翠眼の魔道士

桜乃華

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六十一話 お礼

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 入浴を終えたセシリヤが部屋へ戻り一息ついているとノック音が三回聞こえ、返事をしてすぐにクルバが顔を出した。

 「ゆっくりできたかい?」

 そう問うたクルバへセシリヤが頷くと彼女は目元を和らげた。「あ、そうだ。これ」と言いながら差し出したのはペンダント。エメラルド色の魔石の両サイドに小さな雪の結晶が付いているように見える。ジュエリークリップの先端にある丸カンからチェーンが通されていた。

 「そのチェーンはオーバルハーフラウンドチェーンと言ってね……」

 クルバがチェーンの説明を始めているがセシリヤの頭上には疑問符がいくつも浮かんでいた。話しについて行けていないことに気付いたクルバはこほん、と咳払いをするとイヤリングを見せた。シルバーの石座に嵌め込まれたアメジスト、その先端の丸カンに繋がれているのは花と葉を模したシルバーパーツ。短めに調整してある。クルバに促されてセシリヤはペンダントとイヤリングを身につけた。ペンダントは五十㎝に調整されているため、胸元に余裕が出来ており、動きに合わせて魔石が揺れていた。イヤリングも同様、小さく揺れてアメジストが光に反射してキラキラと輝いていた。
 クルバは満足そうに笑っている。

 「あの、クルバさん。作っていただいた分のお支払いを……」

 言いかけたセシリヤにクルバは首を左右に振った。

 「要らないよ。これはね、お礼だよ」

 「お礼……ですか?」

 そう、とゆっくりと頷く。水の件を言ったところでセシリヤは何も言わないだろう。だからクルバも“何の礼”だとは言わない。その代わり柔らかく微笑んでセシリヤの頭を優しく撫でて聞こえないほどの小さな声で「ありがとうね」と礼を述べた。

 「それに、セシリヤちゃんを見てたらもう一人娘が出来たみたいだと思ってテンションが上がっちまったよ」

 手を離したクルバが声を上げて笑う。

 「娘さんいるんですか?」

 「今はここを出て一人暮らしをしているけどね。たしか、この街のクエスト管理協会? ってところで働いているんだよ」

 「そうなんですね」

 (という事はあそこで働いている中にクルバさんの娘さんがいるのか)

 相槌を打ちながらセシリヤは支部にいた人たちを思い浮かべるが、当然分からず早々に諦めた。

 「優しい子でね、経営が苦しくなったうちへ毎月自分の給料のいくらかを出して助けてくれていたんだよ。何度断っても絶対に譲らなくて、頑固なところは父親に似たのかねぇ」

 懐かしむようにクルバは零した。

 「いつまでもあの子に負担を掛けたくなくて客足の遠のいたここを畳もうと思っていたんだ。そんな矢先、セシリヤちゃんが来てくれたんだよ。最後のお客さんだね」

 娘からはもう少し続けてって言われてたんだけどね、と付け足して寂しそうにクルバは笑う。静かに聞いていたセシリヤは何度も言葉を探した。けれど、上手く見つけられずに少し開いた口を閉じる。気付いたクルバがにこり、と笑った。

 「こんなおばさんの話を聞いてくれてありがとう、私はね満足なんだよ。最後にこんなにいい客に出逢えたんだから! やだよ、もう! そんな顔しないどくれ」

 「クルバさん……」

 「なんだい?」

 セシリヤは一度俯いて唇を噛んだ。水が出るようになったところでこの宿へ客足を戻すことは出来ない。自分に出来ることは限られている。こんなにいい人が大事なものを手放さなければならない、寂しく笑う顔が脳裏にチラつく。彼女には幸せに、笑顔でいてほしいのに……。

 (悔しいなぁ……)

 「セシリヤちゃん?」

 俯いたセシリヤを心配したクルバが呼ぶ。セシリヤは拳をキュッと握り顔を上げた。いろいろな言葉を呑み込んで満面の笑みを浮かべる。

 「ペンダントとイヤリングありがとうございました! 大切にします」

 (セシリヤ……)

 震える声で紡いだ言葉にティルラは掛ける言葉が見つからず魔石越しにクルバを見つめた。ペンダントを作る彼女はとても優しい顔だった。

 『こんなことしか私には出来ないからね。セシリヤちゃんは絶対に自分がしたって言わないだろうけど、ちゃんと知ってるよ。少しでもお礼になるといいんだけどねぇ……』

 そう零しながら作っていたことを知っているのはティルラだけ。このことをセシリヤへ告げる気はない。
 セシリヤを見つめていたクルバは「そうしてもらえると嬉しいよ」と柔らかく微笑んだ。
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