ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編

第46.3話

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 ポーションの力によって、無事に身体から夢魔が排除されたということで、そのまま王は急いで別室に移動され、すぐさま治療を受けることとなった。謎の発火で黒焦げになった衣服が痛々しく、また依然として意識は取り戻していないが、顔色に関しては幾分か良くなったようにも見える。

「おぉ、マルロス!! 王は……!? 王は無事なのか!? あわわっ!?」

 すると、突然勢いよく開かれた扉から宰相のロートシルトが派手にすっ転びながら姿を表した。
 思わぬ豪快な宰相の登場に、一斉に凍りつく室内。

「大丈夫ですか!? 宰相様……!!」
「そ、そんなことより、王は……!?」

 しかし、宰相は自らの醜態に少しも恥じることなく、ただひたすらに王の身を案じている様子だった。
 血眼になって、マルロスに王の状態について問い詰める。

「ご安心ください! 王の容態に関してはご無事です。その証拠に、対象の夢魔と思われる物体が王の身体から排除された瞬間が確認されています」
「そ、そうなのか!? なら、安心じゃ……」

 マルロスの口から王は無事だと伝えられ、その瞬間ロートシルトは深く安堵のため息を吐いた。
 そして、その顔を見て、マルロスはバツが悪そうに冷や汗をかきながら会話を続けた。

「しかし、ロートシルト様……。作戦遂行中、私の不手際で王室を半壊させた上に、目標の夢魔本体を取り逃してしまいました……。この責任はすべて私に……」
「その件に関しては、かまわんぞ、マルロス。本作戦は王に憑依した夢魔の排除が目的だ。こうして王の無事が確認できた今、むしろ作戦は成功といえよう。よくやった、マルロス」

 宰相のロートシルトから賛辞を受け、マルロスは少し照れくさそうにしながらも、兵士長として威厳と宰相への敬意を忘れず、律儀に頭を下げた。
 そして、宰相はミサたちの方へ顔を向けた。

「ミサ様方。そなたらにはいくら感謝をしてもしきれないが、改めて深く感謝を伝えたい。ほうびは何がいいかな? 欲しいものがあれば、何でも言えばよい」
「ほ、ほうびなんてとんでもないです!」

 宰相の口から出た『ほうび』という言葉を聞き、ミサは慌てて首を横に振った。

「おいおい、相変わらず無欲な奴だなぁ、ミサは。おまえは王様を救ったんだぞ? ここは厚意に甘えて、金貨の一枚でもいいから、何かもらっとけよ」
「いやぁ……、それでもやっぱり頂けないよ。そもそも私は見返りを求めて、そのためにポーションを作ったわけじゃないもん」
「そういう、おまえみたいなストイックな人間が、一番人生損するんだぞ? 知ってたか?」
「別にいいもん。……ていうか、お金使いが荒いソウくんに言われたくなかったよ!」

 あまりに善人すぎるミサの態度に、皮肉を込めて言葉を放ったソウヤ。
 そんな、いつもの和気あいあいとした2人のやりとりで、眠っている王を前にして緊張気味だった人々の表情も少し緩んでいるのをエレリアは見て取れた。

「あ、あの……、ちょっとここでお聞きしたいんですけど。これから宰相さんたちは、どうするおつもりなんですか?」
「ん? 今後の計画についてか?」
「はい。王様は元気になったけど、夢魔は逃げちゃったみたいだし、いつあの子が戻ってくるか分からないですよね? だったら、また王様が危険な状態になるかもしれないし……」
「あぁ、確かにそうであるな。野生の夢魔ならまだしも、大国の君主に夢魔を送り込んだ反逆的な組織がいるとするならば、根本的な問題はまだ何一つとして解決していないことになるだろう。それに、まだ依然として国内には下級の夢魔が人々を苦しめているのも事実だ。これらの驚異を排除するまで、王国側としては夢魔に対する厳戒態勢を緩めるつもりはない」

 ミサの問いかけ対して、宰相はその強い決意と覚悟を自身の口から語ってみせた。

「だったら、なんですけど……」

 そして、宰相の発言を聞いたミサは、初めからその言葉を待っていたと言わんばかりに、

「私たちにも何かお城のためにお手伝いできることはありませんか!?」

 と、何一つ迷うことなく、清々しい様子で高らかに宣言した。

「なんと!!」
「ちょっ!? お、おい、待てよ、ミサ!」

 突然のミサの発言に喜ぶ宰相に対して、ソウヤは彼女を引き取められずにはいられなかった。

「どうしたの? 私、何か変なことでも言った?」
「いや、変なことは言ってねぇけどよ。……もう、さすがにこれ以上はいいんじゃねぇのか? 王様も助けたことだし、俺たちの役目は終わったんだろ? 後はお城の人たちに任せて、俺たちは大人しく村に帰って……」
「ちょっと、何言ってんの、ソウくん! 困ってる人を最後まで助けてあげるのが、本当の人助けってものでしょ!?」
「まぁ、そりゃ、そうだけど……。家に帰るまでが遠足です的なノリで言われてもなぁ。本当に、俺たちが係わってもいい問題なのか?」

 自ら進んで国の助けになりたいと言うほど世話焼きなミサとは対照的に、どこかソウヤは乗り気な様子ではなく、不安げな表情を浮かべていた。

「もちろん、リアちゃんもいいよね!?」
「う、うん。私は別にいいけど……」

 いきなりミサから輝く眼差しを向けられ、突発的にエレリアは首を縦に振り、賛同の意を示してしまった。

「おぉ、なんと頼もしい若者たちよ! おそらく王も喜んでいるに違いない!」
「よ、よろしいのか、ミサ様方? ここから先は、何が起こるか我々にも分からないのだぞ!?」
「はい、大丈夫です! 今の私たちにもう何も怖いものなんてありませんから!」
「そうであるか! なんとも心強い限りだ!」
「あーあ、しれっとフラグ立てちゃったよ……。どうなっても、俺は知らねーからな……」

 ほぼ虚勢にも近い謎の自信に満ちたミサに、ソウヤは呆れて物も言えないような状態だった。
 その間にもどんどん宰相との話は進んでいき、もはや後には引けない状況になっていた。

「ならば、早速そなたたちに一つ頼み事を要求したいのだが、よろしいかな?」
「はい! 何でも言ってもください!」
「城下町にあるギルドに赴いて、新たな戦友を雇ってきてはくれんか?」
「ギルド、ですか?」

 宰相から言い渡された最初の使命は、街にあるギルドに行ってこいとのことだった。

「新しい仲間を作るってことですよね? でも、それなら、この城にいる兵士さん達から選ぶのはダメなんですか? わざわざギルドから連れてこなくてもいいような……」
「あまり声を大きくして言いたくないが、多くの兵士たちが夢魔に侵されてしまったがゆえに、今現在の我々の兵力では、なんとかこうして城の運営を維持するのがやっとなのだ。つまり、人の数が足りていないのだ。もちろん、この状況が国にとって好ましくない状況であるということは言うまでもない」

 湧いてくるやりきれなさを隠すように、宰相は語ってくれた。
 確かに、思い返してみると、先ほど作戦に参加していた兵士の数も心なしか少なかったようにも思える。王に取り憑いていた親玉の夢魔を追い払ったことによって少しは城の環境も良くなるだろうが、すぐには状況は変わらないだろう。

「我々としては、そなたたちのような自由に動ける人員が欲しいのだ。もちろん、必ずしもギルドから連れてくる必要はないが、恐らくそなたらはまだ城下町における土地勘がないであろう」
「なるほど、ギルドに行けば色んな人がいるから、そこから手っ取り早く仲間を見つけられるってことですね」

 すべての事情を聞き、ミサは改めて宰相の依頼を快諾した。

「おっと、最後に一つだけ言っておくが、すぐに城に戻ってくる必要もないからな。せっかくはるばる遠方の地からスカースレットに赴いたのだ。しばらくは、新たな仲間と親睦を深めながら、城下町を自由に散策すればよい。その間に、わしらはあの夢魔について調査を続けようぞ」

 宰相から視線を受け、マルロスは黙ったまま一礼した。

「それと、これを持っていきなされ」

 そう言った宰相の手から渡されたのは、何かが入っている小さな袋だった。しかし、サイズに見合わず袋はズッシリと重く、揺すると何か金属が擦れ合うような音が聞こえる。
 首を傾げながらミサが渡された袋を開けると、なんと中には大量の金貨が入っていた。

「えぇ!? こ、こんなに……!!」
「予め、ほうびとして用意していた物だ。これでしばらくはこの国での生活には困らないだろう。そなたらは王を救ったのだからな。何も遠慮することはないぞ」

 これだけあれば、何も働かずとも一ヶ月は余裕で過ごせることができるだろう。
 ここは素直に金貨を受け取り、ミサは宰相たちに向き直った。

「では、行ってきます!」
「うむ、健闘を祈っておるぞ」

 こうして、エレリアたちは城下町のギルドに向かい、新たな仲間を探すことになったのだった。
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