翠眼の魔道士

桜乃華

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第百四話 コロココ

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 「お姉ちゃん~! 見て見て!」

 駆け寄ってくる少女たちは両手でガラス瓶を持っていた。後ろからビブリスたちも付いてきている。目の前に掲げられた瓶を凝視すると、中に氷で出来たネコが一匹入っていた。氷で連想するのはスーの魔術だ。氷結系魔術を得意とする彼であれば水で作られた動物を氷漬けにすることは容易いだろう。けれど、水を小さく凝縮し瓶の中へ閉じ込めるには縮小魔術を併用する必要がある。

 「やるわね……」

 興味深そうにしているセシリヤにスーは照れたようにはにかんだ。その表情を見ていたのはビブリスのみ。

 「でも、これ溶けたらどうなるの?」
 「そこなんだよ……。溶けたら魔力入りの水に戻るんだ」
 「魔力入りの水か……」

 零したセシリヤは瓶をジッと見つめながら思案した。それを何かに利用できないか。考えながらセシリヤの目に留まったのは別のテーブルに置かれた砂時計。輝く砂が全て落ち、それを店員が逆さにすれば再び砂が落ち始める。

 「砂時計……繰り返し……ふむ」

 ちょっと貸して、と少女に頼むと快く瓶を貸してくれた。瓶を掴んだ指にほんの少し熱を加えて氷を溶かした。水に戻った途端、少女たちの瞳が潤んでいく。セシリヤは安心させるように頭に手を乗せて優しく撫でると「見てて」と瓶に注目させる。

 「レペティーレン」

 唱えると瓶の中で水が動き出しネコが生成され、その形のまま凍っていった。少女たちが感嘆の声を上げ瞳を輝かせる。見守っていたビブリスたちも興味深そうに瓶を見つめた。

 「繰り返しの魔法か」
 「そう。魔力が込められている水だから出来るかな~って。術式に上手く組み込めれば何度でも瓶の中で繰り返せる……かもしれない」
 「出来るかなぁ~で簡単にされては困るんだけどな」
 「術式にか」
 「どこに組み込むか、あと縮小と氷結もね」

 ビブリスの言葉を無視してセシリヤとスーは話を進めていく。膝を抱えて涙目になるビブリスに近づいた少女たちは小さな手で慰めるように彼の頭を撫でた。

 「でもこれは希望する者に施さないとコストが掛かりすぎる」
 「同感ね。スーは術式組めそう?」
 「うっ、うん……たぶん」
 「なら任せる。っていつまでいじけてるの? 時間ないんですけど」

 顔を上げたビブリスに先ほど少女たちの父親から出された提案を話した。彼は驚いたあと泣きそうに顔をくしゃりと歪めた。少女たちが彼を見上げて心配そうにしている。

 「あなたの魔術でこの子たちが笑顔になる。きっとこれからも人を楽しませることが出来る。こういう使い方も悪くないでしょ?」

 悪戯っ子のように笑うセシリヤを見たビブリスは「そうだな」と泣いているような、それでいて笑っているような表情をしていた。

 「ところで、羊皮紙はどうやって調達するんだ? 購入するにはコストが掛かるぞ」
 「購入? しないわよ。自分で作ってもらうから」
 「簡単に言うけどな、あれの作成は難しいんだぞ⁉」
 「でもちゃんと作成の方法は開示されているでしょ」

 反論する相手に真顔で返す。魔力で作られた羊皮紙は数年前にコロココという人物が作成し、それを誰でも作れるように作成法を開示している。今では魔術道具専門店で購入することができる。しかし、作成方法が難しいのが難点で購入する方が楽だと考える者も少なくない。

 「コロココ氏が情報を開示してはいるが、実際作成は難しいぞ」
 「え⁉ そんなに難しいの⁉ ……分かりやすく書いたつもりなんだけど」
 「何か言ったか?」

 セシリヤは慌てて首を左右に振り曖昧な笑みを浮かべて続きを促した。

 「俺も挑戦してみたが難しくて断念したんだよな……結局売っている物を買った」
 「そ、そうなんだ……」

 スーたちの説明にセシリヤが初めて知ったような反応を見せる。

 「なんだよ。翠眼の魔道士様はコロココ先生のこと知らないのか? まあ、あれだけの魔法を使いこなすなら魔術道具なんか不要だもんな」
 「コロココ先生?」
 「あ、いやぁ~実は俺、コロココ先生に憧れてるんだよ」

 照れながら言うビブリスにスーも同じくと乗った。二人はコロココについて熱く語り始める。コロココという人物は年齢不詳、性別不明、どこに住んでいるか等ほとんどの情報がベールに包まれており、そもそも存在しているのかさえ怪しいと噂されるほどだ。けれど、時折新たな術式が発表されるためその度に実在を実感しているのだという。
 セシリヤは盛り上がっている二人を見た。

 (コロココが私だって言ったら夢を壊すかしらね……)

 ビブリスの言動からはまだセシリヤがコロココだとは気付かれていないようだ。ここは黙っていた方がよさそうだと判断してセシリヤは二人の話に耳を傾けた。
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