29 / 48
第七章
禁書庫に隠された七年前の記憶 (3)
しおりを挟む
十一月の入った頃、アレフとエトナは順調にエルトナムの生徒として馴染んでいた。
アレフとリィンは決闘騎士の練習に打ち込んだ後、赤の寮には戻らず、ジャージ姿で講堂への廊下を歩いていた。
共に合格していたワッカとワットと雑談しながら、講堂に入っていった。
試験でアレフと対峙したワッカは、リィンと同じく補欠となり、別の生徒と戦ったワッカは、アレフと同じように秋の学院対抗戦に出場することとなった。
「来年は俺たちの時代だ。な? リィン」「そうそう、次は俺たちの時代ダ」などと話しながら、アレフたちはワッカとワットと別れ、一年生の円卓へ席に着いた。
アレフたちが定位置の席を座ると、すぐさま、机の上に食べ物を用意した。
焼け目がついたハンバーグステーキ、クロワッサン、ポテトサラダ、オレンジジュース。
アレフが孤児院にいた頃は、誕生日か学校の催しで活躍した時くらいにしか食べれなかった。
どれもアレフの好物ばかりが並んで出てきていた。
「やっぱりこれを見つけた人は天才だ」とアレフが感動していると、「それって、アインの食事じゃ当たり前なんだロ?」と言って、リィンがアレフの目の前にあるポテトサラダを、スプーンで一口分掬った。
対して、リィンの食膳には、ホワイトラビットのモモ肉、蛇のから揚げ、お米、炭酸飲料水が置かれていた。
アレフはそれを見ては、蛇のから揚げを一つ、お返しとばかりに黙って自身の口に放り込んだ。
少々癖のある味と硬い触感に、アレフは眉間にしわを寄せながら「これが君の所では当たり前なのか?」と聞いては、「さあ?」とリィンはおかしく笑った。
「はぁ」
二人がわいわいじゃれ合っていると、エトナの隣に座っていたマーガレットはため息を付いた。
エトナとマーガレットは、放課後は一緒にいたのだろうか「まだ悩んでいるの?」とエトナがマーガレットに聞いていた。
「やっぱりおかしいわ。そう思わない? 図書館にも無かったのよ。透明の剣の文献が」
「気持ちは分かるけど。ね? ないものねだりしたって、現れるわけではないし」
「なにかあったのか?」
珍しくエトナがマーガレットを慰めている姿を見てアレフは声をかけた。
エトナはやれやれといった様子で、アレフに「マーガレットの知的好奇心がマラソンしているのよ」と言うと、続けて「あと、食事の場で遊び始めないで」と二人に注意した。
落ち着きを取り戻したアレフは、食べかけていた蛇のから揚げをリィンの食器に戻した。
リィンは嫌な顔をしながら、食べかけの蛇のから揚げを見てつぶやいた。
「透明な剣って歴史学の授業で出てきたやつカ。騎士エルトナムが四大悪騎士と戦う際に使用したっていう剣だっケ?」
リィンは思い出しながら話した。
「そうよ。その剣のことを知れれば、他の四大悪騎士のことも分かると思ったのよ」
「授業始まって以来、ずっとその四大悪騎士の名前探ろうとしてるな。何でそんなに執着するんだよ」
マーガレットの怒り交じりの声に、アレフもやれやれといった様子で質問をした。
「決まってるじゃない。私が知りたいからよ」
「あー、うん、そっか」
「マーガレットは、自分の耳と目で見たことしか、信じないからね」
確かに最初にウィルカートであった時も、エトナに悪騎士マルクトの子どもか聞いていたな、とアレフは思い出していた。
「父親やお兄さんには話聞かなかったのか? 確か、エルトナムの学生だったんでしょ?」
「伝書鳩飛ばして聞いたわよ。そしたら、授業を熱心に取り組んでて感心した! って書かれた紙と、金貨を幾らか貰ったわよ」
マーガレットはため息をつきながら説明をした。
アレフもマーガレットの様子を見て、「そっか」という他なかった。
すると、リィンがもも肉を齧りながら、マーガレットに問いかけた。
「図書館の本は全部見たのカ?」
「禁書庫以外は全部見たわよ」
「全部じゃないじゃんカ」
リィンの言葉にマーガレットは顔を上げ、リィンの顔を見ながら目を真ん丸にした。
かと思えば、マーガレットは頭を抱え悩み始めた。
「駄目よ! そんなことは……。規則ですもの」
「探求心を取るか、規則を取るか」
「馬鹿なこと言わないで。規則なんだから、禁書庫に入るのは駄目だって」
エトナは言い聞かせるようにマーガレットに話した。
その様子を見ながら、アレフはふとおかしな点に気づいた。
「でもおかしくないか? 教科書に載ってるくらい有名な物が図書館に無いなんて」
「なにもおかしいことはないサ。だって、教科書には載ってる代物が、図書館の本棚に無いってことは、禁書庫にしかないって言ってるようなものだロ」
リィンが話を整理した後、ニヤッと嫌な笑顔を見せた。
「禁書庫に入り込んで探すしかないナ」
リィンの悪魔のささやきが、エトナの至極真っ当な正論を遮り、マーガレットの知的好奇心を揺さぶった。
マーガレットは今なお、頭を抱えながら「うーん」と悩んでいた。
そこから、マーガレットはアレフたちが食事を終えるまで、ずっと頭を抱えながら、唸っていた。
アレフとリィンが食器を仕舞い込んだ後、一つの結論を出したマーガレットは席を立った。
「一度スリグリン先生に聞いてくるわ。もしそれで駄目だったら、違う方法を考える」
どうやらリィンの悪魔のささやきに打ち勝てたようで、スリグリン先生のいる副学長室に向けて講堂を後にして行った。
「さすがの行動力」
リィンが感服したように頷いていた。
「エトナは付いて行くの?」
「私は寮で報告を聞こうかな」
アレフの質問に、エトナは苦笑いしながら答えた。
次の日の朝。
休校日であるエルトナムの上空には暗雲が立ち込み、大粒の雨が部屋の窓を叩いていた。
そのせいもあってか、赤の寮の扉を叩いていたマースの訪問に、生徒たちは少しばかり気づくのが遅れてしまった。
赤の寮の談話室に案内されたマースは、アレフとエトナに用がある、と言うと、手に持っていた小さな小包を机の上に置いた。
アレフとエトナが自室から降りてくると、マースは再び、小包を手にアレフたちへと近づいた。
「休日に申し訳ない。手紙が届いていたので、それを届けに参りましたぞ」
マースは手に持っていた小包とは別に、懐から茶封筒を取り出すと、アレフたちの目の前に差し出した。
「ありがとう、マース先生」
「休日ですので、敬称はいりませんぞ」
エトナは差し出された手紙を受け取り、マースにはにかんだ。アレフも少し遅れて、「ありがとう」と言うと、大きな欠伸をして目を擦った。
「すみません。次の日が休みとなると、どうしてもみんなやる気になるので」
「アレフは毎日のように、決闘騎士の練習をなされて。夫妻が今のアレフを見たら、何と喜びになられるか」
アレフは目を擦ることを止めて、自身の身長の倍近くあるマースを見上げて、続けて話した。
「お父さんやお母さんのことは覚えていないし、どちらかと言うと、マクレイン先生たちに喜んで欲しいかな」
寝ぼけているのか、普段言わない様なことを口走るアレフに、エトナはまじまじとアレフの顔を見た。
「ええ、マクレイン先生もきっとお喜びになられる。そして、その手紙はそのマクレイン先生からの物になりますぞ」
マースは視線をエトナが持っている茶封筒に移した。
それにつられて、アレフとエトナも視線を茶封筒へと移した。
宛先にアレフ・クロウリー様、エトナ・クロウリー様と書かれており、エトナが中身の手紙を取り出すと、手紙に引っかかっていたのか、紙切れが一枚、赤い絨毯の上に落ちていった。
「なんだこれ」
アレフがそれを拾い上げると、写真の中心には見覚えのある杖をついた女性が立っており、その両端にはカメラに向かって微笑む男性と、満面の笑みで笑っている女性の姿があった。
「なにが映ってるの」
エトナも写真を覗き込んだ。
すると、エトナは何かに気づいたのか、驚き声を上げた。
「あ、この真ん中の女性って、マクレイン先生じゃない?」
「えっ、こんな綺麗な人が? だって、今のマクレイン先生はしわしわ……」
「アレフ、その言い方は失礼ですぞ」
アレフはエトナの指摘に笑ってしまう。
すぐにマースに怒られ、アレフは言葉を続けるのを止めた。
「この両端の人だれ?」
「んー、アレフに似てる。この女性の人」
青い瞳に金色の髪。
屈託なく笑う女性の姿に、アレフは「そうか?」と言葉を返した。
「吾輩も似ていると思いますぞ。似ている理由は、ほれそこの、手紙を読んだら分かりましょうぞ」
マースはエトナの持っている手紙を指さした。
エトナは谷折りにされた手紙を開くと、書かれている文字を朗読し始めた。
親愛なるアレフ、エトナ。
あなたたちがエルトナムへ旅たち、既に三か月が経ちましたね。
毎週の便りが、私の楽しみになっています。
セフィラのことは秘匿なので、ランディたちには読ませられませんが、
あなたたちのことを伝えると、彼らも安心してくれます。。
さて、私から二つプレゼントがあります。
アレフが既に袋を開けていそうですが、小包の方は、
昔使用していたカメラのアーティファクトです。
これを使って、今度は二人が元気な姿を撮ってください。
次に、封筒に封入した写真です。
これは、あなたたちの父親と母親、そして、私の若い頃の写真です。
古い友人が、あなたのご両親から預かっていたそうです。
春にある学院対抗決闘試合は私も見に行きます。
その時にまた会えるのを楽しみにしています。
P.S エトナへ。
アレフが若い頃の私の姿を見て笑うようでしたら、頭を叩いておいてください。
エトナは朗読を終えるや否や、アレフの後頭部を勢い良く叩いた。
アレフの寝ぼけて虚ろになっていた思考が一気に覚めた。
「痛い」
「自業自得ですな」
マースは大きな体をのけ反らせて笑った。
アレフは叩かれた頭をさすりながら写真を見た。
「えっと、端にいる人が俺らの両親ってことなんだよな」
アレフは再び写真の中の両親の顔を見た。
アレフにはこの二人が、自分の両親であるという実感は湧かなかった。
けれど、どこか懐かしい感じがして、アレフは笑っている二人の顔を見ては少し頬を緩めた。
「その写真は、ぜひ大切にしてくだされ」
マースも頬を緩めながら、小包の中を取り出した。
小包から出てきたのは、古めかしいポラロイドカメラで、マースはその大きな手でカメラを隠すように構えた。
「さ、記念に一枚、お撮りいたしましょう。さあさあ、寄ってください」
アレフとエトナはマースに言われて、談話室の暖炉を背に二人は並んだ。
エトナははにかみながらもアレフの傍に寄り、アレフは先ほどの写真の中にいた母親の笑顔を思い出しては、似たような笑顔を作って見せた。
刹那に眩しい明りがアレフたちを襲い、瞬く間にポラロイドカメラからは一枚の写真が印刷された。
マースが印刷された写真を見て、アレフたちに手渡した。
アレフたちが写真を覗くと、楽しそうに笑うアレフと優しく笑うエトナの姿があった。
「良く撮れていますぞ。すぐにマクレイン先生に送りましょうか?」
「ううん。後で手紙を書いてから送るよ。エトナもそれでいいよね?」
アレフの言葉にエトナはこくりと頷いた。
「分かりましたぞ。ところで、このカメラはアーティファクトらしいのですが、一見変哲もありませんね」
マースがポラロイドカメラを見ながら首を傾げた。
言われてみれば、とアレフも腕を組んだ。
エトナが「ちょっと貸して」と、マースからポラロイドカメラを手渡してもらうと、舐め回すようにポラロイドカメラを見回した。
その姿を横目に、アレフはマースに質問をした。
「お母さんとマクレイン先生ってどういう繋がりだったの?」
「クロウリー夫妻はこの学院を卒業後、マクレイン先生の元で働くことになったと言われています。しかし、マクレイン先生の騎士団はクロウリー夫妻が加入後した数年後には、解散したと聞かされています。解散直前まで所属していたのが、マクレイン先生とクロウリー夫妻になります」
「へえー」
アレフはマースの話を聞きながら、再び写真の両親を見た。
エトナはポラロイドカメラを見るのを止めて、マースの言葉を静かに聞いていた。
「解散って何かあったの?」
「私は詳しくは存じておりませんが、何でも子供を拉致し、人体実験をする教団と戦った際に、所属していた騎士たちが次々と命を落としたそうで……。あまりいい話ではありませんよ」
物悲しそうにマースは語った。
その悲痛な表情に、アレフもそれ以上の詮索は出来なかった。
「ごめんなさい、話させてしまって」
「ははっ、大丈夫ですぞ。もし、詳細を聞きたいのであれば、ローレンス殿かスリグリン殿にお話を聞きなされ。私にはどうもこのこの手の話は苦手でして」
マースは申し訳半分に謝罪をすると、赤の寮の玄関口へと、とぼとぼと歩いて行った。
アレフたちは去っていくマースの背中を見ながら、「さようなら」と言って、マースを見送った。
アレフとリィンは決闘騎士の練習に打ち込んだ後、赤の寮には戻らず、ジャージ姿で講堂への廊下を歩いていた。
共に合格していたワッカとワットと雑談しながら、講堂に入っていった。
試験でアレフと対峙したワッカは、リィンと同じく補欠となり、別の生徒と戦ったワッカは、アレフと同じように秋の学院対抗戦に出場することとなった。
「来年は俺たちの時代だ。な? リィン」「そうそう、次は俺たちの時代ダ」などと話しながら、アレフたちはワッカとワットと別れ、一年生の円卓へ席に着いた。
アレフたちが定位置の席を座ると、すぐさま、机の上に食べ物を用意した。
焼け目がついたハンバーグステーキ、クロワッサン、ポテトサラダ、オレンジジュース。
アレフが孤児院にいた頃は、誕生日か学校の催しで活躍した時くらいにしか食べれなかった。
どれもアレフの好物ばかりが並んで出てきていた。
「やっぱりこれを見つけた人は天才だ」とアレフが感動していると、「それって、アインの食事じゃ当たり前なんだロ?」と言って、リィンがアレフの目の前にあるポテトサラダを、スプーンで一口分掬った。
対して、リィンの食膳には、ホワイトラビットのモモ肉、蛇のから揚げ、お米、炭酸飲料水が置かれていた。
アレフはそれを見ては、蛇のから揚げを一つ、お返しとばかりに黙って自身の口に放り込んだ。
少々癖のある味と硬い触感に、アレフは眉間にしわを寄せながら「これが君の所では当たり前なのか?」と聞いては、「さあ?」とリィンはおかしく笑った。
「はぁ」
二人がわいわいじゃれ合っていると、エトナの隣に座っていたマーガレットはため息を付いた。
エトナとマーガレットは、放課後は一緒にいたのだろうか「まだ悩んでいるの?」とエトナがマーガレットに聞いていた。
「やっぱりおかしいわ。そう思わない? 図書館にも無かったのよ。透明の剣の文献が」
「気持ちは分かるけど。ね? ないものねだりしたって、現れるわけではないし」
「なにかあったのか?」
珍しくエトナがマーガレットを慰めている姿を見てアレフは声をかけた。
エトナはやれやれといった様子で、アレフに「マーガレットの知的好奇心がマラソンしているのよ」と言うと、続けて「あと、食事の場で遊び始めないで」と二人に注意した。
落ち着きを取り戻したアレフは、食べかけていた蛇のから揚げをリィンの食器に戻した。
リィンは嫌な顔をしながら、食べかけの蛇のから揚げを見てつぶやいた。
「透明な剣って歴史学の授業で出てきたやつカ。騎士エルトナムが四大悪騎士と戦う際に使用したっていう剣だっケ?」
リィンは思い出しながら話した。
「そうよ。その剣のことを知れれば、他の四大悪騎士のことも分かると思ったのよ」
「授業始まって以来、ずっとその四大悪騎士の名前探ろうとしてるな。何でそんなに執着するんだよ」
マーガレットの怒り交じりの声に、アレフもやれやれといった様子で質問をした。
「決まってるじゃない。私が知りたいからよ」
「あー、うん、そっか」
「マーガレットは、自分の耳と目で見たことしか、信じないからね」
確かに最初にウィルカートであった時も、エトナに悪騎士マルクトの子どもか聞いていたな、とアレフは思い出していた。
「父親やお兄さんには話聞かなかったのか? 確か、エルトナムの学生だったんでしょ?」
「伝書鳩飛ばして聞いたわよ。そしたら、授業を熱心に取り組んでて感心した! って書かれた紙と、金貨を幾らか貰ったわよ」
マーガレットはため息をつきながら説明をした。
アレフもマーガレットの様子を見て、「そっか」という他なかった。
すると、リィンがもも肉を齧りながら、マーガレットに問いかけた。
「図書館の本は全部見たのカ?」
「禁書庫以外は全部見たわよ」
「全部じゃないじゃんカ」
リィンの言葉にマーガレットは顔を上げ、リィンの顔を見ながら目を真ん丸にした。
かと思えば、マーガレットは頭を抱え悩み始めた。
「駄目よ! そんなことは……。規則ですもの」
「探求心を取るか、規則を取るか」
「馬鹿なこと言わないで。規則なんだから、禁書庫に入るのは駄目だって」
エトナは言い聞かせるようにマーガレットに話した。
その様子を見ながら、アレフはふとおかしな点に気づいた。
「でもおかしくないか? 教科書に載ってるくらい有名な物が図書館に無いなんて」
「なにもおかしいことはないサ。だって、教科書には載ってる代物が、図書館の本棚に無いってことは、禁書庫にしかないって言ってるようなものだロ」
リィンが話を整理した後、ニヤッと嫌な笑顔を見せた。
「禁書庫に入り込んで探すしかないナ」
リィンの悪魔のささやきが、エトナの至極真っ当な正論を遮り、マーガレットの知的好奇心を揺さぶった。
マーガレットは今なお、頭を抱えながら「うーん」と悩んでいた。
そこから、マーガレットはアレフたちが食事を終えるまで、ずっと頭を抱えながら、唸っていた。
アレフとリィンが食器を仕舞い込んだ後、一つの結論を出したマーガレットは席を立った。
「一度スリグリン先生に聞いてくるわ。もしそれで駄目だったら、違う方法を考える」
どうやらリィンの悪魔のささやきに打ち勝てたようで、スリグリン先生のいる副学長室に向けて講堂を後にして行った。
「さすがの行動力」
リィンが感服したように頷いていた。
「エトナは付いて行くの?」
「私は寮で報告を聞こうかな」
アレフの質問に、エトナは苦笑いしながら答えた。
次の日の朝。
休校日であるエルトナムの上空には暗雲が立ち込み、大粒の雨が部屋の窓を叩いていた。
そのせいもあってか、赤の寮の扉を叩いていたマースの訪問に、生徒たちは少しばかり気づくのが遅れてしまった。
赤の寮の談話室に案内されたマースは、アレフとエトナに用がある、と言うと、手に持っていた小さな小包を机の上に置いた。
アレフとエトナが自室から降りてくると、マースは再び、小包を手にアレフたちへと近づいた。
「休日に申し訳ない。手紙が届いていたので、それを届けに参りましたぞ」
マースは手に持っていた小包とは別に、懐から茶封筒を取り出すと、アレフたちの目の前に差し出した。
「ありがとう、マース先生」
「休日ですので、敬称はいりませんぞ」
エトナは差し出された手紙を受け取り、マースにはにかんだ。アレフも少し遅れて、「ありがとう」と言うと、大きな欠伸をして目を擦った。
「すみません。次の日が休みとなると、どうしてもみんなやる気になるので」
「アレフは毎日のように、決闘騎士の練習をなされて。夫妻が今のアレフを見たら、何と喜びになられるか」
アレフは目を擦ることを止めて、自身の身長の倍近くあるマースを見上げて、続けて話した。
「お父さんやお母さんのことは覚えていないし、どちらかと言うと、マクレイン先生たちに喜んで欲しいかな」
寝ぼけているのか、普段言わない様なことを口走るアレフに、エトナはまじまじとアレフの顔を見た。
「ええ、マクレイン先生もきっとお喜びになられる。そして、その手紙はそのマクレイン先生からの物になりますぞ」
マースは視線をエトナが持っている茶封筒に移した。
それにつられて、アレフとエトナも視線を茶封筒へと移した。
宛先にアレフ・クロウリー様、エトナ・クロウリー様と書かれており、エトナが中身の手紙を取り出すと、手紙に引っかかっていたのか、紙切れが一枚、赤い絨毯の上に落ちていった。
「なんだこれ」
アレフがそれを拾い上げると、写真の中心には見覚えのある杖をついた女性が立っており、その両端にはカメラに向かって微笑む男性と、満面の笑みで笑っている女性の姿があった。
「なにが映ってるの」
エトナも写真を覗き込んだ。
すると、エトナは何かに気づいたのか、驚き声を上げた。
「あ、この真ん中の女性って、マクレイン先生じゃない?」
「えっ、こんな綺麗な人が? だって、今のマクレイン先生はしわしわ……」
「アレフ、その言い方は失礼ですぞ」
アレフはエトナの指摘に笑ってしまう。
すぐにマースに怒られ、アレフは言葉を続けるのを止めた。
「この両端の人だれ?」
「んー、アレフに似てる。この女性の人」
青い瞳に金色の髪。
屈託なく笑う女性の姿に、アレフは「そうか?」と言葉を返した。
「吾輩も似ていると思いますぞ。似ている理由は、ほれそこの、手紙を読んだら分かりましょうぞ」
マースはエトナの持っている手紙を指さした。
エトナは谷折りにされた手紙を開くと、書かれている文字を朗読し始めた。
親愛なるアレフ、エトナ。
あなたたちがエルトナムへ旅たち、既に三か月が経ちましたね。
毎週の便りが、私の楽しみになっています。
セフィラのことは秘匿なので、ランディたちには読ませられませんが、
あなたたちのことを伝えると、彼らも安心してくれます。。
さて、私から二つプレゼントがあります。
アレフが既に袋を開けていそうですが、小包の方は、
昔使用していたカメラのアーティファクトです。
これを使って、今度は二人が元気な姿を撮ってください。
次に、封筒に封入した写真です。
これは、あなたたちの父親と母親、そして、私の若い頃の写真です。
古い友人が、あなたのご両親から預かっていたそうです。
春にある学院対抗決闘試合は私も見に行きます。
その時にまた会えるのを楽しみにしています。
P.S エトナへ。
アレフが若い頃の私の姿を見て笑うようでしたら、頭を叩いておいてください。
エトナは朗読を終えるや否や、アレフの後頭部を勢い良く叩いた。
アレフの寝ぼけて虚ろになっていた思考が一気に覚めた。
「痛い」
「自業自得ですな」
マースは大きな体をのけ反らせて笑った。
アレフは叩かれた頭をさすりながら写真を見た。
「えっと、端にいる人が俺らの両親ってことなんだよな」
アレフは再び写真の中の両親の顔を見た。
アレフにはこの二人が、自分の両親であるという実感は湧かなかった。
けれど、どこか懐かしい感じがして、アレフは笑っている二人の顔を見ては少し頬を緩めた。
「その写真は、ぜひ大切にしてくだされ」
マースも頬を緩めながら、小包の中を取り出した。
小包から出てきたのは、古めかしいポラロイドカメラで、マースはその大きな手でカメラを隠すように構えた。
「さ、記念に一枚、お撮りいたしましょう。さあさあ、寄ってください」
アレフとエトナはマースに言われて、談話室の暖炉を背に二人は並んだ。
エトナははにかみながらもアレフの傍に寄り、アレフは先ほどの写真の中にいた母親の笑顔を思い出しては、似たような笑顔を作って見せた。
刹那に眩しい明りがアレフたちを襲い、瞬く間にポラロイドカメラからは一枚の写真が印刷された。
マースが印刷された写真を見て、アレフたちに手渡した。
アレフたちが写真を覗くと、楽しそうに笑うアレフと優しく笑うエトナの姿があった。
「良く撮れていますぞ。すぐにマクレイン先生に送りましょうか?」
「ううん。後で手紙を書いてから送るよ。エトナもそれでいいよね?」
アレフの言葉にエトナはこくりと頷いた。
「分かりましたぞ。ところで、このカメラはアーティファクトらしいのですが、一見変哲もありませんね」
マースがポラロイドカメラを見ながら首を傾げた。
言われてみれば、とアレフも腕を組んだ。
エトナが「ちょっと貸して」と、マースからポラロイドカメラを手渡してもらうと、舐め回すようにポラロイドカメラを見回した。
その姿を横目に、アレフはマースに質問をした。
「お母さんとマクレイン先生ってどういう繋がりだったの?」
「クロウリー夫妻はこの学院を卒業後、マクレイン先生の元で働くことになったと言われています。しかし、マクレイン先生の騎士団はクロウリー夫妻が加入後した数年後には、解散したと聞かされています。解散直前まで所属していたのが、マクレイン先生とクロウリー夫妻になります」
「へえー」
アレフはマースの話を聞きながら、再び写真の両親を見た。
エトナはポラロイドカメラを見るのを止めて、マースの言葉を静かに聞いていた。
「解散って何かあったの?」
「私は詳しくは存じておりませんが、何でも子供を拉致し、人体実験をする教団と戦った際に、所属していた騎士たちが次々と命を落としたそうで……。あまりいい話ではありませんよ」
物悲しそうにマースは語った。
その悲痛な表情に、アレフもそれ以上の詮索は出来なかった。
「ごめんなさい、話させてしまって」
「ははっ、大丈夫ですぞ。もし、詳細を聞きたいのであれば、ローレンス殿かスリグリン殿にお話を聞きなされ。私にはどうもこのこの手の話は苦手でして」
マースは申し訳半分に謝罪をすると、赤の寮の玄関口へと、とぼとぼと歩いて行った。
アレフたちは去っていくマースの背中を見ながら、「さようなら」と言って、マースを見送った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
15
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる