220 / 226
【第二部】
2 side 金条 華
しおりを挟むゆっくりと意識が覚醒していく。
そして襲ってくる気だるさに、憂鬱になりながら寝返りをうった。
「んん…はぁーー……」
いつもみたいに香水を…と、ベッドヘッドに置いている瓶を取ろうと起き上がる。
が、そこにお目当ての物は無く、一気に眠気が覚めた。
「あれ?」
あれ?あ、そうだ。廉さんと一緒に寝たんだ。ここ廉さんの部屋だった。
だけど、スっと手を伸ばした隣のシーツは、ピシッと伸ばされているし、冷たい。
部屋の外も、足音一つ聞こえないくらい静かだし。人がいるとは思えない。
「……」
あれれ、もしかして全部、夢?
うーん、と、顎に手を当て考える。
こういう事はよくあった。
ヒートが始まった初日は、都合の良い夢を見るのがお決まり。大体、廉さんが出てきて、二人で出かけたり、家でゆっくり過ごしたりする夢だ。
「……また?」
霧がかかったようにぼんやりしている頭で、一つだけしっかりわかった事は、また都合の良い夢を見たということ。
気付いた途端、ドバっと涙が溢れる。
「っぅ、…」
もちろん、それを拭ってくれる廉さんは隣にいない。
自分で拭わないといけないのに。
今回の夢は、やけにリアルだった。途中からよく覚えてないけど、一緒にお風呂入った気がする。
間違いなく、幸せだった。
それがたとえ夢の中でも。
顎を伝い、ぼたぼた落ちた涙が、黒いシーツを濃くしていった。
こんな辛い事ある?ひとりぼっちのヒートなんて何回も経験してるはずなのに、毎回毎回つらくて、きつくて。
なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ。
そんな事を思っても、何も変わらない現実だけが俺を待ち受ける。
番で俺の好きな廉さんはいなくて、これから1週間くらいは、薬で抑えられなかった熱を持て余さなければならない。
「廉さん廉さん廉さん…」
少しでいいから会いたい。
何もしなくていいから抱き締めてほしい。
「ぅっ…ううぅっ、えーーーーん」
誰もいないのをいい事に、子供みたいに声を上げて泣く。
泣いているから頭はガンガン内側から痛くて、ヒートのせいで身体中が熱い。
辛い辛い辛い辛い。もう嫌だ。
こんなのがずっと続くなら、早めに全て終わりにしたい。
これ以上、廉さんがいない生活に慣れたくない。
「んッ、…っううぅぁあん……」
ごしごし目を擦った時、ベッドサイドチェストに置いてある、薬の箱と、水の入ったコップが目に入る。
「うぅっ……ぅ……くすり゛……」
箱は空いていて、アルミ箔は一粒だけ空になっていた。
よかった、寝る前に一つ飲んでたんだ。
飲んでなかったらもっと酷かった。
いつものように数セット出して、パキ、パキ、と錠剤を押し出す。多分10錠と少し。
一箱全部を飲まない限りは大丈夫。
これはこの4年間で学んだ事だ。薬は使えば使うほど、効き目が弱くなっていく。
過ぎる時間に比例して増える薬の量。
毎回OD寸前まで飲んで、やっと一人で耐えられるくらいに治まる。
番との関わりを失ったオメガの発情期はそれ程、過酷な物に変わるんだと知った。
錠剤がたくさん乗った手が、少し震えた。
飲む瞬間はいつも怖い。
前回は副作用も出なくて大丈夫だったけど、今回も大丈夫だとは限らない。
一歩間違えたら死だ。
でも、死んだら死んだで、それでもいいかなと思う自分がいる。
だって俺の中の廉さんは、どんどん思い出になっていくから。
廉さんのいない生活には色がない。
「はぁっ、はぁ、はっ…」
ヒートのせいか薬に対する恐怖のせいか、どんどん呼吸が浅くなって苦しい。
「ふぅ、はっ…はぁ、…ふぅー」
右手に錠剤、左手にコップを持って、いざ、…と言う所で視界に入る一筋の光。
「華~」
寝室のドアがゆっくり開いて、間延びした声で名を呼ばれた。
0
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
生意気な弟がいきなりキャラを変えてきて困っています!
あああ
BL
おれはには双子の弟がいる。
かわいいかわいい弟…だが、中学になると不良になってしまった。まぁ、それはいい。(泣き)
けれど…
高校になると───もっとキャラが変わってしまった。それは───
「もう、お兄ちゃん何してるの?死んじゃえ☆」
ブリッコキャラだった!!どういうこと!?
弟「──────ほんと、兄貴は可愛いよな。
───────誰にも渡さねぇ。」
弟×兄、弟がヤンデレの物語です。
この作品はpixivにも記載されています。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
【好きと言えるまで】 -LIKEとLOVEの違い、分かる?-
悠里
BL
「LIKEとLOVEの違い、分かる?」
「オレがお前のこと、好きなのは、LOVEの方だよ」
告白されて。答えが出るまで何年でも待つと言われて。
4か月ずーっと、ふわふわ考え中…。
その快斗が、夏休みにすこしだけ帰ってくる。
組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる