騎士アレフと透明な剣

トウセ

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第一章

傷だらけの兄妹(1)

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マクレインは今日も孤児院の子どもたちの面倒を見ていた。

最年長のソバカスのランドルフ・ヒルは、学校の友達と近くの公園に遊びに出かけ、三つ下の小太りのマルク・リーはランドルフと遊びたいと駄々をこねて、ランドルフと共に近くの公園へ遊びに行った。

そんな姿を見ていたミルキィ・ギフロイは、「まったくどうして男というのは群れたがるのかしら」とマクレインに愚痴をこぼした後、学校の友達と遊びに出かけて行った。

彼らの様子をマクレインは微笑ましく見届けた後、トロントの街へと夕食の買い物をしに出かけていった。

マクレインの不思議な出来事はここから始まった。

行きつけの雑貨屋で飲料水を買ったマクレインは、ほかの店で買った食品などと一緒に飲料をレジ袋に入れた。

孤児院への帰路に就こうとしたとき、街頭のモニターが緊急速報を流していることに気づいた。

「本日十五時、バンクーバー市内の自然公園で爆発事故が発生しました。死者数は少なくとも三百を超えているとのことで、現在、懸命な救助活動が行われている状況です。また、爆破による影響で、木々に炎が燃え移り、現在も燃え広がっているとのことです。消防の消火活動が行われていますが、依然、消火の目途が経たないとのことです。当局の情報を……」

キャスターがカメラの方を見ず、穴を開けるように原稿を読んでいた。

キャスターのネクタイが背中に向かって翻っているのは、彼がかなり慌てている証拠だろう。

幸い、マクレインの知り合いにバンクーバーで暮らしている人はいない。

それでも、マクレインは胸元で十字を切ると、三十秒ほど黙とうを捧げた。マクレインが静かに黙とうを捧げていると、道路脇の路地から男女の声が聞こえた。

「預言者が言ったことは本当だったんだ」

「ええ、奴が復活したのね」

「ああもう、ギルゲンウォンゲルに続いてなんてことだ……」

マクレインは男女の話をさらに聞こうと、聞き耳をたてた。

その時だった。

自身のおなかに強い衝撃が走り、マクレインは慌てて衝撃の原因を見る。そこにはマルクが体当たりして、顔をうずめて抱き着いていた。

「先生! こんなところにいたんだね!」

「マルク。おかえりなさい。ランディと一緒じゃないの?」

抱き着いてきたマルクはマクレインの言葉に、うずめていた顔を上げた。マルクの顔を見て、マクレインの表情はたちまち曇った。

それもそのはずで、マクレインのお気に入りの丈の長いスカートは、マルクの顔についている泥で汚れてしまっていた。

「マルク。私のスカートをよく見なさい。あなたが抱き着いたところよ」

「えっ」

マルクはマクレインから少し離れると、マクレインの汚れたスカートを見て、慌てて顔を触った。

だが、その手にも泥がついていたようで、マルクの顔はさらに泥だらけになってしまう。

「マルク。何か言うことは?」

「ごめんなさい」

自分のしたことを理解したのか、マルクはしょんぼりしてしまう。

マクレインはマルクの目線までしゃがむと、ポケットから白いハンカチを取り出した。

「これでお顔を拭きなさい」

マクレインは優しく声をかける。

マルクは反省しているのか、うつむいた顔を上げようとしなかった。

マクレインが無理やり顔を上げると、白いハンカチでマルクの顔についた泥を拭き取った。

「こんな泥だらけだと、またミルキィに怒られますよ?」

「……うん」

すっかり色が変わってしまったハンカチを、マクレインはポケットにしまうと立ち上がった。

「それにしても、どうしてそんな泥だらけに?」

「ランディたちと学校の裏山まで行ったんだ。なんでもランディが、流れ星が
ここに落ちたって、どんどん進んで行っちゃうから、僕は戻ったんだ。裏山は怖いし、蛇も出るし」

マルクはマクレインに向かって話した。

その顔には依然、反省の色が伺えた。

「流れ星ですか……? こんな昼間に?」

マクレインが街頭のモニターを見た。

モニターにはキャスターが繰り返すように緊急速報を流しており、モニターの片隅に記された時刻には、四時と記されていた。

空は少しばかり雲がかかっているが、未だ青空が広がっていた。

マクレインは、きっと何かの見間違いだろうと思い、考えるのをやめた。

すると、いつの間にかマルクがマクレインの持っているレジ袋に手をかけていた。

「マルク?」

「荷物は持つよ」

マルクは夕食の食材が入ったレジ袋を抱えるように持つ。

その姿を見たマクレインは少し微笑ましく思い、「ありがとう。マルク」とマルクを褒めた。

――孤児院に帰り、マルクからレジ袋を受け取ったあと、たくさんの泥が袋の
中に入っていたことは、マクレインだけの秘密である。
 
マクレインとマルクが揃って帰路に就くとき、マクレインは先ほど路地裏で話していた男女の方を気に掛ける。

しかし、その場にはすでに誰もいなかった。

立ち止まっていたマクレインはマルクに「先生?」と声をかけられると、ハッと我に返り、マルクの手をつないで、街を去るのだった。

マクレインたちが孤児院に戻ると、居間にはミルキィが椅子に座って本を読んでいた。

だが、ミルキィの視線は文字を追っていなかった。

ぼーっと一点を見つめているミルキィの態度にマクレインは疑問を持ち、食材の入った荷物を台所に置いて、ミルキィの傍に寄った。

「ミルキィ、おかえりなさい。ぼーっとしてどうしたの?」

マクレインの言葉にミルキィはゆっくり顔を上げ、頭を横に振った。

普段のミルキィであれば、何かしら言葉を発するはずだが、彼女からそんな様子を見られなかった。

マクレインはさらに問いかけた。

「嫌なことでもあったの?」

ミルキィは頭を縦に振った。

「友達と喧嘩したの?」

ミルキィは頭を横に振った。

ミルキィの反応にマクレインが困っていると、ミルキィは口を開いた。

「……メイちゃんのお母さんと連絡がつかないんだって」

「メイちゃん? たしか、今日お邪魔したお家の?」

ミルキィはマクレインの言葉に頷くと、鼻をすすったあとに話をし始めた。

「メイちゃんのお母さん。今日は仕事でバンクーバーに行っているんだって。
テレビで事故があったって、心配になって連絡したの。そしたら、全然連絡出来なくて……」

ミルキィは本を置いて涙を零した。

その姿を見たマクレインはミルキィの背中をそっとさする。

そのやり取りを見ていたマルクも心配になって、ミルキィの傍に寄ってきた。

「わたし……何も言えなかった……。メイちゃんが泣いていたのに……、わたし……」

「大丈夫よ。きっとメイちゃんのお母さんは無事よ」

ミルキィは袖で目元を押さえて泣き始めた。

マクレインはミルキィが泣き止むまで、ひたすら背中をさすった。

隣にいるマルクも、心配そうにマクレインとミルキィの顔を交互に見ていた。

しばらくして、ミルキィは涙を拭ったが、暗い表情で俯いているままだった。

その姿を見たマルクは、何とかミルキィに笑顔でいて欲しいと、ランドルフの友達の話や、自分の話をおかしく話し始めた。

最初は真剣に耳を傾けていたミルキィだったが、途中から、「うるさい」だの「くどい」だの言い始めていた。
 
マクレインが夕食のシチューを作り終える頃には、時計の針は七時を指していた。

食器棚からお皿を取り出そうとしたとき、玄関からランドルフの声が聞こえてきた。

「ただいま! みんな! これ見てくれよ!」

元気よく玄関を通ったランドルフは、泥だらけな姿で興奮気味に大声を上げた。

その声を聞いたマクレインは、こほんと喉を鳴らして、ランドルフの目の前に立った。

その後ろでマルクとミルキィが恐る恐る居間から顔を出していた。

「ランドルフ、何か言うことはあるわよね?」

「ん? そんなことよりさ、これ見てよ! 凄いんだよ。この石が、ぱーっと輝いて、周りを黄金に変えたんだ!」

ランドルフは楽し気に持っていた金色の石をマクレインに見せつけた。

なんとも嘘くさい話にマルクとミルキィは、顔を見合わせて首を傾げた。

しかし、その言葉にマクレインは目を見開き、真剣な声でランドルフに声をかけた。

「それは本当ですか?」

「うん! 本当! 学校の裏山で見つけたんだけど、木や土、蟻んこだって金色になったんだ!」

マクレインは膝を突き、ランドルフの石の持った手を両手で優しく包んだ。

「先生?」

「ランドルフ。本当にその石が周りを金に変えたのですね?」

「うん……。そうだけど……」

ランドルフはマクレインの問いかけの真意が分からず、じーっとマクレインの
顔色を伺ってしまう。

マクレインはそんなランドルフとは目を合わせず、石を持つ手を見つめていた。

「ランドルフ。お願いがあるの」

「……うん」

「その石を譲ってくれないかしら?」

マクレインはランドルフと目を合わせた。

マクレインは門限を破ったランドルフを𠮟る様子ではなく、少し悲しそうな表情をしていた。

そんな表情を見たランドルフは思わず「うん」と声に出し、マクレインの手に石を渡してしまう。

「ありがとう。門限を破ったことは許します。さあ、手を洗って泥を落としたらご飯にしましょう。私は少し用事を思い出したので町まで行ってしまいます」

マクレインは普段通りの優しい口調に戻ると、ランドルフと入れ替わるように玄関へと進んだ。

不思議に思ったマルクとミルキィは、玄関まで来ると、マクレインに疑問を投げつけた。

「先生。それって何?」

マクレインは靴を履くと、二人に振り返って答えた。

「私が昔、落としてしまった物なの。だから、交番に行って、戻ってきたことを伝えないとね」

そう言ってマクレインは急ぐように玄関から出ていった。

残された少年少女は、きょとんとした顔で見合っていた。
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