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第四話 茶々さんについて

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 入学式、オリエンテーションと目まぐるしく日が過ぎていく。千帆ちゃんとは学科が異なるため、登校した後はそれぞれの教室へと別れる。同じ学科の友人が私たちにも出来たけれど、寮へ帰れば一緒にご飯を食べる流れは変わらない。そんな中、食堂へ顔を出すと千帆ちゃんと私はホワイトボードの前で止まった。
 「新入生歓迎会……?」
 「今週だ」
 ホワイトボードには今週の土曜日の夕方から若草寮で新入生歓迎会をするお知らせが書かれていた。「是非、参加してください」と書いてある達筆な文字は大家さんだろうか、考えながら厨房へ視線を送ると、大家さんと目が合って微笑まれた。
 「なんか、新入生歓迎会って新鮮だね」
 そう言うと千帆ちゃんが隣で「うん。初めてだからなんだか嬉しいね」緩く笑いながら返してくれた。大家さんの傍まで行くと、二人分の皿を差し出されてそれを受け取る。今日はコロッケらしい。
 「歓迎会、いらしてくださいね」
 柔らかく微笑んだ大家さんに私たちは同時に「はい」と頷いた。

 土曜日の十八時になる少し前。千帆ちゃんと私は食堂の入り口前で待ち合わせて外から中を覗いていた。中には先輩や大家さん、同じ新入生たちが何人か集まっている。入ろうか、と互いに視線で会話をしていたらスライドドアが開く。目を丸くしている私たちに先輩の一人が「ほら、入っておいで」と中へと招いた。
 いつものテーブルは片付けられており、床に敷かれたブルーシートと、長机が円を描くように並べられていた。長机の上にはオードブル、サンドイッチ、いなり寿司等バラエティーに富んだ食べ物、別の机には缶酎ハイ、ビール、ペットボトルに入ったジュース、お茶が沢山置かれていた。
 「はいは~い、新入生はこっちに並んで座ってね」
 寮長が指したのは上座。そこには既に数人の寮生が座っていた。私たちも案内されるままそこに座った。机に紙コップが並べられ、飲み物を注がれていく。私と千帆ちゃんの紙コップには緑茶が注がれた。時計が十八時になる頃には寮生たちが集まり席はほとんど埋まっていた。大家さんが顔を出したのを見て寮長が声を上げた。
 「時間になったので、今から新入生歓迎会を始めます。まず、大家さんから挨拶と乾杯の音頭を取っていただきます。大家さん、お願いします!」
 促されて大家さんが一歩前に出て寮生たちをぐるりと見て微笑んだ。
 「入学おめでとうございます。そして、数ある寮の中からこの若草寮を選んでくださりありがとうございます。これから学生生活を楽しんでください、私たちもそのお手伝いをさせていただけたらと思います」
 大家さんの挨拶に寮生たちが拍手を送る。
 「続いて、乾杯の音頭をお願いします」
 「音頭を取ったら私はこれで失礼しますね。あとは皆さんで楽しんでください。それでは、乾杯」
 「かんぱーい!」
 大家さんの言葉に寮生たちが紙コップを掲げた。私と千帆ちゃんは「乾杯」と言いながら紙コップを合わせる。近くにいた先輩たちともカップを合わせている間に大家さんは本家へと帰ったのかいなかった。
 「よーし! 今から皆で自己紹介な。それが終わったら各々自由にしていいから」
 寮長がニッ、と笑いながら言う。
 「はい。一番奥の奴から」
 ほらほら、と促した。照れくさそうに一番奥に座っていた男性から自己紹介を始めた。私たちも名前と出身地を告げて簡単な顔合わせが終われば後は宴会のようになった。
 私たちが緑茶を飲みながらサンドイッチを食べていると寮長―林良太が目の前に座った。
 「楽しんでるか、一年生」
 「はい」
 問われて千帆ちゃんが笑顔で答えた。私も隣で頷く。
 「何か分からないことがあれば俺とか、先輩たちに聞けよ~」
 缶ビールを飲みながら上機嫌な彼は言う。先輩たちとの距離が近いのも寮のいいところなのかもしれない。
 「さっそくだけど、何か質問あるか?」
 突然、質問があるかと聞かれても、すぐに出てくるわけがない。あるわけが……ふと、私の脳裏に茶々さんが過った。
 「あ! ネコ、ネコの事を知りたいです。あの子はこの寮で飼われているんですか?」
 私の問いに予想外の質問だったのか、寮長は目を丸くした。けれど、すぐにニコリと笑って「いいよ」と返した。
 「ニャン太はこの寮のネコじゃないよ」
 ニャン太……? あの子一応女の子なんだけど。寮長が呼んでいる呼び名にツッコミを入れそうになるのをグッと堪える。
 「じゃあ、野良猫なんですか?」
 千帆ちゃんが手を挙げて聞いた。
 「それも違うかな。ニャン太は元々ここの先輩が飼っていたんだけど、卒業と同時に置いていったんだよ。だから人慣れしてるし、この寮の中を自由に出入りしてる」
 「へえ……」
 卒業と同時に置いていかれた、という単語に眉が寄った。手にしていた緑茶を見つめた私の前で寮長はさらに語る。
 「ちなみに、ニャン太は大家さんが苦手なんだよ」
 「なんでですか?」
 首を傾ける千帆ちゃんに寮長は得意げな顔をすると缶ビールを傾けて続けた。
 夜の八時が過ぎると大家さんは本家へと帰る。大家さんが帰るまでに食事が食べられなかった人の為に机の上にトレイを置き、そこにおかずを置いているらしい。大家さんがいなくなると夜な夜なニャン太……茶々さんは食堂へ現れておかずを漁るのだ。時にはトレイごとひっくり返すため、大家さんから箒で追いかけ回された過去があるらしい……。それは、大家さんのことが苦手になるよね。私の内心は複雑だ。
 「そんなことがあったんですね」
 目を丸くしている千帆ちゃんに寮長はそして、と続けた。
 「俺もなんでか嫌われてる!」
 缶ビールを握りながら寮長は項垂れた。なにしたんだろう……気になったけれど私は黙っておくことにした。寮長が言うにはこの寮内に茶々さんが嫌う人が数人いるみたいだ。人懐っこかったから意外だった。初対面の私たちに撫でさせてくれたのはなんでだろう。理由は茶々さんだけにしか分からないけれど、嬉しかった。
 歓迎会が始まって二時間くらいが経過して千帆ちゃんと私はそろそろ部屋に帰ろうか、と互いに話して外に出た。
 「歓迎会楽しかったね」
 「先輩たちとも、同じ学年の人たちとも話せたしね」
 夜風に当たりながら私たちは笑い合った。


 部屋に帰る途中、階段を上った先で茶々さんが座っていた。視線の先は寮の本棟。足音を拾った耳がぴくり、と反応してこちらを向いた。
 「茶々さんだー、こんばんは」
 挨拶をしてみたら茶々さんは「ニャアー」と一鳴きすると、伸びをして歩き出した。私は茶々さんの後をついていく。彼女が向かったのは一番端。別棟は上下階それぞれ六部屋ある。その一番端に水道が備え付けられている。もちろん、外だ。茶々さんはぴょん、と軽くジャンプをして手すりに乗った。そのままもう一度ジャンプして本棟の屋根の上に降り立つと歩いて行く。彼女の後姿を見送った私は今度こそ自分の部屋へと帰った。




 後日、部活で帰りが遅くなった私は茶々さんがトレイをひっくり返す瞬間を目撃してしまうのだった……。
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