翠眼の魔道士

桜乃華

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第八十八話 ヴァシリー戦 4/4

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 持ち上げようと力を入れても動く気配はない。

 「やっと効果出てきた! どんだけバカ力なの!」
 「セシリヤちゃん、何したんだ?」

 頬を引きつらせるヴァシリーにセシリヤは鼻を鳴らした。

 「さっき剣に触れたでしょ。あの時に重力魔法を掛けておいたの。徐々に重くなってたはずなのに普通に剣振り回すから効かないのかと冷や冷やしたわよ……」

 先ほど数回打ち込んだ際、ヴァシリーの手が微かに震えていたのが見えたため、重力魔法は効いていることを確信したセシリヤは距離を取った。疲労の蓄積した腕で、重力魔法により重さが増した剣を持ち上げることは難しくなる。セシリヤの読み通りヴァシリーの腕は上がらない。あとは彼の首筋に剣を突きつければセシリヤの勝ちだ。

 「重力魔法か……。まさか剣に掛けてくるなんてな~。こりゃあ一本取られた気分だ!」

 声を上げて豪快にヴァシリーは笑う。

 「じゃあ、これでお終い」

 セシリヤは地を蹴ってヴァシリーへと距離を詰めた。
 ギャラリー全員が息を殺して見守る。皆、目を凝らしてセシリヤたちに注目した。セシリヤの剣先はヴァシリーの喉元数センチで止まっている。

 「……っ」

 セシリヤの頬を汗が滑り、顎から一滴地面に落ちた。
 ヴァシリーの剣先がセシリヤの喉にピタリと当てられており、セシリヤはそれ以上動くことが出来ない。ヴァシリーの鋭い瞳がセシリヤを捉えていた。

 「セシリヤ、戦場では油断するとあっという間に死ぬぞ」

 先ほどまでの飄々としていた喋り方から一転、低い声音で圧を掛けるヴァシリーにセシリヤは喉を鳴らした。剣を構えたまま動けない。反論しようにも、言葉が見つからない。相手の鋭い視線から逃れることも出来ずセシリヤはただ柄をきつく握りしめた。

 「俺が動けないから首を取れるとでも思ったか? そんなに甘くはないぞ」
 「……、返す言葉もない……です」

 セシリヤは唇をきつく噛んだ。彼の言う通りだ。重力魔法が効いた剣を疲労した腕で持ち上げられるはずがない、と勝手に決めつけて油断した。寸止めされているが、本来であれば殺されていただろう。

 「お前の剣が届く前に俺の剣がお前の喉を裂く。この意味が分かるな?」

 ヴァシリーの言葉にセシリヤは静かに剣を降ろした。それを見届けたヴァシリーも息を吐いて剣を下ろす。地面に落とされた剣は重く、鈍い金属音を立てた。

 「ああ! 重かったぁ! 見ろよ、これ! この手!」

 震える手をヴァシリーがセシリヤに見せてくる。

 「腕が悲鳴を上げてたから、セシリヤが早めに負けを認めてくれて助かった!」
 「認めるも何も、あれ以上何も出来ないんだから……私の負けでしょ」

 不満そうにセシリヤが小声で零す。

 「セシリヤちゃ~ん、回復魔法で俺のこの筋肉を癒してくれー! 腕が上がんないんだよ~」

 涙目で見てくるヴァシリーにセシリヤは心底嫌そうな顔をした。

 「え? 嫌だけど」
 「そんなこと言うなよ~。ラウラ~」

 ラウラの方を見るヴァシリーにラウラは見下ろしながら「お断りします」ときっぱり言いは放った。

 「それにしても……」

 セシリヤが身を屈めてヴァシリーの剣に触れた。柄を持ち上げようとして

 「重っ。無理……」

 早々に諦めた。全く持ち上がらない剣の剣身に触れて重力魔法を解いた。

 (こんなのを持ち上げたの? 化け物ってこういう人のことを言うんだと思うわ……)

 未だに「おぉ……腕が痛え」と唸っているヴァシリーを一瞥すると、無言で回復魔法をかけた。

 「おっ! セシリヤちゃん、優しいね~」
 「……」

 そっぽを向いてしまったセシリヤにヴァシリーは「ありゃりゃ、機嫌悪くしたか?」と苦笑した。
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