翠眼の魔道士

桜乃華

文字の大きさ
上 下
64 / 114

六十一話 お礼

しおりを挟む
 入浴を終えたセシリヤが部屋へ戻り一息ついているとノック音が三回聞こえ、返事をしてすぐにクルバが顔を出した。

 「ゆっくりできたかい?」

 そう問うたクルバへセシリヤが頷くと彼女は目元を和らげた。「あ、そうだ。これ」と言いながら差し出したのはペンダント。エメラルド色の魔石の両サイドに小さな雪の結晶が付いているように見える。ジュエリークリップの先端にある丸カンからチェーンが通されていた。

 「そのチェーンはオーバルハーフラウンドチェーンと言ってね……」

 クルバがチェーンの説明を始めているがセシリヤの頭上には疑問符がいくつも浮かんでいた。話しについて行けていないことに気付いたクルバはこほん、と咳払いをするとイヤリングを見せた。シルバーの石座に嵌め込まれたアメジスト、その先端の丸カンに繋がれているのは花と葉を模したシルバーパーツ。短めに調整してある。クルバに促されてセシリヤはペンダントとイヤリングを身につけた。ペンダントは五十㎝に調整されているため、胸元に余裕が出来ており、動きに合わせて魔石が揺れていた。イヤリングも同様、小さく揺れてアメジストが光に反射してキラキラと輝いていた。
 クルバは満足そうに笑っている。

 「あの、クルバさん。作っていただいた分のお支払いを……」

 言いかけたセシリヤにクルバは首を左右に振った。

 「要らないよ。これはね、お礼だよ」

 「お礼……ですか?」

 そう、とゆっくりと頷く。水の件を言ったところでセシリヤは何も言わないだろう。だからクルバも“何の礼”だとは言わない。その代わり柔らかく微笑んでセシリヤの頭を優しく撫でて聞こえないほどの小さな声で「ありがとうね」と礼を述べた。

 「それに、セシリヤちゃんを見てたらもう一人娘が出来たみたいだと思ってテンションが上がっちまったよ」

 手を離したクルバが声を上げて笑う。

 「娘さんいるんですか?」

 「今はここを出て一人暮らしをしているけどね。たしか、この街のクエスト管理協会? ってところで働いているんだよ」

 「そうなんですね」

 (という事はあそこで働いている中にクルバさんの娘さんがいるのか)

 相槌を打ちながらセシリヤは支部にいた人たちを思い浮かべるが、当然分からず早々に諦めた。

 「優しい子でね、経営が苦しくなったうちへ毎月自分の給料のいくらかを出して助けてくれていたんだよ。何度断っても絶対に譲らなくて、頑固なところは父親に似たのかねぇ」

 懐かしむようにクルバは零した。

 「いつまでもあの子に負担を掛けたくなくて客足の遠のいたここを畳もうと思っていたんだ。そんな矢先、セシリヤちゃんが来てくれたんだよ。最後のお客さんだね」

 娘からはもう少し続けてって言われてたんだけどね、と付け足して寂しそうにクルバは笑う。静かに聞いていたセシリヤは何度も言葉を探した。けれど、上手く見つけられずに少し開いた口を閉じる。気付いたクルバがにこり、と笑った。

 「こんなおばさんの話を聞いてくれてありがとう、私はね満足なんだよ。最後にこんなにいい客に出逢えたんだから! やだよ、もう! そんな顔しないどくれ」

 「クルバさん……」

 「なんだい?」

 セシリヤは一度俯いて唇を噛んだ。水が出るようになったところでこの宿へ客足を戻すことは出来ない。自分に出来ることは限られている。こんなにいい人が大事なものを手放さなければならない、寂しく笑う顔が脳裏にチラつく。彼女には幸せに、笑顔でいてほしいのに……。

 (悔しいなぁ……)

 「セシリヤちゃん?」

 俯いたセシリヤを心配したクルバが呼ぶ。セシリヤは拳をキュッと握り顔を上げた。いろいろな言葉を呑み込んで満面の笑みを浮かべる。

 「ペンダントとイヤリングありがとうございました! 大切にします」

 (セシリヤ……)

 震える声で紡いだ言葉にティルラは掛ける言葉が見つからず魔石越しにクルバを見つめた。ペンダントを作る彼女はとても優しい顔だった。

 『こんなことしか私には出来ないからね。セシリヤちゃんは絶対に自分がしたって言わないだろうけど、ちゃんと知ってるよ。少しでもお礼になるといいんだけどねぇ……』

 そう零しながら作っていたことを知っているのはティルラだけ。このことをセシリヤへ告げる気はない。
 セシリヤを見つめていたクルバは「そうしてもらえると嬉しいよ」と柔らかく微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

最安値奴隷妻のしあわせ生活

六十月菖菊
恋愛
ワケありで最安値で売られていた私。 悪評ゆえに結婚相手に恵まれない息子のために、お偉い魔族に買い取られ、いきなり結婚させられました。 人間嫌いな魔族との結婚なんて何にも期待できないので、せめて楽しいことを探していきたい。 ────人間嫌いの魔族の男と、ワケあり最安値奴隷妻が、仮初から本物の夫婦になるまでの話。 なろうさんにて並行投稿。

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...