異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第145話:撤退と言う名の侵攻

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 ふざけんじゃねぇぞ!!!

 完全にセオリーを、テンプレを無視したそれに俺は憤慨した。
 だが、怒りはあれどここで取り乱す訳にはいかないと、頭は冷静を装った。

「ダグラスッ!陣形を整えさせろ!イリア!詠唱を開始しろ!」

「分かった!」

「え、ちょ、ちょっと!?一体どうなってんのよ!?」

 ダグラスは瞬時に俺の言葉を理解して広場の通路側に多く居る傭兵達の指示に動く。
 その際に、騎士達にはイリアの周りを固める様にと指示も出していた。
 流石だと思ったが、イリアの方は完全にパニクっていた。

「いいから早く詠唱しろ!終わったら合図があるまで絶対に発動するなよッ」

 アタフタするイリアを置いて俺はアリシエーゼ、ファイと共に門の方に居るそれぞれの仲間の元へと走った。

「ファイッ、このままなし崩しになる可能性が高い、頼むぞ!」

「・・・分かった!」

 顔色は優れないファイだが、俺の言葉に力強く頷く。
 ファイは自分の中隊の元へと駆けて行き、矢継ぎ早に指示を出す。
 それを見ながら俺とアリシエーゼも仲間の元へと辿り着き、全員の顔を見るが、総じて皆青い。
 門が開いたと同時にその先から溢れ出す悪意の塊をその身に浴びて、身体は竦み上がり、悪寒が止まらず気を緩めたらその場で発狂しそうなのだ。

「おうッ、お前ら!気合い入れろ!この先に仲間が、家族が助けを待ってんぞ!!」

 俺は敢えて不敵に笑い、ナッズの胸をドンッと叩いて発破をかける。

「・・・ぁ、あぁッ!そうだな!ビビっちまった、すまねぇ!」

 ナッズは直ぐに正気を取り戻し仲間を見回して言った。
 それに釣られて他も目に光が宿る。

「アリシエーゼ、門の奥を探ってくれ。行けそうならそのまま突っ込む。後ろはヤバそうだしな・・・」

「うむッ」

 俺はそう言って振り向くが、既に通路から魔物がウジャウジャと湧き出て来ており、そのどれもが通常種では無く、その種の上位種の様に思われた。
 それが際限無く溢れ出て来ており、歩みはゆっくりであるがもう間も無く後続の傭兵達とぶつかる距離まで迫っていた。

 臭いの限りじゃ、数が把握しきれないッ

 一体何処から湧いて出たのか、此処に来るまでは存在して居なかった魔物が大量に後ろから湧いて出る現象に、隠蔽か転移かと思ったが、その思考は今は不要であると頭から追い出した。

「ハルッ!このまま突っ込むかい?」

 準備を終えたファイが此方に駆け寄って来てそんな事を言う。

「今、アリシエーゼに門の奥を探らせてる。後ろを突破して脱出するのは無理だ。だったら親玉を叩いた方が早い」

「そうだね!今の内に強化魔法を掛けさせるよ」

 ファイはそう言って仲間に指示を的確に出す。俺は親玉を叩くと言った自身の言葉に違和感を感じていた。

 倒せるのか?
 さっきの奴がそうなのか分からないが、アレは次元が違う・・・

 先程突然門の前に現れた人物を思い返してみるが、強さの底が見えなかった。
 以前のうにょうにょや、あのクソ男爵悪魔からは死を連想させる様な空気と言うか雰囲気を感じ取り、正に気圧されていたのだが、あの門の前に現れた奴からはそれらは当然感じるのだが、それ以上に何かを感じるがその何かが分からない、得体の知れないものをヒシヒシと感じた。
 思い出すと本気でチビりそうになるのだ。

 考えても仕方無いだろッ!
 もうアレを倒すしか道は無い!

 でも本当にそれでいいのか?
 もしかしたら後ろから攻めてくる魔物の脅威の方が遥かに難易度としては低いのでは無いのか?
 と考えずには居られなかったが、それを考えた時に同時に自分を殴り殺したい衝動に駆られた。

 明莉が待ってるんだろうがッ!!
 何考えてやがるッ!!!

「パトリック!皆を鼓舞してくれ!」

「分かったよ!」

 以前パトリックが使った、強化系の魔法で、仲間の戦意を向上させる魔法があったのを思い出しパトリックに指示をする。
 それと同時に後ろから怒声や悲鳴が聞こえ始めてそちらに目を向けると魔物の先発部隊と殿を務めていた仲間の中隊が激突している所であった。

「第二中隊は第三が抑えてる間に左から回り込めッ!第四は右からだッ!まだ突っ込むなよ!遠距離から削げ!!」

 ダグラスは中央で魔物を抑える第三中隊の後ろの方で指揮を取っており、各中隊に大声で指示を出し奮闘している。
 ここに来て、傭兵達も覚悟を決めたのか、雄叫びを上げ自身を鼓舞して必死の形相で魔物を迎え撃つ。

 だがダメだ・・・
 これはまだ本番じゃねぇんだ・・・

 俺は通路の奥から、このフロア全体を埋め尽くす魔物を感知していた。
 数が多過ぎてとてもじゃないがこの人数では捌ききれないと判断せざるを得なかった。
 そう考えていた時に身体が軽くなり、気分が突然高揚し出したのを感じる。

 パトリックか!?

 丁度パトリックの神聖魔法が発動して効果を確認出来たので、俺は覚悟を決めた。
 元々そんな物は出来ていたと思ったが、いざこう言った場面に直面すると多少なりともその覚悟が揺らぐ事に仕方が無いと思いつつも、自分の不甲斐無さに異様に腹が立った。

「パトリック!アルアレ!来てくれ!」

 俺はパトリックとアルアレを呼び寄せる。
 イリアをチラリと見ると、苦しげな表情をして精神を集中している様だが、詠唱は既に終わっている様なので、きっと魔法発動のタイミング調整をしているのだと思った。
 アリシエーゼが確認から戻って来次第、たぶん門の奥へと突入する事になる。
 その場合、後ろから押し寄せて来る魔物の大軍がどうしても邪魔になる。
 イリアの絶対防御魔法を発動してその間に門の奥へと向かう事を考えたが、二発が限度のその魔法を前哨戦のこの段階で使うのは躊躇われた。

「ハルくん!どうしたの?」

「私達で何かやるのですか?」

 だから二人を呼んだ。

「あぁ、先ずはパトリック。さっきの魔法を他の傭兵達に出来るだけ広範囲に掛けられるか?一度だけでいいんだが」

「出来るけど、一度だけだとそこまでの人数には掛けられないよ」

「別に良い。そうだな、ダグラスがいる辺りで掛けてくれ。そうすれば騎士達にも掛けられるよな?」

「うん、あの辺り一帯だね、分かった」

「頼む!」

 パトリックは俺の言葉を聞き終わると直ぐに駆け出して行った。
 それを見送り俺はアルアレに向き合う。

「私は殲滅魔法ですね?」

「ご名答」

 アルアレの言葉に俺はニヤリと笑い肯定する。
 アリシエーゼの合図が有り次第、門へ向けて全員走らせる。
 その際にアルアレの殲滅魔法をぶち当てて、少しでも魔物の勢いを削ぐ。
 それを伝えていると、前方で光りが見える。
 パトリックの魔法が発動したのが分かり、パトリックがこちらに戻って来る。
 アルアレは発動タイミングを遅らせる技術を持ち合わせて居ないらしいので、合図と共に詠唱を開始出来る様に告げて待機させておき、帰って来たパトリックにもう一つ指示を出す。

「イリア達を先に門の近くに移動させておく。アイツ今かなり集中してるから、移動速度も遅いと思うしな。だからファイに言ってイリア達に付いて貰ってくれ。こっちも一緒に付いて行けよ?」

「・・・分かったよ。ハルくんはどうするの?」

「俺は・・・一人でも多くの奴らが助かって―――いや、あの醜悪な糞共を見てたら皆殺しにしたくなって来たからちょっと暴れて来る」

 俺はそう言って、不敵に笑うが、ちゃんと悪人面は出来ているだろうか?

「・・・ハハッ、そうか。うん、分かったよ!」

 俺の強がりを聞いてパトリックは花が咲いた様に笑って答えた。
 この緊迫した場面にはとても似合わない笑顔であったが、ここでその笑顔を出せるパトリックに俺は素直に驚いた。
 パトリックと別れ、イリアの元に向かい、門への移動を指示をすると、案の定イヴァンが突っかかって来るが、イリアが一喝して収め、そのまま直ぐに移動を開始した。

 タイミング調整してる間も普通に話せるんだな

 そこに驚いたが、アリシエーゼは戦闘もこなせるとか言っていたので、慣れていれば会話くらいは出来るかと、それについて考えるのはここまでにした。
 その後にダグラスの元へと行き、全てを伝える。
 一度イリアの方を振り向き、既に移動を開始しているのを確認してから頷いて、直ぐに指示を出し始める。

 攻めていた部隊も防戦に切り替え始めた時、門の方からアリシエーゼの叫び声が聞こえた。

「ハルゥゥゥゥッ!!ええぞぉぉぉぉォォッ!!!」

 もう少しカッコ良い言い方はなかったのかと心の中で笑いながら俺は気合いを入れた。

 よぉぉしッ!!
 やったるわ!!

 俺はアルアレに振り向いて一つ頷く。
 アルアレはそれを確認してから詠唱を開始した。

「イル・ホーン・ヴァアル・ロウ・デヴァアル・キルリ・ホーン・イスルア・エン・エル・ジュード・ザコナ・ゲハナ・ハス――――」

 アルアレが詠を紡ぐ。怒声や怒号、罵声や悲鳴が響くこの空間にあってそれは一際澄んでいた。
 凛とした音色で奏でられる詠を聴きながら俺はスゥッと大きく息を吸い込んだ。

「輝きの翼、百の魔、千の剣にて滅す、僕の許、聖光にて照らさん――――」

 吸い込んだ息を吐き出すと共に喉が張り裂けんばかりに大声で俺は叫んだ。
 勿論、アリシエーゼよりも数段格好良く。

「戦術的ぃぃッ、撤退開始ぃぃぃぃッ!!!!!!」

 俺の渾身の撤退合図と同時にアルアレも叫ぶ。

千翼輝魔滅オー・スタズ・ロー!!!」

 アルアレが魔法名を叫ぶと中空にどデカい光りの玉が形成されて行き、それは直ぐに光り輝く剣で出来た翼へと変容して行く。
 その翼がゆっくりと開いて行き、大きな一対の天使の翼に成ると、アルアレは上げていた右手を力強く振り下ろす。

「ハッ!!」

 それに呼応するかの様に光の翼は一度、バサリとはためき、そして光が一層力強くなったと思うと突然弾けた。
 羽の一枚一枚が光りの剣で出来ており、その羽が弧を描く様に高速で飛んで行き、見える範囲全ての魔物へと襲いかかった。

 まるでホーミングミサイルだな

 などと呑気に思っていたが、ハッとして直ぐに自分も行動に移した。
 この魔法が発動すると、発動者が仲間と認識している者全てに魔法的な保護が掛かるのだが、以前に発動した際は俺とアリシエーゼにはその保護が掛からなかった。
 俺はアルアレに仲間と認められていないのかと少し落ち込んだが、アリシエーゼ曰く、アルアレが信仰する神が俺達不死者を保護対象とは認めていないからだろうと言っていたので、ホッとしたのを思い出し、自身に保護が適応されていない事を改めて確認してからほくそ笑んだ。

「早く門まで走れッ!時間は無いぞ!!」

 ダグラスが周りに声を掛けて門へと踵を返す。
 それに合わせる様に、傭兵達が一斉に門へと駆けて行く。
 ダグラスとすれ違う際にお互い無言で頷き合う。

 魔物達の悲鳴が響く中、アルアレの魔法を抜けて飛び出して来る魔物が散見して来たので、俺は行動を開始した。

「行くぞぉぉあッ!界●拳!百べえだぁぁああッ!!!」

 下半身にグッと力を込めて、その力を地面に伝えて澱み無く解放する。
 凄まじい勢いで飛び上がった俺は抜け出て来た魔物の頭上に瞬く間に移動して飛び掛った。
 飛び上がった際に太もも辺りが筋断裂してブチブチと言う嫌な音が聞こえて来たが無視をした。

 まぁ、涙出る程痛いんだけどね・・・
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