ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第1章『始まりの村と魔法の薬』編

第37話 狂気/Lunatic

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「……おやおヤ? 困りますヨ、ウィリアムさん……。まさか、ワタシとの契約を破られるおつもりですカ?」
 村長のウィリアムが、かつてカロポタス村を救った伝説の英雄ヴェルダネスの全容について語ろうとした、まさにその時だった。
 突如、どこからか謎の男の声が、広場の空気を不気味に震わせた。
「えっ、何!?」
 まるで耳元で囁かれたような、あまりの薄気味悪さに背筋を凍らせたエレリアは、急いで声の何処を探す。どうやら、エレリアだけでなく他の人々もあの謎の声を聞いたようで、神妙な雰囲気だった広場は一変して大パニックになっていた。
「リアちゃん、怖いよ!」
 天から降り注いできた正体不明の呟きに動揺するミサが、恐怖のあまりエレリアにしがみついてきた。
「ミサ、とりあえず落ち着いて!」
 騒いだところで、事態を余計に混乱させるだけ。
 ひとまずエレリアは過剰に動転するミサの心を鎮め、冷静に現状を把握することだけに努めた。
 一方、ダンテのすぐ横で、全身を抱えて震える村長が何かに怯えるような声色で口を開いた。
「あわわ、メノー様じゃ……。わ、わしがヴェルダネスについて喋ろうとしたせいで……。きっと、わしらを滅ぼしに来たんじゃ……!」
「何だと!?」
 村長の吐いた衝撃の発言に、ダンテだけが驚きのあまり口にする言葉を失った。
「何だよ、おやっさん! それ!」
「よりにもよって、ついにあいつが現れるか……!」
 渦巻く黒い雲を睨みつけるダンテに、ソウヤが必死に問い詰めようとする。
 この場で唯一、ダンテと村長だけが何か事情を知ってそうなのだが、一向に二人はその詳細を語ろうとしない。
「ねぇ、何が起きてるの!?」
 すると、エレリアとミサがダンテのもとへ急いで駆け寄ってきた。
 そして、謎の現象に困惑するエレリアもソウヤと同じようにダンテに現状の解説を求めた。
「おまえら……。万が一に備えて、戦う準備だけしとけ……」
 だが、険しい表情を一瞬でも崩さないダンテから返ってきたのは、最悪の場合を想定した一言だった。その言葉が、改めてエレリアたちに否応なしに警鐘を激しく鳴らす。
「戦うって、そんなの嫌だよぉ!! 王様のポーションはどうなっちゃうの!? 早く届けないと……」
「今はそれどころじゃねぇだろ! 下手すると、王を救う前に俺たちがここで滅ぼされるかもしれねぇんだぞ!」
 ありったけの絶望の意を叫ぶミサ。だが、ダンテは彼女を落ち着かせることもせず、ただ厳しく悲観的な未来を想像した。
 滅ぼされるなんて、一体何がこの村に訪れようとしているのか。エレリアの心臓が焦燥に駆られ、締め付けられるかの如く鼓動を繰り返す。
 すると、ソウヤがエレリアの肩を激しく叩いて叫んだ。
「おい、エレリア、これ使え! 俺よりおまえが使ったほうがいいだろ!」
 それは、ソウヤの愛用の剣『せいけんえくすかりばあ』だった。森で魔獣に追われた時や、廃村でシロメの群れに囲まれた時、この剣は幾度となくピンチを救ってくれた。きっと、この非常事態でも力を貸してくれるだろう。
 エレリアはソウヤから剣を受け取った。持ち手の柄の部分を通じて、剣の魔力が身体に微量ではあるが染み渡ってくるのが分かる。
「うわぁ、もう終わりだぁあ!!」
「嫌だぁぁ!!」
 絶望の底に沈むコックル村。悲鳴と共に逃げ惑う村人たち。
 さぁ、来るなら来い。
 無意識に剣の先端が細かく震える。だが、そんな凍てつく恐怖すらも湧き上がる勇気の灯火で打ち消して、エレリアは来たるべく時のために意識を研ぎ澄ました。

 緊迫した空気の中、不穏な冷たい風がエレリアの純白の髪の先を撫でるように揺らす。
「……ッ!?」
 その瞬間、背後の草むらから突如何者かの気配を感じた。急いで後ろを振り返る。
「……ホホホ、どうやらワタシたち、アマリ歓迎されていないみたいですネぇ……」
 またしても不気味な男の声が生暖かく耳の鼓膜を震わせた。慌ててエレリアが条件反射的に後方へ飛び退くと、その草むらに邪悪な闇が光源に集まる蛾のように、何かを形作り始めていた。
「何あれ……」
 目の前でモゾモゾとうごめく異質な光景に、ミサは思わず吐き気を催した。
 そして、流動する闇は次第に穴のような形へと変貌し、その扉の奥からなんと人のような影が揺らいだのが見えた。
 あれが、声の主なのか。
 エレリアだけでなく、広場に残った者たちすべてに緊張と戦慄が走る。
「ウィリアムさん。約束は守ってもらわないと困りマス。まだ、契約のすべては完了してないのですカラ」
 すると、滲む暗闇の向こうから、怪しげに微笑む男が姿を表した。そして、ようやく彼を目にした一同は、あまりに奇怪なその姿に息を呑んだ。
 禍々しい装飾が施されたローブに身を纏ったその男は、まさに凍えるほどの狂気に包まれていた。妖異な濃紫に変色した素肌は彼がとうに人間を超越した存在だということをエレリアたちに知らしめ、それは見つめただけで思わず意識が惹きつけられてしまいそうな危ない魅力と美しさを兼ね揃えていた。。
「あぁ、メノー様……」
 暗闇の向こうからいきなり現れた魔物のような男に、村長がこの世の終わりを悟ったかの如く地にひれ伏した。
「何なの? メノーって……」
 狂気に歪んだ微笑みを見せるメノーという名の男を前にして、エレリアは眉をひそめて小さく呟いた。
 するとその時、彼から漂う酷寒に自分の肌が細かく震えているのが分かった。いや違う、これは寒いから凍えているのではなく、彼という存在そのものに怯えているのか。
「ワタシたちの約束。マサカとは思いますが忘れたぁ……、ナンテ子供じみたことはおっしゃいませんよネェ? コックル村の村長サン」
 すると、村長がメノーと呼んだ男が、ニタリと不敵に赤い歯を見せて静かに口を開いた。
「村長さん、あんなやつと何を約束したんですか!?」
「ぁ、あわわ……」
 ミサがとっさに村長に問いかける。だが、村長は極限まで目を見開いたまま、男の言葉に震えるばかりで、まともに返事などしてくれなかった。
 村長とメノー。二人は一体何を約束したというのだ。まず、両者の関係性は何なのだ。
「ワタシがアナタの望みを叶えて差し上げる代わりに、アナタはワタシとの契約内容を未来永劫、決して口出ししない。そうデシタよね?」
 平然とした口調で村長を問い詰めるメノーは優雅に両手を後ろに組むと、こちらに歩み寄ってきた。
 奴が一歩進むごとに、彼の足元に咲き乱れる花や草が急速に枯れていく。
 そして、なんと驚くべきことに彼の下半身には人間らしい足が一切見受けられなかった。その代わりに、溶けたロウソクのような胴体から無数に生えた腕が地面を這いずり、その動きを利用して彼自身もゆっくりと移動している。
 もはや彼は、それを人間と呼ぶにはあまりに異様すぎる容姿をしていた。
「メノー様、い、い、命だけはご勘弁を……」
 コックル村の長であるウィリアムはメノーの圧倒的な存在感に完全に縮み上がり、地に額を激しく擦りつけると誠心誠意の命乞いを見せた。
「アァ、イイですねぇ、その絶望に満ちた表情! もっと! もっと! その顔をワタシに見せてくだサイ!」
 ただ、メノーは相変わらずの狂笑に表情を歪ませたまま、興奮気味に鼻息を荒くしていた。
「おい、好き勝手に振る舞うのもいい加減にしろ……」
 すると、ついにダンテが両目に怒りの炎をたぎらせ、メノーの前に勢いよく立ちはだかった。右手には鍛冶屋の主よろしく、立派な剣が握られていた。
「おや? アナタは……?」
 とぼけた様子でメノーが尋ねる。だが、ダンテはメノーの問いかけには答えず、鋭い眼差しだけを村長に向けた。
「村長さん、あなたはニーナさんを殺した罪だけでなく、魔物と禁じられた契約を結ばれた。この罪は重いですよ。エレリアはあなたの行いを許したみたいですが、この事に関しては決して俺が許しません」
「ホホホ、ワタシが魔物ですか、それは心外デスね。アナタがたにはこのワタシの美しさが……」
「黙れッ!!」
 戯けたメノーの態度に怒りを覚えたダンテがその押さえきれない激情を勢いよく吐き散らした。
 そして、光り輝く剣の先をメノーに向け、
「村の平和を脅かす奴は、誰であろうと俺が叩き切る!」
 と、高らかに叫んだ。
 初めて見たダンテの勇姿。ソウヤからその噂だけは聞いていたが、実際に彼から感じる威厳と心強さは想像以上のものだった。
 両者が激しくにらみ合う。広場は、今にも二人が衝突してしまいそうなほど危うい空気に包まれていた。
 そして、メノーが沈黙を破った。
「……このワタシを目の前にして立ち向かってくる、その無謀な勇気だけはまず褒めてさしあげまショウ。だが、シカシ、そんな非力な鉄の剣でやすやすと殺されるワタシではありまセンよ?」
 愉快そうに目を細め、メノーも言葉たけでダンテを脅迫する。
 だが、そんな脅しにも怯まず、ダンテはおもむろに腰を低く構えて、戦闘態勢に入った。
「うわ、来るぞ! おやっさんの最強の必殺技アルティメットファイヤースラッシュ!!」
「あ、あるてぃめっ……?」
 聞き慣れない発音にエレリアが舌を噛む。
「アルティメットファイヤースラッシュってのは、……まぁ、名前は勝手に俺が名づけた技なんだけど……。とにかく、おやっさんの必殺ワザみたいなもんだ!」
 ソウヤが身体を熱くして語るかたわら、ダンテは気を集中させ、全身の魔力を剣の刃に込めていた。
 そして、カッと目を見開いた瞬間、剣の刃が激しく燃え上がった。その衝撃波はすさまじく、遠くにいるエレリアの頬を薄く焦がすほどだった。これが、彼の本気の力なのか。
 理解の範疇を超えたような超常的な光景にエレリアたちが呆然としていると、意を決したダンテは大地を強く蹴り、立ち尽くすメノーに向かって飛び込んだ。
「よっしゃあ!! やっちまえぇ!! おやっさん!!」
 ソウヤが拳を高く上げ、興奮に満ちた声色で叫んだ。
「消え失せろッ!!! メノーぉぉぉお!!!」
 そして、猛然たる裁きの業火を纏った剣の一撃が、メノーの邪悪な肌を切り裂こうとする。しかし、絶体絶命のピンチのはずなのにも関わらず、メノーは手を後ろに組んだまま一向に攻撃を避けようとする気配を見せず、むしろ不気味な微笑みを始終浮かべ続けていた。
 この時、誰もがダンテの勝ちを確信した。だが、その最後の一瞬、メノーの口の端が奇妙に歪むのをエレリアだけが見てとれた。
 そして次の瞬間、メノーとダンテを、耳をつんざく轟音と共に巨大な爆煙が包み込んだ。そしてその後、激しい衝撃によって生まれた風が辺りに吹き荒れた。
「うぅっ!!」
 土煙を含んだ暴風にエレリアは思わず目を細くし、遠くに吹き飛ばされないように必死に耐え忍んだ。
 そして、しばらくして風が止み、いったん広場は落ち着きを取り戻す。
「おやっさんは……!?」
 なりふりかまわずソウヤが黒い土煙に包まれた奥を見据えた。
 あれだけの強力な一撃を正面からまともに喰らえば、どんなに手強い魔物と言えどもさすがに生きていられるはずがないだろう。どこからも彼の声が聞こえてこなくなったことから、狂気の男メノーはあっけなくダンテの力を剣の錆になったようだ。
 ひとまずエレリアが安堵のため息を吐こうとした、その瞬間だった。
 次第に鮮明になっていく土煙の晴れ間から確認できた信じ難い光景に、一同が思わず目を見張り声を失った。
「う、嘘でしょ……?」
 そう、そこにはダンテの渾身の一撃を、涼しげな表情で受け止めているメノーの姿があった。
「アァ……、実に惜しかったですネェ……」
 よく見ると、なんとメノーは片手で、それも二本の指だけで振りかかる剣の刃をつまんで攻撃を制止していた。刃からは未だ猛々しく魔力の炎が燃えがっているのにも関わらず、メノーはまったく意に介していない様子で艷然と笑みをこぼしている。
「バカなッ!! そんなはずは……!!」
 一瞬戸惑いながらも、ダンテは全身の力を込めて刃を奴にねじ込もうとするが、なぜか剣が微塵も動かない。指だけで攻撃を受け止めたメノーとの圧倒的な能力の差に、ダンテは次第に怒りと焦燥の感情に飲まれていく。
「くうぅっ……!! このォォォァァァア!!!!!」
 この身体が壊れ果ててしまっても構わない。剣士としての名誉にかけて、ダンテは自身の命をもこの一撃に替える覚悟を胸に深く刻み、メノーのつまむ剣の刃を血眼になって力いっぱい押し込んた。
 だが、いくら抗ったところで、やはり結果は同じだった。もはや死力を尽くしたダンテの一撃は、メノーにとってはそよ風同然の威力。それどころか、彼は顔色を少しも変えず、呆れた吐息をこぼした。
「ヤレヤレ……、アナタとなら互角に戦えると期待していましたガ、ショセン人間のチカラなどこのようなモノなのナノですネ……。実ニ、残念ダ!!」
 すると、侮蔑的な態度からいきなり様子を豹変させたメノーはそのままダンテの剣を勢いよく掴むと、その細長い指で力任せに握り潰した。砕かれた刃が光を反射してキラキラと宙を舞う。
「な、何だとっ……!?」
 鋭く研がれた剣の刃を素手で破壊するなどあり得ない。いや、あってはならない。
 人知を超えた所業にダンテが声を失っていると、メノーが血に濡れた歯を見せ、ダンテの耳元で冷たく囁いた。
「ホホホ……。では、次はワタシから行きまショウか……」
「……ッ!?!?」
 冷徹に微笑むメノーにダンテがかつてない戦慄を覚えた瞬間、メノーの強力な拳の一撃がダンテのみぞおちに深く埋め込まれた。
「ぐふぅッ……!!!!」
 ゼロ距離から直撃を食らったダンテはなすすべもなく吹き飛ばされ、大地を目にも留まらぬ速さで転げ回った末、そのまま遠くにそびえ立つ木に激突した。あまりの衝撃に木葉が盛大に舞い散り、木がメキメキと音を立ててゆっくりと崩れ落ちていく。
「おやっさァァァん!!!!!」
「そんな……!! ダンテさん!!」
 慌ててソウヤとミサが駆け寄る。しかし、想像を絶する強力な打撃によって、すでにダンテの意識は遥か彼方に消し飛ばされていた。
「おい、おやっさん!! 返事してくれよ!!」
「ダンテさん!! 死んじゃ嫌ぁ!!」
 倒れ込むダンテを揺さぶり、喉が張り裂けそうになるほど泣き叫ぶソウヤとミサ。しかし、彼は口の奥から目も当てられないほどの大量の鮮血を吐き出し、その命の灯火はもはや消えかかろうとしていた。
「……」
 この時、エレリアは死にゆく男の姿を前にしながら、ただ呆然と震えて立ち尽くすことしかできなかった。
 今、まさに人が死のうとしている。記憶を失ってから初めて目の前で人の死を強く実感したエレリアの胸の内には、自身の身を激しく切り裂かれたような悲しみと、怒りと、恐怖と、絶望と、その他諸々の言葉にならない激情が渦巻いていた。そして、それらの感情が胸の中で一つに溶け合った時、エレリアの抑え込まれた自我の果てに何かが目覚める音がした。
「フゥ……、あの愚かなオトコのせいで随分と気が変わりマシタ……。故にウィリアムサン、アナタにも裁きを下すことにシマス」
「あぁ、メノー様!!! そ、そ、それだけは、お許しを……!!!」
 先ほどまでの狂気にまみれた薄笑いは消え、一変して冷血な鋭い眼差しでメノーは村長を鋭く睨みつけた。
 そして、村長は人としての名誉も地位も見栄も何もかも放棄して、ただ命だけは見逃してほしいと強く懇願した。これまでにないほど地面に頭を強く押しつけ、死物狂いで命乞いの言葉を叫んだ。
 だが、死刑執行の命を自ら担ったメノーの歩みは止まらない。
「アナタの尊き死を以って、贖罪の儀として果たさせてもらいマショウ!!」
 そう高らかに宣言した後、メノーは祈るように両手を天に向け、そのまま両目を見開いた。
「ハァァァァアアッ!!!」
 その瞬間、上空の空間がいきなりグニャリと歪んだかと思うと、なんとそこから荘厳な闇の塊が誕生した。それはまるで凍てつく闇の輝きを放つ絶対零度の太陽のようで、人々の肌の細胞の隅まで恐怖で震え上がらせた。
「デワ、最後に言い残すことはありまスカ?」
「た、たのむ……、言われたことならなんでも聞くから、命だけは……、せめて命だけは勘弁してくれぇぇえ!!」
「この期に及んでまだそのようなコトを……。見苦しいデスヨ? ウィリアムサン」
 絶大な闇の魔力によって極限まで凍える空気の中、村長は白い息を吐きながら最後の最後まで命乞いの言葉をわめき散らした。しかし、いくら懇願しても状況は少しも変わることはなく、宙を静かに自転する闇の太陽はメノーの手によってその威力を増していく。
「サァ、それでは、ウィリアムサン。ご覚悟をお決めくたサイ……」
「ぁあ……!!」
 ついにメノーの口から唱えられた死の宣告に、絶望に染まった村長は首を力なく横に振る。
 その時、心の中で強く覚悟を決めたエレリアはソウヤから受け取った聖剣を力強く握り直すと、迷うことなく駆け出し、メノーから村長を守るように立ちふさがった。
 あまりにも勇敢で無謀な少女の振る舞いに、村長だけでなくメノーも目を丸くする。
「エ、エレリア殿!?」
「オヤ? 何をするおツモリです?」
 それでもエレリアは何も語らず、怒りを宿した鋭利な視線でメノーを睨みつけた。
「えっ、リアちゃん?!」
 エレリアの命知らずにも程がある予想外の行動を、ダンテの救命処置を行っていたミサが初めて目にした。そして、ただでさえ瀕死状態のダンテのことで精一杯なのに、ほぼ自殺行為と等しいエレリアの言動にミサの視界は絶望で黒く滲んだ。
「ホホホ、そのオトコをかばうのですカ。シカシ、ひ弱なアナタに何がデキるのデス……?」
「エレリア殿!! わしのことを守ってくれるのか!?」
 この時、エレリアの白い素肌は命が縮んでしまいそうなほどの想像を絶する恐怖に震えていた。しかし、表層的な意思とは裏腹に、何か深層心理から呼びかかる別の力によってエレリアは怯える自身の心すらも払いのけて、勇ましくメノーに立ち向かっていた。
「お願いリアちゃん!! やめてッ!!!」
 ダンテだけでなくさらにエレリアまでも失ってしまうかもしれないと悟ったミサが、泣き叫びながら決死の覚悟で駆け寄る。
 だが、時を同じくして、無慈悲にもメノーは呪われた死刑執行の儀を始めようとした。
「ナラバ、二人揃って闇の果てへ消し去ってあげショウ!!!!」
 そして、全身から湧き上がる魔力によって禍々しいローブの裾を舞い上がらせると、メノーはその瞳を限界まで見開き、儀式の最終調整に入った。
「……ぅァァァァアアッ!!!!」
 狂気に歪んだメノーが叫ぶと共に、闇の太陽が彼の激情と呼応するように激しく狂乱を始める。
「駄目ッ!!! やめてぇぇぇぇえッ!!!」
 無情にエレリアたちを葬り去ろうとするメノーに向かって、ミサはありったけの発狂で事態を阻止しようとした。
 まさか、こんな最悪の日が訪れるなんて夢にも思っていなかった。これまでの何気ない普通の生活が幸せだったのだと痛感させられる。今後ずっと不幸の人生が続いてももいい、一生分の運を使い果たしてもいい。だから、せめて今だけは、この瞬間だけは、誰でもいいからエレリアを守ってほしい。
 ミサは嗚咽まじりの絶叫を放って、一心不乱に泣き叫んだ。
 しかし、ミサの決死の願いも虚しく、ついにメノーはその闇の魔法の名を高らかに詠唱した。
「ミゼルアァァ!!!」
 その瞬間、瞬く暇もなく辺りは無音の衝撃波でかき消され、人知を超えた闇の異次元空間の波動がエレリアと村長を無慈悲に飲み込んだ。
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