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第九章
透明な剣の力 (4)
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足元まで届く月の光を頼りに、アレフたちは森の奥へと歩いて行った。
足首まで埋まる枯葉の絨毯をかき分けながら、等間隔に配置された木々の間を進んでいった。
入学初日に来た際は特に注目しなかったが、足元や木の幹からあふれ出る樹液などを見て、アレフは感心していた。
「この葉っぱ、気付け薬の材料……。そこの樹液は、エルカンドルの樹液かな?」
アレフは辺りの見渡しながら、目を輝かせていた。
だが、本来の目的を思い出したアレフは、喉を鳴らすと辺りを見渡すのを止めた。
「エトナは多分、森の奥だと思う。青皮膚の呪いを解くための薬草を探したときにはそこまで行った。でも、行き方が分からない。あの時は……、えっと、ヘルハウンドに襲われて、ダァトが助けてくれて案内してくれたんだ。どのくらいしか分からない」
「要は、行き方は分からないけど、エトナがいるならその場所ってことね。兄妹の勘ってやつかな。私も弟たちの言いたいこととか分かったりできるし」
アレフの言葉に頷きながら、マーガレットは先頭を歩いていた。
マーガレットは手に持ってる剣先をすれ違う木々に傷をつけながら歩いており、その動作を見たリィンが疑問を口にした。
「何してんノ? 環境破壊?」
「違うわよ。来た道が分かるようにしてるだけ。ここはロストフォレストだもの。道に迷いやすく、下手すれば一生出れない。だからこうやって目印をつけて進むことで、迷子にならずに進めるってわけ」
マーガレットはリィンに説明しながら、コツコツと木に傷を付けていた。
しばらく歩いた頃、アレフたちの足元には紫がかった霧が立ち込めてきており、それを見たリィンが「イヤな感ジ」と感想を述べた。
「なぁ、本当にエトナはここを通ったのカ? 俺たちの思い込みじゃなイ?」
「エトナがケテル先生の助言を信じているなら、ロストフォレストに必ず向かっているはず。それに、黒龍たちもここに向かっていたから、きっとここさ」
リィンは顔を掻きながら、疑いの目でアレフを見ていた。
足元の枯葉が湿り、リィンは何度か足場を蹴った後、アレフたちに「滑りやすくなってるから気をつけろヨ」と声を張った。
その言葉に返事をするように、マーガレットが「きゃっ」と高い声を出して尻もちをついた。
尻もちをついたマーガレットであったが、背後にいるはずのアレフたちが、全く声をかけないので、マーガレットは怒りながら立ち上がった。
「ちょっと! 女の子が倒れたら手を貸すのが……」
マーガレットが立ち上がった目線の先には、赤い目を光らせた怪物がマーガレットを観察していた。
何度か白い鼻息がマーガレットの前髪を揺らし、マーガレットは声も出ず立ち尽くしてしまう。
マーガレットの後ろにいるアレフたちも、ロストフォレストの全長三十メートルを超える木と同じくらいの高さの怪物を見て、石のように固まっていた。
リィンとマーガレットよりもいち早く状況を飲み込めたアレフは小声で二人に声を掛ける。
「いいかい。俺が合図したら目を閉じて」
二人はアレフの声が聞こえたのか、小さく頭を縦に振った。
赤い目の怪物はマーガレットの洋服に鼻水を付けながら匂いを嗅いでいる。
怪物の目線がマーガレットに向いている内に、アレフはポケットからアーティファクトを一つ取りだすと、空中に放り投げた。
「目を閉じて!」
アレフの声と同時に、二人は目を閉じた。
アレフは投げたアーティファクトを木剣で素早く切ると、その衝撃でアーティファクトから眩い光が炸裂した。
目の前に太陽の光が現れたような眩しさに、赤目の怪物は「キャン!」と泣き叫び、大きな頭を振り回して錯乱した。
「逃げるぞ!」
アレフは踵を返し、走りだした。
リィンとマーガレットも後ろに振り返り走り出し、アレフの方へと走っていった。
「凄イ! あんなの居るんダ!」
「感心している場合?」
「あれはヘルハウンドだ! でも、前見た時よりもでかい!」
滑りやすい足場に何度も足を取られ、すれ違う小枝に引っかかれながらも、三人は木々の合間を抜けて走っていく。
アレフは後ろを振り返ると、周りの木々をなぎ倒しながら、ヘルハウンドが走ってきているのが分かった。
「不味イ! このままじゃ追いつかれル!」
「前はどうやって逃げたの?」
「ダァトに助けてもらったんだ! 鈴の音を聞かせて!」
叫びながらもアレフは思いついたように、ポケットから二つのアーティファクトを取りだした。
「どっちだ……!」
アレフが目をカッと見開きあたふたしていると、追ってきているヘルハウンドが、捕食しまいとマーガレットに飛びつこうとする。
それに気づいたリィンは、マーガレットを庇うように弾き飛ばし、代わりにヘルハウンドに押さえつけられてしまう。
「うわ!」
リィンの声にアレフは足を止め、すぐに後ろを振り返る。
「リィン!」
弾き飛ばされて転んでしまったマーガレットはすぐに立ち上がると、ヘルハウンドに向かって剣を振るが、鋭い剣先がヘルハウンドの体に傷をつけることはなく、布団を叩くような感覚で簡単に弾かれてしまう。
マーガレットがヘルハウンドを叩いたことで、ヘルハウンドは押さえつけているリィンを余所に、マーガレットを睨みつけてよだれを垂らしながら威嚇をし始めた。
「リィンを離しなさいよ……」
半泣きしながら弱弱しい声で、マーガレットはヘルハウンドに懇願するが、その様子を見たヘルハウンドは、マーガレットに威嚇することを止めて押さえつけているリィンに視線を落とした。
リィンは何とか脱出を試みようとあがいて見せるがびくともせず、返って体を押さえる力が強くなり、呼吸すらままならなくなってしまう。
それでもあがこうとするリィンに、マーガレットは「止めて!」と叫んだ。
「二人とも、耳を押さえて!」
アレフは持っている銀色の丸いアーティファクトを投げた。
「〝ソーノス・エクスプローディレ(音よ、爆発しろ)〟」
アレフの声と共に、アーティファクトは金属同士が擦り合うような強烈な高周波を森中に響き渡らせた。
その音を聞いたヘルハウンドは大きくのけ反り、何度も体をのけ反らせながら、他と比べ少し幹の太い木に頭をぶつけた。
ヘルハウンドは鳴き声を発しながら暴れるが、少しすると冷静さを取り戻し、暴れることを止めた。
すかさずアレフはヘルハウンドの目に向かって木剣を投げた。
木剣は見事に命中し、ヘルハウンドの目に当たるが、特に致命傷になることはなく、ヘルハウンドはアレフの方を睨め付けた。
「やっぱり、真剣じゃないと駄目か……」
アレフは諦め半分な声で、ヘルハウンドとは逆の方向へ一目散に走っていく。
ヘルハウンドは鼻息を荒立て、低い唸り声を出すと、殺意をむき出しにしてアレフの方へ走っていった。
アレフは下り坂を滑るように走りながら、ヘルハウンドと追跡から逃げていく。
だが、下り坂を走り切った先、アレフの目の前には断崖絶壁の谷が広がっていた。
谷に飛び降りることなく、何とか踏みとどまったアレフは後ろを振り返った。
目の前にはヘルハウンドが唸りながら、飛び掛かろうと態勢を取った。
その時、アレフの左目の視界から赤い糸の標が見えた。
赤い糸は視界の右奥へと流れていき、アレフはそれに従って勢いよく滑り込んだ。
間一髪すれ違うように、アレフとヘルハウンドの位置は逆転する。
うまく捕食を行えなかったヘルハウンドは、すかさずアレフの方へ振り返るが、アレフは両手を見せびらかせて「もう一個のアーティファクトはどこ言ったでしょ?」と軽い調子で言い放った。
すると、ヘルハウンドの足元は徐々に崩れていき、すり鉢型の大きな穴を作り出した。
大穴は谷に直結するように作られ、ヘルハウンドの足場を奪った。
ヘルハウンドは何とか枯葉の地面にしがみ付こうとするが、枯葉が濡れていたせいで上手く爪が立てられず、そのまま奈落の谷へと落ちて行ってしまう。
ヘルハウンドの悲痛な叫び声に、アレフは落ちていくヘルハウンドを見届けながら「ごめんね」と呟いた。
そして、来た道を振り返り「早くリィンたちの所へ戻らなきゃ」と言って、その場を後にするのだった。
アレフが坂道を登り切り、リィンたちとはぐれた場所へ辿り着くと、リィンは木にもたれかかり、血だらけになった左腕を押さえながら辛そうに唸り声を出していた。
傍にいたマーガレットは手で葉を擦り、粉末状にした物を黄色の樹脂で包むようにすると、それをリィンの左腕に擦り付けていた。
アレフは駆け寄りリィンの傍で膝を突くと、リィンは顔色が悪いのにも関わらず、笑顔でアレフを迎え入れた。
「ヨォ。倒せたのカ?」
「うん。怪我は……よくないよね」
「ごめんなさい。私のせいで」
リィンの腕に樹脂を塗りながら、マーガレットは涙を流し謝罪をしていた。
「気にすんナ。全員無事なだけ良かったロ。それにマーガレットが傷薬の作り方知ってて良かっタ。俺、覚えてないからサ」
リィンはマーガレットを慰めるが、その声はけだるそうで、普段のリィンとはとてもかけ離れた雰囲気をしていた。
マーガレットは「手をどかして」と言って、リィンの右手をどかし、即興で作った傷薬を塗る。
一番傷が深いのか、リィンは顔を歪ませながら、痛みに耐えようと足をバタバタさせた。
「傷薬の作り方なんて、教科書に書いてあったわよ」
マーガレットは鼻声で悲しそうにリィンに返事をした。
それを見ていたアレフは「俺にも何かできる?」と問いを投げた。
「だったら、早くエトナを迎えに行ケ。俺はいいからヨ」
「でも……」
アレフはリィンの言葉に困り、頭を横に振った。
「なら、私はリィンとここから出るわ。木に印は付けてあるし、それに沿って、ロストフォレストを出るわ」
マーガレットは目からこぼれた涙を袖で拭うと、鼻をすすりながら立ち上がった。
「私のせいでリィンに酷い目を合わせたもの。私の責任だわ」
マーガレットはリィンの傍で膝を突いているアレフをどかすと、リィンの右腕を肩に回し、背負うようにしてリィンを持ち上げた。
そして、マーガレットはアレフに申し訳なさそうに謝罪した。
「アレフ、ごめんなさい。森の入り口であなたに強く当たってしまって。私は何も出来なかった。あなたの木剣よりも全然役に立てなかった」
「ううん、そんなことないよ。マーガレットのおかげでリィンの治療が出来たし、それに、ロストフォレストから出れるのだって、マーガレットが木に印を付けてくれたからだろ? マーガレットがいなかったら、今頃俺らは全滅だよ」
マーガレットを慰めるように、アレフはマーガレットの言葉を否定した。
マーガレットはその言葉に黙って頷き、リィンを背負いながら一歩前へ進んだ。
「それじゃ、エトナの事、よろしくね」
マーガレットが鼻声で別れを告げた。
「アレフ。俺の剣が多分そこらへんに落ちてるから、それ使ってくレ」
リィンも少し名残惜しそうに言葉を残すと、マーガレットと共に印の付いた木に沿って歩いて行った。
アレフは二人の背中を見届け、一息深呼吸を入れると、足元に落ちていた自分の木剣を見つけて手に取った。
すぐ傍にリィンの剣も落ちており、それを拾い上げては自分の木剣と見比べた。
アレフはそれぞれを眺めた後、森の入り口でマーガレットに言われた言葉を思い返し、手に持っている木剣に対して「〝レベルテレ(戻れ)〟」と唱え、ポケットに閉まった。
足首まで埋まる枯葉の絨毯をかき分けながら、等間隔に配置された木々の間を進んでいった。
入学初日に来た際は特に注目しなかったが、足元や木の幹からあふれ出る樹液などを見て、アレフは感心していた。
「この葉っぱ、気付け薬の材料……。そこの樹液は、エルカンドルの樹液かな?」
アレフは辺りの見渡しながら、目を輝かせていた。
だが、本来の目的を思い出したアレフは、喉を鳴らすと辺りを見渡すのを止めた。
「エトナは多分、森の奥だと思う。青皮膚の呪いを解くための薬草を探したときにはそこまで行った。でも、行き方が分からない。あの時は……、えっと、ヘルハウンドに襲われて、ダァトが助けてくれて案内してくれたんだ。どのくらいしか分からない」
「要は、行き方は分からないけど、エトナがいるならその場所ってことね。兄妹の勘ってやつかな。私も弟たちの言いたいこととか分かったりできるし」
アレフの言葉に頷きながら、マーガレットは先頭を歩いていた。
マーガレットは手に持ってる剣先をすれ違う木々に傷をつけながら歩いており、その動作を見たリィンが疑問を口にした。
「何してんノ? 環境破壊?」
「違うわよ。来た道が分かるようにしてるだけ。ここはロストフォレストだもの。道に迷いやすく、下手すれば一生出れない。だからこうやって目印をつけて進むことで、迷子にならずに進めるってわけ」
マーガレットはリィンに説明しながら、コツコツと木に傷を付けていた。
しばらく歩いた頃、アレフたちの足元には紫がかった霧が立ち込めてきており、それを見たリィンが「イヤな感ジ」と感想を述べた。
「なぁ、本当にエトナはここを通ったのカ? 俺たちの思い込みじゃなイ?」
「エトナがケテル先生の助言を信じているなら、ロストフォレストに必ず向かっているはず。それに、黒龍たちもここに向かっていたから、きっとここさ」
リィンは顔を掻きながら、疑いの目でアレフを見ていた。
足元の枯葉が湿り、リィンは何度か足場を蹴った後、アレフたちに「滑りやすくなってるから気をつけろヨ」と声を張った。
その言葉に返事をするように、マーガレットが「きゃっ」と高い声を出して尻もちをついた。
尻もちをついたマーガレットであったが、背後にいるはずのアレフたちが、全く声をかけないので、マーガレットは怒りながら立ち上がった。
「ちょっと! 女の子が倒れたら手を貸すのが……」
マーガレットが立ち上がった目線の先には、赤い目を光らせた怪物がマーガレットを観察していた。
何度か白い鼻息がマーガレットの前髪を揺らし、マーガレットは声も出ず立ち尽くしてしまう。
マーガレットの後ろにいるアレフたちも、ロストフォレストの全長三十メートルを超える木と同じくらいの高さの怪物を見て、石のように固まっていた。
リィンとマーガレットよりもいち早く状況を飲み込めたアレフは小声で二人に声を掛ける。
「いいかい。俺が合図したら目を閉じて」
二人はアレフの声が聞こえたのか、小さく頭を縦に振った。
赤い目の怪物はマーガレットの洋服に鼻水を付けながら匂いを嗅いでいる。
怪物の目線がマーガレットに向いている内に、アレフはポケットからアーティファクトを一つ取りだすと、空中に放り投げた。
「目を閉じて!」
アレフの声と同時に、二人は目を閉じた。
アレフは投げたアーティファクトを木剣で素早く切ると、その衝撃でアーティファクトから眩い光が炸裂した。
目の前に太陽の光が現れたような眩しさに、赤目の怪物は「キャン!」と泣き叫び、大きな頭を振り回して錯乱した。
「逃げるぞ!」
アレフは踵を返し、走りだした。
リィンとマーガレットも後ろに振り返り走り出し、アレフの方へと走っていった。
「凄イ! あんなの居るんダ!」
「感心している場合?」
「あれはヘルハウンドだ! でも、前見た時よりもでかい!」
滑りやすい足場に何度も足を取られ、すれ違う小枝に引っかかれながらも、三人は木々の合間を抜けて走っていく。
アレフは後ろを振り返ると、周りの木々をなぎ倒しながら、ヘルハウンドが走ってきているのが分かった。
「不味イ! このままじゃ追いつかれル!」
「前はどうやって逃げたの?」
「ダァトに助けてもらったんだ! 鈴の音を聞かせて!」
叫びながらもアレフは思いついたように、ポケットから二つのアーティファクトを取りだした。
「どっちだ……!」
アレフが目をカッと見開きあたふたしていると、追ってきているヘルハウンドが、捕食しまいとマーガレットに飛びつこうとする。
それに気づいたリィンは、マーガレットを庇うように弾き飛ばし、代わりにヘルハウンドに押さえつけられてしまう。
「うわ!」
リィンの声にアレフは足を止め、すぐに後ろを振り返る。
「リィン!」
弾き飛ばされて転んでしまったマーガレットはすぐに立ち上がると、ヘルハウンドに向かって剣を振るが、鋭い剣先がヘルハウンドの体に傷をつけることはなく、布団を叩くような感覚で簡単に弾かれてしまう。
マーガレットがヘルハウンドを叩いたことで、ヘルハウンドは押さえつけているリィンを余所に、マーガレットを睨みつけてよだれを垂らしながら威嚇をし始めた。
「リィンを離しなさいよ……」
半泣きしながら弱弱しい声で、マーガレットはヘルハウンドに懇願するが、その様子を見たヘルハウンドは、マーガレットに威嚇することを止めて押さえつけているリィンに視線を落とした。
リィンは何とか脱出を試みようとあがいて見せるがびくともせず、返って体を押さえる力が強くなり、呼吸すらままならなくなってしまう。
それでもあがこうとするリィンに、マーガレットは「止めて!」と叫んだ。
「二人とも、耳を押さえて!」
アレフは持っている銀色の丸いアーティファクトを投げた。
「〝ソーノス・エクスプローディレ(音よ、爆発しろ)〟」
アレフの声と共に、アーティファクトは金属同士が擦り合うような強烈な高周波を森中に響き渡らせた。
その音を聞いたヘルハウンドは大きくのけ反り、何度も体をのけ反らせながら、他と比べ少し幹の太い木に頭をぶつけた。
ヘルハウンドは鳴き声を発しながら暴れるが、少しすると冷静さを取り戻し、暴れることを止めた。
すかさずアレフはヘルハウンドの目に向かって木剣を投げた。
木剣は見事に命中し、ヘルハウンドの目に当たるが、特に致命傷になることはなく、ヘルハウンドはアレフの方を睨め付けた。
「やっぱり、真剣じゃないと駄目か……」
アレフは諦め半分な声で、ヘルハウンドとは逆の方向へ一目散に走っていく。
ヘルハウンドは鼻息を荒立て、低い唸り声を出すと、殺意をむき出しにしてアレフの方へ走っていった。
アレフは下り坂を滑るように走りながら、ヘルハウンドと追跡から逃げていく。
だが、下り坂を走り切った先、アレフの目の前には断崖絶壁の谷が広がっていた。
谷に飛び降りることなく、何とか踏みとどまったアレフは後ろを振り返った。
目の前にはヘルハウンドが唸りながら、飛び掛かろうと態勢を取った。
その時、アレフの左目の視界から赤い糸の標が見えた。
赤い糸は視界の右奥へと流れていき、アレフはそれに従って勢いよく滑り込んだ。
間一髪すれ違うように、アレフとヘルハウンドの位置は逆転する。
うまく捕食を行えなかったヘルハウンドは、すかさずアレフの方へ振り返るが、アレフは両手を見せびらかせて「もう一個のアーティファクトはどこ言ったでしょ?」と軽い調子で言い放った。
すると、ヘルハウンドの足元は徐々に崩れていき、すり鉢型の大きな穴を作り出した。
大穴は谷に直結するように作られ、ヘルハウンドの足場を奪った。
ヘルハウンドは何とか枯葉の地面にしがみ付こうとするが、枯葉が濡れていたせいで上手く爪が立てられず、そのまま奈落の谷へと落ちて行ってしまう。
ヘルハウンドの悲痛な叫び声に、アレフは落ちていくヘルハウンドを見届けながら「ごめんね」と呟いた。
そして、来た道を振り返り「早くリィンたちの所へ戻らなきゃ」と言って、その場を後にするのだった。
アレフが坂道を登り切り、リィンたちとはぐれた場所へ辿り着くと、リィンは木にもたれかかり、血だらけになった左腕を押さえながら辛そうに唸り声を出していた。
傍にいたマーガレットは手で葉を擦り、粉末状にした物を黄色の樹脂で包むようにすると、それをリィンの左腕に擦り付けていた。
アレフは駆け寄りリィンの傍で膝を突くと、リィンは顔色が悪いのにも関わらず、笑顔でアレフを迎え入れた。
「ヨォ。倒せたのカ?」
「うん。怪我は……よくないよね」
「ごめんなさい。私のせいで」
リィンの腕に樹脂を塗りながら、マーガレットは涙を流し謝罪をしていた。
「気にすんナ。全員無事なだけ良かったロ。それにマーガレットが傷薬の作り方知ってて良かっタ。俺、覚えてないからサ」
リィンはマーガレットを慰めるが、その声はけだるそうで、普段のリィンとはとてもかけ離れた雰囲気をしていた。
マーガレットは「手をどかして」と言って、リィンの右手をどかし、即興で作った傷薬を塗る。
一番傷が深いのか、リィンは顔を歪ませながら、痛みに耐えようと足をバタバタさせた。
「傷薬の作り方なんて、教科書に書いてあったわよ」
マーガレットは鼻声で悲しそうにリィンに返事をした。
それを見ていたアレフは「俺にも何かできる?」と問いを投げた。
「だったら、早くエトナを迎えに行ケ。俺はいいからヨ」
「でも……」
アレフはリィンの言葉に困り、頭を横に振った。
「なら、私はリィンとここから出るわ。木に印は付けてあるし、それに沿って、ロストフォレストを出るわ」
マーガレットは目からこぼれた涙を袖で拭うと、鼻をすすりながら立ち上がった。
「私のせいでリィンに酷い目を合わせたもの。私の責任だわ」
マーガレットはリィンの傍で膝を突いているアレフをどかすと、リィンの右腕を肩に回し、背負うようにしてリィンを持ち上げた。
そして、マーガレットはアレフに申し訳なさそうに謝罪した。
「アレフ、ごめんなさい。森の入り口であなたに強く当たってしまって。私は何も出来なかった。あなたの木剣よりも全然役に立てなかった」
「ううん、そんなことないよ。マーガレットのおかげでリィンの治療が出来たし、それに、ロストフォレストから出れるのだって、マーガレットが木に印を付けてくれたからだろ? マーガレットがいなかったら、今頃俺らは全滅だよ」
マーガレットを慰めるように、アレフはマーガレットの言葉を否定した。
マーガレットはその言葉に黙って頷き、リィンを背負いながら一歩前へ進んだ。
「それじゃ、エトナの事、よろしくね」
マーガレットが鼻声で別れを告げた。
「アレフ。俺の剣が多分そこらへんに落ちてるから、それ使ってくレ」
リィンも少し名残惜しそうに言葉を残すと、マーガレットと共に印の付いた木に沿って歩いて行った。
アレフは二人の背中を見届け、一息深呼吸を入れると、足元に落ちていた自分の木剣を見つけて手に取った。
すぐ傍にリィンの剣も落ちており、それを拾い上げては自分の木剣と見比べた。
アレフはそれぞれを眺めた後、森の入り口でマーガレットに言われた言葉を思い返し、手に持っている木剣に対して「〝レベルテレ(戻れ)〟」と唱え、ポケットに閉まった。
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