翠眼の魔道士

桜乃華

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第七十九話 兄弟子

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 上級クエストの依頼か、それとも厄介事を持ち込まれるか……考えられるだけのことを想定して相手の言葉を待つ。

 「そうだ。俺は……、俺は……毎日毎日書類に追われている」
 「……うん?」
 (……ん?)

 予想と違う言葉にセシリヤとティルラが頭上に疑問符を浮かべた。

 「総帥になれば強い相手と戦えると思っていたのに、毎日毎日書類しか回ってこない。おまけにお偉いさんとの会合……。日々、体がなまっていくのを実感してるんだ。わかるか、この気持ち」
 「いや、全く」

 即答するセシリヤにヴァシリーは「分かるだろ⁉」とテーブルをバシバシ叩きながら訴えてくる。食べかけのソーセージを乗せた皿が揺れ、マグカップに入ったカフェオレが零れそうになりセシリヤはマグカップを手に取った。
 相手の言いたい事を何となく察してしまったセシリヤはマグカップに口を付けてカフェオレを飲んだ。正直に言うと面倒くさい。朝から用心棒と戦ったばかりなのだ。今日はゆっくりするつもり……いや、ミラに連れ回される気がしていたのでゆっくりも出来なそうだが、そこは考えないことにしようとセシリヤはそっと目を閉じた。

 「で、だ」
 (あ、まだ続くんだ……)

 ティルラがヴァシリーを見上げる。

 「セシリヤ、俺と一戦してくれ」
 「イヤよ」

 またしてもセシリヤは即答した。だが、ヴァシリーは聞いていないのか「そうと決まれば支部に行くぞ!」と意気込んでいる。

 「断ったの聞こえてなかったの⁉」
 「セシリヤ……。兄弟子のお願いが聞けないのか?」
 (兄弟子⁉)

 反応したティルラが勢いよくヴァシリーとセシリヤを交互に見つめる。ヴァシリーの見た目は四十代。対するセシリヤは二十歳くらいだ。年齢が離れすぎている。兄弟子というからには師は彼―ブレーズしかいない。

 (セシリヤたちの師匠っていったい何歳なのよ⁉)

 ティルラの中でブレーズと言う人物の謎が深まっていく。

 「兄弟子って言っても実際は一緒に過ごしたことないけど?」
 「でも、同じ師だろ?」
 「まあ、そうだけど……」

 口ごもるセシリヤにヴァシリーはもう一押し、と言わんばかりに餌をチラつかせた。

 「一戦して俺を楽しませることが出来れば、お前の希望を叶えてやる。珍しい鉱物の情報から知りたい情報、上級クエストの斡旋でも、なんでもだ」
 「私の希望を叶える……?」

 セシリヤは胸元のペンダントに触れた。

(ティルラの治めていたティエールのことについても聞いていいってこと?)
 「……」

 眉を寄せてセシリヤは考え込んでいた。戦って勝つのではなく、彼を楽しませるのが条件だ。けれど、ブレーズから直々に仕込まれている戦闘技術は本部の総帥の地位に就くくらい高い。それは彼と戦った事があるセシリヤが一番よく理解している。だから、断ったのに……とセシリヤは溜息を吐いた。正直に言えば気乗りしない。

 「翠眼の魔道士は自信がないのか?」

 聞き捨てならない単語にセシリヤが反応した。

 「その名前なんで……?」

 翠眼の魔道士の通り名があることを今朝知ったばかりなのに、なぜ、彼が知っているのか。

 「なんでって、その通り名を付けたのは俺だからな!」

 得意げな表情を見せるヴァシリーにセシリヤの頬が引きつった。

 「へ、へえ~……そう。……戦う理由が出来たわ」
 「どうした、セシリヤ。笑顔が怖いぞ」

 笑い声を上げるヴァシリーに対してセシリヤは引きつった笑みを向ける。

 (セシリヤが怒ってる……! 気付いて兄弟子!)
 「そうと決まれば早速行くぞ!」
 「待って」

 立ち上がりかけた相手にセシリヤが待ったをかける。

 「まだ朝食の途中なんだから、これ食べ終わるまで待って」

 圧力を掛けるセシリヤにヴァシリーは「お、おぉう……」と腰を下ろした。セシリヤが食事を終えるまで大人しく待ってくれるらしい。ミラとラウラは互いに睨み合ったまま言い争いを続けていた。
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