ファルベ

小夜時雨

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ファルベ

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「ねぇ。何か味、変じゃない?」
 同僚の黒髪ロング、サッパリお姉さん系メイドのダルバはパイを大胆に口に放り込み、ゆっくりと咀嚼しながら私、マリン・ハーランドを見た。

 シャクッ。
 私も一口、パイをかじる。
 
 最初はサクサク、後で口の中でジュワ~っととろけるシェフご自慢の生地の歯触りはいつもとなんら変わりはない。
 
 ん~。

 言われてみると、少しレモン風味が強いような……?後味もいつもよりも、しつこく口の中に残っているような気がする。
 
「えー、何が?」
「モニカ! あんた、もう食べちゃったの?」
 モニカの皿は既に空っぽだった。

「おかわりいいかなぁ?」
「良いけど、後で夕飯入らなくなっても知らないよ」
「これぐらい大丈夫だって」
 私も嫌いではないが、カフェ巡りが趣味のモニカは特にスイーツに目がない。

 既に二皿目ももう完食。
 いや、ほっといたら一人で全部食べちゃうかも……。

「気のせいかもしれないけど、レモンがいつもより濃くて、なんか薬品臭い気がしない……?」
 ダルバの言葉に私はフォークをカラン、と取り落とした。

 「えっ……薬品!?」
 イヤな予感が、一瞬走り抜ける。

 ……この展開って、いつものパロマのパターンじゃ……?

「さっき、これ。パロマが運ぼうとしていたって執事長、言ってたわよね?」
 ダルバも皿を置いて私を見た。
「まさか……」
 ……薬物混入未遂じゃなくて、事後だったとしたら?

 言おうとして、私は愕然と気がついた。
 なんか……顔が熱い。

 いや、顔だけじゃない。
 身体の中心から、モヤモヤとした熱が広がってきていた。
「うぇっ……!」
 
 これ、絶対変だ!

 パロマの奴!

 自分の身体を思わず抱きしめた私の耳に、トロンとしたモニカの甘ったるい声が……。

「ダルバぁ~」
 目の前に座っていたモニカが背後からガバッとダルバに抱きついていた。

「ちょっ……やめ! モニカっ!!」
 イケイケメイド、モニカは実はこの邸一番の怪力メイドである。

 ダルバにもそれなりに体術の心得はあるが、物凄い力で背後から押さえ込まれ、身動きがとれない。

「ダルバもマリンも良いわよねぇ……」
 いきなり、低い声でモニカが呟いた。

「……何が?」
「こんなに! こんなに二人ともデカい胸があって!」
 モニカの目がすわっている。
  
「ちょ、あんた何して……、うわぁぁぁっ!」
 両手で掴んでも溢れるほどのダルバの巨乳をメイド服の上から、モニカはもニュッと鷲掴んだ。
「あたしなんか! あたしなんか何枚パットいれてもバレちゃうのにぃぃぃ!!」
 
「……」
 それはパットを詰めすぎて日頃からズレてるからだよ、とツッコミたかったが、あえて沈黙する私とダルバ。
 
 彼女のAカップに対するコンプレックスは根深い。明らかに様子がおかしい彼女を刺激するのは得策ではないだろう。
 
 静寂の中、無言で胸を揉むメイド。
 ……何なの?この空間は。


「あたしにも、あたしにもコレ、ちょーだいよぉぉぉ!」
 ダルバのメイド服の胸元からグイッと強引に手を突っ込むモニカ。
「わっ、バカ! 痛っ、マリンっ、助けっ」 

「正気に戻りなさい! モニカ!!」
 私の渾身の回し蹴りが、モニカの側頭部にヒット!

「うぎゃぁっ!!」
 ガードも出来ず、まともにくらったモニカは悲鳴をあげて床に昏倒した。

 ……白目剥いて転がってるけど、モニカは身体が丈夫なのが取り柄!大丈夫でしょ……。

「……ゲホっ。サンキュー、マリン」
 胸だけでなく、肋骨ごと押し潰されていたダルバが激しく咳きこんだ。
「大丈夫?ダルバ」
「あぁ、骨は無事だよ。ったく、相変わらずのバカ力なんだから。あ~あ、痣になっちゃってるじゃないの……」
 ダルバは自分の胸をのぞき込み、ため息をついた。バッチリ、モニカに掴まれた五本指の痕が白い胸についてしまっている。

「マリン。あんたは大丈夫?」
「えっと……、半分ぐらい食べちゃった、かな」
 以前、パロマに媚薬を盛られた時と似た感覚が沸き上がってくる感じはあるが、あの時ほどの激しい衝動性はない。 

 なんか、モヤっとしたものが奥からジワジワとクる感じだ。他事をしていれば紛れる程度の、ムラムラ感。 

 ……本当に何してくれてんだか、パロマは。 
 私、これから出かける予定があるのに。

「あたしは食べたの一口だけど、それでも何かちょっとモヤモヤするわ~。今回は何が入ってたのかしらね?」
「う~ん。こないだみたいな自白剤でもないし。いつもの催淫剤にしては即効性が薄い気がする。……あえていうなら、怪しい発情系?」
「絶対、あの子。どっかで隠れてあたしらを観察してると思わない?」
 ダルバはキッとした表情で部屋中を見回した。

「間違いないわ……」
「とりあえず、片付けよっか」
 私たちは深い溜め息をつくと無言で皿に残ったパイを片付けはじめた。

 ……本来は美味しいレモンパイなのに。
 あぁ、もったいない。覚えてなさいよ、パロマ!
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