128 / 226
【第一部】
11
しおりを挟む手配した馬車にナディアと共に乗り込むと馬車は動き出した。向かいに座ったナディアに「エルサは私を嫌っている割に、自分から沢山話し掛けて来るのだけど……どうしてかしらね?」と訊ねてみた。
「えっと……多分セラティーナ様に構ってほしいのかと」
「正面から大嫌いって昔言われたわよ? 一応、気にしてエルサにも接触しないよう注意を払っているのだけど」
「エルサ様は素直ではありませんから……」
素直ではない? とても素直だ。公爵家の娘として思った事をそのまま言葉にするのは頂けないが包み隠さずセラティーナへの敵意を隠さず、真正面からぶつけるエルサが何だかとても可愛い。悪意がないと言われると違うが、両親やセラティーナを馬鹿にする周囲と違って濃度が極端に薄い。悪者ぶっても完全に悪になれない。根が良い子なのだ、元から。
馬車が街の広場に停車するとすぐさまセラティーナは降り、慌てて降りたナディアに微笑んだ。
「ナディアはオペラを買って来て」
「セラティーナ様は?」
「私は用事があるの。長引くかもしれないから、オペラを買ったら馬車で待っていて」
「いけません、私が代わりに」
「いいえ。私が行かないと駄目よ」
ナディアが言葉を続ける前に令嬢らしからぬ速度でその場を離れたセラティーナ。お陰で目的地にはすぐに着いた。王国で最も大きな組合『グレーテル』。確か、初代マスターの名前がグレーテルだからと聞いた。中に入り、カウンターにいる受付嬢に声を掛けた。
「あの」
「どうされました? ご依頼は?」
「帝国の地理に詳しい方を紹介して頂きたいのですが」
「帝国の? 同行者をお探しで?」
「いえ。帝国に用があって、王都から帝都まで定期便があるのは知っていますが帝都の外となるとどう進んだらいいか分からないから……」
「でしたら、同行者を付けた方が宜しいのでは?」
見るからに裕福な娘が訳アリの空気を醸し出している。組合に入る前、髪の色を茶色に変え、顔も少し魔法で変えたので仕方ないかもしれない。鞄から多目のお金を出して受付嬢の前に置いた。
「代金はきちんと払います」
「そういう問題ではなく……」
困った。善意で言ってくれているのは承知しているがセラティーナからすると地理について教えてくれるだけでいい。どうしようかお互いに困り果てていると「どうしたー?」と男性の声が飛んで来た。
「ランスさん」
坊主頭で額に斜め線の傷が入った大柄の男が興味深げに会話に入った。何処かで見たような、と既視感を覚えるも受付嬢を納得させるのが先だ。
「この方が帝国の外へ行く為に帝国の地理に詳しい方をと言われているのですが同行者希望ではないようで」
「そりゃあいけねえ。あんた、どんな事情があるか知らないが一人で行くのは危険だ」
彼等が親切心から忠告しているのは解しているものの、正直に事情を明かせないのが辛い。
「ところで帝都の外なんてどこまで行くんだい?」
「えっと……帝都から北に二十キロ程離れた森へ行きたくて」
「確かそこは朝の妖精っていう、小さい妖精族が好む森だな。そこに何の用が?」
ここまで来たら話さないと納得してくれなさそうだ。
「その森に住む魔法使いに会いたくて……」
「それは……ひょっとしてフェレス=カエルレウムか?」
「ご存知なのですか?」
「ああ。知り合いでな」
フェレスに会いたいのは事実だ。会いたい理由を妖精族の魔力から作られると言われる妖精の粉が欲しいのだと言い、フェレスはやって来る依頼人は大抵受け入れると聞きどうしても会いに行きたいのだと話した。妖精の粉は主に魔力増幅の材料となり、また、非常に美しい代物で婚約者に贈りたいと理由を作った。
「妖精の粉を婚約者にか……立派だがあんた変装魔法を使ってるな?」
「ええ……」
「ってことは、貴族のお嬢さん辺りか」
「お金はきちんと払います。だから、どうか紹介して頂けないでしょうか」
「うーん。お嬢さん一人でっていうのがネックだなあ……」
やはり、同行者同伴でないと駄目だろうか。腕を組んで悩むランスに受付嬢とセラティーナの視線が集中する。
「あ。でも確か」
「え」
「数日前だったか。フェレスから連絡が来たんだ。四日後に王都に来るって」
「王都に?」
「ああ。何でも王都にしかないものがあるらしくて、それを探しに来るんだと」
フェレス程の魔法使いが欲する物が王都にある……? かれこれ十八年は王都に住むセラティーナだが見当がつかない。
「王都に来たら顔を出すって言っていたから、あいつが来たらお嬢さんに連絡を入れよう」
「本当ですか?」
「その代わり、あんたの身分を証明してくれ」
「分かりました」
会いに行こうと思っていた前世の夫が王都に来る。その機会は逃せない。ランスに言われ、セラティーナは変装魔法を解除した。途端に変わる髪色や顔立ちに二人が息を呑む。
「こりゃあ驚いた……あんた、かなりの別嬪さんだな」
「ありがとうございます。私はセラティーナ=プラティーヌと申します」
「プラティーヌと言えば、超大金持ちの。だがプラティーヌ家は魔法が得意じゃない奴が殆どだろう?」
「ええ。でも、私は偶々魔法が得意な方みたいで」
「そうか」
「婚約者も魔法が得意な方なので妖精の粉が欲しくて」
嘘ではないがシュヴァルツの為に妖精の粉を欲していない。ランスは受付嬢に向き、セラティーナの依頼は自分が受けると言い、受付嬢もそれを承諾。カウンターに置いてあるリストに何やら書き込みをしている。依頼は正式に受理された。
「フェレスが来たら、魔法で連絡を送ろう」
「ありがとうございます。助かります」
これでフェレスに会える手段が整った。もしも、側に他に愛する女性がいたとしても、一目で良い、彼に会いたい。会ったら王国を去ろう。帝国に移住しても良い。流れ者でも魔法使いなら重宝してくれる。
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.

王冠にかける恋【完結】番外編更新中
毬谷
BL
完結済み・番外編更新中
◆
国立天風学園にはこんな噂があった。
『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』
もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。
何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。
『生徒たちは、全員首輪をしている』
◆
王制がある現代のとある国。
次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。
そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って……
◆
オメガバース学園もの
超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!
【胸が痛いくらい、綺麗な空に】 -ゆっくり恋する毎日-
悠里
BL
コミュ力高めな司×人と話すのが苦手な湊。
「たまに会う」から「気になる」
「気になる」から「好き?」から……。
成長しながら、ゆっくりすすむ、恋心。
楽しんで頂けますように♡

キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。

Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる