翠眼の魔道士

桜乃華

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第七話 汚染 1/2

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 来た時とは違う道を歩いていたセシリヤは眉を寄せた。途中から植物が枯れている。パンディオンがいた洞窟周辺は緑が多かった。そこから数キロメートル離れたここから急に植物が枯れるなんてありえない。

 (……水の音? 川が近くにあるのか)

 セシリヤは急ぎ足で水音がする方へ向かった。

 「パンディオン、地面は危ないから飛びなさい」

 そう告げると、理解したパンディオンは羽をばたつかせると飛び上がった。音を頼りに進んだセシリヤは目を丸くした。透明なはずの水は紫色に染まり、魚の死骸が浮いて流れていた。そこを中心に植物が枯れている。時間の経過とともに枯れる範囲が広がっていると考えられる。少なくとも水が汚染されてから数週間は経っているとセシリヤは推察した。

 (そう言えば、コランマールで妙な噂を耳にしたな……)

 セシリヤは記憶を辿った。コランマールを訪れたセシリヤは宿屋を目指して歩いていた。そんな折、噂話が聞こえてきた。

 『ねえ、最近フラバの森近辺で植物が枯れてるって噂、知ってる?』

 『ああ。なんでも近くの川が汚染されてるとか』

 『汚染?』

 『詳しくは知らないけど、魚の死骸がうす紫色の水と共に流れてきたらしい』
 コランマールから離れたフラバの森は奥に洞窟があり、そこから流れる清い水により植物が年中生えていた。貴重な薬草が手に入るのだが、距離があるため立ち入る者は少ない。さらに洞窟の最奥には水の精霊が住んでいると信じられていた。

 『水の精霊様の怒りでも買ってしまったのかねぇ……』

 老婆が悲し気な表情で天を仰いでいる横を通り過ぎてセシリヤは宿屋へ向かった。コランマールに五つある宿屋の中でセシリヤが選んだのはクエスト管理協会が勧める宿屋ランキング最下位の“モンタナ”だ。何故、そこを選んだのかと言えば理由は単純。ただなんとなく、だ。断じてお金に余裕がないわけではない。ランキング上位の宿屋は人が多く落ち着かないのが正直な意見だったりする。
 モンタナを経営している女将のクルバに迎えられたセシリヤは荷物を二階部屋に置くと、一階の食堂に向かった。客の数も部屋数と比べると随分と少ないようだ。食堂に居るのは先客の男性一人とセシリヤのみだ。厨房から食事を運んできたクルバはテーブルに料理を並べながら満面の笑みを浮かべた。

 『ここを選んでくれてありがとう。これはサービスだよ、たくさんお食べ』

 注文していた鶏肉のシチューとパンの他に、サービスとしてソーセージの乗った皿が置かれた。皿とクルバを交互に見たセシリヤに彼女は笑みを向けたままだ。

 『あの……どうして?』

 『うちみたいな宿に泊まるお客さんはあんまりいなくてねえ……』

 久しぶりで嬉しくてサービスしちまったよ、と声を上げて笑うクルバにセシリヤもつられて笑い、手を合わせた。
 
 ソーセージをナイフで切り、一切れ口に運んだセシリヤは『美味しい……』と素直な感想を零す。

 『女将さん、ここに来る前にフラバの森の話をチラッと聞いたのですが』

 男性客が去ったテーブルを拭いていたクルバが手を止めて近づいてきた。

 『ああ、聞いたのかい。私も詳しくは知らないんだけどね、最近あの森に向かった男たちが言っていたんだよ。今まで一度も枯れたことのない植物が枯れていたってね』

 『精霊の怒りがどうとかって……』

 『水の精霊様があの森の奥に住んでいるって昔から信じられていた噂さ』

 見た者はいないんだけどね、とクルバは声を上げて笑った。

 『今のところはこの街には影響はないが、いずれここにも精霊様の怒りが来るのかねぇ』

 そう言ってクルバは厨房の方へ去って行った。

 (精霊の怒り……ねえ……)

 セシリヤはパンを齧りながら窓の外へ視線を向けた。
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