ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

文字の大きさ
上 下
68 / 73
第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編

第54話『再会/Reunion』Part.1

しおりを挟む
 スカースレット王国にやってきて二日目。
 そんな素晴らしき一日の始まりは、ミサの叫び声で幕を開けた。

「……う~ん。どうしたの?」

 またも、強引に眠りを妨げられたエレリアは、半ば苛つきながら、ゆっくりと重たいまぶたを開いた。なんとも不快な目覚めだ。
 深夜もいきなり誰かに揺さぶり起こされたせいで、結局エレリアは満足に睡眠をとることができなかった。心なしか、疲労も少し肉体に染みついたまま残っているような気がする。
 ふいに脳内に浮かび上がる謎の少女の姿。そう、月の光に照らされながら、自らをモフミと名乗ったあの少女だ。
 結局あれは夢だったのだろうか。
 しかし、夢の中の出来事にしては、彼女の声も、その姿も、交わしたやり取りも、何もかも鮮明に思い出すことができる。
 となれば、彼女は現実のモフミが人に化けた姿だったのか。
 そして、寝起きでぼやけた視界のままミサの方を見ると、何やら彼女はひどく驚いた表情で固まっていた。

「モフちゃん……?」

 その時、不可解そうに漏らしたミサの呟きで、エレリアはぎくりと驚き、完全に意識が覚醒した。
 そして、恐る恐る彼女の視線の先に目をやった。

「げっ、モフミ……」
「みぁ……!」

 そう、そこには布団の上で背を丸め、目を細めなかわらこちらを鋭く睨みつけている白猫のモフミがいたのだ。
 その鳴き声はまるで「昨夜は、よくも話の途中で呑気に寝てくれたわね……!」と、寝落ちしてしまったエレリアに対して怒りを表しているかのようだった。

 コックル村からスカースレット王国へ向かう道中に出会ったものの、城の前で離ればなれになってしまった猫のモフミ。
 寝る前には確かにいなかったはすのモフミが、今なぜかここに座っている。
 ということは、昨夜の謎の少女は本当にモフミだったのだ。夢の中に出てきた可能性も捨てきれないが、どちらにせよモフミが関わっていることは間違いない。

「なんで、モフちゃんがここに……?」

 しかし、何の事情も知らないミサはひたすらに困惑している様子だった。
 それもそのはず、モフミは昨日ここにいなかったし、何よりエレリアとモフミの2人の会話をミサは知らないのだ。
 確か、人間になったモフミは自身のことを『ミア』と呼んでいた気がする。彼女は「私はエレリアの妹で、満月の日にだけ人間になれる」といった趣旨の話をしていた。
 発言の真意が気にかかるのはともかく、どうすればミサに昨夜の出来事を伝えようか。
 人間になったモフミと話をした、なんて信じてくれるはずない。

「モフミ……」

 エレリアがその名を唱えようとしたとき、いきなりモフミが何か言いたげに強く睨みつけてきた。

「じゃなくて、えぇっと。……ミア?」

 慌てて咳払いでごまかしつつ、今度は正しい名前を言い直すエレリア。すると、モフミはやれやれと呆れたように目を閉じ、視線をそらすのだった。
 見た目は猫のくせに、彼女はエレリアの言葉を完全に理解している。ただ、どうやら言葉を話す気配はない。本当に、普通の猫に戻ってしまったようだ。
 どちらにせよ、夜中に起きた出来事を説明するには少しややこしいので、今はまだミサには黙っておくことにした。

 顔を洗い、髪を整えて、朝食を食べる。
 そして、そのまま必要な荷物を持つと、エレリアたちは宿屋の前の大通りに出た。
 降り注ぐ朝日が目に眩しい。
 すると、宿屋の入り口のすぐそばに、すでに退屈そうに空を見上げながらソウヤが待ってくれていた。

「あっ! おい、遅いぞ、おまえら!」

 開口一番、エレリアたちを見つけた彼の口から出た飛び出たのは叱責の言葉だった。何やら、ずいぶん待ってくれたようで、すでにご立腹の様子だった。

「あぁ、ごめん、ソウくん! ちょっと、準備するのに手間どっちゃってて……」
「まぁ、別にいいけど。……って、おい!?」

 すると、ふいにエレリアたちの足元に目をやったソウヤが、いきなり目をひん剥いて叫び声をあげた。

「な、なんで、ここにモフミがいるんだよ……!?」

 ソウヤから不審な眼差しを向けられ、不満そうに尻尾を振るモフミ。

「そうそう。朝起きたら、この子がベッドの上にいたの。リアちゃんが言うには、窓の隙間から入ってきたらしいんだけど」

 ミサもまたモフミが部屋に現れたことに納得がいってないらしく、ソウヤと共に腕を組んで不思議そうにモフミを見つめていた。

「エレリア。おまえ、モフミが入ってくるのみたのか?」
「えっ? うん、まぁね……」

 だが、本当はモフミが窓から入り込んできた姿など目撃なんてしてはいない。なんとなく頷いてしまっただけだ。

「けどよ、ここ2階だぜ。どうやって窓から入ってきたって言うんだよ」
「あっ、言われてみれば」

 ソウヤから言われて気がついた。
 エレリアたちが寝ていた部屋は宿屋の2階だ。いくら猫と言えど、その高さから遥か頭上の窓へ飛び上がることはできるのか。
 いや、そもそもの話、月の光を浴びれば、猫から人の姿に変身できるなんて発言自体どうかしてる。そうなると、全世界の猫は人間が化けたものだと言うのか。
 考えれば考えるほど謎は深まるばかりで、エレリアたちは謎の白猫モフミを静かに見つめていた。

「ってか、俺さぁ、前から思ってたんだけど、モフミってなんか目つき悪くないか?」
「えっ? そう?」

 ソウヤの問いに、ミサが首を傾げながら応える。

「ほら、俺って犬派じゃん?」
「いや、知らないよ……」
「なんかさぁ、犬の方がもっと可愛げがあるというか、愛嬌があるというか……。猫ってなんか、ムスっとしてて可愛くねぇよな」
「確か、コックル村のパン屋さんとこにかわいいワンちゃんがいたけど、それくらいしか私は知らないなぁ」

 そして、ソウヤは膝を折りモフミと目の高さを近づけると、ふいに手のひらを向けた。

「もっとご主人様に愛想良くしたら、猫も好きになれるのによ。ほら、モフミ、お手」
「お手、ってワンちゃんじゃないのに……」

 いきなりソウヤから差し出された手を、不愉快そうに見つめるモフミ。
 すると、何を思ったのか、モフミはその手に向かって牙を向けるや否や、目にも留まらぬ速さで飛びかかった。

「なっ!? 痛っでえェッッッッッ!!!」
「ちょっと、ソウくん!? 大丈夫!?」

 毛を逆立たせながらモフミは怒りのまま噛みつき続ける。

「おい! こういうとこだよ、モフミ! ってか、可愛くねぇとか言って悪かったって! だから、離してくれぇええええ!」

 ソウヤ泣き叫びながら、手に絡みつくように噛みつき続けているモフミを必死に振りほどこうとしていた。
 ただ、その姿がどこか可笑しくて、エレリアは思わず吹き出してしまった。

「おい、エレリア! 笑ってんじゃねぇぞ!」

 エレリアも一回モフミから噛まれたことがあるから分かることなのだが、鋭い牙が肌に深く刺さる感覚は、本当に言葉にできない激痛だ。
 だが、今回は全部ソウヤが悪い。モフミが怒るのも無理もないだろう。
 そうやって、ほんの何気ないひとときを送っていた時だった。

「……あっ!!」

 エレリアがふいに眺めた遠くの人混みの中に、昨日助けてくれた例の魔法使いの少女らしき人物が見えた気がしたのだ。
 あの特徴的な若草色のカールがかった髪。横顔しか捉えることができなかったが、恐らく間違いないだろう。
 すかさずエレリアは、彼女を見かけたことについてミサたちに伝えた。

「えっ!? あの子が!? だったら、急がないと!」

 そして、あの少女を見失うなってしまう前に、エレリアたちは急いで彼女の跡を追うことにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

龍神村の幼馴染と僕

栗金団(くりきんとん)
ファンタジー
中学生の鹿野一角は、シングルマザーの母の入院に伴いおばの家がある山間部の龍神村に越してくる。 しかし同い年のいとこの北斗は思春期からか冷たく、居心地の悪さを感じて一人自転車で村を回ることにする。 小学校や田んぼ道を走りながら、幼いころ夏休みの間に訪れた記憶を思い起こす一角。 記憶では一角と北斗、さらにいつも遊んでいる女の子がいた。 最後に龍神神社を訪れた一角は、古びた神社で懐かしい声を聞く。 自身を「いっくん」と呼ぶ巫女服姿の少女の名はタツミ。彼女はかつての遊び相手であり、当時と同じ姿形で一角の前に現れた。 「いっくん、久しぶりだね!」 懐かしい思い出に浸りながら、昔と変わらず接するタツミと子供のように遊ぶ一角。 しかしその夜、いとこからある質問をされる。 「ねぇ一角、神域に行ってないよね?」 その一言から、一角は龍神村とタツミの違和感に触れることとなる。

処理中です...