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【第二部】
2 side 金条 華
しおりを挟むゆっくりと意識が覚醒していく。
そして襲ってくる気だるさに、憂鬱になりながら寝返りをうった。
「んん…はぁーー……」
いつもみたいに香水を…と、ベッドヘッドに置いている瓶を取ろうと起き上がる。
が、そこにお目当ての物は無く、一気に眠気が覚めた。
「あれ?」
あれ?あ、そうだ。廉さんと一緒に寝たんだ。ここ廉さんの部屋だった。
だけど、スっと手を伸ばした隣のシーツは、ピシッと伸ばされているし、冷たい。
部屋の外も、足音一つ聞こえないくらい静かだし。人がいるとは思えない。
「……」
あれれ、もしかして全部、夢?
うーん、と、顎に手を当て考える。
こういう事はよくあった。
ヒートが始まった初日は、都合の良い夢を見るのがお決まり。大体、廉さんが出てきて、二人で出かけたり、家でゆっくり過ごしたりする夢だ。
「……また?」
霧がかかったようにぼんやりしている頭で、一つだけしっかりわかった事は、また都合の良い夢を見たということ。
気付いた途端、ドバっと涙が溢れる。
「っぅ、…」
もちろん、それを拭ってくれる廉さんは隣にいない。
自分で拭わないといけないのに。
今回の夢は、やけにリアルだった。途中からよく覚えてないけど、一緒にお風呂入った気がする。
間違いなく、幸せだった。
それがたとえ夢の中でも。
顎を伝い、ぼたぼた落ちた涙が、黒いシーツを濃くしていった。
こんな辛い事ある?ひとりぼっちのヒートなんて何回も経験してるはずなのに、毎回毎回つらくて、きつくて。
なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ。
そんな事を思っても、何も変わらない現実だけが俺を待ち受ける。
番で俺の好きな廉さんはいなくて、これから1週間くらいは、薬で抑えられなかった熱を持て余さなければならない。
「廉さん廉さん廉さん…」
少しでいいから会いたい。
何もしなくていいから抱き締めてほしい。
「ぅっ…ううぅっ、えーーーーん」
誰もいないのをいい事に、子供みたいに声を上げて泣く。
泣いているから頭はガンガン内側から痛くて、ヒートのせいで身体中が熱い。
辛い辛い辛い辛い。もう嫌だ。
こんなのがずっと続くなら、早めに全て終わりにしたい。
これ以上、廉さんがいない生活に慣れたくない。
「んッ、…っううぅぁあん……」
ごしごし目を擦った時、ベッドサイドチェストに置いてある、薬の箱と、水の入ったコップが目に入る。
「うぅっ……ぅ……くすり゛……」
箱は空いていて、アルミ箔は一粒だけ空になっていた。
よかった、寝る前に一つ飲んでたんだ。
飲んでなかったらもっと酷かった。
いつものように数セット出して、パキ、パキ、と錠剤を押し出す。多分10錠と少し。
一箱全部を飲まない限りは大丈夫。
これはこの4年間で学んだ事だ。薬は使えば使うほど、効き目が弱くなっていく。
過ぎる時間に比例して増える薬の量。
毎回OD寸前まで飲んで、やっと一人で耐えられるくらいに治まる。
番との関わりを失ったオメガの発情期はそれ程、過酷な物に変わるんだと知った。
錠剤がたくさん乗った手が、少し震えた。
飲む瞬間はいつも怖い。
前回は副作用も出なくて大丈夫だったけど、今回も大丈夫だとは限らない。
一歩間違えたら死だ。
でも、死んだら死んだで、それでもいいかなと思う自分がいる。
だって俺の中の廉さんは、どんどん思い出になっていくから。
廉さんのいない生活には色がない。
「はぁっ、はぁ、はっ…」
ヒートのせいか薬に対する恐怖のせいか、どんどん呼吸が浅くなって苦しい。
「ふぅ、はっ…はぁ、…ふぅー」
右手に錠剤、左手にコップを持って、いざ、…と言う所で視界に入る一筋の光。
「華~」
寝室のドアがゆっくり開いて、間延びした声で名を呼ばれた。
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