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第八章
騎士アレフとウサギの友達 (7)
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アレフはどこか懐かしいような、それでも奇妙な夢を見た。
アレフは寝そべって青空を仰いでいた。
しかし、辺りを見渡そうにも身体を動かすことは出来ず、誰かの怒号が聞こえると、アレフはきっとまだあの闘技場にいるのだと思った。
「アレフ、ごめんなさい」
アレフのすぐ傍で、女性の声が聞こえた。
悲痛な声で、今にも泣きだしそうな声色だった。
「……」
アレフの口は接着剤で止められたように動かなかった。
ただひたすらに、女性の懺悔が聞こえるばかりだった。
視界の端に映る女性の姿は霞がかっており、唯一認識できた髪の毛は、アレフと同じトパーズ色をした長い髪の毛だった。
「ごめんなさい、本当に……。約束は守れそうにないの……」
はて、とアレフは首を傾げた。
傾げられるほど首は動かないが、アレフは女性の言う約束に見覚えがなかった。
「あの魔法使いがきっとあなたを助けてくれる。いい? アレフ、エトナを連れて……」
ドーン、と会話の途中で爆発音が聞こえた。
地鳴りがするほどの爆音で、アレフは驚いたからか、自分の心拍が早くなっているのが分かった。
「……もう行かなきゃ。行ってくるね」
耳元で砂を蹴る音が聞こえる。
その音は徐々に遠くなっていき、また一つ大きな爆発音が聞こえると、足音は完全に沈黙した。
一方的な会話であったが、声が聞こえなくなると、アレフは妙に寂しくなった。
胸の奥に穴が開いたような、冷たく、青黒い奈落に落ちるような感覚に苛まれた。
何も出来ない状態が、自分の存在を示しているようで、目の前の青空を見ることが辛く感じた。
アレフは閉じることができない目を懸命に閉じようとした。
無駄だと分かっていても、この青空を見るよりかはマシだった。
アレフの視界に白い光が炸裂し、大量の汗を背中や額に流しながら目を覚ました。
真っ暗な部屋の中、唯一自分が横になっている所が布団であると分かると、急な眠気に襲われ、目を閉じた。
そこからすぐに、アレフの意識は深い眠りへと落ちていった。
アレフが目を覚ますと、目の前には甘栗色をしたウサギの顔が一つ、視界の大半を奪っていた。
非現実な眼界にアレフは勢い良く飛び上がり、頭をベッドのヘッドボードにぶつけてしまう。
「目を覚ましましたね。アレフ君。強く当たりましたが、頭は大丈夫ですか?」
「おはようございます。ラビーさん。目を覚ますには、刺激的な体験だよ」
頭をさすりながら、アレフは辺りを見渡した。
両際には、アレフと平行になるように、ベッドがずらりと並んでいた。
すぐ傍の机には、アロマスティックが置かれており、アレフの寝起きの鼻をくすぐった。
「はっくしゅん!」
「おや? 風邪ですか。暖かいタオルと、着替えの服を持ってきますね」
そう言うと、ラビーはキリキリと歩き、壁際の扉に入っていった。
アレフは鼻を擦り、温まろうと掛布団を引っ張った。
だが、掛布団は動かなかった。
原因は布団の上にもたれ掛って寝ているエトナがいたからだ。
掛布団を強く引っ張ったせいか、エトナは眠そうに目を擦りながら起き上がった。
寝ぼけ眼でアレフの方を見るや否や、エトナは大きく目を見開いた。
「アレフ……。目が覚めたの。……良かった」
「おはよう、エトナ。寝起き一番に見た人がラビーじゃなきゃ、いつも通りだったけどな」
エトナの優しい表情に、アレフもやれやれといった様子で言葉を返した。
「あら、ラビーがここにいたの?」
「ついさっきまでね。着替えとか持ってきてくれるみたい。ところで今何時?」
アレフの腹の虫が大きな唸り声を上げた。
部屋中に響き渡る程だったが、幸いにも、エトナ以外は誰もおらず、恥をかく心配はなかった。
「今は朝の九時よ。ほらあれ」
エトナはラビーが消えていった扉の方を指差した。
先ほど見たときは気づかなかったのか、扉の上には丸時計が飾られており、短針は九の数字を指していた。
「どおりでお腹が減ってるわけだ」
「それもあると思うけど……」
エトナは歯切れが悪そうに話した。
「何?」
「今。というか、あの日からどのくらいたったか分かる?」
「あの日って?」
「学院対抗戦からよ」
「……あ、ドラゴンが降りてきた」
アレフは何が起きたのか、やっと整理がつき、真剣な声で答えた。
エトナはアレフの言葉に頷きながら言葉を返した。
「そう。ドラゴンがテスタロッサを襲ったの。アレフはそのど真ん中にいて……。それで、あの日から一週間ほど経っているの」
「だから、こんなにもお腹減ってるのか」
アレフの腹の虫は主張を激しくし、アレフは落ち着かせるように、お腹に手を当てさすっていた。
「最初に言う台詞がそれなの?」
エトナはアレフの呑気な発言に、呆れてため息をついた。
「えっと、ごめん。それで、あの場にいたみんなは?それに試合はどうなったの?マクレイン先生は?」
「それらについては、私から話すわ。アレフ」
部屋の扉を開けて、アレフたちに近づいてくるのは、マクレインとラビーだった。
マクレインの頬にはガーゼが貼られており、それを見たアレフは顔を歪ませた。
マクレインはアレフに近づくと、抱擁を交わし「目が覚めて良かったわ」と安堵した。
「先生。顔を怪我して」
「このくらいはかすり傷よ。でも、レディの顔に傷をつけるドラゴンには、後でしっかりと借りを返さないといけませんが」
マクレインは微笑み、アレフの歪んだ顔を解消した。
マクレインはアレフのベッドの傍に置いてある丸椅子に座り、ラビーは机の上に、湯気が立っているたらいとタオル、それと、白いシャツと黒いズボンを置くと、先ほどの扉の奥へ帰っていった。
「それで、先生。みんなはどうなったんですか?」
「安心して。今回の騒動で誰一人として、亡くなった方はいないの。闘技場の中心にいたあなたたちは巻き込まれた訳だけど、それでも、皇帝のアーティファクトのおかげで、誰一人として怪我を負ってないわ。あなたを含めてね」
「リィンもマーガレットも無事だよ。マースが逃がしてくれたから」
マクレインの言葉にエトナも続いた。
「ドラゴンが飛来し、少しの間暴れて、すぐに飛び立ったわ。その衝撃で、テスタロッサ闘技場の一部は壊されてしまったわ。でもまあ、この程度で済んでよかったわ。正直、命拾いしたと言っても良いくらい。相手は黒龍だったから、死者が出ないなんて奇跡よ」
「黒龍って、そんなに危ないの?」
「黒龍が現れた町は跡形もなく消えてしまう、というのが言い伝えにあってね。ドラゴンの中で一番凶悪なドラゴンと言われているわ」
「凶悪……」
アレフは息を飲んだ。
どうしてそんな生き物が自分たちの目の前に現れ、そして無事なのか。
疑問点が浮かび上がるが、野生生物の思考を考えても仕方がないことだと、アレフは結論付けた。
「でも、本当に無事で良かったわ。目を覚まさなかったら……、なんて考えると、ランディたちやあなたの両親に顔向けできないもの」
マクレインは胸をなでおろし、安堵の表情を見せた。
その表情を見たアレフは、少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「心配させました。マクレイン先生も、エトナも」
アレフの言葉に、エトナは安堵するような表情で笑った。
「ところでアレフ。どっちの学院が優勝トロフィーを勝ち取ったか、知りたくない?」
「え? 試合したの?」
こんな騒動があっても、試合を再開したことにアレフは驚いたが、それよりも自分がいなくても戦うことに、すこし寂しさを覚えた。
「意外とあっさり始めたよ。アレフの代わりは三年生の人だった」
「ああ、そうなんだ。それで、どうなったの?」
アレフは食い入るようにエトナに質問した。
エトナはニヤニヤしながら話した。
「赤の寮の優勝だって。やったね」
エトナのその言葉に勝って嬉しいような、しかし、勝つ瞬間を見れず寂しいような、アレフは何とも言えない表情をして報告を受けた。
アレフは寝そべって青空を仰いでいた。
しかし、辺りを見渡そうにも身体を動かすことは出来ず、誰かの怒号が聞こえると、アレフはきっとまだあの闘技場にいるのだと思った。
「アレフ、ごめんなさい」
アレフのすぐ傍で、女性の声が聞こえた。
悲痛な声で、今にも泣きだしそうな声色だった。
「……」
アレフの口は接着剤で止められたように動かなかった。
ただひたすらに、女性の懺悔が聞こえるばかりだった。
視界の端に映る女性の姿は霞がかっており、唯一認識できた髪の毛は、アレフと同じトパーズ色をした長い髪の毛だった。
「ごめんなさい、本当に……。約束は守れそうにないの……」
はて、とアレフは首を傾げた。
傾げられるほど首は動かないが、アレフは女性の言う約束に見覚えがなかった。
「あの魔法使いがきっとあなたを助けてくれる。いい? アレフ、エトナを連れて……」
ドーン、と会話の途中で爆発音が聞こえた。
地鳴りがするほどの爆音で、アレフは驚いたからか、自分の心拍が早くなっているのが分かった。
「……もう行かなきゃ。行ってくるね」
耳元で砂を蹴る音が聞こえる。
その音は徐々に遠くなっていき、また一つ大きな爆発音が聞こえると、足音は完全に沈黙した。
一方的な会話であったが、声が聞こえなくなると、アレフは妙に寂しくなった。
胸の奥に穴が開いたような、冷たく、青黒い奈落に落ちるような感覚に苛まれた。
何も出来ない状態が、自分の存在を示しているようで、目の前の青空を見ることが辛く感じた。
アレフは閉じることができない目を懸命に閉じようとした。
無駄だと分かっていても、この青空を見るよりかはマシだった。
アレフの視界に白い光が炸裂し、大量の汗を背中や額に流しながら目を覚ました。
真っ暗な部屋の中、唯一自分が横になっている所が布団であると分かると、急な眠気に襲われ、目を閉じた。
そこからすぐに、アレフの意識は深い眠りへと落ちていった。
アレフが目を覚ますと、目の前には甘栗色をしたウサギの顔が一つ、視界の大半を奪っていた。
非現実な眼界にアレフは勢い良く飛び上がり、頭をベッドのヘッドボードにぶつけてしまう。
「目を覚ましましたね。アレフ君。強く当たりましたが、頭は大丈夫ですか?」
「おはようございます。ラビーさん。目を覚ますには、刺激的な体験だよ」
頭をさすりながら、アレフは辺りを見渡した。
両際には、アレフと平行になるように、ベッドがずらりと並んでいた。
すぐ傍の机には、アロマスティックが置かれており、アレフの寝起きの鼻をくすぐった。
「はっくしゅん!」
「おや? 風邪ですか。暖かいタオルと、着替えの服を持ってきますね」
そう言うと、ラビーはキリキリと歩き、壁際の扉に入っていった。
アレフは鼻を擦り、温まろうと掛布団を引っ張った。
だが、掛布団は動かなかった。
原因は布団の上にもたれ掛って寝ているエトナがいたからだ。
掛布団を強く引っ張ったせいか、エトナは眠そうに目を擦りながら起き上がった。
寝ぼけ眼でアレフの方を見るや否や、エトナは大きく目を見開いた。
「アレフ……。目が覚めたの。……良かった」
「おはよう、エトナ。寝起き一番に見た人がラビーじゃなきゃ、いつも通りだったけどな」
エトナの優しい表情に、アレフもやれやれといった様子で言葉を返した。
「あら、ラビーがここにいたの?」
「ついさっきまでね。着替えとか持ってきてくれるみたい。ところで今何時?」
アレフの腹の虫が大きな唸り声を上げた。
部屋中に響き渡る程だったが、幸いにも、エトナ以外は誰もおらず、恥をかく心配はなかった。
「今は朝の九時よ。ほらあれ」
エトナはラビーが消えていった扉の方を指差した。
先ほど見たときは気づかなかったのか、扉の上には丸時計が飾られており、短針は九の数字を指していた。
「どおりでお腹が減ってるわけだ」
「それもあると思うけど……」
エトナは歯切れが悪そうに話した。
「何?」
「今。というか、あの日からどのくらいたったか分かる?」
「あの日って?」
「学院対抗戦からよ」
「……あ、ドラゴンが降りてきた」
アレフは何が起きたのか、やっと整理がつき、真剣な声で答えた。
エトナはアレフの言葉に頷きながら言葉を返した。
「そう。ドラゴンがテスタロッサを襲ったの。アレフはそのど真ん中にいて……。それで、あの日から一週間ほど経っているの」
「だから、こんなにもお腹減ってるのか」
アレフの腹の虫は主張を激しくし、アレフは落ち着かせるように、お腹に手を当てさすっていた。
「最初に言う台詞がそれなの?」
エトナはアレフの呑気な発言に、呆れてため息をついた。
「えっと、ごめん。それで、あの場にいたみんなは?それに試合はどうなったの?マクレイン先生は?」
「それらについては、私から話すわ。アレフ」
部屋の扉を開けて、アレフたちに近づいてくるのは、マクレインとラビーだった。
マクレインの頬にはガーゼが貼られており、それを見たアレフは顔を歪ませた。
マクレインはアレフに近づくと、抱擁を交わし「目が覚めて良かったわ」と安堵した。
「先生。顔を怪我して」
「このくらいはかすり傷よ。でも、レディの顔に傷をつけるドラゴンには、後でしっかりと借りを返さないといけませんが」
マクレインは微笑み、アレフの歪んだ顔を解消した。
マクレインはアレフのベッドの傍に置いてある丸椅子に座り、ラビーは机の上に、湯気が立っているたらいとタオル、それと、白いシャツと黒いズボンを置くと、先ほどの扉の奥へ帰っていった。
「それで、先生。みんなはどうなったんですか?」
「安心して。今回の騒動で誰一人として、亡くなった方はいないの。闘技場の中心にいたあなたたちは巻き込まれた訳だけど、それでも、皇帝のアーティファクトのおかげで、誰一人として怪我を負ってないわ。あなたを含めてね」
「リィンもマーガレットも無事だよ。マースが逃がしてくれたから」
マクレインの言葉にエトナも続いた。
「ドラゴンが飛来し、少しの間暴れて、すぐに飛び立ったわ。その衝撃で、テスタロッサ闘技場の一部は壊されてしまったわ。でもまあ、この程度で済んでよかったわ。正直、命拾いしたと言っても良いくらい。相手は黒龍だったから、死者が出ないなんて奇跡よ」
「黒龍って、そんなに危ないの?」
「黒龍が現れた町は跡形もなく消えてしまう、というのが言い伝えにあってね。ドラゴンの中で一番凶悪なドラゴンと言われているわ」
「凶悪……」
アレフは息を飲んだ。
どうしてそんな生き物が自分たちの目の前に現れ、そして無事なのか。
疑問点が浮かび上がるが、野生生物の思考を考えても仕方がないことだと、アレフは結論付けた。
「でも、本当に無事で良かったわ。目を覚まさなかったら……、なんて考えると、ランディたちやあなたの両親に顔向けできないもの」
マクレインは胸をなでおろし、安堵の表情を見せた。
その表情を見たアレフは、少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「心配させました。マクレイン先生も、エトナも」
アレフの言葉に、エトナは安堵するような表情で笑った。
「ところでアレフ。どっちの学院が優勝トロフィーを勝ち取ったか、知りたくない?」
「え? 試合したの?」
こんな騒動があっても、試合を再開したことにアレフは驚いたが、それよりも自分がいなくても戦うことに、すこし寂しさを覚えた。
「意外とあっさり始めたよ。アレフの代わりは三年生の人だった」
「ああ、そうなんだ。それで、どうなったの?」
アレフは食い入るようにエトナに質問した。
エトナはニヤニヤしながら話した。
「赤の寮の優勝だって。やったね」
エトナのその言葉に勝って嬉しいような、しかし、勝つ瞬間を見れず寂しいような、アレフは何とも言えない表情をして報告を受けた。
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