ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編

第51.2話

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 噴水広場で名も知らぬ魔法使いの少女と別れた後、エレリアたちはその足取りのまま、今晩を明かすための宿屋を探すことにした。
 だが、夕暮れ時ということも相まってどこの宿も大勢の客で混雑しており、事前に何の予約も入れていないエレリアたちを迎えいれてくれるような宿はなかなか見つからなかった。旅の所持金管理を担っているミサとしては宿泊費ぐらい安く済ませたかったのだが、お手頃価格の宿屋は見事にすべて満室。
 それでも、必死に探し回り仕方なく妥協した末に、比較的客の少ない高級な宿に泊まることにした。
 一泊二日分の宿泊費は3人合わせて金貨20枚という、コックル村における約一ヶ月分の生活費に相当するほどのかなり高額な価格だった。
 お金に対する価値観が小さな村で育まれたエレリアたちにとって金額20枚の宿代はあまりに高額で、初め価格を見た時は3人とも思わず青ざめてしまった。ただ、王を救済したほうびとして国から大量の金貨が支給されていたので、贅沢な王都観光として自分自身に言い聞かせれば少しは心も軽くなった。少しだけ、だが。

 今回エレリアたちが泊まる宿は部屋ごとに宿泊費が決まるということで、少しでも無駄な出費を抑えるため、部屋を2つ用意してもらうことにした。
 そして、宿がエレリアたちのために与えた部屋は202号室と201号室だった。共に建物の2階に位置する。
 受付から部屋の鍵を受け取ると、早速3人は階段を上り、絨毯が敷かれた長い廊下を渡り、指定された部屋の前までやってきた。

「じゃ、私たちはこっちの202号室に入るから、ひとまずはここでお別れだね、ソウくん。また、後で夕食の時に会おうね」
「は? ちょ、ちょっと待てよ! 俺とエレリアが同じ部屋で、お前だけがそっちの部屋に泊まるんじゃねぇのか!?」
「いやいや、なにそれ!? 聞いてないよ!」

 互いの意見の食い違いに、ミサは無視することができず、すかさず聞き返した。

「まさか、リアちゃんと一緒の部屋にでもなると思ってたの?!」
「だって、一人だけで寝るなんてなんか寂しいじゃねぇか。エレリアがダメならおまえでもいいから、誰か隣で一緒に寝てくれよ」
「けど、ソウくんと2人きりで密室にいるなんて、第一私たちの身を考えて危なすぎだよ!」
「はぁ!? 俺を誰だと思ってんだ!?」

 蔑視するような視線と共にミサが身を引くように一歩退き、思わず叫ばずにはいられないソウヤ。
 そして、続けざまにミサは目を見開き、手のひらを叩いた。

「あぁっ、分かった! どうせ、夜に私たちが寝てるとこを襲って、変なことでもしようと考えてたんでしょ!! 観念しなさい!」
「ぶっ……!! し、しねぇよ、そんなこと! てか、エレリアは俺とミサ、どっちがいいんだ!?」
「もちろん、私だよね!? リアちゃん!」
「え、えぇ……」

 ミサとソウヤから勢いよく問い詰められるエレリア。しかし、ぶっちゃけて言えば、夜どの部屋で寝るかなんてどちらでも良かった。
 ただ、

「……けど、やっぱり私はミサの方がいいかな」
「って、ぉおい!!」
「やった!」

 今晩同じ寝床を共有することを想定すると、やはりミサの方が安心できた。

「決まりだね。それじゃ、また後でっ!」

 そして、ミサはエレリアの袖を掴み202号室に急いで飛び込むと、そのまま勢いよく鍵を掛けた。

「ふぅ、これで安心、安心」

 直後、ソウヤが何か言いたげに扉の向こうから何か叫んでいたが、ミサはわざと聞こえないふりをしながら、軽快な足取りで部屋の奥に進んで行った。

 今晩、エレリアたちが泊まる部屋はなんとも豪華なところだった。広さは2人だけで泊まるなんて勿体ないほど広く、さすが金貨20枚分の部屋と言ったところだろう。
 とはいえ、過去に一度スカースレット王の私室に足を踏み入れたことのあるエレリアとミサにとっては、それほど興奮するほどでもなかった。
 だが、それでも備え付けの家具はどれも上品なものばかりで、少なくともコックル村にある自宅よりかはよっぽど優れていた。

「あぁ~、疲れた~」

 ミサは背負っていた荷物を椅子の上に載せると、そのまま豪快にベッドの上に飛び込んだ。
 ようやく、落ち着いた休息をとることができる。
 エレリアも重たい荷物と背中に提げていた剣を置き、ベッドの上でうつ伏せに倒れ込んでいるミサの隣にそっと腰をおろした。
 すると、ふいに身体中に疲れがひどく満ちていることに気がついた。
 何せ、この国についてからは目まぐるしく動き回ったのだ。王を助けて、ギルドで新たな仲間に出会ったかと思いきや、直後に路地裏で襲われ、幸いにもそこを謎の少女に助けてもらった。結局、彼女とは別れてしまったのだが、それにしても、とても同じ日に起きた出来事とは思えないほど濃い一日だった。
 目を閉じて、深く呼吸する。
 窓の形をした夕陽の日だまりが壁に投影される。
 慌ただしい街の喧騒とは隔離された、この部屋の静寂が何とも心地よかった。
 心臓はまだ高鳴っているままだ。
 スカースレット王国、何て刺激的なところなのだろう。起こることすべてが、まずコックル村では経験しうることのできない体験の連続だ。
 これから先、一体どんな出来事が自分たちの前に立ちはだかってくるのだろうか。
 果たして自分たちは生きて無事に村に帰れるだろうか。
 だが、エレリアの中では、不安よりも好奇心の方が大きかった。柄にもなく、待ち受ける未来に対してワクワクが止まらなかったのだ。
 そうして、エレリアが一人で物思いにふけっていると、いきなりミサが起き上がり、エレリアに尋ねた。

「ねぇ、リアちゃん。汗流したくない?」
「え? 汗? 確かに、さっぱりしたい気分かも」
「だったらさ、一緒にお風呂入りに行こうよ!」
「うん、いいけど……」

 突然、風呂に入って汗を流そうと提案して来たミサ。
 そうだ、この宿屋には大衆浴場が用意されており、宿泊客であれば自由に入浴が可能な仕組みとなっていた。かなり大規模な浴場で、宿泊中は何度使ってもいいらしい。
 ただ、エレリアはとある個人的な理由であまり大衆浴場に対して乗り気ではなかったのだが、ミサが「ほら、行こ!」と半ば強制的に誘ってくるため、断りきることができなかった。
 そのまま、入浴セットを手にして2人は大衆浴場に向かった。
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