!彼はね、ここで同居しているんだ!ぼ、僕の甥っ子!家賃も半額もってもらうことにしてるの!」と言った。
え・・・・?
「なるほど、つまり酒井さんはこの甥っ子さんにたまった家賃半分払わせようとしてるのね?」
コクコクと頷く酒井。マジか、認めるなよそこんとこ!
「でも、昨日来たときはいなかったし今日越してきたんなら、来月からでいいわ。甥っ子さんは」
ふぅ、と安心した英二に対して酒井の顔色は絶望へと変わっていく。
「そ、そんなッ!せっかくこの滞納した家賃半分払わなくてすむと思ったのに!」
うわぁ最低だよこの人ッ!英二はめいっぱい酒井に失望した。
「滞納したのあんたなんだからあんたが払いなさいッ!」
酒井は見事撃沈されて、気力は地の奥底まで沈んでいった。
「あなたも家賃ためたら、ああなるわよ」
英二に話しかけたであろうその言葉。
指差した先には、奥歯ガッタガタの酒井がいた。きっとこれは自分への警告なのだ!英二はそう肝に命じておいた。
それから、成美はしばらく酒井だけを尋問して帰って行った。
「いやぁ、ヒドイ目にあったよ~」
今やヘラヘラしているが、酒井はさっきまで死人のような顔をしていた。コナンや金田一といったクールな探偵はやっぱりフィクションなんだな、と英二は実感させられた。
「酒井さんってあんなヒドイこと考えていたんですか?」
「あっ、あれはジョークだよ。ジョーク!」
英二は、あんなに焦ったリアルなジョーク見たことありません!とか言ってみようかと考えたがやめておいた。
ふと、入り口のドアがカランと鳴った。
「酒井探偵事務所はここであっているのかね?」
4
さて入り口に現れたのは、ふくよかな、というと失礼だと感じるほどぽっちゃりでボタンがはち切れそうな黒いスーツをきた男と屈強な男二人組だった。
「おーい、聞いているのかね?」
ぽっちゃり男が話しかけるまでは酒井と英二はぽっちゃり男の後ろにいる二人組に驚きポカンとしていた。
「は、はい!ご用件はなんでございましょう?英二君、お茶をこの男性とシュワt・・・にお出ししなさい。」
酒井は、後ろの男性方のことをつい「シュワちゃん」といいかけた以外は綺麗にかつ冷静に対応できた(シュワちゃん、ってあのターミネーターのやつかもしれない)。
お茶を出せと急に言われても、今この事務所ではお茶がきれている。ありもしないお茶をどう出せというのだと困惑な目で助けを求める英二。
「いや、先ほど水分なら摂った。気にせんでよい」
・・・助かった、のか?
「では、こちらへ」
酒井が丁寧にソファーまで誘導すると、じゃあ遠慮なくとぽっちゃり男が腰を下ろすと、ギシッと悲鳴をあげるソファー。
その反対側のソファーに酒井と英二は腰をおろした。
「あ、お前たちもここに座りなさい」
我が物顔でソファーに座っている、少し苛立ちを覚えた。後ろにいた男二人組に声をかけ、男達は腰をおろそうとする。
「あ!ちょっと待ってください!」
悲劇のソファーを見てとっさにもう負担をかけさせまいと声を出した酒井だったが時遅し。
大柄の男二人とぽっちゃり男の体重でソファーは無残にもその人生・・・いや、物生の幕を下ろした。
バキバキィッ!
転げ落ちる三人方。
ソファーを哀れな目で見る英二。
ソファー買い替えなきゃ・・・とつぶやく酒井。
「わ、私たちはもうたっていよう。あ、ソファーは弁償する」
そう言いながら立ち上がるとようやく用件を話し始めた。
「実は、私はこういう者だ」
差し出された名刺を見るとこれまたビックリ。先に声を出したのは英二だった。
「え!これって、奥山市総合医学大学の名刺じゃないですか!」
奥山市総合医学大学とは知る人ぞ知る名門、簡単にいえば頭のいい金持ちがいるところだ。
「それも、学長って書いてあるじゃないか!ええと・・・権藤源二さん・・・あ、わたくしはこういう者です。」
権藤は酒井から差し出された名刺を受けった後に用件を話始めた。
「実は、依頼したいことがありここにきた」
「ほぅ、どんな内容ですか?」
「大切な私のヘビが逃げてしまって、探してほしいのだ」
英二は『ヘビ』という単語に脊髄反射的に反応した。
「俺、ヘビ苦手です」
英二は即、言い切った。
「英二君、黙ってなさい」
「なに、居そうな場所は突き止めてある。綾根山で目撃情報があった」
「でも、何故我々に?」
すると権藤はニヤリと笑う。
「それは、あなたが名探偵だと伺ったんでね」
英二はおかしいと思った。いったいどこの世界にヘビ探しする名探偵がいるのだ?第一、一体どこの誰がこの探偵のことを名探偵と評価するのだろうか?しかし、酒井はそう思わないようで、それを聞くと顔の緩みを押さえられない。
「なるほど、それなら仕方がない。引き受けましょう!」
あちゃー、引き受けてしまった。
「どんなヘビですか?よろしければ写真をいただきたいのですが。種類もね」
「ああ、お教えしよう。写真はコレだ」
写真には、グロテスクで鋭く、お前を狙っているといわんばかりの目、先が2本に割れた舌が覗く口、おまけに全身まだら模様で尻尾の先には・・・・
「・・・・イボイボ?」
尻尾の先には、イボイボしているとてもエグいブツが。
「サザンパシフィックガラガラヘビ。又の名を西ガラガラヘビという」
「なんか長い名前ですねぇ、俺触りたくないです」
「英二君、黙ってなさい。これ二回目だよ、君がヘビ苦手なのは分かったから・・・」酒井は少し震え始めた。
権藤はポケットに入れておいてあったであろうメモ用紙を取りだし、それを見ながら話し始めた。
「アメリカ産のガラガラヘビで、南アメリカ全土に生息しておる。また、毒性も住む範囲が広いため様々。まさに毒性の弁当箱だな」
「そんな弁当食べたくないですね。というかもう見たくもなi・・・へぶッ!!」
これ以上依頼人のヘビを馬鹿にして、仕事が逃げていってしまうことを阻止すべく、英二に平手打ちをかました酒井。当たったほっぺたは赤くなった。
「英二君、きみの口はガムテープ貼らないと黙れないのか?」
顔は怒りでひきつっている。それにガムテープを貼られてはたまらない。
英二は口チャックのジェスチャーをすると、話を聞き始めた。
「近くにいたらカラカラカラと音をたてるから、それを元に探しだし、このケースに入れてこちらに渡してほしい」
ドン!と大型犬一匹入りそうなケースを置いた。
「報酬はこれだ」
権藤は二人に小切手を見せた。いや、見せつけた。
「え~と、ゼロが一つ二つ三つ・・・・」
「な、七つ!?ってことは・・・」
英二と酒井の声のトーンが自然に高くなった。小切手にはゼロが七つ、1が左端にある。つまり、一千万である。
「「一千万円!?」」
「ほ、本当に払っていただけるのですか!?このヘビを渡したら!?」
さすがに疑ってしまう酒井、仕方がないだろう、一千万円だもの。
「これぐらいの額を出すのは当然だ」
ふん、と鼻をならす権藤に対し震えが止まらぬ二人。
「お、お任せ下さいッ!そのヘビを探しだしてみせましょう!」
酒井は胸に手を当て前に乗り出して勢いよく意思表示した。
「ふむ、では何かヘビについて不明のことがあれば連絡してくれ。では、よろしく頼む」
「はいッ!喜んで!」
カランと音をたて出ていく権藤と屈強な男二人組。手元にはさっきのソファーの弁償代が多すぎるほど渡された。
どうやら一千万円『払う』というのはたとえ嘘だったとしても『払える』のは嘘ではないらしい。
酒井は歓声の声をあげ、英二はいまだ、これからの人生で関わらないと思っていた『一千万円』に頭がついていかず、呆然と入り口を見つめているしかなかった。
5
「ほ、ホントにやるんですか!?」
「あぁやるさ」
英二の問いにあっさりと酒井は答えた。
「で、でもどうやってあのバカっ広い山から探すんですか?」
「英二君、僕が探すなんていつ言った?」
「・・・ついさっき。『探しだしてみせましょう!』と、確かに」
「・・・ゴホン!まぁいいさ、簡単な話普通に買ってくれば良いじゃないか、ペットショップから」
「売ってませんよ、ペットショップには。だってあのヘビ、えーと、ほら!ここに書いてある通り売ってませんよ、日本では」
英二の手にはさっき権藤から渡されたメモ用紙が、確かにそう書いてある。
「・・・マジで?どうしよう?」
その時、戦いのゴングが高らかに鳴り響く。
「マジで?じゃないですよどーするんですかッ!」
「ど、どーするったって、やるしかないだろう!これで家賃を滞納している分返せるんだぞ!」
「ためてんのあんたじゃないですか!それに俺ヘビ苦手って何度も言いましたよね!?っていうか平手打ちはヒドくないですか!?あーあ!痛かったなぁッ!」
「あれは君がしつこくヘビが苦手だー、触りたくないだー、見たくもないー、とか言って権藤さんの気のさわることを言うからだろう!それに一千万だぞ一千万円!」
ただいま酒井探偵事務所では口論、別名口喧嘩が繰り広げられている。
「で、でも様々な毒性があるって言ってたじゃないですか!噛まれて死んだらどーするんですか!金に命は変えられませんよ!」
「ぐッ!こ、このッ!それが弟子が師匠にむかってその物言いはなんだ!」
「はぁ!?俺がいつあなたの弟子になったんですか!?」
いつの間にか弟子にされてた英二。
「とーぜんだッ!探偵事務所に所長と社員、合わせて二人、流れ的にそうなるだろう!」
お互いにどんどんヒートアップしていく。
「なんだとこの自分勝手暴力貧乏探偵ッ!!」
「侮辱したな!!この所得税断固ボイコットッ!!」
・・・もう喧嘩している二人はおいといて話を進めるとしよう。
カランと音をたてて入り口に現れたのは中肉中背の若い男性だった。
「あ、あのー・・・こんにちは・・・酒井探偵事務所ってここで合ってますか?」
若い男性は遠慮がちに尋ねると
「「ええ!!そーです、ここが酒井探偵事務所です!」」
この二人、まだ喧嘩していたようだ。
客人に当たってしまったのは、きっとこの二人の頭が昼休みの男子中学生レベルだからだろう。
「い、一体なにがあったかは分かりませんが落ち着いて下さい!」
そう言われるとやっとこの『自分勝手暴力貧乏探偵』(つまり自己中)と『所得税断固ボイコット』(つまりニート)は恥ずかしくなり、落ち着きを取り戻した。
「ふぅ・・・お騒がせしました。で、ご用件はなんでしょう」
調子を取り戻し、話し始めた酒井。
「あ、その前に。僕は高原厚志と申します。コレ、名刺です」
名刺をさっきとはうって変わって丁寧に受け取り
「僕は酒井浩一と申します。以後お見知り置きを」
酒井も名刺を差し出した。
「用件はなんでしょう?」
「じ、実はその、探してほしいなー・・・と思いまして・・・」
高原は一枚の写真を差し出した。
写真には長い黒髪で顔は整っている、まるでモデルのようだと感じてしまうような女性が写っていた。手にヘビを抱いていなければなぁ・・・・
「こ、こちらは?」
酒井は尋ねると
「彼女はマチコといいます」
「へぇ~美人ですねぇ」
英二は思ったまんまのことを言っただけのつもりが、高原を熱くしてしまったようだ。
「そうでしょうそうでしょう!美人ですよね!」
しかし、少し引きぎみに写真を再び見た。
「でも、この長い不気味なブツが・・・」
「あぁ、彼女は動物がとても好きで他の動物ともふれあうことが多いんですよ!」
「へ、へぇー悪趣m・・・いででででで!!」
英二はふと横を見るとニコニコしながら自分の太ももを強くつねる酒井の姿が。
「ご、ごめんなさいごめんなさい!も、もう黙ってますからッ!」
「はい、よろしい。さて、話を戻して、用件はなんでございましょう?確か、探してほしいと聞こえたのですが・・・」
「は、はぁ・・・」
少し頷き語り始めた。どうやらクールダウンしたようだ。
「いなくなってしまったんです。彼女が、マチコがいなくなってしまったんです」
「この娘が!?ど、どうしていなくなってしまったと思うんですか?」
高原はうつむきながら続けた。
「実は、最近知り合いから聞いたんです。狙われているって・・・彼女が・・・・」
「か、彼女って、このマチコさんのことですか!?」
コクリ、と頷く。
「それにここ一週間帰ってこないんです・・・ぼ、僕たち結婚する予定なんです。だから心配で心配で・・・」
「け、結婚!?」
「追っ手から綾根山に逃げ込んだらしくて・・・」
「ご自分で探されては?愛しい愛しい彼女があなたをお待ちですよぉ?」
酒井は嫉妬してつい挑発する話し方になってしまった。独身アラサーだから分からなくもない。
よし、俺もひっぱたこうと英二は手をスリスリと、こすり始めた。
「探しましたよ、探しました!しかし僕一人じゃ難しいんです!ダメですか!?」
いきなり勢いつくものだから英二はつい手を引っ込めてしまった。
「す、すいません、落ち着いて下さい」
酒井がドウドウして落ち着かせた後、深くため息をつくとゆっくり口をひらいた。
「ところで、どうして彼女は狙われているのですか?」
「さぁ・・・分かりません・・・」
「そうですか・・・まぁ彼女は危ない状況にあるのですね?」
「はい・・・どうか、この依頼受けてくれませんか?」
その後にやる気がみなぎる一言が。
「もちろん、報酬は思いのままです」
酒井は一息つくと返事を返した。
「分かりました。我々も探します。引き受けましょう」
高原は立ち上がり喜んだ。
「ホントですか!ありがとうございます!あ、見つかったら電話下さい!では、失礼します!」
カララン、ドンッ!
出入口のドアが大きな音をたてた。そのまま風のように山の方へ走り抜けてく高原。
その姿をただ見送っていた二人だった。
そのあと、クルリと英二の方に顔を向けると酒井が指示をだした。
「英二君!初仕事だ、君はヘビを探すんだ!」
「ええッ!!俺はヘビ無理ですよ!」
「僕は所長だ!君に拒否権はない!」
「そんなぁ・・・ひどいです!あ!そうだ!同じ綾根山を探すんですから一緒にやりましょうよ!」
「ダメだ、僕は綾根山付近の人に聞き込みをしなければならないからね。ヘビは山の中だ。頑張りたまえ」
「はぁぁ・・・仮病を使いたい・・・」
英二は暗くなり、ため息を吐いた。しかし、酒井は容赦しない。
「何か言ったかい?さぁ、準備して出発するのだ!」
「はいはい、分かりました!分かりましたよ!」
・・・あ、そういや今日バイトの日だったなー、どうしよ?
英二の頭にはバイトのことがよぎったが、間もなく、まぁいいや休もうという結果になった。
ここでバイトをしてはまた何か言われるだろうと予測したからだ。そんなことでバイトを休んで良いのだろうか・・・
英二は一通り準備を済ませると出発した。
・・・さて、僕も出発するかな。酒井は準備をしながら少し考え事をした。
先ほどきたぽっちゃりはなぜわざわざ探偵である僕らに一千万円払ってまで雇ったのだろう?
他のシュワちゃん二人に頼めばいいのに・・・
それに高原もそうだ、人が狙われていて山に遭難したのなら警察でちゃんと保護してもらえる上に大勢で探せるし、タダだ。
報酬は喜ばしいが、この二つの依頼、僕らの知らされなかった何かがあるのかもしれないな。
6
ああ、実家に帰りたい・・・おじとはいえ所長だもんなぁ・・・
まったく自分勝手だよな、「キミニキョヒケンハナイ」だもんなー。英二はブツブツと文句を言いながら商店街を歩いていた。
・・・そういえば朝ご飯食べてなかったな。
もうそろそろお昼の時間だ。朝昼ご飯食べてから探そう。うん、別に時間制限ないもんな。
それから、英二の足先は山から定食屋へと変更された。
定食屋の名前は「定食屋」。
看板に大きく太い文字で「○○屋」とか「○○食堂」と書いているわけではなくそのまま「定食屋」と書いているので間違えることはないだろう。
店内はキレイともいえないし汚いともいえない。
ザ・普通の定食屋。それが「定食屋」だ。
英二は昼頃なのに人がほとんどいない中に入ると発券機にお金をいれる。中でも一番安い納豆ご飯定食のチケットを購入した。そして店員のおじさんに渡し、一人席のカウンターに座った。
セルフサービスの水をお腹が満たされない程度に飲みながら、来るべき至福の時を待った。
ボケーっとしていたらいつの間にか自分の左隣の左隣に二人誰かが座っていたことに気づいた。
・・・こういうのなんか傷つくんだよな。いや、避けてる訳ではないことは分かるよ、でもどうせ離れるならテーブル席に座れよ!わざわざカウンター席で俺の席から一個飛ばした所に座ることないだろ・・・まぁいいか。
「へい!納豆定食!」
おっ!きたきた・・・
どれもインスタントだとわかっていても腹がへっているからどれもうまそうだ。まったく「空腹は最大の調味料」とはよくいったものだ。ご飯、納豆、味噌汁、サラダ、どれから食べようか?よし、メインディッシュの納豆ご飯は後でにして、味噌汁とサラダを先にいこう。
二分たらずでこの二つをたいらげたが、まだ英二の腹は満たされない。
最後は納豆ご飯を一気に食ってくれるわ!さっきとは違う意味で手をスリスリすると、割りばしの先は納豆ご飯へ。
その時だった。
出口の方へ移動していた小太りな人が勢いよく英二にぶつかったのだ。大きな衝撃と共に手から割りばしが離れる。割りばしは宙を舞い、カランと落ちた。
割りばしがッ!
あ、危ない危ない納豆ご飯を食べる前でよかった。大丈夫、割りばしの代わりはある。
さて、邪魔者はいなくなったし、次は注意をはらって食べよう。
・・・その時だった。
カサッ
ん?何か聞こえたな・・・気のせいか・・・
カサッ
後ろ?まさか・・・ヤツが・・・・
カサカサッ
姿を表した。長い触覚。ギザギザした足に黒光りボディ。そして忍者のように身を潜め素早く、目的のためなら手段を選ばない黒い悪魔・・・
間違いないッ!ヤツだッ!
病原菌の塊、人類の敵ッ!
ゴキブリだ!
嘘だろ!?ここ飲食店だぞ!?
しかし、姿を表したのは失敗だったな!
このまま注意を払えば・・・・
カサッ
カサッ
カサッ カサッ
カサッ
気のせいじゃない!囲まれている!包囲されている!・・・だが、今の俺は朝飯なしの飢えた獣!先にこの納豆ご飯を食べきればこちらの勝ちッ!負けてたまるかぁ!
英二は無駄にテンションを高めていく。ゴキブリ相手になに熱くなってんだろう?と思う方もいるかもしれないが、英二はそういうやつなのだ。もう少し見ていよう。
英二はゴキをあなどっていたのかもしれない
。英二を嘲笑うかのようにゴキは数匹羽をひろげ飛び始める。・・・そして茶碗の中へ。
しかし英二は後ろに気をとられすぐに気づけなかった。その為気づいたときには時遅し。
英二の顔はみるみる絶望の色がうかびあがる。
ぁぁぁぁぁぁああ!
「俺の納豆ご飯がぁぁぁぁああああ!」
・・・そんなぁあ!
英二は嘆いた。俺もう金ないのに!
とぼとぼと出口までいくと当然の一言。
「こんな店二度と来るかぁぁぁぁああ!!」
さて、皆様には英二が初詣のおみくじにて、2連続大凶を引いてしまったことを伝えておきましょう。
それから英二の苦手な物にゴキブリが追加されてしまった。
7
酒井はとりあえず綾根山ふもと付近に車で向かい、聞き込みをする事にした。
ん?車?
そう思った人はいくらかいるであろう。そう、酒井は車を持っている。
車種は昭和のメイドインジャパンスポーツカー、赤黒のツートンのAE86トレノだ。知らない人のほうが多いと思う。
なぜこのようなマイナーな車かというと、酒井がまだ免許取り立てであった頃、車を探していると友人に相談する際に、運転が上手くなる車はある?と聞いたのだ。
友人は、それならと、このトレノを薦めたのだ。酒井いわく、探偵とは車の運転が上手いものらしい。
さて、酒井の車について語っているうちに山のふもとについたようだ。
ここは温泉街になっていて、休日だからか、観光客が多い。
それは聞き込みにおいて、聞くことのできる人が多いため目撃者がみつかる可能性が高いところがメリットだが、時間なんて気にしないで過ごしている人がほとんどなため、目撃者がみつかったとしても時間を特定するのは難しい。
「さてと、温泉まんじゅう食べてから始めようかな」
何かを食べてから始める、ということは英二と同じらしい。
どうやら一応この二人には同じ血が流れているようだ。
酒井が訪れたのは綾根山ふもとの温泉街の中でも有名な「全能の湯」だ。ここは温泉だけでなくサウナ、ゲームセンター、お土産屋に、温泉卓球そして絶品料理が食べられる食堂など、名前にある「全能」の通り色々あり、とても人気なのだ。
「温泉まんじゅう二つください」
「はい、250円ね」
たった今ここでソファーの弁償代がなければ酒井の全財産は0円になっていた。危ない危ない。
「あ、つかぬことを聞きますが」
「はい、なんだい?」
すっと、ふところから美女とヘビが写った写真を温泉まんじゅうをもぐもぐしながら取りだし聞き込みを始めた。
「このふぇびをがいふぇいるどせい・・・もぐもぐ・・・ングッ!ゴックン。を見かけませんでしたか?」
店員のおばちゃんが道でも聞かれるのかと思うとまったく違うこと、しかも人生初めてのことを聞かれたのでかなり驚いていた。
「ええと、フェビヲガイフェイル土星なんて見かけてないけどねぇ」
「ああ、すいません聞き取りずらかったですか。えっと、ヘビを抱いている女性です。この写真の、ヘビを抱いているこの女性を見かけませんでしたか?」
「ああ、そういうこと。残念だけど今日は見かけてないねぇ」
「今日は!?ということは以前見かけたのですか!?」
酒井は、少し興奮気味に前に乗り出して話しているので、はたから見ればクレーマーだ。
「え!あ、ああ一週間前くらいの午前中にね」
「その時の服装はこの写真と同じですか?」
「ああ、そうだね。あたしゃここに来た客はしっかりと覚えてるよ。温泉に浸かっていったな。記憶力には自信があるんだ。」
「あぁ、なら安心だ」
なるほど・・・一週間前か・・・
つまり、いなくなった後呑気に温泉に入っていたと。
「その後、どこへ行ったか分かりますか?」
「さあねぇ・・・」
この後おばちゃんは怪訝な顔になった。
「あんたどうしてそんなこと聞くんだい?あ!あんたってもしかして世にいうストーカーってやつかい!?あたしの口からその娘の場所を聞き出してつけまわすつもりだったんだろ!無駄だよ!あたしゃ口は固いんだ!」
いやいや、もう話してるから口固くはないんじゃないかな・・・
だが、それは言わないでおいた方がいいだろう。
「違います、違いますよ。私はこういうものでして」
そういうと名刺を差し出した。
「なになに、酒井探偵事務所・・・へぇ~あんた探偵かい?探偵ってホントにいるんだねぇ。よし、何か分かったら連絡するよ」
「それはありがたい。名刺にも書いてありますが、僕は酒井と申します。何か困ったことがあればこの酒井探偵事務所に連絡を」
おばちゃん・・・あんたやっぱり口固くないよ・・・それを言ったらいけない。
「そうだ、探偵さん、これオマケしとくよ」
そういうと酒井に温泉まんじゅう一つ渡した。
「お駄賃はいいよ。頑張るんだよ~!」
「はぁ、ありがとうございます。では、ごきげんよう」
この人は探偵を芸能人のようにとらえているのだろうか?
まぁ、まんじゅうサービスはうれしいからいいか。
酒井はその場から離れると物陰で立ち止まり、聞いたことを手帳にメモした。
8
はぁ~あ・・・
これから山に行かなきゃいけないのか・・・
英二はグゥ~と鳴る腹を抑え、商店街をとぼとぼと歩いていた。
今頃酒井さんは聞き込みか・・・俺はこれから山でガサガサ、ゴキとヘビの巣窟へ・・・イヤだ!去年と比べて今年はやなことばっかりだ!
おみくじなんかその場の空気で引かなきゃよかった・・・それで大凶2連続引いたからこんなことになったのだろうか?いや、おみくじは関係ないだろう。英二はもとから運が無いだけだ。
・・・どうにかして山中探索を逃れることはできないだろうか?
逃げ道を捜したあげく、英二は思いついた。
俺も聞き込みをすればいいんだ!聞き込みだって『探す』にはいるよな。綾根山の湖まで行けば人も観光客で多いだろう。
よし、バスの時間、バスの時間・・・
ちなみに英二は車の免許をもっていない。よって、移動はバスか電車だ。
現金は雀の涙程しか持ってないためバス専用の金券を使った。前にバスに乗る際、お釣りの代わりにこの金券をもらったのだ。
こんなものどんなときに役にたつんだッ!
昔は嘆いていたが、こんなときに役にたつんだなぁ~としみじみとバスの外に流れる景色を眺めながら感じた英二だった。
英二はバスに乗り、綾根山にある綾根湖が見渡せる『綾根湖観光センター』というバス停に移動した。
とりあえずこの辺で聞いてまわればいいだろう。
この湖は水がきれいで透けて見える。運が良ければとても大きな魚を目視できる。夕方になれば夕日がきれいでデートスポットとして有名だ。
「え~と、確か尻尾の先がシンゴジラみたいで、近くにいたらカラカラカラと音をたてるヘビ・・・いや、シンゴジラみたいは言わなくていいか」
ベンチに腰かけ、ボソボソと聞き込みの練習を始めたが・・・
グゥ~っと腹の虫がおさまらない。そんなときだった。
「あの、お腹がすいているんですか?」
視線の先には白いワンピースを着た年下らしい女性が。身長は英二より少し低いが、英二はベンチに座っていたため少し見上げていた。
記していなかったが、今は三月だ。まだ少し肌寒いのに、ワンピースで寒くはないのだろうか?女性って丈夫だな~・・・
つい他人事になっていたけれど、今の状況をようやく理解し始めたようだ。
ハッ!
周りを見てみると、動いていないのは自分だけだ。後ろに人はいないし、ということは・・・
「今、お腹、なりましたね?」
話しかけられているのは・・・俺だ。
「え!?あ、アハハ・・・聞こえてました?」
ちょっと気が動転して始めは声が裏返ってしまった。
「よければ、これ余ってしまったので、どうぞ」
差し出されたのは・・・納豆巻き。
どうやら英二と納豆は切っても切れぬ、ゴキブリをもってしても壊れない縁らしい。
「え!ホントにいいんですか!?ホントに!?嘘じゃない!?」
英二は歓喜の声をあげた。
「ええ、どうぞ。こちらも助かります。ありがとうございます」
何が『ありがとう』なのかわからないが、腹ペコな英二は気づかなかった。
わずか数分で納豆巻きをたいらげた。
「ごちそうさまでした!」
「いえ、スーパーで買ったものだったのですが、美味しくいただけたのなら幸いですわ」
ふぅー、と落ち着くと、ふと聞き込みをしようと思った。
「ところで、カラカラカラ、という音を聞いたか、あるいはそんなヘビを見ませんでしt・・・」
質問の途中で、この状況の奇妙さに気がついた。
なぜ俺は見知らぬこの人に納豆巻きをごちそうになったのか、この人はどうして見ず知らずの俺に納豆巻きをごちそうしたのか、そして、どうして当然のように会話しているのだろうか。
英二が急に眉をひそめたので、相手の女性は怪訝な顔をした。
「どうしたのですか?わたくしヘビは苦手ですわ。そのような音も聞きませんでしたが・・・どうしてそのようなことを?」
一応質問は伝わったらしい。
英二はこの時、探偵になって(探偵の弟子にされて)初めてよかったと思えた。ここは少しカッコつけよう。
「申し遅れました。俺は中倉といいます、探偵をしている者です。以後お見知りおきを」
・・・言い終わった後に恥ずかしくなった。
ヘビを探す名探偵もおかしいが、腹をすかせ、見知らぬ他人に差し出されたものを遠慮なしに喰らう探偵はもっとおかしく、何よりカッコ悪い。
しかし、彼女はそうは思わなかったらしい。
「へぇ!探偵さんなんですか!わたくしはドラマやアニメでしかいないものだと思っていました!」
無理もない、英二だって初めて聞いたときはそう思った。彼女は改まって自己紹介をした。
「わたくしは滝沢理紗と申します。何か事件があったのですか?さては殺人事件?」
・・・ただのヘビ探しとは言いたくないなぁ。
うーん、まぁこの先会うこともないだろうし、嘘をついてしまえ。
英二はその場で嘘とホントのことをごちゃ混ぜにしたことを話した。まったく軽率なやつだ。
「実は、まぁ、名前は言えないのですが、とある金持ちの男性が毒殺されて、そのカギとなるのがそのヘビなのです」
すると彼女は目を輝かせる。
「そうなんですか!わたくしとても興味がありますわ!ぜひご一緒したいのですが」
「え!え、ええ構いませんよ」
しまったぁああ!俺は何て軽率なことを言ってしまったんだろう!言ってからでは遅かった。唯一の奇跡といえば、自分が軽率だと英二が自覚できたことだろう。
「さぁ中倉さま!ヘビを探しに向かいましょう!」
『中倉さま』と、呼ばれたことはなかったのでびっくりしていた。
「え!その前に聞き込みを・・・」
「何をおっしゃるのですか!そのまま探した方が早いですわ!」
「で、でも服が汚れますよ?それに突然ヘビを見つけた時にあなたが怪我でもしたら・・・」
「あら、お優しいのですね。でも大丈夫です。だって・・・」
・・・・だって?
「探偵さん、頼りにしてますよ!」
そ、そんな!頼りにしてるったって、俺もヘビ無理だからーッ!
そのまま、さぁ行きましょうと、森林の方へと歩いて、いや、引きずられていった英二。はしゃぎながら向かっていった理紗。
英二は理紗に引っ張られながら、考えた。こんな女性と歩く(?)ことは生涯もうないだろうし、大凶2連続の割にはついていると思う。
どうにかなるだろう、と。
英二は口にかすかについたご飯粒に気づくことなく森のなかに入っていったのだった。
8
うむ、ここには久々に来たが景色はやっぱり最高だ。酒井は綾根湖畔ホテルのとある一室にて外を眺めていた。
綾根湖畔ホテルとはその名の通り綾根湖畔にあるホテルのことである。
このホテルは『ホテル』といっても、ペンションに近い形となっている。二階建てでどの部屋からでも絶景が見られることが約束されている。
中庭には、綾根湖には劣るがそこそこ大きな池があり、錦鯉やカメが飼育されている。
錦鯉やカメ用のエサも、ここの売店に売っていてこいつらに餌付けをすることができる上、ペット持ち込みOKなので家族連れに人気だ。
泊まりがけで奥山市にやってくる人が多いため、料金は決して安くは無いものの予約はほぼいっぱいだ。
そんな『決して安くは無い料金』なのに酒井という、貧乏探偵が・・・いや、本人に言うと(聞かれると)激怒してしまうだろう。
何故酒井がここにいるのかというと、それはもう少し前にさかのぼる。
酒井は、いまだに綾根山ふもとの温泉街にいた。
正確には酒井の愛車、トレノの中でメモ帳とにらめっこしていた。
あの口の固い(軽い?)おばちゃんに聞き込みをした後、道行く人にも聞き込みをしたが、皆、口を揃えて
「さぁ、こんな人知らない」
とか
「どっかでみたことあるけど・・・」
などなど。
酒井も写真をもう一度見て、どっかで見たような見てないような・・・
つまり、あやふやで、まだ先は長いことを意味する。
ここでじっとしていたら、喉が乾いてしまった。
バタン、とドアを閉めると車を止めてある駐車場の近くにある自販機で缶コーヒー・・・ではなく缶ココアを購入した。
酒井は苦いものが苦手だ。しかし、探偵事務所が元コーヒー店なため自分以外の人がいるときはカッコつけてコーヒーを飲む。
つまり、コーヒーが飲めないのはカッコ悪いと酒井は思っているのである。
酒井にとってコーヒーとはカッコいいかカッコ悪いかの存在でしかない。
缶ココアを飲むのは遠くから見れば『コーヒーを飲んでいる人』にしか見えないであろうことと、何より美味しいからだ。
「やっぱりココアだよな~、でもリッチって書いてあるのにどうして100円ぴったりなんだろう。これは人類の共有すべき謎だよな」
そんな時、マヌケな独り言をつぶやいていた酒井の後ろから声がした。
「酒井さんじゃないですか!マチコは、見つかりましたか!?」
たった今連絡しようとした高原だった。
「いえ、まだなのですが・・・少し気になることg・・・」
「そうそう!酒井さん、これから一緒にマチコを探していただくじゃないですか、なら・・・」
まだ最後まで言ってなかったのにな・・・
酒井のむなしい思いは届かなかったようだ。
「綾根湖畔ホテルに予約してあるので、そこを拠点にマチコを共に探しましょう!」
え!でもあそこは高いじゃないか!
貧乏探偵にとっては料金的に苦しい場所だ。
「僕はお金があまり・・・」
「心配は無用です!僕があなたの分も払うので」
つまり、タダであんないいところに寝泊まり出来るのか!それにあの怖い成美さんにもタイノウシタヤチンハラエって言われなくてすむし・・・
いやはや、タダとは貧乏探偵にとってはとても魅力的だったようだ。
酒井は迷わずにそうすることにした。
「では、バスで行きましょうか?」
高原はバス停を指差しながら聞いたが、酒井は得意げに自分の愛車を親指で指差した。
「大丈夫。僕には車があるから」
そういうことで酒井と高原は綾根湖畔ホテルに向かうことになった。
「ところで、あの若いお弟子さんは?」
一瞬ギョッとした酒井だったが、フゥ、と残念そうな顔をして
「彼ですか?彼は死にましたよ」
英二は知らない所で知らないうちに殺されてしまった。
それで、綾根湖畔ホテルに着いた高原は予約しておいた二階の部屋に荷物を置きに行き、酒井は予約されていた同じ部屋で景色を眺めていたということだ。
酒井はとりあえず世にいう『お泊まりセット』を購入すべく、ホテルの売店へと足を運んだ。
「え~と、歯ブラシと寝具は用意してあったから・・・コレでいいかな」
そうつぶやくと酒井はタオルと安物のボディータオルを購入した。
これだけで泊まれてしまうほどこのホテルは充実している。それに加え、タオルとボディータオルを買っておかなければならなかったためちょうどよかった。
・・・一応彼の名誉のために言っておくが、彼は不潔ではない。
これらを購入したのは持ってなかった、のではなく、新しくするためである。
とまぁ、酒井のどーでもいい風呂事情はその辺のゴミ箱に捨てといて、酒井の足は次にエントランスへと向かっていった。
エントランスには、太りぎみの男と、それと対照的にかなりやせた男性二人と年老いた老夫婦の4人のみだった。
それもそのはず、現在時計の針は2時をさしていた。きっと出掛けている人がほとんどなのだろう。
風呂に入るにはまだ早すぎるな。
ちょうどいい、マチコさん探しの前に高原さんに聞いておきたいことがあったのだった。
酒井は二階に階段を使って登っていった。
その時だった。
「キャァァァアア!!」
女性の高い悲鳴が酒井の耳を貫く。
「!?」
階段に登っていた酒井はびっくりして足を滑らせてしまった。
そして体の重心が後ろに傾き・・・
「うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
酒井はゴロゴロと階段の下へ落ちていった。
「イテテ・・・どうされましたか!?」
どうやら200号室らしい。
酒井は中腰のまま部屋にかけつけた。
いうなれば、年末によく見る『○○OUT』の状態。
はたから見たら逆にどうされましたかと聞かれそうな格好だ。
しかし、200号室の中にいたこのホテルの従業員らしき女性は酒井の格好なんか気にならないほど取り乱していた。
「あ、あそこがヘビなんです!!そしてこの人がうごめいていて、ヘビが死んでいるんです!!」
「あ、あそこがヘビ!?この人がうごめいて、ヘビが死んでる?」
あそこがヘビ!?
あ、アソコがヘビって想像したくないなぁ・・・
自分が冷静でいられない状況でも、他の人が自分以上に慌てていると自分は冷静になってしまうことがある。
酒井はまさにその状態だ。
それに加え職柄からなのか、酒井は200号室の状況を分析し始めた。
部屋は酒井のいた部屋と同じようなつくりになっていて中央にテーブルが置いてある。
そして、テーブルを囲んでも見やすい位置にテレビがあった。
そしてテレビの反対側にキレイに布団が敷かれ、側に襖がある。
襖は開けっ放しになっていて、襖の奥にはヘビがいた。
うん?ヘビ・・・そうか、なるほど、この女性は『あそこにヘビがいる』と言いたかったのか。
やはりアソコがヘビになっているわけではなかったのだ。
酒井はいつの間にか中腰の姿ではなく、右手の親指と人差し指の間に自分のあごにあて腕を組んでいた。
たしか、『この人がうごめいていて、ヘビが死んでいる』と言っていたな。
見たところ、ヘビの方がうごめいていて、死んじゃいない。
と、いうことは『この人』が死んでいるのか。
酒井の視線の先には、キレイに敷かれた布団が、そして、布団の上には生きた表情のない、青ざめた権藤源氏の横たわる姿があった。
9
足の親指の高さくらいから腰の高さと同じくらいの雑草をかき分けながら英二と理紗は進んでいった。といっても目的地があるわけでもなく、ただ闇雲に進んでいただけである。
そのため、もう日は沈んでしまいそうだ。
「暗くなってきましたよ。もう戻りましょうよ理紗さん」
「いいえ、なにをおっしゃるのですか!事件解決のためですわ!」
ふと、先に見える景色に樹木が少なくなって、なにやら明るい光が見えてきた。
やがて、先に見える景色に樹木はなくなり、地面もなくなった。
その理由は見れば分かる・・・といっても文字でしか伝えることが出来ないためハッキリといっておこう。
崖になっていた。
先にはペンションのような建物が見える。
「行き止まり・・・ですわ」
「・・・みたいですね」
「これからどうしましょう?」
「うーん、とりあえずこのペンションのような建物の人に色々聞いてまわりましょうか」
「はい!・・・あ、この崖から降りるのが近道ですね!」
「ハハ・・・死にますよ?」
様々なゴタゴタがありつつも、なんとか目的地が出来た二人はくるりと体を崖に背を向けた。
その時にある音が聞こえた。
カラカラカラカラ・・・・
ん?気のせいか・・・
いや違う!ゴキブリの二の舞はごめんだ!
強い意志を持ち、英二は体を180度回転させ、理紗はつられて振り替える。
英二はやはりな・・・という顔になり、理紗は青ざめ発狂した。
「いやぁあ!!ヘビ!!ヘビがあそこに!」
「ああ・・・やっぱり」
間違いない、カラカラヘビだ!・・・あれ?パラパラヘビだっけ?
と、とにかくあのヘビだ!
そう、あの『写真に写っていたヘビ』が彼らのわずか5メートル程先にいたのだ!
皆さまに考えてもらいたい。
世界には二種類の人間がいることを。
それはヘビが平気な人間とそうでない人間だ。
英二と理紗はまさしく後者である。
「は、はやくあのヘビを!」
「ま、まって、俺もヘビは・・・」
「助けて!中倉様!」
この時英二の中で何かが沸々と沸いてきた。
「任せて下さい!必ずやあのヘビを捕らえましょう!」
あぁぁああ!俺はなんて軽率なことを!これで二度目だ。英二は一時的な感情に流されやすいのかもしれない。
けれどここでやっぱりムリと言えば男ではない!
ありったけの勇気を振り絞り、英二はヘビの首(?)を捕らえ動きを封じた。
「やった!やりましたよ理紗さん、ほら!」
『ほら!』と理紗にケースにいれてないヘビを向けた英二が完全に悪かった。
「イヤァ!こっちに向けないでください!」
ドンッ!
驚いた理紗に両手で力いっぱい押された英二はヘビを持ったまま、オットットと崖の方へ。
そして・・・
ガッ!
「あ」
「あら」
英二+ヘビはまっ逆さまに落ちていく。
「うわぁぁぁぁぁあああああッ!!」
「中倉さまぁぁぁあああああッ!!」
そして、下にあった池に水柱が一本、ドボンと作り上げられた。
もう日は沈んでいたため、水が綺麗に揺らめくことはなかった。
10
「もしもーし、ケーサツですかぁ?人が死んでまーす。早くきてくださーい。え?嘘言うなって?ホントですよー?なので来てくださーい。場所?えーと、それはー・・・・・」
酒井はとりあえず警察に連絡した。どうしてこんな挑発的な口調なのか?
それは探偵にとって警察は商売敵だからだろう。
「さぁ、ケーサツに連絡しましたよ。もう安心してください」
「え、でもあんな、本当に警察ですか?連絡したのは」
「はい、確かに、ケーサツです」
連絡した酒井に対し女性従業員は問いていた。
そりゃ、あんなテキトーに話してたら本当に警察に連絡していたか気になるのが普通だ。
「なんなのだあのヤロウッ!ふざけてるのか!」
「そうですよ警部ッ!なんなのでしょうアイツは!」
峠道、車内でイライラをそのまま言葉にだしていた二人組がいた。
車はパトカー、乗っているのは中年の岡橋警部、部下である若い刑事、駒木刑事という奥山署の刑事だ。
本当は最初事件が起きたら、近くにいる刑事ではない警察官が駆けつけ、場合によって応援を呼び、ドラマのような感じになると(殺人や強盗など)、特別捜査本部なんかが開設されるのだが、地理的に近くにいたことと、普段は交番勤務同然の扱いをうけていたため、この二人組が行くことになってしまったのである。
それほど、奥山市では事件が少なく、平和だということだ。
刑事たちは、酒井に通報されてホテルに向かっている途中である。
「警察に向かってなんと無礼な!嘘っぱちだったらただじゃおかないぞ!」
「そうだそうだ!アイツがあのタイミングで通報なんかするから、僕らが駆り出されてしまったではないですか!アイツのせいで、さっきモンストでせっかく超絶のラストステージまでいったのに通信切られて続行不能ですよまったく!」
「オイコラ駒木ッ!お前のモンスト事情なぞどーでもいい!しっかり前みて運転しろ!」
「は、はい警部!」
どうやらイライラしている原因は酒井の挑発的な口調と通報のタイミング、そして刑事らしからぬ普段の自分達の扱いだったようだ。
ただ、通信を切られた事はただの八つ当たりであることは明白だ。
この物語には緊張感のあるやつは登場するのだろうか?
ホテルにサイレンが鳴り響き、パトカーが到着し、ぬっと中から険しい顔をした二人が出てきた。
「さっきのヤツを見つけたらたっぷりと職務質問してやる!」
「お!いいですねぇ、じっくりと料理してやりましょう!わくわくしてきました、ヘッヘッヘ」
悪党のように見えるこの二人にとって事件のことより、無礼な通報者をどうしてやろうか?の方が大事ならしい。
というか、人が死んでることをまるで信じていない。
「さて、ここだな」
建物の中に入り、二人組は現場である200号室へと進んでいく。
「おッ!ケーサツさーん!こっこでぇーす!」
警察をはたまた挑発する口調で呼んだのは酒井だった。・・・間違いない。
「き、貴様だな!通報したのは!」
「ヒドイなー、善良な市民に向かって貴様だなんて」
喧嘩腰でかかっていく奥山警部に対し酒井は態度を改める考えは全くないようだ。
「だれが善良な市民だッ!」
「このボクに決まってるでしょう?いつもいつも、もの探しとかタダでしてくれちゃて、すんませんねーホント!あ、あなた達は税金もらってるんでしたっけぇ?」
「な、なんだと!こちとら警部だぞ!警部なのに巡査と同じ扱いをうけているんだぞ!ムカつくったらありゃしない!」
「あんたらが客から金とんないで仕事するから、こちとら客来ないんだよ!おかげでまだ家賃払えてないんだッ!この税金ドロボー!」
巡査以下のドロボー扱いされて、警部は頭に血がのぼり、みるみる赤くなっていく。
「知るかぁ!テメェ職業はなんだッ!」
「探偵だコノヤローッ!」
奥山警部は、目の前の『善良な市民』に向かって親指を下向きにし、酒井は、目の前の『正義の警察官』に向かって中指を立てた。
こんな喧嘩みたいな職務質問見たことないわねー、あれ?これってホントの喧嘩・・・というか、職務質問というよりただの醜いグチをぶつけ合ってるだけなんじゃないかしら?
はたから見ていた女性従業員は落ち着きを取り戻し、純粋にそう思っていた。
「その口の聞き方どーにかならんのか!敬語を使え敬語を!さっきの通報、嘘っぱちだったら公務執行妨害で逮捕するからな覚悟しろ!」
「!」
その瞬間、酒井はニッと笑い
「いいでしょう敬語使ってあげましょう。それと、もし、嘘っぱちだったら煮るなり焼くなり好きにしてください」
酒井は余裕な表情だ。
「そうかそうか、オイ駒木、俺は煮る」
「警部が煮るなら僕は焼きますね」
刑事達にとって、どうやら嘘っぱちは確定らしい。
しかし、現実は違う。
刑事達が現場に踏み入れた先には横たわる権藤の姿が。先程と同様青ざめて生きた表情がない。
「ここここれは・・・」
「ハ、ハハハ・・・ね、寝てるんですよね警部?」
「そ、そうだ、そうに決まってる。えええ演技が上手いねえ~あんた。ねぇあんただよ!むむ、無視はいかんなぁ・・・」
死体に話しかけたところで、返事などするわけがない。
後ろにいた酒井が腕組みをしながら現実を突きつけた。
「いや、確かに死んでいる。脈を計ったが、なかった」
認めたくない刑事達はまだねばる。
「そそそ、そうか、いや、何かの間違いでは・・・」
「ううう、うん、そうですよ警部!第一僕らが事件にでくわすわけないじゃありませんか!」
「そ、そうだ、というかお前、勝手に死体にさわるんじゃない!」
「警部!死体ではないです!認めてはこちらの負けです!それに、きき君、かかか、勘違いじゃないのか?自分で自分の脈を止められることもあるらしいし・・・」
僅かな刑事達の希望を酒井はことごとく打ち破った。
「死体には、このゴム手袋してさわったので大丈夫!それに、自分で自分の脈を止められる方法は、まぁ無くはないが、それはごく一時的だ。第一、彼にとって自分で自分の脈を止める動機が何か分かるかい?普通はそんなものはない。あったとして、止めていたとしても、僕がここについたときからずっと止まったままだから、止めている時間が長すぎる。第一、脈を自分で止めているときは意識はあるはず、呼んでも意識がなかったため、彼は間違いなく死んでいる。なんなら触って確かめてみればいいですよ」
急に真面目に語りだした酒井に動揺が隠せない刑事二人組はせこせこと権藤に近寄る。
「ま、まさかな・・・き、急に敬語使いやがって、不気味だなお前・・・アレ、脈がない」
二人の顔がみるみる青ざめていく。
「ととと、ということは警部・・・」
「やっぱり・・・」
「うぎゃぁぁああ!死んでるーッ!」
「うわぁぁぁああ!こ、駒木はそこで待っていろ!!今から救急車を呼んでくる!!」
「けけ、警部!置いていかないでください!!というか、死んでるんですから、救急車呼ぶ意味無いですよッ!はや、早くここで電話で応援呼んでくださいッ!」
あーあ、頼りない刑事さん達だなぁ。酒井はそんな、あわてふためき、だらしない刑事達を見て呆れていた。
11
あれから、岡橋警部が応援を呼び、捜査が始められた。刑事たちがコレなのだから、当然鑑識、監察医のほとんどが様々なリアクションをしていた。
おう吐してしまう人、驚いて腰を抜かしてしまう人など。
やはり現場には半信半疑で訪れたヤツがほとんどで、見た目はスプラッターではないものの、「人の死」をすぐに受け入れられないのが普通だったのだろう。
それほど、この奥山市竹見町では、平和であった反面、全く「人の死」に慣れておらず、多くの人にとって衝撃的なことであった。
そう、先程まで平気な顔をしていた酒井も例外ではない。
「う、うう、死臭っていうのかなコレ・・・ウッ!」
「こら!こ、ここで吐くな!吐くならトイレへ行け!」
「ちょっと!ウチのホテルで吐かないで下さいッ!他のお客さまにご迷惑ですので!」
吐き気がこみ上げてきた酒井を必死で止める岡橋警部に、女性従業員は、要するに、はた迷惑はゴメンだ、と言っている。
警部の方はもう、慣れたらしいが・・・
「オイ駒木ィ!そんなとこで吐くんじゃなーい!」
「そんなこと言ったって警部ゥ・・・ボオェッ!」
現場の部屋の外だったからよかったものの、駒木刑事はダイナミックに吐いてしまった。
「あーッ!なんてことしてくれるんですかこのヒトデナシッ!」
正義の警察官が女性従業員という市民に、ヒトデナシ扱いされてしまった。もうカタナシである。
現場には、よくドラマで見かけるようなあんな多人数では無く、目で数えられるくらいの少人数しかいない。
別に奥山市警は手を抜いている訳ではない。これが奥山市警の限界なのだ。
普段、対処することといったら万引きや盗難など、しかも年に1回有るか無いかのレベルだ。
なので、腕の良い者は都会へと、出張してしまうのだ(しかも全然帰ってこないパターン)。
奥山市の平和ボケはここまでくるとある意味すごい。
駒木刑事が徹底的に廊下掃除をやらされているところで、現場の保存が終わったらしい。
「現場の保存、終わりました。ってアレ?駒木刑事は?」
鑑識が怪訝な顔をする。
「ホラ、アレ見てみろ」
岡橋警部は腕を組みながら親指でアレを指差した。
その先にはファブ○ーズ片手に床掃除している駒木刑事が。
「・・・はぁ、なんか理解できませんが、了解しました」
「矛盾してるぞソレ、まぁアイツのことはどーでもいいから、現場の方はどうなっている?」
「はい、あまり荒れた形跡はありません。むしろかなりキレイです」
「ほうほう」
岡橋警部が頷く。
「ふむふむ」
酒井が頷く。
「部屋の中の指紋は権藤源氏のものがほとんどで、あとはあの女性従業員の指紋でした。女性従業員の話によると、今日を含む毎日午後12時に部屋の掃除をしているそうです」
「なるほど、今日の午後12時以降、現場には権藤源氏とあの女性従業員がいたわけだ」
岡橋警部が頷く。
「なるほどぉ~、今日の午後12時よりあと、少なくとも現場には権藤と、あの女性従業員はいたわけだ」
酒井が頷く。
「・・・ちょっと待て。何故貴様がここにいる?」
「えー、別にいいじゃないですか警部さん」
自分の言うことなすことオウム返しされてはイライラする。特にこの探偵には。
「よくない!第一貴様は一般人だろう、さあ、出てってもらおうか」
「えー、なんでですかー、ここは現場じゃないですよー、廊下ですよねー、僕の他にも一般人いるじゃないですかー」
・・・この男、めんどくさいッ!
「あーもー、勝手にしろッ!」
「ええ、いいんですか警部?」
鑑識が怪訝な顔をする。
「ああ、どうせ後で説明せにゃならんのだからな」
「・・・誰に?」
「奥山市民に」
「・・・まぁいいでしょう。あ、現場には今までのことよりも珍しいというか、かわったものがいました」
この言葉を聞いて岡橋警部は首をかしげる。
「珍しい?奥山市で人が死ぬこと以上に珍しいものってなんだ」
「ヘビがいたんです。ケースなどは見あたらず、襖に隠れてました」
「ヘビ!?」
そりゃびっくりするだろう。この日本全土でも、人が死んだ部屋にヘビが隠れていたなんて、かなり珍しい。
「ああ、あのヘビか」
どうやらこの探偵は知っていたらしい。
「お前、知っているのか?」
「この部屋に駆けつけた時にね」
「そうか。・・・うーむ、事故か他殺か分かるまでは、この宿泊施設からの出入りを制限したいのだが・・・」
「その件は心配ないと思います。どうやら今日、そして明日ここを出ていく人も、泊まりに来る人もいないらしいですからね」
「おっ、ラッキー」
岡橋警部はなんとも似合わない指パッチンをした。
「あ、おい駒木、一応、許可をもらって制限はしておいてくれ」
「は、ハイ警部・・・イタタタ」
ずっと腰を曲げて床掃除をしていたものだからまるで駒木刑事はおっさんのように見えなくもない。
「状況からみて、事故である可能性が高いが、断定できん。司法解剖すると、どのくらいかかる?」
「司法解剖ですか?」
「ああ、まだ他殺である可能性があるからな。で、時間は?」
「そうですね・・・あと3、4時間くらいですね」
「・・・分かった。よろしく頼む」
あと3、4時間。現在4時くらい。その頃にはもう日は沈んでいるだろう。
「司法解剖、終わりました」
岡橋警部が聞き込みをしていたところで鑑識が呼びに来た。
やはり、日は沈んでいる夜の7時だった。
「死因は?」
「はい、死因は毒による脳出血です」
「毒?なんの毒だ?」
「毒物検査をしたところ、溶血毒というヘビ毒だそうです。腕に噛まれた跡がありました。確か・・ヤマ」
「ちょっとタンマ」
話が上手くいきかけている時に、横で聞いていた酒井が青い顔をして、話の流れを一時停止した。
口元をおさえてバタバタと廊下を走っていくのが聞こえる。
一間の沈黙。岡橋警部と鑑識はボーゼンとしていた。
しばらくすると、めちゃめちゃスッキリした顔で酒井が戻ってきた。
「やぁ待たせてすまない。で、ヘビ毒の何だ?君、話してくれたまえ」
「・・・おい、まさか、お前吐いたな?それも盛大に」
「ええ、何かが吹っ切れた気がしますねぇ。警部さんも一度吐いてみては?」
「誰が吐くか!ってか何故にそんな偉そうにするんだお前はッ!何が話してくれたまえだッ!」
話の流れを一時停止した上にリバースし、偉そうにされたのでは、岡橋警部が黙っているわけがない。
「はいはい、落ち着いて。僕のことはいいじゃないですか。そんなことより、状況の方が気になるでしょう?」
「そうだな!確かにお前なんぞのことより断然状況の方が気になるな、た・し・か・に!」
「ハイハイ。あ、話の続き、お願いしま~す」
吐いてスッキリしたからなのか、酒井は岡橋警部のあからさまな挑発に乗らなかった。
「え?あ、ハイ」
鑑識は目の前の口喧嘩に軽く驚きながらも、話し始めた。
「ヤマカガシです。ヤマカガシの毒が原因です」
「ヤマカガシ?ああ、もしかしてアレかい?」
酒井の指さす先には透明なケースの中に保護(監禁しているようにも見えるが)されているヘビが一匹。
そのヘビは、大きさはマムシよりは大きく全長65cmほど、体色は特徴的な色をしており、緑色をベースに赤と黒の斑紋が交互に入っている。可愛らしいクリクリっとした顔つきも特長のひとつだろう。
「部屋に隠れていたやつか」
「そうですね、ヤマカガシはペットとして人気が高いですし、きっと持ち込まれたのでしょう」
「そうか・・・布団でやや仰向けで横になっているところから、寝ている時に噛まれたため、抵抗できずに死んだ・・・つまり事故死か」
すると、酒井はわざとらしく手を挙げた。
「ハ~イ、それは違うと思いまぁ~す」
またしても、かなり挑発している態度だ。
「ほぅ・・・?何が違うと言うのかね?」
岡橋警部は顔をピクピクひきつらせている。しかし、気づいているのかいないのか、酒井は構わず続ける。
「彼は太っていますから、高血圧だったことはわかる。高血圧+溶血毒で脳出血が死因なのは間違いないでしょう。しかし、よぉ~く見てください、彼のいる布団を。キレイに敷かれていますね。シワ一つないくらいに。脳出血は頭痛が生じます。それはそれは、権藤さんは苦しかったでしょうね。頭を抱えてひどく暴れるか、悶絶していたでしょう。では、何故この布団はキレイなのでしょうか?それに、ヤマカガシはヘビの中でも臆病でおとなしい性格の個体が多いから、寝ている権藤に自分から噛みつく可能性は極めて低い。この二つの理由がある今、事故である可能性は無いといってもいい。と、なると?答えは簡単、つまりこれは人為的に行われたから、ですよ」
岡橋警部と鑑識は目を見開いている。
「人為的!?それはつまり・・・」
酒井はゆっくりと話した。
「そう・・・殺人です」
少しの間の沈黙。
そして、岡橋警部が切り出した。
「・・・さっきから、自信満々に語っているが、ならどんな方法で殺人が行われたのか分かるのかね?」
「いや」
確かに酒井はキッパリとこう言った。
「ゼンゼンわかりません」
12
出入り制限の許可をもらった後、再び始めた床掃除が終わり、戻ってきた駒木刑事は話を聞くと、当然、びっくりしていた。
「殺人・・・ですか・・・」
「おい、お前大丈夫か?」
「へ、平気です」
先ほどとは違うかんじで青ざめている。
だが、しかし・・・
「よしきたぁ!殺人事件!ここは探偵である僕の腕の見せ所だ!」
・・・酒井は興奮している。
「・・・初めて見ましたよ、『殺人事件だー!』と言って喜ぶ探偵」
「あぁ、俺も初めてだよ、こんなクソ探偵見るの」
熱くなっている酒井とは対照的に、冷めた目線で岡橋警部と駒木刑事は酒井を見ていた。
「・・・権藤が殺されたのはこの部屋だな」
「ほぅ、何故分かる?この部屋の外で殺された可能性だってあるじゃないか。それに、本当に殺人なのか?人為的であることは認めるが、目的が殺人であると決まったわけではないだろう?」
ちょっと付き合ってやるか・・・岡橋警部はそういう気分になっていた。
「普通に考えれば分かるはずでしょう?あの巨体を運べるとは思えないし、運べても、誰かに見つかるか監視カメラに写ってしまう可能性が高い」
「あぁ、なるほどな」
頷いて聞いている岡橋警部に満足した酒井は上機嫌で考えられることを続けた。
「そして、やはり殺人である可能性が高いでしょう。ほら、多分警部さんがまだ青二才だったのころ、事件があったでしょう?覚えてますか、1972年、ある男子中学生がヤマカガシに噛まれて死亡した事件を」
「誰が青二才だ、誰が!あぁ、覚えてるよ、俺がまだガキだったころ、確かあの事件をきっかけにヤマカガシは毒ヘビだと認識され始めたらしいが」
「では、何故あの事件が起こるまで毒ヘビだと認識されなかったか、それは警部さん、あなたは分かりますか?」
急に『この問題を解くように』と先生から指される時と似た感じで、ううむと唸る。
「・・・そういや何でだ?」
「ヤマカガシの毒牙がどこにあるのかご存じですか?ハブやマムシなんかの一般的な毒ヘビは大抵、口の中で一番前にある大きな牙が毒牙ですが、ヤマカガシは違い、奥歯が毒牙なんですよ。つまり、普通に人間に噛み付いたときにコレが皮膚に食い込むことはほとんどないんです。噛まれても致死量の毒が入ってくることはほぼ無かったはず。入ってきたとしても、腫れて痛むとかの症状は無いから『コイツは毒ヘビじゃねぇ!』という扱いを受けてきたんですね」
ほうほう、なるほど、つまり臆病でおとなしい上、噛まれても毒自体が入ってこないから、安全な(?)ヘビだと思われてきたのだ。しかし、ひとつ気になることがある。
「なるほど、で、お前はどうしてそんな詳しいんだ?」
「いやぁ、偶然昨日、アニマルプラネットで見たヘビ特集番組がなかなか面白くって。あ、知ってます?ちなみにヤマカガシの毒はマムシの3倍、ハブの20倍も毒が強く、国内最強らしいですよ」
「・・・・」
ほうほう、なるほど、つまり昨日見た番組の内容を話しただけか。
「・・・で、ソレと殺人である可能性、何が関係してるんだ?」
奥山警部には、今は商売敵である探偵の話すことでも、そのことには興味があった。
「先ほどお話しした通り、ヤマカガシの毒牙が皮膚に届く可能性は低い、しかも、噛まれた部位が指ならまだしも、腕に噛んでいる。あの、ぶっとい腕に。つまりこれは事故に見せかけようとした殺人である、と繋がるわけです」
「で、殺害方法は?」
「それは・・・」
「・・・それは?」
話を聞いていた者達は固唾を飲んで次の言葉を待ったが、悪い意味で期待を裏切られた。
「先ほどとかわらず、ゼンゼンわかりません」
「・・・ハァ」
明らかに呆れている警部達達に酒井はいい気分はしない。
「ちょっとちょっと!探偵だって万能じゃないんだぞ、始めから何もかもわかってるわけじゃないんだぞ!」
「いや、すまない、いらん期待をした我々がバカだったのだ。お前は何も悪くないぞ。そう、いらん期待をした我々が全面的に悪い」
「そうですね。いや、君すまなかったね、必要ない期待をしてしまって」
奥山警部と駒木刑事にいいように言われて酒井は不機嫌だ。
「むきぃ~!好き放題いいやがって、覚えてろ、絶対解決してやるからな!」
覚えてろ!というカッコ悪い捨て台詞を言い残した酒井は早々と現場から立ち去った。
「しっかし、あの男、ホント一体なんなんでしょうね?」
「全くだ。始め会った時は挑発してくるし、急に敬語使い始めたと思ったら、今度は『覚えてろ』だからな」
結局、二人には酒井はかなりの自由人であると認識された。
「警部、ただ何かマズい気がするんですよね~」
「何でだ?」
「だって、まず今の状況で一般人が捜査してしまったわけじゃないですか」
「ああ、そうだな」
確かに、探偵は警察官じゃない。ごく普通の一般人だ(酒井がごく普通であるかはおいといて)。
「これって金曜サスペンスなんかでよくあるパターンですよね?最悪、ただの主婦が事件解決しちゃうなんかもありますし・・・普通は一般人は現場に入ったり捜査してはいけないですよね」
「まぁな」
「このまま金曜サスペンスのような流れでいったらどうします?」
「どうします?っていったって・・・じゃあナニか、犯人が断崖絶壁まで追い込まれる状況になるとでも?」
「いや、確かに金曜サスペンスあるあるの断崖絶壁は無いと思いますけど、その、僕らが、え~と、例えるならドラマでいう、ただ推理を聞かされて『ええッ!』って言うだけのモブと同じくらいカッコ悪いことになりますよね」
二人に冷や汗が静かに流れる。
「・・・何が言いたい?」
「つまり、このまま金曜サスペンスの流れでいくと、僕らがあの探偵より下だと認めざるをえなくなってしまいます」
「なにッ!こーしちゃおれん!駒木、早速調査に向かうぞ、やつより下になってたまるか!」
この警部、どうやら根っからの負けず嫌いのようだ。
「・・・さて、これからどうするかな」
ついカッとなってとびだしてしまったが、酒井は行くあてがなく、ただ、ホテルの中庭にあるベンチに腰掛け、池を眺めながら事件のことについてずっと考えていた。
確かに、殺害はあの部屋で行われたはずだ。
まさか、ヘビを持ってきた人に何も警戒せずに自分の部屋に招き入れたなんてわけないし・・・
いや、何か事情があって、あの部屋にヘビを持ち込むことができた人物がいたのかもしれない。
いや、仮にそれで部屋に入れたとしても、どうやってあの噛ませにくいヤマカガシを上手く噛ませるんだ?少なくとも、権藤は抵抗したはず。例え何か事情があったとして、上手く噛ませることが出来ても、必死になって外にいる人に助けを求めるなどのアクションを権藤は起こすだろう。何かの睡眠薬のようなものを・・・いやいや、それなら司法解剖で分かるはずだ。
第一、何でヘビを殺害に用いたんだ?
考えれば考えるほどわからなくなってくる。
そんな時、何か聞き覚えのある声が聞こえた。
喜んでいるように聞こえる。呑気だな!こちとら事件で大変なのに!
軽い八つ当たりをするが、次の瞬間、歓喜の声が悲鳴に変わった。
「うわぁぁぁぁぁあああああッ!」
「中倉さまぁぁぁあああああッ!」
「!?」
中倉!?しかも『さま』付き。落ちてくる男にはかなりの見覚えがあった。その上、何故か紐のようなものと落ちてきた。
落ちてきた男は、英二。そして、紐のようなものはヘビだった。
13
「・・・で、何で英二君が上から落ちてくるんだい?ヘビと一緒に」
酒井のみならず、周りにいた人はびしょ濡れの英二をジットリとした目で見ている。こんな時、英二にはどういったらよいのやら分からない。
「い~や、えっと、これは、だから・・・」
自分はただ、必死にヘビを追っていただけだ。周りから変な目で見られるために落ちたわけでもない。そこで順追って考えてみることにした。
ヘビを探して、ヘビを見つけて、ヘビを捕まえて、ヘビを見せて、押されてヘビと落ちて、だから、だから・・・
「み、みんなヘビが悪いんですよおッ!」
酒井は自暴自棄になった英二に呆れていたら、こっちにくる人影が目にはいった。どうやら白いワンピースを着た少女らしい。どうせ通り過ぎるだろうと、思っていたが、少女は英二の前で立ち止まり一言。
「中倉さま!ご無事でしたか!」
酒井にとって見ず知らずの少女が、英二のことを心配している状況にびっくりしていた。さっきの悲鳴のひとつは彼女からのだったのか。
「な、『中倉さま』ねぇ~・・・クププププ」
「わ、笑わないでくださいよ酒井さん・・・あれ?」
ふと、おかしな状況に気づく。あ、びしょ濡れで話をしているだけでもおかしいが、そっちではない。
「な、何で理紗さんがここに?」
そう、英二は崖から落ちたのだ。なのに、何故崖の上にいた彼女がここにいるのか。答えは単純なことだった。
「ああ、あそこから降りてきましたわ」
「降りてきたって危ないで・・・あ」
理紗の指差す先には、先ほど英二が落ちたあたりから地面まで横に緩やかな長い坂になっていた。
どうやら先ほどは、パニクって気づかなかったみたいだ。
「さっきはごめんなさい・・・びっくりしたもので・・・」
「え・・と?これはどういう状況なのかな?」
落ちてきた英二、彼を心配する謎の少女。
イマイチ状況がつかめない酒井に、英二は自分たちの経緯を話した。一通り聞き終えると、英二に指差すと
「そうか、なるほど。それは確実に、100パー英二君が悪いッ!」と言った。
「そ、そこまでハッキリと言うことないじゃないですか」
そう、確かに自分が悪い。ただ、ハッキリと言われたらグサッとくる。
それから、理紗と酒井は軽い自己紹介を済ませた。
「で、酒井さんこそどーしてここにいるんですか?」
先ほどから嫌なことが続いているからなのか、不機嫌に英二は聞いた。
「ああ、高原と途中で会ってね。ここ予約してくれてたらしい。今ここで宿泊中」
「えええ!ズルいズルい!俺はあんな大変なことになってたのに・・・」
「役得だよ、役得」
自慢気に話す酒井とうなだれて駄々をこねる英二を見て、英二がかわいそうになったのか、理紗は英二に近づいて抱き締めた。
「泣かないで下さい、中倉さま・・・」
「え!うわ、うわわわわ・・・・」
「あああ!ズルいズルい!僕はあんな大変なことになっていたのに・・・」
「役得です、役得」
今度は英二が自慢気になり、酒井が駄々をこねはじめた。
「で、酒井さんの大変なことって何ですか?」
「ああ、権藤さんが死んだんだよ」
「へぇー、死んだんですかー。そーですかー、あの人が・・・死んだ・・・死んだ!?」
さらっと『テレビ予約しといたよー』とか言う感じに話すから、大事でも小事に聞こえる。
「な、何かの冗談ですか?酒井さん」
驚いている英二に不信を抱いた理紗は首をかしげる。だって・・・
「何を言うのですか?とあるお金もちの男性が毒殺されたのでしょう?」
そこで、英二は自らの失敗に気づく。
「え?あ、いや、それはその・・・」
「え!英二君知ってたのーーぐへッ!」
酒井は話してもいないことを何故か知っていた英二に驚く間もなく、強引に首根っこを捕まれた。
「ち、ちょっとトイレに!さぁ酒井さん、行きましょう!」
「え?あ、いや、ちょっと英二君!く、首つかまないで・・い、息できないから~!」
英二は近くにあった屋外トイレに引き込んだ。この時の英二には、こうでもしないと嘘八百がバレると思っていたためだった。かもしれない。
「ゴホゴホゲホゲホ・・・な、何するんだ英二君、苦しいじゃないかッ!」
何がなんだか分からない酒井は咳をしながら涙目で訴える。
「シーッ!聞こえてしまいます!静かに!」
トイレのなかで騒ぐ一人、『静かに!』と、周りを気にする一人、この連中は普通に見かけたら、不審者として通報されかねない。
「いや、聞こえるもなにも、一体なんだってんだ!」
「その、さっきのことなんですけど、ちょっと見栄張っちゃって」
とりあえず、今後のために英二は正直に話すことにしたらしい。
「英二君、君ってやつは・・・」
呆れられて、多少傷ついたが、ここでふと、先ほどのことを思い出す。『知ってたの』って?
「嘘の内容は、とあるお金もちが毒殺されて、かぎになるのがヘビだって言ったんですけど、『知ってたの』ってどういう?」
「そ、それホントに嘘?ほとんど一緒だけど」
酒井は目をパチクリさせ、驚愕な表情を隠せない。ここで、英二はあの嘘が本当だと知る。あれ?ということは・・・
「え、マジで死んだんですか?毒殺ってことはマジで殺人!?」
「うん、大マジ。ほらパトカー止まってるだろ?」
「あ、ホントだ」
パトカーが止まっているからといって殺人とは限らないのだが、英二は追求するのをやめた。
とりあえず、英二は嘘から出たまこと、瓢箪から駒になってしまったことを確認した。
その後、ペコペコしながら屋外トイレから出てきた二人を理紗は首をかしげて見ていた。
酒井はふと、さっきまであったはずのモノに気づいた。
「そういえば、ガラガラヘビは?」
「あ・・・ああーッ!」
英二はキョロキョロして辺りを見回したが、ガラガラヘビは見つからない。
「や、ヤバイっす酒井さん、逃げられたかも・・・」
「なにーッ!一千万円が!英二君、何がなんでも探しだすのだ!」
「は、はいッ!」
肝心の依頼主が死んでいるのだから、一千万円が支払われるのか否か、定かではないのだが・・・
それからというもの、その場には、血なまこになってヘビを探す酒井と英二に、キョトンとした顔で彼らを見ている理紗、そして冷めた目線を送る周りの人々がいた。
ふと、草むらに左手を突っ込んで探していた英二の顔がパッと明るくなる。
「あれ!?これは、もしかして!」
「どうした!英二君!」
ずっと英二は左手を引っこ抜くと、その手はあるヘビを握っていた。
「や、ややや、やったぁぁあッ!」
「よっしゃぁぁあッ!よくやった英二君!」
「良かったですわ中倉さま!」
ヘビは、あのガラガラヘビだった。
ヘビを握っているにも関わらず苦しい表情をしていない英二をみて、ふと酒井は気づく。
「あれ?英二君、ヘビ耐性がついたんじゃないか?」
「あ!そうかもしれません!どんなヘビでもどーんと来いッ!」
この時、英二は自信過剰で油断していた。
「ははは、それはなにより。でも英二君、今掴んでいるとこ・・・あ゛」
「え?なんですか酒井さ・・・あ゛」
英二が掴んでいたのは頭のほうでは無く、あの異物の近く、つまり尻尾のほうだった。
捕まれて警戒し、敵視したのか、体を巻きつけ、英二の左腕をがっつりと噛んでいる。
「あ、うわ、うぎゃゃぁぁああ!噛まれたぁぁああ!ししし、死ぬーッ!」
「おおお、落ち着け英二君!とりあえず何か食べるもの食べるもの・・・」
「あなたが落ち着いて下さいおじさま!食べるものではなくて、まずヘビを早く外さなくては・・・わたくし触れませんわ!おじさまお願い!」
慌てふためきパニックにおちいる二人に比べて幾分冷静だった理紗が、酒井にヘビ外しを託す。
僕は『酒井さま』ではなく『おじさま』なのか・・・なんて落ち込んでいる暇はない。
「そそそ、そうだね・・・うぉりゃあぁああ!」
すごい気迫でヘビを外しにかかる酒井は、ある意味臆病者にも見える。
なんとかヘビを外してケースに入れたが、英二の様子がおかしかった。
「あ、あ、さ、酒井さん、か、か、らだが・・・」
「英二君!大丈夫か、しっかり!」
「だ、いじょ、ぶ、では、な、い、で、き、救急、車・・・」
「分かった!今救急車呼ぶからな!」
「いやぁ!中倉さま死んじゃいやあ!」
英二の体は全身が麻痺しているようで、動かない。そんな様子の英二を見て理紗は悲鳴をあげる。
「ええと、110、110・・・・」
「110番して、どぉ、おおするん、ですかぁ、ぁぁ!!」
麻痺した体で魂の雄叫びをあげる英二。
「アレ!?違うの!?」
「おじさま!119です!119!」
横で理紗が耳打ちしたため、ああ、なるほど、と酒井は納得。
110番と119番がごちゃ混ぜになっていたとんだタイムロスをしてしまった。
しかし、少しすると、先ほどの騒動が嘘だったように英二の体は普通に動くようになっていた。ただ、当の本人はブルブルと震え、ヘビに対しトラウマを抱えてしまった。「雨降って地固まる」の逆だ。
「ヘビ嫌だ、トラウマだぁ、もう見たくない・・・」
「すみません、わたくしが中倉さまを連れまわしてしまったから・・・」
「いやいや、気にしないで理紗さん。どーせすぐ治るから」
暗くなり謝罪する理紗を酒井は明るく励ましたが、そう言われた英二は黙っちゃいない。
「酒井さんいいですか!トラウマってすぐ治らないからトラウマっていうんですよッ!」
「はいはい、にしてもどうしようか?救急車呼んじゃったけど」
「腕がまだジンジンしますし、さっきは体が全然動かなくなったじゃないですか。なのでとりあえず、病院行ってみようと思います。またいつああなるか分からないので」
「でも、いいのか?本当に?救急車で行くと一万くらいするぞ?保険証持ってるか?」
「う・・・だ、大丈夫です、保険証は持ってますから・・・」
現段階で、英二にとって一万円は痛い。
ピーポーピーポーピーポー・・・・・・
「あ、救急車来たみたいだな」
「そうですね」
「へぇー、救急車をこんな近くで見たのは初めてですわ!」
初めて救急車を見る理紗の目は好奇心で溢れていた。
中からは素早く隊員が出てくる。
「大丈夫ですか!運びますよ、動かなくなった人はどこに・・・」
その時、酒井は無言で、スクワットをしている英二を指差した。
「いや、ふざけないで下さい!外来種の毒ヘビに噛まれたなんて、一刻を争うかもしれない!一体どこにいますか!」
「だ・か・ら、こいつです」
今度は、腕立て伏せをしている英二を指差した。
「いや、彼はピンピンしていますよ?」
「確かに、外来種の毒ヘビに噛まれ、麻痺したように動かなくなったのは間違いなく彼です」
「え?じゃあ今は・・・」
「ご覧の通り、ピンピンしてます」
それからというもの、事情を説明した酒井は英二をつれていくよう施した。
「・・まぁ良いでしょう。乗って下さい」
「やりぃ!ラッキー!」
ピョンピョンとスキップしながら救急車に乗り込む英二は男子小学生にしか見えない。
「救急車乗るの初めてなんだよなぁ~。へへへ」
「英二君嬉しそうだな」
「中倉さま!良かったですね!」
「はい、じゃあ行って来まーす」
酒井と理紗は英二と救急車を見送ると、一息ついた。
「そういえば、門限とか大丈夫かい?もうそろそろ8時くらいだけど・・・」
気がつくと、空が真っ暗なことに今さら気づいた。夜行便が飛んでいるのが見える。
「あ!いけない!おじいさまに怒られてしまいますわ!でも、この事件がどうなるのか気になります・・・」
どこか不満げな理紗に酒井はたくましくおもいいっきり自分の胸を叩いた。
「心配ご無用。英二君のおかげで大体分かったよ、殺害方法がね」
自信満々に語る酒井に理紗はどこか頼もしいように思えた。
「本当ですか!是非聞きたいですわ!」
「フフフ、まだ早いな。これから警部さんのところに行って容疑者は誰か、見てこなくては。しかし、警察が捜査できるのは48時間、タイムリミットは2日間だ。それまでに犯人が誰か当ててみせよう」
「明日もここに?」
「ああ、ヘビも見つかったし、多分僕も容疑者の一人だと警察は考えているだろうからね」
「まぁ!・・・面白そうなので、明日も来てもいいですか?」
「もちろん、といっても出入り制限で僕のいるところには来れないだろうけど。よかったね、ここが範囲外で、危うく出られなくなってたよ」
酒井は警察のテープで貼られた出入り口をチラッと見る。
「わかりました、ではごきげんよう」
理紗は頭をペコっと下げると、門まで立ち去り、やがて見えなくなる。
「さて、と。僕は僕でやることをやらねば。ヤバイな、知ったかぶりしてしまった・・・あんなん、わかるわけないだろッ!」
理紗がいなくなると、うってかわって酒井の先程までの余裕な顔色は全くみえなくなる。
「一体どうやって殺したんだ!体には噛まれた後のみ、死因は脳卒中で、ヘビ毒が原因!あの部屋の中で殺されたはず、人為的に!いや、そもそも権藤は自殺を・・もしくは、無理やり噛まされた?どちらもないな、脳卒中は苦しみ、もがれ、部屋は荒れるはず。部屋は荒れていなかった。何事もなかったように・・・第一何でヘビなんだ!ああッ!神様ぁー!何かわたくしめに何か閃きをー!」
問題点は探せば探すほどホイホイと出てくるが、解決の糸口はなかなか見つからない。酒井はついに神頼みをし始めた。しかし、神に見放されたのか、もう見放されていたのか、わからない。
両手をあげて膝をつき「神様ぁー!」と言っている酒井は、事情を知らない人には危ない人としか映らないだろう。
しかし、努力はしよう。とりあえず岡橋警部のところへ行ってみようかな、何か分かるかもしれない・・・と、酒井は思う。
散々愚痴を吐いたら落ち着いたのか、酒井はまだ諦めていないようだ。
きっと、彼にとって初めてであろう殺人事件を彼なりに楽しんでいるのかもしれない。
「とはいえ、何もないと突っぱねられるだろうな。あの刑事さん僕のこと嫌ってるだろうから。ま、手土産は持っていきますか・・・」
酒井は髪の毛をクシャクシャとかきながら独り言を呟く。
手土産、つまりあのヘビが入ったバカでかいケースを持つと、入口の方へ向かっていった。
14
酒井は建物入口に戻ると、あの刑事達を探そうと思った。
そう、駒木刑事と岡橋警部だ。あの二人は「一応」刑事であるため、何か分かるかな~と考えたらしい。
しかし、あっちにいったら
「関係者以外は立ち入り禁止です。入らないでください」
こっちにいったら
「カンケーねぇやつは入ってくんな!出てけ!」
なかなか入れてもらえない。
「カンケーねぇだとー!こちとらカンケー者だ、バカヤローッ!」
あっちでは丁寧に追い返されたから良いものの(?)こっちでは乱暴に言われたために無性に腹がたった。やはり、探偵と警察はお互いに分かり合えないものなのかもしれない。しかし、なんて口の悪い警官だ。
「ああ?関係者だと?テメーのどこらへんが関係者なんだよ?」
いや、どこらへんが関係者と質問されても・・・普通の人なら困るはず。
しかし、酒井は自分の親指を胸にドンと当てると自慢気に言う。
「この僕はなぁー!他でもない、第一発見者と共に遺体を発見した第二発見者なのだぁー!」
「な、なんだってーッ!」
安い茶番劇が繰り広げられ、安いリアクションがあり、そして酒井は経緯を話す。
「チッ、待ってろ!今警部殿に確認してくる」
そう言うと、写真撮るから動くなッ!と言われたため、ピースサインのおまけ付きで止まるとパシャりと携帯で写真を撮られた。顔を警部に確認させるようだ。
口の悪い警官は横にいた警官に何かを話すと、中へ入っていく。
この後、刑事たちと何を話すか考えながら、酒井はヘビの入ったバカでかいケースに座る。
・・・さて、何から話そうか?
聞きたいことはいくつかある。まず、これを言っちゃおしまいだが、まず『事件を解決したかどうか?』これだな。ま、希望は薄いがね。それと、『犯人である可能性がある人、容疑者は誰か?どんな人か?』まぁ、僕も容疑者だろうし、探れば聞き出せるかも・・・
あと、『このヘビを調べてくれるかどうか?』かな。先程のことから、このヘビの毒は麻痺毒の一種だろう。関係あるかどうか知らないけど、関係ある!とか言っとけば調べてくれるかもしれない。
そうこう考えていると、あの口の悪い警官が中から不機嫌そうに出てきた。
「おい、警部殿の所まで案内する。ついてこい」
「はーい」
酒井が軽く返事をすると、口の悪い警官は睨みつけてきた。しかし、途中で何かに気づく。
「お前のそのイケスカナさはどうにかならないのか・・・うん?」
そう、先ほどまで、石か何かかと思っていた物はドでかいケースのようなもので、それを今この男は中へ持っていこうとしているのだ。
「ちょっと待て!なんだそれは!」
そこで酒井は驚いた顔をして
「おッ!やっと気づきました?これはですね、こういうやつです」
そう言うが早いか、ケースのふたを取って、口の悪い警官に見せた。
「これは・・・ヘビ?何故こんな物を?」
それを待ってましたといわんばかりに酒井はイキイキとし始めた。
「これはですね、この事件に関係するかもしれないキチョウなシロモノです!」
「な、なんだってーッ!」
安い茶番劇があり、安いリアクションがあり、すんなり理解された。と、いうより単に口の悪い警官がこのやり取りを個人的に好きなだけなのかもしれない。
岡橋警部の所まで案内されると、口の悪い警官は、じゃあな、と言うとそそくさと戻っていった。
岡橋警部は酒井を見ると不機嫌そうに頭をかきはじめ、ため息を吐いた。
「全く、何だあのピースサインは!ふざけるのも大概にしろ!」
「いや、写真撮る時にピースサインするのは普通のことかなって思って」
「記念写真撮ってるわけじゃないからその必要は無いッ!」
出会い頭に、漫才のようなことをすると、岡橋警部は気まずそうに軽く咳払いをして、本題に入る。
「・・・で、何の用だ」
「いやぁ、事件のことで、何か進展はあったかなー、と」
「容疑者を絞り出したが、その先に進まない、と言ったところか」
酒井は、顎を軽くなで始めた。何か考えているように見える。
「何人ですか?」
「5人だ」
「へぇ・・・誰ですか?」
「まずお前だ、後で取り調べするからな」
酒井はやっぱりか、と呟くと話を進める。
「他4人はどんな人ですか?」
「何故お前に言わなきゃならんのだ?」
「事件を解決できるかもしれないからですよ、警部さん」
「・・・」
岡橋警部はこの探偵に負けたくないうえに、信じがたかった。が、この探偵が解決できるか賭けてみようか?そんな気にもなっていた。
「よし、教えてやってもいい」
「よしきたぁ!」
「ただ」
「?」
岡橋警部は、真っ直ぐに酒井を指差すと
「お前の言う推理が間違っていたら、お前の負けな」
「ま、負け?何のことをいっているんですか警部さん」
酒井は訳が分からないと両手を降る。負けとかどうとか、恐ろしいほど負けず嫌いだな警部さんは、と酒井は思った。
「負けた方が土下座する。いいな?」
「・・・面白い。なら僕が解決したらあなたが土下座してくださいね?」
・・・酒井も負けず劣らず負けん気が強いのかもしれない。
「ようし分かった。じゃあお前に解決できるか見物だな。・・・ところで、そのでかい箱は何だ?」
岡橋警部はあのバカでかいケースを指差す。
「あぁ、これですか。手土産です」
「手土産ェ?なんか不気味だな」と岡橋警部がまじまじとケースを見ると
「はい、確かに不気味です」と言って酒井はフタをあけてヘビを見せる。
「あぁ、確かに不気味だな」
やはり、ヘビは不気味だと感じる人が多いらしい。
「実は、このヘビ、調べてほしいと思いまして」
「何故だ?」
怪訝な顔をした岡橋警部に、笑みを浮かべる酒井。
「事件に関係するかもしれないからですよ」
分かった、と言うと岡橋警部はケースを受け取った。
「さて、じゃあ取り調べをするからついてこい」
「はいはい、しっかしあなた方の善良な市民に対する態度っていうものはないんですかねぇ」
「お前には言われたくないッ!お前にはッ!」
どうやら、探偵と警官は分かり合えないものなのかもしれない。
15
取り調べが一通り終わると、酒井は背伸びをして体の疲れを取る。あれ?そういえば・・・
「そういえば、一緒にいた若い刑事さんは?」
「若い刑事?あぁ、駒木のことか。あいつなら取り調べしてるよ」
「そーですか」
すると、酒井は手を差し出す。
「ん?何だ?この意味深な手は」
「なにって?決まってるじゃないですか~、容疑者リスト的なやつですよ。約束じゃないですか警部さん」
「そんなん渡せるわけないだろ」
さも当然、といったように、言い放った岡橋警部に酒井は非難の声をあげた。
「なッ!約束でしょう?守って下さいよ、教えてくれるんでしょう!守ってくんなきゃ男じゃねぇよ!」
「一般人に渡せるわけないだろ!それに、守らないわけじゃないぞ」
「へ?」
「待機室に、容疑者たちを一時的に集めている。もともとお前にはそこで待機させるつもりだったからな。そこで好き勝手に情報収集してくれてかまわん」
あぁ、ならいいか。実際に話を聞けるし・・・あれ?
「それって、さっき警部さんに頼まなくても出来たってことじゃ・・・」
「ふははははッ!では、存分に情報収集したまえ!」
高らかに笑うと、去っていく岡橋警部。してやったり、そんな顔をしている。
「チクショー!早く言えよな、その事をーッ!」
待機室の中に入ると、どうやら3人いるようだった。
一人は、かなり痩せている男で・・・あれ、見たことある。もう一人はあの女性従業員か。後は、高原さんだった。
「やぁ、今晩は」
「あれ、酒井さんじゃないですか!あなたも容疑者だったんですか」
「そうっぽいですね」
この会話を聞いていた女性従業員は意外そうにそうに酒井と高原を見た。
「あれ、お二人はお知り合いだったんですか?」
「はいそうです。実は、彼は僕の依頼人なんです」
彼、と言いながら酒井は高原のことを指した。
それを聞いて、女性従業員は不思議そうな顔をした。
「依頼人?というのは・・・」
「僕は探偵をしていてね、彼の依頼を引き受けたんです」
「ええ~!そうなんですか!私、本物の探偵見たの初めてです!」
聞き込みの時に出会ったあのおばちゃんのような反応があって、酒井の機嫌が良くなる。
「で?で?この事件を解決しに来たんですか?」
「まぁ、そんなところですね。色々と、情報収集したいので皆さんで、自己紹介といきませんか?」
そう言ってガリガリに痩せている男にも声をかけた。頷いたため、了承したのだろう。
「では、まず僕から。僕は酒井浩一といいます。探偵をしています。以後よろしく」
「次に、僕が。僕は高原厚志といいます。まだ手に職をつけていないフリーターです」
「じゃあ次、私!私は梅川小春です!ここでアルバイトをしています!」
「最後は俺か、俺は原井健吾だ。とある会社のサラリーマンといったところか」
原井が話終わり、一通り自己紹介が終わったと思われたのだが・・・
「いや、まだ最後じゃない」
「え?」
酒井の否定した言葉に梅川は首をかしげる。
「だって、もう皆さん終わったじゃないですか?」
「警部さんは、容疑者は5人いると言っていた。この場には僕を含め4人しかいない、あと一人くるはずだ」
その時、待機室のドアが開いて、かなり太った男が入ってきた。
訳を話し、彼とも自己紹介をし合う事となった。
「俺は友田丸尾だ!コンピュータ関連の仕事をしてるぞ」
「・・・さて、これで5人揃いましたね。ではこれから質問・・・といっても先ほどの取り調べで答えたことを教えていただけたら良いです」
聞いてみた結果、容疑者であった理由は権藤の死亡推定時刻にあの綾根湖畔ホテルにいて、かつアリバイがなかったからであった。
その時間に、原井はトイレにいた。丸尾は自分の泊まっている部屋で一人で見ていた。高原も同じようなもので、部屋で一人くつろいでいた。そして、梅川は一人で掃除していたらしい。
そして、梅川は何やら変な目で権藤から見られていて、権藤に怒りを覚え、原井は前に酒を一人で飲んでいるときに権藤に絡まれて、権藤を嫌っていた。
高原は、大事なペットを権藤が無理矢理横取りしようとしてくるから、丸尾は自分を笑い者にした権藤が許せないと言っていた。しかし、皆容疑を否認していた。
ちなみに、酒井は権藤からも依頼を受けていたことを話すと皆驚いた顔をしていた。
「役立てたでしょうか?探偵さん」
「ええ梅川さん、参考になりました。皆さんありがとう」
そして、静かになり、沈黙が続いて約1時間くらいした後、自分の泊まっている部屋で就寝することになった。
「推理、できましたか?」
ふと、高原が酒井に聞いてきた。
「うーん、まだ難しいですね。ただ、明日何か進展があるかもしれない。なにしろ、僕の弟子が帰ってくるんでね。彼は意外なところで有能ですよ」
16
チラチラっと朝の日差しが眩しく感じる。酒井は起きて背伸びをするとボケーッとした。あぁ、朝か。
顔を洗ってYシャツ姿に着替えると、時計を見た。9時くらいか・・・
酒井はガラケーを使っている。パカパカするアレだ。酒井はガラケーをポケットから取り出すと、英二のケータイに電話して、準備ができしだい来るようにと伝えた。
そして、もう活動しているであろう岡橋警部を探すべく、部屋を出た。
現場である200号室へ向かうと、案外あっさりと岡橋警部に会うことができた。当たり前だが、勤務中のようだ。
「警部さーん、おはようございまーす」
朝から、ムカつく探偵の顔をみて、あからさまに不機嫌になる岡橋警部。
「・・・おまえか、何のようだこんな朝っぱらから」
『こんな朝っぱら』というほど、朝っぱらではないのだが、まぁそれが岡橋警部の体内時計なのだろう。
「調べて頂けましたか?アレ」
「アレ?あ・・あー、アレね。よし、駒木!アレを持ってこい!」
「了解です、警部」
そう言って駒木警部が持ってきたのは、色とりどりな、でこぼこした粒がたくさん入っている袋だった。その袋を駒木刑事から受けとると、酒井に差し出した。
「ほら、やるよ。持ってけ」
酒井は黙って中を確認する。何か腐ったような臭いがする。
「あられじゃねーよ分かるだろぉッ!しかも、これ賞味期限きれてんだろ!」
「おおー、よくわかったな。えーっと、確か去年の夏くらいだったかな、賞味期限」
「ゴミ押し付けただけじゃねーかッ!どっから持ってきたんだよそんな物!」
「パトカーのなかに入れっぱなしになってたやつだ。お前なんぞにゴミ以外与えるかバカもの」
酒井は昨日岡橋警部に渡した、ヘビの調べた結果が気になって聞いたのだが、どうやらはめられたようだ。ったく、性格悪ぃなこの警部。
「・・・さて、このゴミは引き取りますから教えて下さい。昨日調べて頂いたヘビの件で話をしたいんですけど。おふざけ無しで」
「わかった、ただしおふざけ無しはお前もだからな。駒木!あられじゃなくて、アレを持ってこい!」
「了解です。あのヘビについて書いてあったアレですね」
そう言うと、駒木刑事は何やら資料のような物を持ってきて岡橋警部に渡した。受けとると、目を細めて、レンズのピントを合わせるように紙を前に後ろに動かしている。どうやら老眼のようだ。
「うーむ・・・あのヘビの毒には、えーと・・・ブンガロトキシン?が、何パーセントだろう・・・ああッ!クソッ!読みにくいッ!」
「貸して下さい警部さん、もう僕が見ます」
酒井は、老眼の岡橋警部から資料をむんずと取り上げると、見始めた。しかし、書いてあることは分かっても内容はさっぱりだ。そのため、このヘビの毒について調べた専門家に聞いてみた。簡単にまとめると、こんな話だった。
成分には、ヘビの麻痺毒の主な成分が書いてあった。やはり、麻痺毒で間違いはないらしい。ただ、少し変わったことがあった。それは、麻痺毒の成分は入っているものの、微量のため、致死量に達するまでかなりの時間を必用とすること。それと、体全体にまわりやすく、即効性だが、すぐに薄められて、徐々にその効果を無くしてしまうらしい。当然と言っちゃなんだが、効果が無くなるまでの時間には個人差がある。
「・・・やっぱり麻痺毒だったのか。あれ?確か・・・そうだよ!このヘビは!・・・だったら・・・そうか、そういうことだったのか!」
酒井は腕を組んで、歩きまわりながらぶつぶつと何かを言っている。
「そういうこと?どういうことだ?」
岡橋警部は何がなんだか分からないようだ。
「分かりましたよ。この事件、分かったかもしれません」
「なッ!き、聞かせろ!突拍子もないことだったら・・・」
「突拍子もないことだったらどうします?突拍子もないことだから、あなた方警察は分からなかったのではないのですか?」
酒井は自分の推理が上手くいきそうで上機嫌だ。
「まぁ、後で教えて差し上げますよ。・・・もう10時ですか。ちょうどいい、あと少ししたら僕の弟子がこっちに来るかもしれません。1時です、昼の1時にエントランスへ来てください、容疑者の方々を連れてきた上で。ついでに駒木刑事もいいですよ」
何か、約束事のようなことを言われて、訳がわからなくなっていたが、聞いていると大体予想がついてくる。
「お前、まさか・・・」
「はい!某ミステリー小説とかでやってるやつですよ!いやぁ、一度やってみたかったんだよねぇ、コレ!」
岡橋警部は大きなため息をついて、頭を抱え込んだ。そうだ、こいつはこういう人間だった。
「はぁ・・・そんなことだろうと思ったよ。で、何でこの時間なんだ?」
「何って?決まってるでしょう!『腹が減っては戦はできぬ』っていうじゃないですか警部さん」
もといた部屋の方向へ歩いていく酒井。
「お前、まさか・・・」
くるっと、振り返ると、さも当然といった具合に言葉を返した。
「そう、昼飯です」
さて、英二と再会して、昼飯を終えた酒井は約束の1時より10分前にエントランスに来た。
すると、すでに一人来ていたらしい。岡橋警部だ。
「おや、警部さんじゃないですか。早いですねぇ。容疑者の皆さんはどちらに?」
「呼びかけておいた。もうじき来るだろう。おや、そっちの若いのが、お弟子さんか?」
岡橋警部は英二をまじまじと見ている。マトモじゃない探偵を師匠としている弟子なのだから、弟子もマトモではないと考えているらしい。
「は、はじめまして、中倉英二といいます」
岡橋警部は挨拶をした英二に、目を見開いて驚く。
「おッ!これは驚いた、弟子の方がマトモだとはね」
何故挨拶をしただけでこれほど驚かれるのか、英二にはさっぱりだった。
「ところで警部さん、ひとつお願いが。僕が持ってきたヘビを持ってきてもらえませんか?あ、ケースに入れて下さいね」
「何故だ?」
またまたお願いされて、岡橋警部は怪訝な顔をした。
「このあと、あのヘビをちょっと使うんですよ。サプライズだね」
「絶対に必用なことか?それは」
「はい、絶対に必用なことです。必用なことでなかったら、後で英二君をひっぱたいて貰っても構いません」
「はぁ!?なんで俺が!?嫌ですよ絶対」
いきなり、自分を出されてめちゃくちゃ嫌な顔をした。
「・・・ようし、では、お前をひっぱたくことで、手を打とう」
「うーん、まぁいいか。では、お願いしますね」
午後1時。容疑者である、梅川、原井、丸尾、高原が。岡橋警部と駒木刑事、あと暇潰しで来た複数の警官に加え、酒井と英二がエントランスに集まった。
「・・・さて、皆さん集まりましたね」
すると、原井は他の容疑者も聞きたいであろうことを口にした。
「探偵さん、分かったって本当かい?犯人も」
「ええ、そうです・・・と、言いたいところですけどその前にひとつ確認を」
「?」
酒井は何を確認するのか分からない彼らの前にに、ドーンとあのバカでかいケースをおいた。そして、フタを空けて皆に見せた。
「うわっ、ヘビだ!」「気色悪いぜ」「いやぁぁあ!気持ち悪いッ!」
原井、丸尾、梅川の順で個々それぞれに感じた事を話した。だが、高原はなにやら震えている。
「ま、ま、ま・・・」
周りが『えっ?』となっている中、酒井は無言で見守っている。
「ま、マチコぉぉぉおおッ!」
聞いていた人は何がなんだかちんぷんかんぷんだった。高原が、この不気味なヘビを、『マチコ』と呼んでいる。それも、かなり興奮しているようだ。
「さ、酒井さん、これって一体・・・」
英二は声を震わせながら酒井に聞いた。
「僕らが『マチコ』と呼んで探していた物の正体はね、このガラガラヘビだったんだよ。依頼を受けた時、写真を見ながら話していただろ?僕らがメインだと思っていたのはあのヒトだった。けれど、高原さんのメインはあのヘビだったわけさ。つまり、あの時からずっと僕らの話は食い違っていたんだよ。・・・皆さん、このヘビは高原さんのペットです!」
「ええぇッ!」
英二は、驚きが隠せなかった。自分が探していたのはあの一千万円のヘビだったとは!
「高原さん、僕の弟子がこのヘビを見つけ、捕らえてくれました。その時に噛まれましたが・・・」
「えっ!大丈夫かい?もう痺れはとれたかい?そこまでして捕まえてくれたなんて、本当にありがとうッ!」
ただ呆然としている英二に、高原は興奮して両手を握り、ブンブン降り始める。
「とまぁ、ここで本題に入りましょう。殺害方法について・・・の前に、まず何故今回の事件が殺人事件であるかを説明しましょう」
高原が落ち着きを取り戻し、周りが静かになったところで本題に入っていく。
「権藤さんの死因は脳出血でした。これは、もともと権藤さんが肥満体型だったことに加え、事件現場にいたあのヤマカガシという、ここにいるヘビとは別のヘビの毒によって引き起こされたものです。権藤さんの腕には噛まれた穴がふたつ空いていました。一噛みです。ここで、これは権藤さんが寝ている間に噛まれて毒がまわって死亡した、これは事故であるという意見がありました。しかし、彼の遺体が横たわっていた布団はキレイに敷かれていました。シワ一つないくらいに。脳出血には頭痛が生じます。それはそれは、権藤さんは苦しかったでしょうね。頭を抱えてひどく暴れるか、悶絶していたでしょう。ここで、ひとつおかしな点が生まれます。では、何故布団はキレイだったのでしょうか?そもそも、ヤマカガシはヘビの中でも臆病でおとなしい性格なので、寝ている権藤さんに自分から噛みつく可能性は極めて低いです。その上、毒牙が他のヘビと違い、口の奥にあるため、皮膚に毒牙が届く可能性も低いんです。この三つの理由がから、事故である可能性は無いといってもいいですよね。と、なると?つまりこれは人為的に行われた殺人だったとなります」
なるほどねと頷いたり、考え込んだり、周りの反応は様々だった。しかし、警部はここは聞いたな、と呟いていた。
「さて、次は殺害された場所はどこかを話しましょう。権藤さんの遺体が発見された200号室です。理由は、あの巨体を運べるとは思えないし、運べても、誰かに見つかるか監視カメラに映ってしまう可能性が高いから。よって、あの200号室で犯人がヤマカガシの毒を使って権藤さんを殺したのです」
「あれ?ちょっと待ってくれ!」
そこで、抗議の声をあげたのは原井だった。
「つまり、そのヤマカガシっていうのは噛ませられにくいってことだな?普通、命が狙われたなら、音をドンドンとたてたり、外に逃げたり、力いっぱい抵抗したりするだろう?となると、探偵さんの言ってることは色々と問題があるんじゃないか?」
それを聞いて、待ってましたと言わんばかりに酒井は笑みを浮かべた。
「そう、ここで鍵になるのが、あのケースの中にいるヘビです!」
皆は固唾を呑んで、話を聞いている。その様子に満足したのか、少し上機嫌気味に話を続けた。
「あれはガラガラヘビというヘビでして、一時的に体全体を麻痺させる毒を持っています。もう皆さん、大体言いたいことが分かってきたかもしれませんね」
「ま、まさか・・・」「え?なんだよ、全然わかんない・・・」「私も分かりませんわ」
先ほどと同じ順で思ったことを口にしている。
「さて、ここで皆さんお待ちかね、殺害方法です。犯人が、権藤さんを訪ね、200号室の中に入ります。この際、誰も入れないように鍵を閉めます。そして、二人きりになり、このガラガラヘビを権藤さんに噛ませて、全身を麻痺させます。そして、動かなくなったことを確認し、噛んで空いた穴にヤマカガシの毒を流し込む。そして、後は部屋にヤマカガシを放ち、自分は200号室から出て、権藤を放置します。ヤマカガシを放った理由は事故死に見せかけるためでしょう。これで殺害の完了です」
「おいおい、簡単に言っているけどヤマカガシとかガラガラヘビとか用意するのは無理だろ。それにどうやって権藤の部屋に入るんだよ!怪しまれるだろ!」
次に抗議の声をあげたのは丸尾だった。
「・・・まず、権藤の部屋に難なく入ることができるのは、梅川さんと高原さんだ。梅川さんは色目を使って、高原さんはあの大事なペットを譲ると言ってね」
それを聞いて、梅川と高原は顔を真っ赤にした。
「誰があんなやつに色目使いますか、誰がッ!」「誰があんなやつに大事なペット譲りますか、誰がッ!」
しまった・・・と、酒井が冷や汗をかく。
「あ、いえ、その、あくまで仮定ですから、か・て・い」
ふぅ、と息を整えてから話を再開する。
「ヤマカガシは日本全土に生息しているので探せば捕まえることはできます。が、このガラガラヘビは外国産なので用意できるのは一人・・・このガラガラヘビを飼育していて、この容疑者の中で一番詳しく、権藤の部屋に何の不自然さも無く入ることのできた人物、それは高原さんだ」
周りの目が、一斉に高原の方へ向いた。
「いや、違う!僕じゃない!そうだ、何もヘビについては僕以外にも皆知ることが出来るじゃないか!ネットとか図鑑で調べて・・・」
「いいや、あなたしかあり得ない。何故なら、その理由はあなたも考えれば分かるはずですよ」
「そ、そんなわけ・・・あッ!」
高原は何かに気づいたようだが、その他に聞いていた人にはわからなかった。
「ど、どういうことだ?」「うーむ、分からん」「見当がつかないわ」
皆は首をかしげて、理解出来ないと示す。いてもたってもいられなくなった英二は酒井に聞いてみたが、その答えは以外なものだった。
「ねぇ酒井さん、もったいぶらないで教えて下さいよ!」
「英二君、君にも考えれば分かるはずなんだけどね」
今度は英二に一斉に目が向いた。
「えぇ!考えても分からないから聞いているんじゃないですか!ってか、それって犯人である可能性が、俺にもあるってことですか!?」
酒井は思いっきり、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「ハァー・・・バカか君は。容疑者じゃないし、そもそもあの場にいないだろう」
「あ、そうでした。うっかりしてましたー。すんませーん。てへ(棒)」
全く緊張感のない英二の発言に罵声が飛びかう。
「何が『てへ』だ!」「お前がやっても可愛げがねーんだよ!」「それに、(棒)ってなによ(棒)って!」
先ほどまでの緊張感はどこへやら、場が騒がしくなってきた。
「そそそ、そんな事よりも、ほら、皆さんも気になりません?酒井さん、答えはなんですか?」
あたふたしながら酒井に聞いたものの、急に静かになって皆が酒井の回答に耳を傾けた。
「さて、静かになったところで。少し専門的な話になりますね。先ほどからこのヘビを『ガラガラヘビ』とよんでいますが、ガラガラヘビといっても色々います。ここにいる、事件に使われたヘビは、『サザンパシフィックガラガラヘビ』という種類で、南アメリカ全土に生息しています。南アメリカといっても気候や環境は様々で、同じ『サザンパシフィックガラガラヘビ』でも地域や育った環境で毒性は変わってくる、という珍しい種類なのです。つまり、この時点で毒によってどういう効果が得られるか等はネットや図鑑では調べる事はでないため、知るよしもなかった原井さん、丸尾さん、梅川さんは犯人から除外される。
しかし、マチコ・・・彼女の飼い主であり、このヘビについてよく知っていて、麻痺毒であることもわかっていた。ほら、あなたはさっき英二君に言いました。もう痺れはとれたかい、と。僕は噛まれたとしか言っていなかった。つまり、高原さん、あなたしかあり得ないのです」
酒井の言葉を聞き、だんまりして考えこんだり、なるほどと頷くなど、反応は様々だった。が、言葉を発する者はいなく、シーンとしていた。
その沈黙を破るように、高原は乾いた笑い声を挙げた。
「は、はは、わははははッ!ねぇ、探偵さん?要約すると、この容疑者の中で僕しか、マチコのことを詳しく知らなかったから犯人は僕だ、というわけですよね。なら、探偵さん、あんたが犯人である可能性もあるだろうッ!あんたとお弟子さんは僕と、あと殺された権藤から依頼をうけたんだったね。だったら!マチコのことを権藤から詳しく聞いていたんじゃないのかッ!だからさっきの説明だって、細かく説明していたんじゃないのか?・・・と、なると犯人の候補にあんたとお弟子さんも挙がる。が、お弟子さんはそもそもいなかったため除外、となると、探偵さん、あんたにも充分に可能性はあるんだよ。きっとあんたは僕がマチコと暮らしていたということを利用して、犯人に仕立てあげようとしているんだッ!」
周りはぎょっとして、視線は酒井の方へ。最も驚いていたのは英二だった。
「えええッ!酒井さん、何てことを!」
この反応に酒井は顔に青筋を立てはじめる。
「あのねッ!さっきもそうだけど、君は少しでも考えれば・・・いや、考えなくても分かるだろうッ!」
「ど、どういうことですか?」
酒井は大きなため息を・・・なんか今日はため息を吐いてばかりいる気がする。
「はぁ・・・まぁ、ついでに皆さんも聞いてください。これはね、ただ詳しく知っているだけではダメなんです」
「何がダメなんだ?インチキ探偵」
高原があからさまに挑発するが、珍しいことに酒井は挑発に乗らなかった。
「それはね、犯行が行われる以前から、マチコの毒性について知っていることが重要なんです。僕や英二君が初めて知ることができたのは昨日の夕方、もう犯行が行われた後だ。この事件を計画することは出来ない。第一、僕には動機がないし、依頼主なんで逆に死なれちゃ困る人なんだよ。犯人は高原さん、あなただ!」
高原は、立ち尽くした後、舌打ちをすると、逃げようと試みたのか、ドアへ走り始めた。
しかし、岡橋警部は余裕な表情だ。
「容疑を認めたな。無駄なことを・・・」
高原がドアにたどり着く前に、一人の警官が高原の手首を素早くつかみ、取り押さえた。岡橋警部はその警官に賞賛の言葉をかけた。
「ご苦労、駒木刑事」
「いえいえ、大したこと無いです」
駒木刑事は明るく言葉を返した。
後日談
奥山市。
それは日本のどこかに存在する町だ。
名前の通りド田舎で、山と海に囲まれている。
山と海の自然の香りに包まれて、というと聞こえはいいが、要するに生臭い変な匂い。特に雨上がりは最悪だ。
この町では、事件が起こることが少なく、殺人事件なんて尚更だ。
しかし、確かにこの町では『ヘビを使った奇怪な殺人事件』があった。あまり、昔の話ではない。つい最近の話だ。
そんな事件があったのだから、不気味がって客足が無くなり、観光業で食いつないでいるここは破産し(市が破産するなんて聞いたことないが)、奥山『市』から奥山『町』へと降格するかと思いきや、お金にがめつい大人達は逆に、このことを売りに出している。しかも、それがまあまあ成功しているのだから驚きが隠せない。
ちなみに、あの刑事二人組は交番勤務同然の扱いを受けなくなった。彼らにとって、事件があったことを喜ぶわけにはいかないが、その点には喜びを感じているようだ。英二と共に行動していたあの少女は、新聞で、この事件が記載された際、跳び跳ねて喜んでいたらしい。名探偵さんと友達になれたと。ちなみに、かなりの納豆嫌いだったそう。
そんなことがあり、事件自体はそこそこ有名になったものの、事件を解決へと導いた探偵の存在を知っている者は数少ない。それに、その探偵が結果タダ働きしてしまったことを知っている者はもっと少ない。
その探偵と弟子が生息しているのは、奥山市にある商店街で見つけることのできる喫茶店っぽい探偵事務所だ。
「・・・しっかし、驚きましたよ!酒井さんが名探偵っぽくて」
「おい、『ぽい』じゃないだろ『ぽい』じゃ」
上でぐるぐる回っているファンを目で追いながら英二はふと思い出した。
「ところで気になっていたんですが」
「何だ?」
「どうして酒井さんは、えっと、あのガラガラヘビに詳しかったんですか?権藤からもらったメモ用紙以外のこともすらすらと」
「偶然、事件の前日にアニマルプラネットでヘビ特集を見たのが印象に残っていたからね。あぁ、面白かったなー、ネズミの丸呑みとか」
「ウゲェ、想像したくねぇ・・・」
英二は吐くまねをする。
「ガラガラヘビって外来種なんですよね?」
「そうだけど」
「あ、だからですか~。権藤と高原が俺らに依頼したのは」
「そうだね。税金ドロボーにお願いしたら捕まるもんねー、あははっ!」
・・・その様子を見て酒井は苦笑いをしている。
「あ、あと、高原さんの動機は一体なんだったんでしょうか。嫌いだったのは分かるんですけど、何もあそこまで面倒なことをして殺人までしなくても・・・」
「それはね、きっと高原さんが極度なヘビ愛好家だったからかもしれないね。ほら、依頼しに来たとき、ヘビのことを一言も『このヘビ』と呼ばずに『彼女』と呼んでいた。結婚する!とかも言ってたしね。つまり、高原さんにとっては人間とヘビは平等だったんだよ。まぁ取り調べの時は場所が場所だったから『ペット』って言ってたけど。で、小耳に挟んだんだけど、権藤はヘビの血清を裏で売っていたらしい」
「え、そうなんですか」
これは聞いていなかった。英二は少し驚く。そんな危ない人だったなんて。
「そして、珍しいヘビの血清を売ろうとして、マチコに手を出そうとした。それを知った高原は激しい怒りを覚えたんだろうね。自分の愛しているヘビを金にしようとしているわけだからね。だから、あえて権藤が金にしようとしていたヘビを使ったんじゃないかな。苦しくても体を動かして苦しみをまぎらわせようとしても動けない、助けを呼びたくても悲鳴すら出ない、死ぬ時に誰もいない、孤独で死んでいくっていう残酷な殺し方で・・・」
「・・・へぇ、なるほど。世界には変わった人がいるもんですね~」
・・・と言いつつ、酒井のことを見た。
「なんだ?僕が変わった人だと言いたいのか?」
「しーらない」
酒井と英二は、回っているファンをただリラックスして見つめていた。しかし、そんな平和な時間はことごとく破られるのだった。
ガチャンッ!カランカラン・・・
ハッとして酒井が入り口を見ると仁王立ちをした女性が。
「ななな、成美サン・・・」
「さて、酒井さぁーん、今日こそ今月の家賃、頭揃えて払ってちょうだい!」
この時の酒井の慌てようは面白いものだった。
「いいいい、いやー、その・・・あッ!そうだ、殺人事件の解決に忙しかったから家賃どころじゃ・・・」
「嘘おっしゃいッ!」
ピシャリといい放ち、一気に畳み掛ける。
「さぁ!今月の家賃払ってもらいましょうかッ!」
「そそそ、そんなぁ!英二君助けてくれ!」
英二は応じずに部屋へ戻っていく。
「俺しーらない」
「こ、コラ!師匠を見捨てるのか!」
「はて?師匠?なんのことだか・・・」
英二に伸ばし続けた手はことごとく断ち切られる。
「あなたと話しているのは私でしょうッ!払えないのなら、あなたの車を売却してでも払ってもらいますからねぇ!」
「どっひゃー!」
酒井浩一。天才なのか天災なのか。大物なのか大馬鹿なのか。
探偵としてのずば抜けた推理力の高さ。人間としてのずば抜けたレベルの低さ。大きな一つのマルと小さな大量のバツ。
そんな男とこれからも暮らしていくと思うと先が思いやられるのだが、なんだか面白そうな気もする・・・
※これは、文化に出典した作品です。
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