異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第157話:絶対防御魔法

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 其れは魔物の群れと言う濁流で、人の力では抗う事の出来ない、言わば超自然現象の様なものだった。
 通路は小隊が二つか三つも入れば手狭に感じる程の大きさしか無く、今は通路へ進んだ者達が必死の形相で逃げ戻って来る列と広場から通路へと入った者達の列がぶつかり、混乱を極めていた。
 もうどうにも為らず、通路の奥からは悲鳴や慟哭、嘆きに悲しみ、泣き声さえ聞こえて来た。
 だが、それすらも通路いっぱいに広がる魔物達の波にどんどんと飲み込まれ、金属と肉がすり潰される音と魔物の嗤い声と雄叫びによって掻き消されて行く。

 ダメだ
 やめろ

 俺はまだ通路へと入っていない仲間とその前に居たファイの中隊の面々の首根っこを掴み、後ろへと放り投げながら、戻れと叫び続けた。
 後ろからはイーグやその他の悪魔、魔物達の嗤い声が聞こえて来るが、それに怒る事すら出来ず、ただ、何故気付かなかったと後悔を抱いて只管通路に群がる者達を引き戻す。

 言わば極限状態に無理矢理追い込まれていた宴開始の合図と同時の魔物の大軍の強襲。
 これにより、十五層を埋め尽くす程に存在していた別の魔物の大軍の事等頭の中から消え去っていたのだろうか。
 それでも、俺だけで無く他の全員がその事を忘れ去っていたのがどうにも腑に落ちなかったが、そう言えば、十五層を埋め尽くす程に魔物が存在していた事は、俺の嗅覚で嗅ぎ分けて知っただけであの時点では他の者は知りえない情報だったと思い直したが、今はそれは頭の中で端に避けておいた。

「アリシエーゼ!出来る限り皆護ってくれッ!!」

 隣に居たアリシエーゼに叫び、そして引き戻した仲間達を一瞥する。
 皆、不安な表情をしていたが、篤と明莉はもっと顔色が悪い。
 不安と恐怖で押し潰されそうになっているのは明白であったが、俺はそんな表情を見てギュッと歯を食いしばり意識して決意を固める。

 絶対、仲間達は死なせない

「お主はどうするんじゃ!?」

「出来るだけ引き戻す!ファイとイリアは絶対必要だ!」

 それ以外の者は見捨てるのか。どうでも良いのかと俺の中で何者かが囁くが、俺はそれらを一切無視する。
 ファイは戦力的にも他の者達を纏めるにも必要だ。
 何より死なせたく無い。イリアも同様に聖女と言うカリスマ性は必要になって来るだろうし、絶対防御魔法は今こそ必要なのだ。

 他の者は必要無いのか?

 見捨てるのか?

 見殺しにするのか?

 地上には待っている仲間や家族が居るかも知れないのに?

「煩ぇぇええッ!煩ぇんだよ!!」

 俺は吠えた。通路いっぱいに居る傭兵達を後ろへ戻しながら、その人垣を無理矢理進んで行く。
 様子がおかしい事に気付き、どんどんと戻って来ては居るが、俺はそれとは逆方向に進んで行く。
 人が多過ぎて走る事は出来ずに遅い歩みであったが、それでも出来る限り―――と言っても無理矢理だが引き戻しながら進んだ。

「ファイ!!」

 奥の方にファイの後ろ姿を見付けて俺は叫ぶ。

「ッ!?ハル!何が起こって―――」

 列が詰まり中々前に進めず、かつ通路の奥が暗く見通せなかった為、最前列で魔物の波が押し寄せて居る事をまだ気付けていないのだろう。
 だが、説明している暇は無い。

「戻れ!殺されるぞ!」

 俺の叫びにハッとして一度、前方を見るファイだが、直ぐに周りに声を掛けて戻る様に指示を出す。
 唯ならぬ雰囲気を感じ取り、段々と広場へと踵を返す傭兵達だが、その脚は重い。

「さっさとしろ!死にてぇのか!戻ったら門の近くには固まるなよ!」

 俺は発破を掛けてもう悠長な事は言っていられないと人を掻き分けて走り始めた。

「ファイ!イリアは!?」

「わ、分からない!ここからでは確認出来ない!」

 俺は心の中で舌打ちしつつどうするか考える。
 だが、この危機的状況の中に身を投じて、アドレナリンやドーパミンがドバドバと溢れ出て来ているのが実感出来る今の状態が影響しているのかは良く分からなかったが、直ぐに閃く。

「ファイも直ぐに戻れ!後は頼むぞ!!」

 俺はファイの返事は聞かずに直ぐに一度鼻を鳴らす。
 もう人と魔物が溢れかえるこの空間では嗅覚による索敵は意味を為さないが、それでも特定の者の匂いを拾う事は出来る。

 居た!

 今の場所よりかなり前、もう魔物の波が迫りつつある場所に居るイリアを認識して俺は直ぐに影移動を発動させる。
 目の前にグリッド線の様なものが浮かび上がり、目に映る全ての空間を立体的にデータとして認識する。
 匂いを感じた辺りと今俺が見ている空間を照らし合わせて凡その場所を指定して即実行を行った。

 影移動が発動すると、走っていた俺の足元に通路の暗闇より暗い、深淵とも呼べる影が出現し、俺は何の躊躇いも無しにそこに飛び込んだ。

 本当に暗いな

 そう思った時には目の前にイリアが居た。
 直ぐ近くで魔物が大量に押し寄せて来ていて、逃げ惑う者達を容赦無く飲み込んで行くその様に身が竦み上がり、唯、死を待っていた。

「イリアッ!!防御魔法ッッ!!」

 俺はそう叫びながら後ろからイリアの肩を強く掴む。

「ッ!?ア、アンタ・・・何で―――」

「いいから!早く発動しろッ!!」

「ッ!!」

 俺はイリアの前方に回り込んで震える身体を少しでも護ろうと力強く抱き締める。
 そんな事をしても何の意味も無いのに。
 だが、イリアは抱き締められて息を飲み、直ぐに神の御業を、その奇跡の名を俺の腕の中で力の限り叫んだ。

魔退聖堅護城門カスタメトシルズ!!!」

 イリアの声が阿鼻叫喚のこの通路に凛と響き渡る。
 魔を退けし聖なる城門、その城門は白藍しらあいを更に半透明にした様な色で、けれど力強く、雄々しく辺りの人間の前に出現して、そして弾けてヒカリだけが俺達を包み込む。
 その瞬間に俺とイリアの身体は宙を舞う。
 敵意や悪意、殺意を持った攻撃は物理的にも魔法的にもこの魔法の前には意味を為さないが、攻撃では無い、ただ押されているだけの物理的圧力を無効化する訳では無いので圧倒的なその圧力を前に俺達は為す術は無かった。
 だが俺はイリアをギュッと抱き締め、絶対に離さなかった。
 俺は巨大な黒い塊の様な、黒い津波の様な悪意そのものの様なものに飲み込まれながら、唯、心の中で沸々と湧き上がる暗い感情を大きく育てた。

 絶対に殺してやる

 絶望とやらに負けるつもりは無い。この程度、絶対に切り抜けて俺は、俺達は絶対に生き残ってやると目を見開いた。
 その時、丁度通路から押し出された事に気付くが、まだ体勢を上手く整える事が出来ずにそのまま広場の中央へと押し流された。

 漸く勢いが弱まり、直ぐに立ち上がると腕の中のイリアを見る。
 目をギュッと瞑り、身体を震わせているイリアから身体を離し、俺は頭に右手を乗せる。

「どうにか間に合ったな。良くやった」

 ポンポンと軽くイリアの頭を撫でると、当の本人はポカンとした表情を浮かべ、暫く固まっていたが急に何かを思い出した様に顔を赤くして俺を突き飛ばした。

「よ、良くやったじゃ無いわよッ!一体どうなってるのよ!?」

 今にも泣きそうなイリアを見るが、同時に周囲から魔物が飛び掛って来るのを察知して俺は無言でイリアに駆け寄る。

「ッラァ!!」

 最初に飛び掛って来た魔物の身体にハイキックをお見舞して、そのまま横に思いっきり蹴飛ばす。
 それに巻き込む様にもう一匹も吹き飛ばして爆散させる。
 周囲を確認する事無く、その場でターンしてイリアの右側から飛び掛ってきた魔物に後ろ回し蹴りを喰らわし、そのついでに周囲を確認する。

 まだ三匹も!?

 ほぼ同時に六匹の魔物に群がられ、その全てがイリアを狙っていて流石に全てを捌け無いと焦った。
 急いで残り三匹の内の一匹の飛び上がりで隙だらけの横っ腹にコブシを叩き込み、吹き飛ばしながら絶命させるが、もう二匹はイリアへと迫りその牙を突き立てる。

 間に合わねぇ!!

 既にイリアの絶対防御魔法はその効果を失い、俺やイリアの身体から光は失われている。

 ここまで来て!

 もう一歩踏み込むが、俺が居る位置からはイリアを挟んで反対側である為、どうにも出来なかった。

「はぁッ!!!」

 諦めかけたその時、イリアは溜め込んだ息を全て吐き出す様な声と同時にその場で回転し、それを視認した瞬間、飛び掛って来た魔物が吹き飛ばされていた。

「は?」

 吹き飛ばされた魔物は絶命はしていなかったが、その場で倒れ呻き声を上げている。
 イリアを見ると、両手に特殊警棒の様な鉄の棒を持ち、吹き飛んだ魔物を見下げていた。

「聖女舐めんじゃ無いわよッ!」

 うわー
 両手警棒持ってその台詞って・・・

 その後も襲い掛かる魔物を俺とイリアは撃破して行く。
 大分仲間達と離されてしまったが、どうにか合流しないとと辺りを見回すが、通路から吹き飛ばされた者が見当たらない。
 仕方無く、先ずは入口の門を目指すしか無いかと思い、同時に今も警棒を振り回すイリアを見て自然と口角が上がってしまった。

 見直したよ、イリア
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