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【第二部】
これまで と これから
しおりを挟む「…要するに、今の黒川さんは高校3年生…」
「こえー顔して口調は昔に逆戻りってウケるよね」
そう言いながら、全く笑っていない蘭さん。
俺はというと、宇宙にたった一人で放り出されたような恐怖を感じていた。
空調の効いた室内。
暑いのか寒いのか分からなくて、気分が悪くなる。
お医者さんから聞いた話では、黒川さんは事故の時に頭をぶつけた衝撃と、ずっと抱えていた強いストレスが一度に襲ってきて、高校3年生から22歳までの約4年分の記憶を失ったという事らしい。
つまり、俺にとって一番大事な所は『俺との2年間、出会ったきっかけや付き合った思い出、同棲の事はすっかり全部忘れてしまった』って所。
少し前に病室で見せた、少し幼い雰囲気はそのせいだったのかと妙に納得する。
「…忘れちゃったのかぁ…」
「今度グーパンしてみれば?痛さで思い出すかも」
お医者さんは、なんとか健忘とか言ってたけど思い出せない。
ただ、黒川さんが俺と出会った事を忘れて、今は俺の知ってる黒川さんじゃないという事だけは覚えている。
実感はまだないけど、記憶喪失という事実だけで気分はどんどん沈んでいく。
蘭さんは、俺を励ますように頭を撫でたり笑わせようとしてくれたりするけど、その一つ一つに黒川さんを思い出して落ち込む一方だ。
「…今日はとりあえず帰ろっか?」
「…はい」
蘭さんは本家に学生時代の部屋があるから、そっちに帰るらしい。
病院で別れて一人で帰宅する。
薄紫のキーケースから合鍵を取り出して解錠すると、ガチャンと虚しく音が響いた。
鞄を放り投げ、相変わらず無駄に大きいソファにダイブする。
『これからどうするかはキミが決めていい。』
『今の廉と昔の廉は違う事は覚えておいてね。』
『キミが真っ当な世界に戻るチャンスでもあるんだ。良く考えてね。』
正臣さんに言われた言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
どうするのが正解なんだろう。
何も分からない。
高校生の黒川さんと暮らしていても、俺の事を思い出すかわからないし、高校生の黒川さんが好きかって言われたら困る。
俺が好きになったのは、年上でカッコよくてクールだけど少し可愛い黒川さん。
時々強引だけど、俺の事を考えてくれた上での行動だったりするから、隠れた優しさが嬉しい。
そういう所が好き。
「んんん~…」
案外、深く考えずに生活してみればどうって事ないのかもしれない。
でも、正臣さんの言う通り、真っ当な世界に戻るチャンスなのかもしれない。
本当はそんなのどうでもいい。
歪んだ世界でも黒川さんと一緒にいたい。
けど、正臣さんからあんな言葉が出たって事は、俺は少なからず邪魔な存在なのかもしれない。
ただでさえ裏の世界に関係の無い人間で、上手くいけば組織が大きくなるハズだった政略結婚を台無しにした奴。
今だって、ヒートが来たら抑制剤は体に良くないから使わせないって言われて、毎回それに甘えるから1週間は仕事を休ませてしまってる。
「…俺って黒川さんにとってメリットがない…」
学生の頃からずっと抱えていた悩みが、再び頭を悩ませる。
それからしばらく頭をフル回転させながら考える。
そして、ひとつの案に辿り着いた。
「…そうだ!このマンションの一室借りればいいんだ!」
我ながら良い考えにニコニコが止まらない。
このマンションは構成員さんしか居ないし、黒川さんの近くにいられる。琉唯くんもいるし、俺も構成員って事にしてもらおう!
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