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第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編
第42話『宰相/Rothschild』
しおりを挟む「では、しばらく、ここで待っていてくれたまえ」
マルロスは口数少なくそれだけを伝えると、エレリアたちを部屋に残し足早に部屋から出て行ってしまった。
勢いよく扉の閉まる乾いた音が響き渡り、数秒後、部屋は呆気にとられた沈黙に満たされた。
「……」
城の入口でモフミと強制的に引き離された後、彼に言われるがまま大人しく城の中を歩き続け、最終的にこの部屋に案内されたエレリアたち。
ここは待合室のようなものなのだろうか。部屋自体はそこまで広くなく、外を眺めることができる窓と数個の家具以外、特に目を引くようなものは何も無かった。ただ、このように質素な部屋ではあるのだが、床の絨毯と言い、天井の照明や壁に貼られた絵画など、備えつけられた家具の一つ一つが高価な輝きを放っているようで、まるでここが王室なのかと危うく見間違ってしまうほどだった。
「……で、俺たちゃあどうすればいいんだ?」
一方的に部屋に放り込まれ、手持ち無沙汰になったエレリアたちは途方に暮れてしまっていた。
「あの人の言うとおり、ここで待っとけばいいんじゃない?」
「待っとくねぇ。そりゃ、まぁ、そうだけど……」
エレリアの呟きに気の無い言葉を返したソウヤは背負っていたリュックを床に投げ捨て、壁際に置かれたソファに勢いよく座り込んだ。
「にしてもよ、なんだよ、このそっけない感じは。俺たちは王様の命を救いにはるばる遠い村からやって来てあげたんだぜ? ここはVIP待遇かなんかで、かわいいメイドの子たちのマッサージぐらい提供するってのが、王国としての礼儀じゃねぇのか?」
「また、そんなこと言って……」
相変わらず不純な願望と不満を漏らすソウヤに対して、冷ややかな視線を送るエレリア。
ただ、メイドからマッサージを受けるかどうかは別にして、これまでの長旅で身体は疲れ果ててしまっているのも事実だ。あれやこれやの騒ぎで気づかずにいたが、ふと自身の身体に意識を向けると、端に押しやっていた疲労が一気に全身に満ちていくようだった。この機にエレリアも背負っていた荷物を下ろし、しばしの休息をとろうとしたその時だった。
「ねぇ、二人とも、これ見てよ!!」
一人、窓の外を眺めていたミサが、やけに興奮した様子でエレリアとソウヤに呼びかけた。
「どうしたんだよ、そんなにはしゃいで。俺は疲れてんだよ」
「いいから、早く、早くっ!」
「ったく、おまえは元気だなぁ……」
ソウヤはため息を吐くとしぶしぶ重い腰を上げ、エレリアも何事かと彼女のもとに駆け寄った。
「ほら、これ!」
目を輝かせながら語るミサの視線の先は、窓の向こうに続いていた。
そして、近づくにつれて目に飛び込んでくる窓の外の風景にエレリアとソウヤはこの時初めてミサのはしゃぎようの真意を理解し、それと同時に思わず息を呑んだ。
「すごい……!」
それは絶景のパノラマだった。
そう、先ほど自分たちがいた城下町が一望できたのだ。あんなに巨大で果てしなかった街がここでは少し首を動かすだけでその全容を眺めることができ、通りを行く人々などまるで小さなゴマ粒のようだった。赤いレンガのような色で統一された屋根や、街を割くように流れる川など、単に街を歩いているだけでは気づかなかった新たな発見もたくさんあった。
この圧倒的な光景を目にしてしまえば、ミサがあれだけ興奮していたのも理解できる。
また、視線を遠くにやれば青い山々が雄大に佇んでおり、あの深い山の向こうにコックル村があると思うと何だか感慨深かった。
「おいおい、何階建てなんだよ、この城は……」
ここまで街を簡単に見渡せるなんて、今自分たちは相当高い場所にいるに違いない。地平線の向こうまで青く塗られた空はもはや手を伸ばせば触れることができそうなほどだ。
ただ、経験したことのない高度なだけに、少しずつ興奮が冷めてくると同時にエレリアは次第に恐怖を感じてきていた。ミサとソウヤは特に怖がっている様子はなくむしろ積極的に絶景を楽しんでいるが、対してエレリアは2人のように心から窓の外を眺めることができなかった。ずっと窓の外を見ていると次第に足がすくみ、手汗が滲んできてしまう。
そして、ついに気分が悪くなり、エレリアはよろよろと窓際から後ずさった。
「おぉ、どうしたんだ? ひょっとして、エレリア、おまえ高いところ苦手なのか?」
「そ……、そんなわけないよ! ちょっと疲れたから、座りたいだけ……」
この時、ソウヤから侮られるのが悔しかったエレリアはつい虚勢を張って強気な態度をとってしまった。内心を悟られないように、平気なフリを装う。
それに対して、明らかに高所に怯えているエレリアをからかうようにソウヤは揺さぶりの言葉をかける。
「ふふっ、無駄に強がったりしちゃって。おまえっていつもツンツンしてるけど、意外と可愛いらしいトコあるんだな」
「……。ソウヤから可愛いって言われても、なんか嬉しくない……」
「って、おい!!」
そんな他愛もないやり取りを続けていたエレリアたちだったが、その時、何の予兆もなくいきなり部屋の戸が開かれた。
「!?」
突然の来訪に、3人の間に緊張が走り、部屋は一瞬で沈黙の空気に包まれた。
まず、最初に現れたのはマルロスだった。相変わらずの険しい表情で、ズカズカと部屋に入ってきた。
その後、彼に続いてやってきたのは、数人の側近を引き連れた見知らぬ老人。その姿は高貴な身なりで厳かに整えられており、彼がマルロスより上位の階級であることは見ただけで分かった。
だが、その老人はやけに落ち着きがなく、ミサの姿を見つけると開口一番、輝いた瞳と大いなる期待と共に高らかに叫んだ。
「おぉ! そなたがミサ様か!?」
「あっ、は、はい……!」
そして、名前を呼ばれたミサが急いで返事を返すと、興奮しすぎてしまったのか、いきなり慌てて走って近づいてきたその老人は盛大に転んでしまった。
「大丈夫ですかッ!?」
部屋中の誰もが血の気を失いかけた時、誰よりも早くマルロスがその老人に駆け寄った。
しかし、何事もなかったかのように彼は立ち上がると、転ぶ前と少しも変わらぬテンションで再びミサのもとへ近寄った。
「そなたが、ミサ様でよろしいのだな!?」
「はい、そうですけど……」
だが、いきなり名前を叫ばれたは良いものの、初対面である彼が一体何者か分からないミサはその後の返答に渋ってしまい、すかさずマルロスに説明を促す視線を向けた。
「あの……、失礼ですが、この方は?」
「こちらはスカースレット王国宰相のロートシルト様だ。王がお眠りになってからは、宰相様が王の代行として実質的な政権を担っていらっしゃる」
「宰相様!?」
この目の前の老人が現時点での国の最高指導者だとマルロスの口から語られ、ミサだけでなくエレリアとソウヤも思わず気を引き締めた。
「スカースレット王を、あの忌まわしき夢魔から解放するポーションがやっと完成したのだなッ!?」
「は、はい! 一応は……」
コックル村の村長など比にならないほどのあまりに崇高な威厳を感じながら、ミサは無礼のないようにできるだけ最小限の言葉で会話を進めることに努めた。
今、この視界に映っている老人は王ではないものの、王と変わらない存在なのだ。
少し前までは、しがない村の少女に過ぎなかったのに、今では大国の君主と言葉を交わし合っている。やはり、運命というものは何が起こるか分からないものだ。
「では、早速、実物のポーションを私に見せてくれないか!?」
「はい! 今すぐご用意いたします!」
スカースレット王国の宰相であるロートシルクという人物に促されるがまま、ミサは慌てて背負っていたリュックを下ろし、かき分けるようにして中から目的のポーションを探した。
そして、少しももったいぶることなく、急いでロートシルトに王国を救う希望を秘めた最後の切り札を力強く見せつけた。
「これです!」
緊張のせいか震えているミサの手に握られていたのは、青いビンの中に液体が注ぎ込まれたポーションだった。ここに辿り着くまでの長い道中においても、割れることなくなんとか状態を保持してくれていた。
「おぉ、こ、これが……。なんと、素晴らしい……!」
名も知らぬような小さな村の少女が作り上げた、淡い月色に光り輝くポーション。実際に実物を目にして、ロートシルトだけでなく、傍にいたマルロスや側近の者たちもポーションが放つ淡い輝きに魅惑の眼差しと感嘆の吐息をこぼしていた。
城の人間から一斉に称賛と感心をはらんだ眼差しを受け、思わず頬を赤く染めるミサ。
本当にこのポーションで王を助け出せるか未だに不安なのだが、部屋には王救済への希望のような静かな高まりが立ち込め、本番に向けていよいよ実感が湧いてきた。
「あわわ……、こうしちゃ、おれんな」
すると、あたふた取り乱し続けていた宰相はここで気を引き締め、気前よくエレリアたちの前に向き直った。
「スカースレット王国の救世主たるあなた方には、本来であれば最上級の敬意をもって宴会でも催したいところではあるのだが、王がまだ夢魔に取り憑かれ危篤状態にさらされているこの状況においては、言葉だけでの謝意になってしまうことをどうか許してほしい」
そして、エレリアたちに深く頭を下げたロートシルトはその後顔を上げると、居ても立っても居られない様子で叫んだ。
「今は1秒たりとも時間を無駄にすることができん。ミサ様を開発責任者とする薬用ポーションを夢魔退散用特効薬として正式に認証した今、ただちに王救済計画の最終段階を実行する! 各自、準備を進めよ!」
宰相のロートシルトが威厳あふれる迫力でそう告げると、マルロスを含む側近たちは一糸乱れぬ動きで「はっ!」と忠誠を誓うポーズを見せ、次の瞬間にはそれぞれの持ち場に駆け出して行った。
「おぉ、かっけぇ……」
それは、まるで命令を受ければ意のままに動き出す宰相の指先のようで、国への忠義を尽くす王国兵士たちの固い信念を垣間見ることができた瞬間でもあった。
側近たちと共にロートシルトがポーションを持ってそそくさと部屋から姿を消すと、再びマルロスがエレリアたちに近づいてきた。
「では、これから私たちは王室にてお眠りになっている王のもとへミサ様のポーションを届けに行く。くどいようだが、私からもスカースレット王救済計画に関して協力してくれることを、心から感謝申し上げたい。本当にありがとう」
そして、マルロスもロートシルトと同様に深く腰を折った。少し乱暴なやり方でエレリアたちからモフミと引き離した彼は、どこか気が荒い性格だと勝手に思い込んでいたが、こうして目の前で丁寧に感謝の意を伝えられると、やはり彼は王国の一流兵士なのだと思い知らされる気がした。
「卿たちは、計画が無事に遂行されるまで、この部屋で待機していてくれたまえ。ほうびは後ほど支給させてもらう」
必要最低限の言い置きを残しマルロスが部屋から出ていこうとした瞬間、ミサがとあることを尋ねた。
「あの、マルロスさんが王様に薬を飲ませてあげるんてすか?」
「んん? あぁ、そうだ。私自身が責任をもって王の様態を完治まで導く。何があっても、宰相様まで危険に晒すわけにはいかないからな」
その言葉を聞き、ミサも含めた3人は心で通い合っているかのように目を合わし、そして意を決したかのように頷いた。
「……どうしたのだ?」
「マルロスさん。私たちも連れて行ってください!」
「なっ……!?」
その言葉を聞き、マルロスは思わず面食らった様子だった。まさか、自ら進んで同行を願ってくるとは、思いもしていなかったのだろう。
「……」
しかし、彼は少し考えた後、エレリアたちの意思を止めることはしなかった。
「だが、もし卿たちの身に何かあっても、王国としては責任をとることができないが、本当に覚悟はできているのだな?」
ただ、それでもミサはマルロスの瞳を力強く見据え、縦に首を振った。
「はい! 私も自分が作ったポーションを最後まで見届けてあげたいんです!」
「……了承した。では、卿たちの王室同行は私が特別に許可しよう。宰相様にも、そう伝えておく」
「あ、ありがとうございます!」
すると、マルロスは近くにいた兵士に何かを伝えると、再びエレリアたちに向き直った。
「ては、少し予定を変更して、卿たちにも防護魔法の加護を受けてもらうとしよう」
「防護魔法? 何すか、それ?」
マルロスが発した聞き慣れぬ言葉に、ソウヤが首を傾げた。
「夢魔という魔物は人間の魂に憑依して生命活動を営んでいる。今回王救済計画の最終段階を遂行するにあたって、我々が夢魔に憑依されるリスクがあるが故に、卿たちには私と共に防護魔法を受けてもらう」
「分かりました。……ちなみに、その防護魔法は誰がかけてくれるんでしょうか?」
「生き残った王室直属の魔導師が、今別室で控えてくれている。そこで、彼らから加護を受けるつもりだ。……時間があまりない。早速、準備に取り掛かることにしよう」
「はい!」
そして、マルロスに促されるがまま、エレリアたちはスカースレット王を救出すべく、最後の準備に向けて部屋を出た。
*第42話より、作中のフォーマットを変更しました。
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