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第六章
危険な夜の散歩 (4)
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学院の中は昼間と違い静まり返っていた。
廊下の壁に並ぶランタンは消灯し、窓から入る月の光で、何とか足元が見えるほど暗い廊下だった。
スニーカーの床を擦れる音が鳴り響く中、二階の保健室を目指し、アレフたちは登り階段まで歩いて行った。
アレフたちが階段を登り、二階の廊下を踏んだ直後だった。
「何をしているのです!」
アレフとエトナの頭上で、大きな声が響いた。
アレフたちが見上げると、そこにはスリグリンが睨みを効かせて、アレフたちを見ていた。
スリグリンは持っていたランタンをアレフたちに近づけ、顔を確かめようとする。
二人は抵抗するだけ無駄だと感じ、特に顔を隠すことなく「スリグリン先生」とだけ声を出した。
「あなたたちでしたか。消灯時間を過ぎていることは理解してますね?」
「はい」
「ですが、先生……」
「ですが、ではありません。リィン・マオのことが心配なのは分かりますが、規則は守らないと、誰でも出入りするようになってしまいますから」
アレフたちの言葉に聞く耳を持たないスリグリンの声色は、少しだけ怒りの色が感じられた。
アレフはこれでは埒が明かないと考え、手に持っていた青皮膚の呪いを解く薬草を、スリグリンに突き出した。
「こ、これで、リィンの呪いが解けるはずです!」
少しだけマクレインに怒られているような気がして、アレフの声は震えてしまう。
スリグリンは差し出された青色の葉っぱを見ては、目を真ん丸に見開いた。
「あなたたち、これをどこで」
「ロストフォレストで……」
スリグリンは青色の葉っぱを一枚手に取ると、顔色を変えてアレフたちに「付いて来なさい」と言うと、三人は保健室へと入っていった。
保健室の明かりは消えており、部屋の一角にある病床には、カーテンで隠されているが、カーテンの隙間から明かりが漏れていた。
スリグリンが明かりのついている病床に向かって歩くと、アレフたちもそれに付いて行った。
スリグリンがカーテンを開けると、苦しそうに息をするリィンの姿があった。
青くなってしまった皮膚に汗を垂らしながら呻き声をあげる姿に、アレフとエトナは苦い表情を見せた。
「さぁ、持っている青皮膚の薬草をこちらに頂戴な」
スリグリンがベッドに備え付けてある引き出しから、すり鉢を取り出した。
アレフとエトナは手に持っていた青皮膚の薬草を渡すと、スリグリンに「何か手伝うことはありますか」と聞く。
だが、アレフたちは「結構です。そこに座って、リィンの手を取っててあげなさい」と言われ、二人はベッドの反対側にある椅子に腰かけた。
スリグリンはすぐそばの椅子に座ると、貰った薬草をすり鉢に入れ、すりこぎ棒で粉々にしていった。
途中、ポケットからアーティファクトを取り出しては、「〝アクーア(水よ)〟」と唱えたり、「〝イグニス(炎よ)〟」と唱えながら、粉末状になっていた薬草を液体へと変えていった。
初めて薬の調合を目の当たりにしたアレフとエトナは、スリグリンの手元をじっと見ていた。
「薬学を学べば、このくらいは作れるようになりますよ」
アレフたちが手元を見ていたことに感づいたのか、スリグリンは口を開いた。
スリグリンは薬が完成したのか、青色の液体をおちょこに入れるとリィンの体を揺らした。
「起きなさいリィン。これを口に入れるのです」
スリグリンはリィンの上体を起こすと、口元におちょこを当てた。
揺らされて起きたのか、リィンの目は閉じ切ったままだったが、呻き声を出しながらも口を開いた。
一口飲んだのか、リィンは思いっきりむせ返った。
白い布団に青い液体が飛び散り、リィンは「うげぇ」と吐き気を催す顔をしていた。
「良薬は口に苦し、と言います。さあ、飲みなさい」
スリグリンは無理やり、青い液体をリィンの口に流し込ませた。
抵抗するリィンであったが、何とか喉を通ったらしく、みるみるうちにリィンの姿は元の姿に戻っていった。
「もう無理……」と一言残すと、リィンはそのままベッドに倒れていった。
その光景に終始驚いていたアレフたちだったが、リィンが寝息を立てると共にその感覚は薄れていった。
「先生、リィンは」
「無事呪いは解けたでしょうね。見ての通りです」
スリグリンはリィンの抵抗で乱れた服装を正し、席から立ち上がった。
「さあ、あなたたちも早く寮に戻りなさい」
スリグリンはそう言ったあと、「それと……」と続けた。
「明日の放課後、学院長室へ。いいですね?」
スリグリンは言葉を残しt保健室を立ち去った。
残されたアレフたちは、これまでの出来事からか、どっと疲れに襲われるがリィンの穏やかな寝顔を見ると、その疲れも幾分か楽になった。
次の日の朝。
赤の寮の一室で、アレフは眠たい目を擦りながら、制服とマントを着た。
一夜の冒険のあと、アレフの疲れているはずの体は意外にも睡眠を拒み、ロストフォレストで起きた出来事を繰り返し思い返すことをしていた。
まるで夢物語の世界に踏み込んだみたいで、本をよく読むアレフにとっては、何物にも代えがたい思い出になった。
着替えが終わり談話室まで降りると、数人の生徒が談笑していた。
その中にエトナの姿があった。
アレフは大きな欠伸を一つするとエトナに声をかけた。
「おはよう。よく寝れた?」
「アレフ。全然寝れなかった」
「あなたたち、本当に森に行ったの」
エトナと話をしていたマーガレットが、あきれた顔をしながらアレフを見ていた。
「あれほど、危険な森だって、エトナにはちゃんと伝えたはずよ?」
エトナに対しても、睨みつけるようにマーガレットは言った。
「大丈夫だったよ。それに今、私たちが五体満足で帰ってきているじゃない」
「そういう問題じゃなくて」
エトナが涼しい顔で答えるので、マーガレットもどこか諦めたような顔をしていた。
アレフはこれ以上、二人だけで会話させると関係性が悪化しそうに思えたので、思わず口を挟む。
「リィンの呪いを解くことは出来たんだ。リィンを迎えに行こうよ。ね、マーガレットもお願い、ついて来てよ」
少し早口で話すアレフに、「はぁー」と深いため息をついたマーガレットは、アレフたちと共にリィンのいる保健室へ向かうのだった。
アレフたちが保健室にたどり着くと、ベッドの補助机に大量のお皿を重ねているリィンの姿があった。
重ねているお皿の縁にはソースがこびりついており、このお皿にはさっきまで食べ物が乗っていたんだと思うと、アレフは目を真ん丸にした。
「病み上がりなんじゃないの?」
アレフの言葉にリィンが満腹そうに腹を叩きながら、アレフたちに気づいた。
「おお、アレフとエトナ、マーガレット。オハヨウ」
リィンは昨日の出来事が無かったかのように元気そうに挨拶をした。
アレフたちはリィンのベッド近くにある丸椅子に座ると「調子はどう?」と尋ねた。
「見ての通り、バッチリだナ」
リィンは自身の頬を軽く叩き、青色の皮膚でないことを見せつけた。
「そう、ならよかった。授業には復帰できるのか?」
「今日中にでモ。スリグリン先生からは、保健室は健康児を寝かせる場所じゃないって言われタ」
「スリグリン先生なら言いそう」
「じゃあ、さっさと寮に戻らないとね」
アレフたちがそう言って、安堵した表情をリィンに見せた。
すると、リィンは起こしていた上体の背筋を伸ばした。
「みんな心配かけてごめん」
先ほどの間での会話とは裏腹に、真剣な声色でリィンは謝罪した。
「俺、知ってんだ。アレフとエトナが、規則破ってロストフォレストに向かったこと。そして、呪いを解く薬草を取ってきたこと」
アレフたちは黙って、リィンの言葉に耳を傾けていた。
「俺が不甲斐ないばっかりに、迷惑をかけた」
「それは違うよ。悪いのはオズボーンとグレイアロウズだ」
リィンの言葉にアレフは訂正を入れる。
「そうよ。元はと言えばあいつらが呪いをかけなきゃ、こんなことにはなっていないんだから」
エトナがアレフの言葉を擁護する。
アレフは「その通り」と言って腕を組んだ。
「本当にグレイアロウズ先生が犯人なの?」
「ああ、ロストフォレストであった時は、ケテル先生とそのことで揉めていたんだ。あの場にいたベレー先生も否定していなかった。間違いようがないよ」
「なかなか大事じゃないカ? 先生が生徒に手を出すなんテ。本当なら今日中にクビを切られると思うけド。こう、ざっくりト」
リィンが手刀で自身の首を切る仕草をした。
アレフはリィンの仕草に「本当に切られるの?」と恐る恐る聞くと、リィンは「表現だよ」と言って笑った。
「でも、学院を辞めていないのだから、きっと、何かの間違いじゃないかしら」
「じゃあ、ローレンス学院長もグルってこと?」
「そんなわけないだろ。エトナは考えすぎだ。学院長に限ってそんなこと許容することはないだろ。いくら四大貴族とかいう場所の生まれだからって」
「そうね。私の家、ラインフォルトでもそんな融通は通らないわ」
「えっ、マーガレットって四大貴族なノ?」
マーガレットのカミングアウトに、リィンは驚いてきょとんとした。
「むしろ気づいていなかったのか」
と言っても、僕たちもローレンス学院長から教えてもらったばっかりだけどね、とは言わず、アレフは出かけていた言葉を閉まっては、ずるそうな顔で笑った。
「まあ、私たちも昨日、ローレンス学院長に教えてもらったばっかりだけどね」
エトナは正直に答えた。
アレフは自身の器の小ささに、思わず顔をしかめた。
「三人とも知っているものだと思っていたわ」
マーガレットが少し呆れた様子で反応した。
脱線した話を仕切り直すように、マーガレットは手を叩いた。
「きっと近いうちにローレンス学院長からお話があると思うわ。私たちがいくら考えても、解決に繋がるわけでもないのだし、今はただ様子を見ておきましょ」
マーガレットのその言葉に、三人は反論せず頷いた。
リィンと別れ、アレフたちは講堂でイチゴジャムの付いたパンをかじっていた。
一年生の円卓には赤の寮と黒の寮の生徒がまばらに座っていたが、昨日リィンを嘲り笑っていたオズボーンの姿はなかった。
アレフはリィンの呪いが一日もせず解けたため、さぞかし悔しがって寝込んでいるんだろうと、勝手に想像していた。
食事が済み、授業が始まるころには、リィンもアレフたちと合流して授業を受けた。
「では、吾輩の担当である防衛学を皆さんに学んでいただきましょう」
マースが背筋を伸ばし、教卓に置いた教本をめくりながら、黒板に文字を書いていく。
騎士として必要な技術や身を守る術、そういったことを教えるのが吾輩の授業であると、言っていたが、アレフの耳にはあまり入ってこなかった。
なぜなら授業が終わり放課後になってしまえば、アレフとエトナは学院長室に行き、罰則を犯したことで罰を受けなければならない。
下手をしたら退学ということもあり得る。
エトナは呼ばれてこのエルトナムに入学したが、アレフはただの我儘で入学をした。
エルトナムにおいて、必要なのはエトナであってアレフではない。
リィンを助けたことに後悔はないが、なんともアレフにとっては苦しい心境であった。
「はぁ」
防衛学の授業が全く頭に入らず、それは放課後まで続いていた。
途中、薬学の授業があったが、担当のグレイアロウズは特にアレフに話しかけることはなく、エトナが睨みを利かしていたこと以外、平和そのものの授業風景だった。
歴史学の授業が終わり、担当していたスリグリンがアレフの座っている席に近づいた。
「アレフにエトナ、付いて来なさい」
放課後になったことで多少会話が弾んでいた教室は、スリグリンの言葉で一気に静まり返った。
アレフたちが昨日していたことは、いつの間にか、赤の寮の生徒たちに伝わっていたらしい。
アレフとエトナは黙ってスリグリンの後に付いて行き、教室を後にするのだった。
アレフとエトナはスリグリンに、すでに何度も入っている学院長室に連れて来られていた。
「それで、話というのは何かね。スリグリン先生」
学院長室で分厚い本を開き、何かを調べているローレンスが椅子に座っていた。
眼鏡をかけて、本の文字を指になぞりながら、気になる文字があると、ペンの形をしたアーティファクトを使い、空中にメモ書きのように文字を書いていた。
初めて見たアーティファクトにアレフは好奇心からか、「あんなものもあるんだ」と呟いた。
隣にいるエトナには聞こえていたらしく、脇腹を小突かれた。
「今回、アレフ・クロウリーとエトナ・クロウリーの規則を守らず、ロストフォレストに入ったこと、門限を破り、学内を歩いていたことについて、処罰をどうするかご相談しに来ました」
「ふむ」
ローレンスは開いているページにペンのアーティファクトを挟み、本を閉じてはアレフたちに近づいた。
「君たちは規則というのは守らねばならぬことを知っているかな」
「もちろんです」
エトナが答えた。
「ほう。知っていてなぜ、規則を破ろうと思ったのかね」
「友達を救うためです」
アレフが答えた。
その言葉にローレンスはアレフの方を向いた。
ローレンスは怪訝な顔をし、アレフに問いかけた。
「友達が呪いに侵されて救おうとしたのは分かる。しかし、私たち教師陣も青皮膚の呪いを解くために、行動していたのだが、それは知っていたかね」
「……。知っていました」
アレフは保健室でローレンスの口から、ロストフォレストに薬草を探しに行った話を思い出していた。アレフは俯いてしまう。
「知っていてなお、ロストフォレストに行ったことを説明できるかね?」
「それは……、探索に行った教師の中に、呪いを掛けた人がいたかもしれないからです」
「アレフ・クロウリー!」
スリグリンが凄みのある剣幕で大声を上げるが、ローレンスがそれを手で制した。
「落ち着きなさいな、スリグリン先生よ。確かに彼の言い分には一理ある。呪いを掛けれるようになるのは成人してからだからの。教師を疑うのは仕方がないことじゃ」
ローレンスがスリグリンに言うと、次はエトナの方を見て、問いかけた。
「エトナも、アレフの意見に賛同するかね?」
「はい。私も同じ理由で行動しましたから」
エトナはローレンスの目を見て話した。
真っ直ぐ目だけを見ていたエトナに対して、ローレンスは「嘘が下手じゃの」とエトナに、ギリギリ聞こえない声で呟いた。
「二人の言い分は分かった」
ローレンスは踵を返し、本を置いた机に向かった。
「今回ロストフォレストに入ったことは不問とする。友達を助けるために行動し、実際に目的を達成して帰ってきたことは、後に返ってきたケテル先生たちでも達成していないからの」
「まぁ、そうですね。結果的にはリィンの容態をいち早く治したことですし」
ローレンスとスリグリンの言葉に、アレフとエトナは顔を見合わせた。
「ただし!」
ローレンスはひときわ大きい声で言った。
「門限を破って学内を歩き回ったことには罰則を与える。良いな?」
「はい……」
「罰則はスリグリン先生から受けなさい」
そう言うと、スリグリンがアレフたちの目の前に立ち、「さ、罰則としてあなたたちには、一週間、赤の寮の談話室の掃除を担当してもらいます」と芝居がかった怒り口調で言った。
廊下の壁に並ぶランタンは消灯し、窓から入る月の光で、何とか足元が見えるほど暗い廊下だった。
スニーカーの床を擦れる音が鳴り響く中、二階の保健室を目指し、アレフたちは登り階段まで歩いて行った。
アレフたちが階段を登り、二階の廊下を踏んだ直後だった。
「何をしているのです!」
アレフとエトナの頭上で、大きな声が響いた。
アレフたちが見上げると、そこにはスリグリンが睨みを効かせて、アレフたちを見ていた。
スリグリンは持っていたランタンをアレフたちに近づけ、顔を確かめようとする。
二人は抵抗するだけ無駄だと感じ、特に顔を隠すことなく「スリグリン先生」とだけ声を出した。
「あなたたちでしたか。消灯時間を過ぎていることは理解してますね?」
「はい」
「ですが、先生……」
「ですが、ではありません。リィン・マオのことが心配なのは分かりますが、規則は守らないと、誰でも出入りするようになってしまいますから」
アレフたちの言葉に聞く耳を持たないスリグリンの声色は、少しだけ怒りの色が感じられた。
アレフはこれでは埒が明かないと考え、手に持っていた青皮膚の呪いを解く薬草を、スリグリンに突き出した。
「こ、これで、リィンの呪いが解けるはずです!」
少しだけマクレインに怒られているような気がして、アレフの声は震えてしまう。
スリグリンは差し出された青色の葉っぱを見ては、目を真ん丸に見開いた。
「あなたたち、これをどこで」
「ロストフォレストで……」
スリグリンは青色の葉っぱを一枚手に取ると、顔色を変えてアレフたちに「付いて来なさい」と言うと、三人は保健室へと入っていった。
保健室の明かりは消えており、部屋の一角にある病床には、カーテンで隠されているが、カーテンの隙間から明かりが漏れていた。
スリグリンが明かりのついている病床に向かって歩くと、アレフたちもそれに付いて行った。
スリグリンがカーテンを開けると、苦しそうに息をするリィンの姿があった。
青くなってしまった皮膚に汗を垂らしながら呻き声をあげる姿に、アレフとエトナは苦い表情を見せた。
「さぁ、持っている青皮膚の薬草をこちらに頂戴な」
スリグリンがベッドに備え付けてある引き出しから、すり鉢を取り出した。
アレフとエトナは手に持っていた青皮膚の薬草を渡すと、スリグリンに「何か手伝うことはありますか」と聞く。
だが、アレフたちは「結構です。そこに座って、リィンの手を取っててあげなさい」と言われ、二人はベッドの反対側にある椅子に腰かけた。
スリグリンはすぐそばの椅子に座ると、貰った薬草をすり鉢に入れ、すりこぎ棒で粉々にしていった。
途中、ポケットからアーティファクトを取り出しては、「〝アクーア(水よ)〟」と唱えたり、「〝イグニス(炎よ)〟」と唱えながら、粉末状になっていた薬草を液体へと変えていった。
初めて薬の調合を目の当たりにしたアレフとエトナは、スリグリンの手元をじっと見ていた。
「薬学を学べば、このくらいは作れるようになりますよ」
アレフたちが手元を見ていたことに感づいたのか、スリグリンは口を開いた。
スリグリンは薬が完成したのか、青色の液体をおちょこに入れるとリィンの体を揺らした。
「起きなさいリィン。これを口に入れるのです」
スリグリンはリィンの上体を起こすと、口元におちょこを当てた。
揺らされて起きたのか、リィンの目は閉じ切ったままだったが、呻き声を出しながらも口を開いた。
一口飲んだのか、リィンは思いっきりむせ返った。
白い布団に青い液体が飛び散り、リィンは「うげぇ」と吐き気を催す顔をしていた。
「良薬は口に苦し、と言います。さあ、飲みなさい」
スリグリンは無理やり、青い液体をリィンの口に流し込ませた。
抵抗するリィンであったが、何とか喉を通ったらしく、みるみるうちにリィンの姿は元の姿に戻っていった。
「もう無理……」と一言残すと、リィンはそのままベッドに倒れていった。
その光景に終始驚いていたアレフたちだったが、リィンが寝息を立てると共にその感覚は薄れていった。
「先生、リィンは」
「無事呪いは解けたでしょうね。見ての通りです」
スリグリンはリィンの抵抗で乱れた服装を正し、席から立ち上がった。
「さあ、あなたたちも早く寮に戻りなさい」
スリグリンはそう言ったあと、「それと……」と続けた。
「明日の放課後、学院長室へ。いいですね?」
スリグリンは言葉を残しt保健室を立ち去った。
残されたアレフたちは、これまでの出来事からか、どっと疲れに襲われるがリィンの穏やかな寝顔を見ると、その疲れも幾分か楽になった。
次の日の朝。
赤の寮の一室で、アレフは眠たい目を擦りながら、制服とマントを着た。
一夜の冒険のあと、アレフの疲れているはずの体は意外にも睡眠を拒み、ロストフォレストで起きた出来事を繰り返し思い返すことをしていた。
まるで夢物語の世界に踏み込んだみたいで、本をよく読むアレフにとっては、何物にも代えがたい思い出になった。
着替えが終わり談話室まで降りると、数人の生徒が談笑していた。
その中にエトナの姿があった。
アレフは大きな欠伸を一つするとエトナに声をかけた。
「おはよう。よく寝れた?」
「アレフ。全然寝れなかった」
「あなたたち、本当に森に行ったの」
エトナと話をしていたマーガレットが、あきれた顔をしながらアレフを見ていた。
「あれほど、危険な森だって、エトナにはちゃんと伝えたはずよ?」
エトナに対しても、睨みつけるようにマーガレットは言った。
「大丈夫だったよ。それに今、私たちが五体満足で帰ってきているじゃない」
「そういう問題じゃなくて」
エトナが涼しい顔で答えるので、マーガレットもどこか諦めたような顔をしていた。
アレフはこれ以上、二人だけで会話させると関係性が悪化しそうに思えたので、思わず口を挟む。
「リィンの呪いを解くことは出来たんだ。リィンを迎えに行こうよ。ね、マーガレットもお願い、ついて来てよ」
少し早口で話すアレフに、「はぁー」と深いため息をついたマーガレットは、アレフたちと共にリィンのいる保健室へ向かうのだった。
アレフたちが保健室にたどり着くと、ベッドの補助机に大量のお皿を重ねているリィンの姿があった。
重ねているお皿の縁にはソースがこびりついており、このお皿にはさっきまで食べ物が乗っていたんだと思うと、アレフは目を真ん丸にした。
「病み上がりなんじゃないの?」
アレフの言葉にリィンが満腹そうに腹を叩きながら、アレフたちに気づいた。
「おお、アレフとエトナ、マーガレット。オハヨウ」
リィンは昨日の出来事が無かったかのように元気そうに挨拶をした。
アレフたちはリィンのベッド近くにある丸椅子に座ると「調子はどう?」と尋ねた。
「見ての通り、バッチリだナ」
リィンは自身の頬を軽く叩き、青色の皮膚でないことを見せつけた。
「そう、ならよかった。授業には復帰できるのか?」
「今日中にでモ。スリグリン先生からは、保健室は健康児を寝かせる場所じゃないって言われタ」
「スリグリン先生なら言いそう」
「じゃあ、さっさと寮に戻らないとね」
アレフたちがそう言って、安堵した表情をリィンに見せた。
すると、リィンは起こしていた上体の背筋を伸ばした。
「みんな心配かけてごめん」
先ほどの間での会話とは裏腹に、真剣な声色でリィンは謝罪した。
「俺、知ってんだ。アレフとエトナが、規則破ってロストフォレストに向かったこと。そして、呪いを解く薬草を取ってきたこと」
アレフたちは黙って、リィンの言葉に耳を傾けていた。
「俺が不甲斐ないばっかりに、迷惑をかけた」
「それは違うよ。悪いのはオズボーンとグレイアロウズだ」
リィンの言葉にアレフは訂正を入れる。
「そうよ。元はと言えばあいつらが呪いをかけなきゃ、こんなことにはなっていないんだから」
エトナがアレフの言葉を擁護する。
アレフは「その通り」と言って腕を組んだ。
「本当にグレイアロウズ先生が犯人なの?」
「ああ、ロストフォレストであった時は、ケテル先生とそのことで揉めていたんだ。あの場にいたベレー先生も否定していなかった。間違いようがないよ」
「なかなか大事じゃないカ? 先生が生徒に手を出すなんテ。本当なら今日中にクビを切られると思うけド。こう、ざっくりト」
リィンが手刀で自身の首を切る仕草をした。
アレフはリィンの仕草に「本当に切られるの?」と恐る恐る聞くと、リィンは「表現だよ」と言って笑った。
「でも、学院を辞めていないのだから、きっと、何かの間違いじゃないかしら」
「じゃあ、ローレンス学院長もグルってこと?」
「そんなわけないだろ。エトナは考えすぎだ。学院長に限ってそんなこと許容することはないだろ。いくら四大貴族とかいう場所の生まれだからって」
「そうね。私の家、ラインフォルトでもそんな融通は通らないわ」
「えっ、マーガレットって四大貴族なノ?」
マーガレットのカミングアウトに、リィンは驚いてきょとんとした。
「むしろ気づいていなかったのか」
と言っても、僕たちもローレンス学院長から教えてもらったばっかりだけどね、とは言わず、アレフは出かけていた言葉を閉まっては、ずるそうな顔で笑った。
「まあ、私たちも昨日、ローレンス学院長に教えてもらったばっかりだけどね」
エトナは正直に答えた。
アレフは自身の器の小ささに、思わず顔をしかめた。
「三人とも知っているものだと思っていたわ」
マーガレットが少し呆れた様子で反応した。
脱線した話を仕切り直すように、マーガレットは手を叩いた。
「きっと近いうちにローレンス学院長からお話があると思うわ。私たちがいくら考えても、解決に繋がるわけでもないのだし、今はただ様子を見ておきましょ」
マーガレットのその言葉に、三人は反論せず頷いた。
リィンと別れ、アレフたちは講堂でイチゴジャムの付いたパンをかじっていた。
一年生の円卓には赤の寮と黒の寮の生徒がまばらに座っていたが、昨日リィンを嘲り笑っていたオズボーンの姿はなかった。
アレフはリィンの呪いが一日もせず解けたため、さぞかし悔しがって寝込んでいるんだろうと、勝手に想像していた。
食事が済み、授業が始まるころには、リィンもアレフたちと合流して授業を受けた。
「では、吾輩の担当である防衛学を皆さんに学んでいただきましょう」
マースが背筋を伸ばし、教卓に置いた教本をめくりながら、黒板に文字を書いていく。
騎士として必要な技術や身を守る術、そういったことを教えるのが吾輩の授業であると、言っていたが、アレフの耳にはあまり入ってこなかった。
なぜなら授業が終わり放課後になってしまえば、アレフとエトナは学院長室に行き、罰則を犯したことで罰を受けなければならない。
下手をしたら退学ということもあり得る。
エトナは呼ばれてこのエルトナムに入学したが、アレフはただの我儘で入学をした。
エルトナムにおいて、必要なのはエトナであってアレフではない。
リィンを助けたことに後悔はないが、なんともアレフにとっては苦しい心境であった。
「はぁ」
防衛学の授業が全く頭に入らず、それは放課後まで続いていた。
途中、薬学の授業があったが、担当のグレイアロウズは特にアレフに話しかけることはなく、エトナが睨みを利かしていたこと以外、平和そのものの授業風景だった。
歴史学の授業が終わり、担当していたスリグリンがアレフの座っている席に近づいた。
「アレフにエトナ、付いて来なさい」
放課後になったことで多少会話が弾んでいた教室は、スリグリンの言葉で一気に静まり返った。
アレフたちが昨日していたことは、いつの間にか、赤の寮の生徒たちに伝わっていたらしい。
アレフとエトナは黙ってスリグリンの後に付いて行き、教室を後にするのだった。
アレフとエトナはスリグリンに、すでに何度も入っている学院長室に連れて来られていた。
「それで、話というのは何かね。スリグリン先生」
学院長室で分厚い本を開き、何かを調べているローレンスが椅子に座っていた。
眼鏡をかけて、本の文字を指になぞりながら、気になる文字があると、ペンの形をしたアーティファクトを使い、空中にメモ書きのように文字を書いていた。
初めて見たアーティファクトにアレフは好奇心からか、「あんなものもあるんだ」と呟いた。
隣にいるエトナには聞こえていたらしく、脇腹を小突かれた。
「今回、アレフ・クロウリーとエトナ・クロウリーの規則を守らず、ロストフォレストに入ったこと、門限を破り、学内を歩いていたことについて、処罰をどうするかご相談しに来ました」
「ふむ」
ローレンスは開いているページにペンのアーティファクトを挟み、本を閉じてはアレフたちに近づいた。
「君たちは規則というのは守らねばならぬことを知っているかな」
「もちろんです」
エトナが答えた。
「ほう。知っていてなぜ、規則を破ろうと思ったのかね」
「友達を救うためです」
アレフが答えた。
その言葉にローレンスはアレフの方を向いた。
ローレンスは怪訝な顔をし、アレフに問いかけた。
「友達が呪いに侵されて救おうとしたのは分かる。しかし、私たち教師陣も青皮膚の呪いを解くために、行動していたのだが、それは知っていたかね」
「……。知っていました」
アレフは保健室でローレンスの口から、ロストフォレストに薬草を探しに行った話を思い出していた。アレフは俯いてしまう。
「知っていてなお、ロストフォレストに行ったことを説明できるかね?」
「それは……、探索に行った教師の中に、呪いを掛けた人がいたかもしれないからです」
「アレフ・クロウリー!」
スリグリンが凄みのある剣幕で大声を上げるが、ローレンスがそれを手で制した。
「落ち着きなさいな、スリグリン先生よ。確かに彼の言い分には一理ある。呪いを掛けれるようになるのは成人してからだからの。教師を疑うのは仕方がないことじゃ」
ローレンスがスリグリンに言うと、次はエトナの方を見て、問いかけた。
「エトナも、アレフの意見に賛同するかね?」
「はい。私も同じ理由で行動しましたから」
エトナはローレンスの目を見て話した。
真っ直ぐ目だけを見ていたエトナに対して、ローレンスは「嘘が下手じゃの」とエトナに、ギリギリ聞こえない声で呟いた。
「二人の言い分は分かった」
ローレンスは踵を返し、本を置いた机に向かった。
「今回ロストフォレストに入ったことは不問とする。友達を助けるために行動し、実際に目的を達成して帰ってきたことは、後に返ってきたケテル先生たちでも達成していないからの」
「まぁ、そうですね。結果的にはリィンの容態をいち早く治したことですし」
ローレンスとスリグリンの言葉に、アレフとエトナは顔を見合わせた。
「ただし!」
ローレンスはひときわ大きい声で言った。
「門限を破って学内を歩き回ったことには罰則を与える。良いな?」
「はい……」
「罰則はスリグリン先生から受けなさい」
そう言うと、スリグリンがアレフたちの目の前に立ち、「さ、罰則としてあなたたちには、一週間、赤の寮の談話室の掃除を担当してもらいます」と芝居がかった怒り口調で言った。
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